第545話 「予期せぬ申し出」

 突然始まった敵方の同士討ちに対し、連合軍中枢の決断は早かった。この機に乗じ、俺たちも加勢することに。殿下からの命を受け、俺たちは前進した。

 主戦場になっている右翼側については、すでに前方の連合軍と後方の内紛で、挟み撃ちの状況になっている。そのため、それ以外の戦場へ、空からは俺たち近衛部隊、陸からは騎兵部隊を向かわせる形になった。


 空から近づいていって、俺たちは連中を射程内に捉えた。問題は、どちらに加勢すべきかということだ。できれば、同士討ちを仕掛けた側に加勢したい。そっちの方が兵力に乏しいだろうからだ。

 ただ、識別は案外簡単だった。俺たちの接近を知った上で、空に全く警戒してこない連中が、おそらくは協力すべき側だ。それに、自衛の面からいっても、こちらを狙ってくる奴を撃つのは理にかなっている。

 仮に空へ注意を払われなかったら、その時は苦戦している側を見極め、そちらに加勢しようというのが基本方針になった。


 魔人同士が相争うその上から、俺たちは攻撃を加えていった。どうしてこんなことになっているのか、それはまったくわからない。こちらに好都合な状況だとは思うけど、疑念はどうしても拭えない。

 こちらから攻撃していくと、たまに陸から反撃がやってきた。どうにか合間を縫って撃ち込んだ攻撃は、万全とは程遠いもので、こちらへの有効打にはなりえない。

 そして、そういう反撃は「俺は敵だ」と宣誓するようなものだ。俺たちからの集中砲火、それに同胞からの攻撃にさらされ、彼はたちまち倒れて果てた。

 しかし……圧倒的優位にあるのに、胸がすくような感じはまったくない。


 まともに戦おうという連中の中に、浮足立つ感じは確実にあったのだろうと思う。同胞の裏切りに続く、俺たちの電撃的な便乗を受け、本来の敵はあっという間にその数を減らしていった。

 やがて眼下が静かになると、少数派だった離反者たちは、空にいる俺たちを一瞥いちべつした。それから、彼らは俺たちに何かアクションを取るでもなく、次なる戦場へ駆けていく。

 それを受け、ラウルはただ「行くぞ」と静かに言った。思いがけずに下の連中と共同戦線を張ることになったものの、仲間という感覚はまったくない。むしろ……訳もわからず殺されていくだけの連中に、俺は同情した。

 右翼側については、前後の戦端が近づくにつれ、混乱が加速度的に増していったようだ。一度集団全体に火がつくと、一挙に無統制な状態になり、後は挟み殺されるのを待つだけの状態になっていく。


 同士討ちが始まって、戦場の広範囲が静かになるのに、そう時間はかからなかった。命乞いをしているのか、単に制圧されているのか、地に伏す魔人の姿も多い。

 こうして状況が落ち着いた中、中枢からの指令は、「監視しつつ待機」というものだった。急な事態だけに、あちらでも今後の対応に苦慮しているのだろう。

 すると、俺の外連環エクスブレスから紫の光が漏れ出た。総帥閣下だ。ラウルに断って距離を取ろう――そう思った矢先、陸にも変化があった。赤紫の穴のようなものが、前方に出現した。

 これらの、腕輪と陸の光が、脳裏で一つに結びつく。陸上を警戒している硬い表情のラウルに、俺は「連絡が来た」と伝えた。思わず切迫感のある声を出したせいか、彼はすぐに「わかった」と言って、俺に少し離れるよう促してくれた。

 みんなから少し離れ、腕輪を通話状態にする。すると、総帥閣下の声が聞こえてきた。


『敵の居城から、転移反応があった』

「おそらく、それらしいものが眼下にあります」

『ああ、それはちょうど良かった。ただ、少し妙な点があって……転移の前後で術者のマナがだいぶ減っているようなんだ』

「無理してやってきたってことでしょうか?」

『そこまでは……ともあれ、そこで監視してもらえると助かるよ』


 そこで通話が途切れ、俺は地面に目を向けた。だいぶマナが減っているとのことだったけど――俺はその理由を、すぐに理解した。赤紫の転移門はすでになく、門があった場所には下半身がない何者かがいる。

 これまでの流れから察するに、おそらく彼は敵の総大将だろう。変わり果てた姿の彼に、何人かの魔人が全速力で駆け寄っていく。そして、そのうちの一人が声を張り上げた。


「我々は停戦を申し入れる! ついては、貴軍の大将に伝えられたし!」


 これは明らかに、すぐ上空にいる俺たちへのメッセージだった。この後の判断はどうあれ、伝えない訳にはいかない。

 ただ、ラウルは機転を利かせていた。すでに通話状態で待機していたようで、連絡を挟まず直で先程の声を届けていた。それから間をおかず、彼の腕輪から声が。その旨を、彼は改めて下に伝えた。


「すぐには応じられない! まずは軍を退かせ、しばし待たれよ!」


 すると、下では総大将と現時点での代表らしき彼が、何事か話し合うのが見えた。そして、代表者が大きな声をこちらへ張り上げてくる。


「まずは、あなた方に依頼したい事項がある! その場で待ってもらえまいか?」


 そう言ってから、彼は下半身を失った総大将を背負った。そして、他の魔人を控えさせたまま、歩き出して前線を離れていく。

 この間、魔力の矢投射装置ボルトキャスターを構えて待つ隊員のみんなは、緊張感に満ちた表情に複雑な感情がにじみ出ていた。銃口の先にいる二人は、俺の目にも悲壮感に満ちているように見える。

 そして、ある程度前線から離れ、完全に孤立したところで――陸から赤紫の光が見えた。魔法陣の光だ。俺たちはそれぞれ、すぐさま応じて泡膜バブルコートを展開した。

 それは予想通り、攻撃魔法だった。しかし予想外だったのは、その攻撃対象だ。眼下で赤紫の爆風が生じ、総大将を背負った彼は、両腕を上げた――肘から先がない両腕を。


「抵抗はしない! だから、どうか話だけでも聞いてはもらえないだろうか!?」


 魔人にこんな声と言葉を出せるのかと思うくらい、哀願するような響きがあった。

 そこで、ラウルは俺と一緒に地面に降りることを選んだ。全幅の信頼を寄せられるものではないから、隊員の多くは空に残して構えさせている。ただ……応じさせるだけの何かがあったのも確かだ。


 意を決し、二人で陸に降りると、代表の彼は深々と頭を下げてきた。とても魔人らしくない所作だ。しかし、魔人にもユリウスさんみたいな方はいる。そのせいか、違和感を覚えつつも、俺はこの振る舞いを偽りには感じなかった。

 そして、背負われている総大将に、俺は見覚えがあった。俺の記憶が確かなら、アイリスさんが操られていた頃、武者修行で竜退治に向かった山で出会った魔人だ。

 ただ、彼の方は俺のことを覚えているような素振りはしなかった。ラウルがいるから、気を遣ったのかもしれない――そんなことを自然と考えるほど、俺は彼らを”人寄り”に捉えていることに、少し遅れて気づいた。

 それから、頭を下げていた魔人は顔を上げ、口を開いた。


「このお方には、もう残された時間がない。どうか、果てるまでのわずかな時間だけでも、そちらの将帥と話させてもらえないだろうか? そのためであれば、私はこの場で殺されるのも辞さない覚悟だ」


 そう言う彼の両腕は、傷口から白い砂がポロポロこぼれ落ちている。再生できないわけではないのだろうけど、それを敢えてやらないでいるようだ。

 提案を受け、ラウルは少し考えた後、腕輪に向かって連絡を始めた。相手の申し入れと現状について、端的に過不足なく。

 すると、返答がすぐにあった。


『リーヴェルムの偵察部隊を一部引き戻し、そちらへ将官を運ぶ。君たちは待機』

「かしこまりました」


 殿下からのご命令は、魔人の方にも聞こえていたようだ。通話が切れる前に、彼は「ありがとうございます」と強い情感を込めて言った。

 その声と態度は、まさに人間のそれであるように、俺は感じた。

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