第538話 「決死の闘争③」

 魔人の一団を倒したのも束の間、上空からの警告で緊迫感が走る。そして、それまでの戦闘音に取って代わるように、巨獣が地を踏みしめる音が辺りに響き渡る。聞こえよがしな脅迫に、心臓の鼓動が早くなる。

 近づいてくる巨大な魔獣は二体。距離感は空に上がって確かめるまでもなかった。獲物を前にして、鈍重な動きがやや早まったように思われる。

 後方に並ぶ魔獣の壁と比べると、この二体はだいぶ突出しているようだ。もともと、この突出があったからこその、先の交戦なのかもしれない。

 今後の対応を考える上で、他の敵の出方は気にかかるところだ。上空から仲間を一部呼び寄せ、俺は尋ねた。


「他からこっちへ来る動きは?」

「敵にはそういうのがない。連合軍からは、援護に動いている部隊が後方にあった。数分で着くと思う」


 数分……後方に視線を向けると、それらしき部隊がいるのを確認できた。

 しかし――彼らよりも前方の魔獣の方が、先にこちらへ襲い掛かるんじゃないか。特に、腐土竜モールドラゴンなんかは、ブレスや羽ばたきで瘴気を飛ばしてくる。その間合いは、見た目以上の物だ。それに、こちらの連合軍の方々に、アレらとの交戦経験があるかどうか。

 そういった点を踏まえると、合流を頼みにここで待つのは危険だ――異刻ゼノクロックを使って思考を巡らせた俺は、とりあえずの結論にたどり着いた。

 それから、こちらの部隊を預かる方に口を開こうとすると、先にラウルが発言した。


「増援は来ますが、だからといって彼らを頼りに待つのは危険です。こちらから先に出て魔獣を迎撃するなり、退却するなり、何かしらのアクションが必要かと」

「む、迎え撃つのですか? いや、しかし、この部隊では……」


 尻込みされるのも無理はない。”普通”にやれば、腐土竜の始末には数時間かかる。砦亀フォータスは、実際に交戦したことはないけど、似たようなものだろう。単に排除するだけであれば、魔人数人よりもよほど場持ちが良い。

 一方、こちらの部隊はというと、射撃部隊は健在なものの……前衛がかなり痛めつけられている。それに、すぐ側にある瘴気の中も気がかりだ。射撃部隊をフルに攻撃へ回したとして、有効打になり得るかは微妙だし、負傷者の救助と離脱を優先したとしても、それがうまくいくかどうか。

 ただ、ラウルからの提案に一度ひるんだ様子を見せた彼は、ほぼ間を置かずして一人覚悟を決めたようだ。苦渋の表情ながら、強い視線を俺たちに向けて言い放つ。


「一度退きます。可能な限り、負傷者も連れていきたいですが……自力で動けないものは、もう……」


 そう言って悔しさをにじませる彼の様子と、途切れがちな言葉に、心苦しいものを覚えた。俺の心の奥底で、二つの声がせめぎ合う。勢いで生きているような血の気の多い俺と、言い訳がうまくてお利口な俺が戦っている。

 そして、こういう時、決まって勝つのは……。


「ラウル」

「やるか」


 俺が呼びかけると、彼はこちらを見もせずに答えてきた。ただ、指揮官の方だけが、状況を飲み込めないでいる。そんな彼に、俺は声をかけた。


「うまくいくかはわかりませんが、可能な限りは粘ってみせます。あの魔獣と瘴気は、こちらの部隊で対応しますので、あなた方は多くを連れて帰るために手を尽くしてください」

「いえ、しかし! あなた方を危険に晒すわけには!」

「いや、大丈夫そうですよ、おそらくですが」


 血相を変える指揮官さんに、ラウルが落ち着いた口調で言った。


「あのでかい魔獣がちょうどいい遮蔽になるおかげで、我々が何をやっているか、遠くの連中には見えません。空戦部隊の一部を偵察に使いつつ、退かせるフリをすれば、ごまかせるんじゃないかと」

「それに……あの魔獣たちにやられるつもりはありません。まだ先は長いですから。無理だと思ったら、こちらも退きます。ですが、それまでは」


 そこまで言うと、指揮官さんはうなだれて深く頭を下げた。もう議論の余地はない。これを承認と受け、俺たちは走り出した。その背に彼の「集合!」という、震えながらも雄々しい声が飛んでくる。

 あちらはあちらで、きっとうまくやってくれることだろう。後はこっちでうまくやるだけだ。話し合いの動向を見守っていた仲間たちが、何も言わずともこちらへ寄ってきた。そこでラウルが早口にまくしたてる。


「瘴気の中には飛び込むな、浄化服ピュリファブは温存する。まだこういう事態に出くわさんとも限らないからな! 反魔法アンチスペルで瘴気を吸って晴らすぞ」

「おっしゃ!」


 的確な指示だ。この先のことを考えると、ここの人たちのためだけに、先走って大きなリスクは取れない。瘴気の中に入らず、外から解消するのが妥当だろう。

 問題の瘴気は、それを操っていた魔人が居なくなったせいか、少しずつ薄れていっているように見える。しかし、あの中に誰か取り残されているとして、それを救い出して担いで離脱するとなると、自然に消えるのを待つ時間はない。

 瘴気への対応については、ラウルが今話したとおりだ。しかし、肝心なのは、地を鳴らしてカウントダウンしてくるデカブツの対処だ。そこで彼は、俺に向かって言った。


「なんとかできん?」

「やっぱりな……」

「いや、手立てがあるから、さっき俺に声かけてきたんだろ?」


 まぁ……行けなくもないかなとは思っていた。絶対の自信なんてものはないけど、そんなのいつものことだ。みんなには「やれるだけやる」と答えた。ただ、戦友たちの多くは、これを事実上の勝利宣言みたいに捉えたらしい。気が早くも歓声を上げてきやがった。

 いや……でも、これでいい。視線を落とせば、地に伏して動かないままの方が、数える気にもならないくらいいる。こんな中でも、俺の言葉一つでカラ元気を沸き立たせられるなら、いくらでもリップサービスしてやればいい。

 それから、戦友たちが例の瘴気を取り囲むように配置についた。俺は一人、輪から離れて魔獣たちに立ち向かう。すると、後ろからラウルの大声が届いた。


「何か人手が必要になったら言ってくれよ! みんなも、即応できるようにな!」


 彼の声に、みんな威勢のいい声で応答した。こんな血みどろの世だけど、本当に仲間には恵まれたと思う。

 だからこそ……全てを救うことはできないとしても、救えるだけは救い出したい。


 集団からひとり離れる形になって、俺は巨大な魔獣と対峙した。大きく見えるのは、きっと仲間から離れたせいだ。心細さは確かにある。

 しかし、俺には実績があった。クリーガ防衛戦において、城門前に鎮座した腐土竜を、十数分ぐらいで始末したという実績が。本来かかったであろう時間を数分の一にしたわけだ。今回は、それをさらに数分の一にすればいい。


――マジで?


 まぁ、あの時は他にも仲間がいたから、その分はだいぶ不利だ。一方で、俺があの時よりも強くなっているというも確かだ。新たに覚えた魔法だってあるし……作った魔法もある。

 そこでひらめいたのは、玉龍矢ドラボルトだ。ここで使ってやれば、腐土竜一体と言わず、巨大な鈍亀も消滅させられるのでは?

 しかし、アレはチャージに時間がかかる。腐土竜が倒れている方々を射程に収めるまでには間に合うだろうけど……タメが目立つあの魔法を、いくら遠方にいるからといって、魔人たちが見逃すだろうか? 阻止しようと駆け出してきて、結局乱戦になったら元も子もない。今の行動は、連中に見られてないってのが前提にある。他に何か……。

 そこで俺は、一つ思い至った。右腕をそれとなく持ち上げ、外連環エクスブレスにこっそり話しかける。


「総帥閣下」

「何かな?」


 落ち着いていらっしゃるものの、いつもよりも硬い声が帰ってくる。今からの申し出に、強い緊張を覚えつつ、俺は切り出した。


盗録レジスティールを使います」

「君が必要と思ったなら、事後報告でも構わないけど……対象は?」

「腐土竜です。中に器を展開した後、文を刻めないものかと試みるつもりです」


 そういうことができるかどうかは知らない。やるのは初めてだ。これができれば――いけない扉を、また一つ開けることになるかもしれない。

 すると、返答は早かった。「君に任せる」とだけ仰せられ、通話が切れた。俺を信頼してくださっているのか、それとも俺がこんな事を言い出すほど、火急の事態と察していただけたのか。それとも両方か。


 こうしてお許しを得た俺は、威容を誇る大魔獣に向き直った。倒れている方々の余命でも数えるように、奴らは我が物顔で地鳴りを響かせている。

――上等じゃないか。これから世界記録でぶちのめしてやる。

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