第532話 「第二波」

 空から巨獣が落ちてきた――前線各所から届いた報が、連合軍の陣地中枢で飛び交った。

 全体の統括に当たる各将帥や参謀は、このような状況でも、うろたえるようなことはない。だが、にわかに動き始めた戦場に対し、野営の軍議は緊張感に包まれている。


 引きも切らずに訪れる情報を取りまとめると、戦場は以下のような状況になっている。

 まず、状況が変化したのは、空陸からの第一波を処理した戦線。第一波を処理しきれていない箇所については、新たな動きが見られず、機動性の高い魔獣による攻撃が継続されている。

 この第一波を処理した箇所については、一様に新手が現れているという。おそらくは、魔人側で統一された戦術であろう。こうした動きを、連合軍中枢は第二波と呼称した。

 続いて、第二波の内容について。拡大化された門から出てきたのは、腐土竜モールドラゴン砦亀フォータスを中心とした、頑健で攻略に時間がかかる巨獣だ。

 これらの超大型魔獣については、交戦前からその存在は、遠目にも確認できていた。確認できた時点では、威圧か陣地を守る壁代わりなのだろうという見方が大勢であったが……上空からの偵察によって、これらの魔獣が当初の位置から消えていることが判明した。つまるところ、あらかじめ展開しておいたものを、転移門経由で一挙に前線へ送り込むという算段だったのだろう。

 本来は鈍重な魔獣を、機動的に運用されたわけではあるが、それ以降の動きは緩慢としたものである。偵察部隊からの情報を、若い武官が緊張した面持ちで口にする。


「現在、敵前線に展開された魔獣が壁のようになっており、壁と壁の間に魔人が数体控えるという形が多く見られるとのこと!」


 報告を受け、総司令官含む将官たちは、渋い表情で戦場の地図をにらんだ。外連環エクスブレスで連絡を取り合う若い武官たちが、地図上で慌ただしく駒を動かし続けている。

 攻め落としにくい魔獣を不意に大量展開されたことで、連合軍前線は後退して間合いを取っている。未だにそういった第二波のステージまで進んでいない箇所もあるが、大体は膠着状態である。

 魔人側からも積極的に撃って出ようという気配はないようだ。鈍重な魔獣の行進に合わせ、じりじりと前進しているだけという。


 こうした一連の動きについて、並みいる将官たちは敵の意図を探ろうと意見を戦わせた。そんな中、フラウゼ王国王太子アルトリードは、傍らに控えるラックスに小声で尋ねた。


「どう思う?」

「状況をコントロールしたいという意図は感じます。おそらく、第一波は交戦域を定める目的があったのではないかと」

「なるほど。時間稼ぎしつつ、本命を布陣させるための準備を整えたわけだ。積極的に打って出ないのは、なぜだろう?」

「それは、難しいですが……」


 考え込んだラックスは、地図に目を向けて駒の動きを眺め、少ししてから口を開いた。


「誘い、かもしれません」

「あちらに攻め入れと?」

「はい。じりじりと平押しされ続け、こちらがそれに合わせて引き続ければ、士気が削られ続けるでしょう。そうならないために、こちらから行動を起こす必要があります。布陣した魔獣の壁に穴を開けるなり、機動力で上や横から回り込むなり……」

「しかし、そうした動きは望むところで、連中はそれを待ち構えているのではないかと?」

「その可能性が……筋の通る説明としては、妥当に思われます。あるいは、何かしらの工作のための時間稼ぎという線もありますが」


 すると、彼らの会話に異国の将官が「そういった動きは、今のところ認められません」と口を挟んだ。

 いつの間にか、二人の会話には他の面々も興味を持っていたらしい。この場に集うのは、いずれ劣らぬ歴戦の勇士ではあるが……そんな彼らにとっても昨今の戦場を潜り抜けたフラウゼの若者は、注目に値する存在であった。数々の策謀に立ち向かい、そして勝ち続けてきたのだから。

 すっかり場の注目を集めていることに気づいたラックスは、主君に視線を向けた。そして、ややためらった後に口を開こうとするも、アルトはそれを手で制した。代わりと言わんばかりに、彼は自身の考えを口にする。


「誘いの可能性は否定できませんが、ここで打って出るべきかと」


 彼の発言に、視線は総司令官の方へと集まる。彼は少し考えた後に口を開いた。


「すべての前線を、同時に押し上げるというわけではないですな?」

「はい。連合軍の中でも優れた精兵を、一度前に出して反応をうかがうべきかと」

「包囲の危険は……いや、壁役はそうも早く動けないのでしたか」


 口を挟んできた将官に、アルトはうなずいて返答とした。


「無論、それ以外の魔獣や魔人が包囲せんとして動くでしょうが、そちらは他の部隊で対応すればよろしいかと」

「……その動かそうという部隊に、何か妙案でも?」


 総司令に問われたアルトは、一度目と口を閉ざした。

 そして、彼が再び口を開きかけたところ――通信係から急報が届いた。恐れ多くも割り込むことに強い緊張を見せつつ、若い武官は果敢に声を上げた。


「議論の最中、申し訳ございません! ですが」

「火急の件か?」


 直上の武官らしき壮年の男性が問うと、連絡係は「はっ!」と良く通る声で答えた。


「まさにこの件につきまして、敵へ攻め込もうとのご提案を!」



「提案が通ったよ」と、褐色の肌の少年は周囲の者に告げた。

 彼はアル・シャーディーン王国の王太子、ナーシアスだ。連合軍中でも屈指の精兵部隊として知られる操兵術師ゴーレマンサー部隊。その中でも選りすぐりの強者を率い、彼は今、連合軍右翼にその身を置いている。

 年若い――幼いとすら言っていい――王族の声に、周囲の多くはざわめきたった。こちらから打って出ようというその言葉は、戦意を高揚させる響きが確かにある。

 一方、この場の多くを占めるマスキアの兵たちは、「自分たちが出る」という異国の王太子の言に、不安と遠慮のようなものもにじませた。最前線を守る兵以外は、発言の主と敵の布陣を交互に見遣った。距離が離れていてもなお、威圧感を感じさせる巨獣が、列をなして待ち構えている。

 しかし、当の本人である王太子は、平然としたものであった。軽くはないが、余裕があるように見える。この振る舞いは、周囲の士気を考慮した帝王学によるものかもしれないが……彼に付き従う他の操兵術師も、マスキアの兵ほどには心配をしていない。そのうちの一人が主君に声をかけた。


「出られるならば、その前に注意を」

「そうだね。マスキアの皆、主力たるあなた方には、細かな魔獣への対処を頼みたい。私はこれからゴーレムで仕掛けに行くけど、細かな動きは苦手なもので……あくまで、大物狙いで動くと考えてほしい」

「……はっ! かしこまりました!」


 この前線を預かる指揮官が硬い表情で返答し、伝令を使って付近の部隊へと命を伝えていく。

 こうして一帯の部隊に指示が伝わったところで、王太子と直属の配下は、最前線の盾持ちよりもさらに少しだけ前に躍り出た。隊列最前列からの眺めは、中程からうかがうものとはまた違うようで、王太子は「アレを倒すのか……」と、淡々とした口調でつぶやいた。


「自信がありませんか?」

「僕らだけならね。でも、後ろに十分な戦力がいるじゃないか。僕らは、先鋒向きだよ」


 配下の問いに笑顔で答えた彼は、前方の荒れ果てた大地にマナを刻んだ。一瞬だけ赤色に見えたそれは、長年の練磨によってすぐさま黄色に染められる。自らのマナを完全にコントロールする、この若き術士は、マナばかりでなく大地までも支配下に収めてゆく。

 彼が魔法陣を刻み始めたあたりで、周辺は奇妙に静まり返った。第一波に対しては温存と様子見のため、ゴーレムは一切使わず魔力の矢マナボルトを始めとする魔法で迎撃に当たっていた。一国の最精鋭というべき術士が本領を発揮する、これが初めてである。

 やがて、黄色く輝く魔法陣は、地面に広く手を伸ばし、“起き上がった”。その様はさながら、地面に伏せた手を握って、地面を掴むようであり……淡い黄色の光をまといながら、荒れ地を覆う石と土くれが小山のように盛り上がっていく。


 そして……見守る兵たちの目の前に、巨兵が立ち上がった。見上げるほどの大きさのそれは、前方に並ぶ異形たちを見下ろす巨躯を誇っている。

 兵たちの間からは、声にならない感嘆がささやかに漏れ出る。その声を背に受け、巨人は地鳴りを響かせながら前へと進んでいった。

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