第531話 「揺れ動く戦場」

 なるほど、そういうことか。敵のやり口に妙な感心を覚えた俺は、ラウルに返答するのももどかしく、上空へ上がった。

 上空に控えていた監視要員と合流すると、彼らは、瘴気から時折飛んでくる怪鳥と空戦していたと話した。そんな彼らにラウルからの話をすると、顔が苦々しいものになっていく。


「そんな……全然、気づかなかった。悪い」

「いや、見えなくても仕方ないだろ、あんなんじゃさ……」


 アングルを変えてみても、怪鳥の墓地は、空を赤紫に染め上げたようにしか見えない。あれをどうにか晴らして、中にあるものを暴き立てろという話だ。

 一応、やる手立てはある。しかし……やってる最中、鳥相手の交戦は難しい。あまり対象物との距離も取れないからだ。

 そこで俺は、二人に頼み込んだ。


「アレは俺がどうにかする。二人は、俺の護衛を頼む」

「ああ、任せてくれ!」

「後ろにいてね!」


 二人はサニーに次ぐレベルの、空戦の名手だ。心強い言葉を受け、俺は赤紫の瘴気に向かって精神を集中させる。

 早い話、あの瘴気――つまり、赤紫のマナ――を、無駄遣いしてしまえばいい。しかし、無駄遣いに複製術を使うのはリスキーだ。魔人との戦争中に見せられる禁呪じゃない。

 無駄遣いのやり方について、いくつか検討した俺は、瘴気の外側へマナを放り続けることを選んだ。あの瘴気の中へ、再生術を使った魔力の火砲マナカノンの魔法陣を、記送術で送り込む。こうすれば、瘴気を食って砲弾が放たれまくる。その狙いは、陸にいる敵の後続でいい。


 再生術と火砲カノンという組み合わせは、俺にとっては初めてだった。当たり前だ。こんな物騒な組み合わせ、平素から試せるもんじゃない。

 しかし、今はもってこいの状況だ。Cランク魔法ということで消費が重い火砲であれば、他の魔法よりもずっと瘴気を食ってくれる。

 異刻を併用した上で、俺は考えた組み合わせの魔法陣を書き始めた。初めての組み合わせだけど、俺ならやれる。特に不安を感じることなく、指も正確に動き、望んだ魔法陣が出来上がった。


 記述が終わった、色々内包した矢を、俺は瘴気めがけて放った。さすがにヤバい組み合わせをしたせいか、異刻分の負荷も合わさり、魔法が手を離れていくほどに負荷が甚大になる。

 それでもどうにかこらえきり、俺は瘴気寸前のところで、記送術の包みを解いた。瘴気の中から出てきた鳥と矢がかち合えば、記送術による再構成に失敗し、無駄に複雑な魔力の矢で終わってしまうからだ。

 警戒のおかげか、魔法陣を無事に再展開できた。次に俺は、可動型の力でそれを瘴気の中へ運んだ。


 すると、瘴気の中で青緑の爆風が巻き起こった。その後、一発の火砲が地面めがけて放たれて地を穿うがち、再び瘴気の中で爆風が。

 吸い取って外に放り出すことしか考えていなかったけど、よくよく考えれば、あの中で敵と砲弾が鉢合わせるかもしれないわけだ。これは好都合ではある。

 心配だったのは空戦の対応だけど……俺の方に向ってくるすべての鳥を、護衛の二人はいとも簡単に撃ち抜いている。直線的な攻めも、回り込もうという動きも、二人は決して許しはしない。本当に、頼もしいばかりだった。


 俺の方もお役目を果たせた。どうやら、火砲が敵に炸裂したことで、周囲の瘴気を散らす効果もあったようだ。マナの無駄遣いと爆風による飛散で、瘴気が少しずつ晴れていく。

 そして、瘴気に潜んでいた物が明らかになった。雲隠れしていた濃い赤紫のそれは、予想以上に小さいものだった。それは時折、金色に光る硬貨を吐き出し――周囲の瘴気を吸って、硬貨が魔獣になっていたというわけだ。

 殺しても尽きないように見える敵の秘密は、まさにここにあった。倒しても瘴気へと変じ、それが次の糧になっていた。必要なのは後続の硬貨だけで、目立たない大きさの転移門から送り出せる――と。

 転移門の存在が明るみになるや、門は周囲の瘴気を吸い込んでいった。その後、特に反応はない。こうして残された鳥は哀れなもので、隠れられる逃げ場を失い、撃たれて果てた。

 空の脅威は、ひとまず無くなった。しかし、戦いは始まったばかりだ。眼下に視線を向け、俺は地上の加勢へと向かった。


 転移門周辺のマナが飛散して減るのにつれ、空からの攻撃も緩和されていった。そのおかげで、俺が加勢に向かうよりも早く、怪鳥の迎撃に当たっていた人員の多くが陸への対応に参加していた。

 ただ、空の対応をしていたのは部隊中程の人員で、前衛にぶつかっている敵を直接狙うのは難しい。弓兵は山なりの曲射で、魔導師の一部は空歩エアロステップで射線を確保しているけど、それでもうまく狙えるのは後続の魔獣ぐらいだ。

 その後続も、彼らの奮戦で途切れつつある。狙うべきは最前列の魔獣だ。こちら側の最前列の方々は、今なお盾を構えて戦線を支え続けている。中には魔獣の群れの圧に押し負けず、剣を振るって応戦する剛の者もいらっしゃるけど……正直、押し止めるので精一杯って感じだ。

 しかし、空からの心配を払拭できた今、状況は急速に動きつつある。彼ら前衛を助ようと、俺たちの部隊もそのために動き出しているし、怪鳥がいなくなったことを好機と見て、騎兵も横合いから動き出している。

 そうして機動力のある部隊が回り込み、取り囲んで攻勢をかけると、魔獣の連中はだいぶ混乱したように見えた。こちら側の兵への圧が減ったことで、正面からも反撃に転じ……包囲された魔獣が露と消えるのは時間の問題だった。


 周囲一帯の敵を始末し、一切の戦闘音が無くなったことで、場が急に静まり返る。とはいえ、それもごくわずかな時間のことで、急に大歓声が沸き立った。

 一応、第一波は退けることができた。こうした一つ一つの節目に、士気を盛り上げていくのは、これからも戦い続ける上で重要なことだ。

 それでも……もう、声を上げられなくなった方もいる。一度空に上った俺だからこそ、それがよくわかった。亡くなった方のために気落ちしている場合じゃない。俺たちは、勝つことでしか弔えない。わかっていても、胸中に苦い思いが浮かび上がる。


 それに、懸念もある。第一波を抑え、戦闘が落ち着いた今、正面にいる敵の前列はかなり遠い。それが行進してくる様子はなく、交戦はまだ先になるのではないかと思われる。

 しかし、この連合軍の中でも随一の機動力を持つ俺たちにとって、ここは一時的な持ち場に過ぎない。今も戦い続けている場所がある。瘴気の中に仕込まれた転移門を、まだ暴けていないところだってあるかもしれない。

 場を占める歓声の中、ラウルは外連環エクスブレスで連絡を取り合っているところだった。次の動きを検討しているのだろう。


 そういえば……転移門周りの瘴気は無くなった。ただ、転移門はまだそのまま残っていたはずだ。そちらの様子が気になって目を向けると、こちらの隊列前方の空に、未だ健在だった。


――嫌な予感がする。なんで、アレを消さないんだ? それに、前に見たときよりも少し大きいような……。


 心臓に、冷たいものが粘りつくような、言いようのない悪寒を覚えた。そんな薄っすらした予感が、現実のものになる。空に空いた門から赤紫の線が何本も這い出し、空を割ってこじ開け、転移門が少しずつ広がっていく。

 上空の監視要員は、その様子を見逃しては居なかったようだ。新たな反応が始まった頃、彼らは「門に反応あり!」と端的な言葉で注意を促した。

 歓喜に沸き立っていた陸上部隊に、その声はきちんと届いた。俺みたいに見ていた方もいるのだろう。現場指揮官の判断は迅速で、ひとまずは後退することになった。前に出た騎兵は回り込んで後方へ退却、俺たち空中線力は、一度空へ上がって周辺の監視に。


 そして……門は広がるのをやめた。茨や稲妻を思わせるマナの奔流が、空を穿うがった穴の縁で、まとわりつくように疾走している。

 多くが固唾を飲んで見守る中、次の反応が始まった。より一層、赤紫のうねりが激しくなったかと思うと、門からヌッと何かが出てきた――足だ。それも、かなり大きい。遠くに控えていてもなお、足だと認識できるそれは、今まで蹴散らしてきた魔獣のそれとはかけ離れている。

 新手、それも巨大な敵が出つつあることを認め、空陸から一斉にボルトの集中放火が始まった。しかし……ラウルがよく通る大声で叫んだ。


「射撃中断! 瘴気で見えなくなります!」


 矢の嵐を撃ち込まれたことで、その足は瘴気を噴出した。これだけで殺せるのならともかく……視界悪化で状況が把握できなくなるのは避けたい。陸にも意図が伝わったようで、射撃はすぐに収まった。

 そして、攻撃に対して瘴気を吹き出すという敵に、俺は心当たりがあった。もっとも、こんなやり方で送り込まれるとは……。

 自前の瘴気が少しずつ晴れ、門から出つつあるそいつの全容が、徐々に明らかになっていく。それを見たことがある誰かが、叫んだ。


腐土竜モールドラゴンだ!」


 その声と姿に、陸からはさらなる後退が告げられた。通常戦力で対処するのは難しい。一度距離を開けて立て直そうということだろう。

 そして、門から奴の巨体が抜けきると、奴は重力に引かれるまま地面に落ちた。衝撃で地面が揺れ、瘴気と粉塵が混じり合って空気を汚す。


 これ一体だけなら、実はなんとかなる。問題は……そんな甘い敵じゃないってことだ。俺たちも一度距離を開けて観察に入ったところ、少ししてから門から次なる敵が出てくるのが見えた。

「クソ!」と忌々しげに仲間が声を荒らげる。すると、ラウルが落ち着いた口調で言った。


「殿下のご命令だ。一旦ここを離れて、別の場所の救援に向かう」

「わかった」


 聞けば、まだ怪鳥に苦しめられている戦線があるという話だ。別の箇所は貴族部隊や、ハリーとウィンがどうにかしているという話だけど……。

 指示の後、陸を束ねる指揮官の方と言葉を交わし、俺たちは次なる戦場へ向かった。ホウキで駆けていく中、ラウルが申し訳無さそうに話しかけてくる。


「悪いな、お前に頼りっぱなしだ」

「いや、大丈夫。今日はお前が上官なんだし、うまく使ってくれりゃいいよ」

「はは、荷が重いぜ」


 そう言って彼は苦笑いした。


 残してきた方々の事は、やっぱり心配だ。この先で戦う方々の事も、当然気がかりだ。広い戦場で、全てに手を差し出せるわけじゃない。そんな強さも速さも、俺たちにはない。

 ただ、できることをするしかない。手が届かないところは、信じて祈るしかない。ただ、届きそうで届かない中途半端さを、俺は苦々しく思った。

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