第526話 「連合軍」

 陣地入りして翌日、殿下と将軍閣下はさっそく軍議に出向かれた。

 そちらの軍議の方に、俺はお呼び出しを受けなかった。何しろ、世界各国による連合軍の軍議だ。ちょっと特殊な立場にある程度の民間人まで呼んでいると、収拾がつかなくなるのだろう。軍議に使う場所のキャパの問題もあるだろうし。

 ただ、殿下直々に頂いたお言葉によれば、俺たちの部隊は諸国連合軍の中でも特殊な立場にある。ホウキで空戦できて、浄化服ピュリファブで瘴気をどうにかできて、反魔法アンチスペルまであるからだ。

 その中にあって、俺はさらに特殊な立場にあり、名指しでお呼び出しがある可能性が高いと殿下は仰っていた。


 呼び出しを受けるまでの間も、単なる待機時間じゃない。現地の偵察にはマスキア国軍から斥候が出ているけど、俺たちが到着するや否や、「空からも偵察を」と、殿下を通じての要請があった。

 それに応える形で、今日は朝から戦場全体の航空偵察を行う。陣地に残り俺たちを見送るラックスが、真剣な表情で口を開いた。


「言うまでもないけど、深入りはしないようにね。あっちから仕掛けてくる可能性は低いと思うから、遠目に見るだけなら大丈夫だと思う」

「へ~、仕掛けてこないのか」

「たぶんね。少なくとも、敵の主力部隊は抑えが利いている。今ちょっかいかけてくるとしたら、連中の諜報担当だろうけど……」

「そっちにも、深入りするなってことだな」


 仲間の指摘に、ラックスは少し表情を緩めてうなずいた。

 それから俺たちは、彼女と周りの兵の方々に見送られながら、決戦地の空へ向かって飛び立った。


 上空へ高度を上げると、俺たちとはまた別の飛行部隊が、離れたところから飛び立つのが見えた。共和国の方々だろう。前方へ進みつつ、少しずつ寄せていくと、向こうも応じるように距離を詰めてきた。

 そうして空で合流すると、やはり共和国から来ていらっしゃる方々だった。よく見ると額に汗をかいている方が見受けられるけど、緊張から来るだけのものではないだろう。「暑いですか?」と尋ねてみると、彼らは苦笑いを浮かべた。


「日中は、やや暑苦しいですね。朝方の空は気持ちいいですが」

「これが日課になりそうですね」


 俺の冗談に、彼らは笑って「そうですね」と応じた。

 再会に空気が緩んだものの、陣地上空を抜けるとすぐ、雰囲気が引き締まったものになる。眼下に広がる荒れ果てた大平原は、何とも言えない不気味な陰鬱さがある。

 そして……警戒しつつホウキを飛ばしていくと、敵方の軍勢らしきものが視界に入った。

 らしき、というのは、その霞がかって判然としない部分があるからだ。地平の上に、赤紫の帯が横たわっているように見える。おそらく、戦いに備えて瘴気を立ち込めさせているんだろう。あれを素材に魔獣を展開していくと考えれば、仮に今敵戦力が見えたとしても、氷山の一角に過ぎない。

 全量が見えない敵勢力も、地平を覆うような瘴気も、確かに不穏で恐ろしさはある。しかし、それ以上に不気味なのは、相手の動きが落ち着いていることだ。仲間の一人がポツリとつぶやく。


「今までは、聞かん坊みたいな奴が、動き出してたってのにな……」

「連中、偵察すら出してないんじゃないか?」


 まぁ、目につかないようにと、偵察が動いているかもしれないけど……この広大な大平原で、隠れ潜むのにちょうどいい場所は、空からも見当たらない。

 本当に、動きを見せずに待ち構えている敵軍は、それだけで魔人としては異質な存在のように思える。まさか、注意を引き付けるためのハリボテってわけでもないだろう。

 あれが、いざ戦闘となったら、どうなるのだろう――いずれ来るその時を脳裏に思い浮かべ、俺は密かに打ち震えた。



 最初の偵察以降も、連日に渡って空陸からの偵察が繰り返された。

 その偵察に応えるという意図はないのだろうけど、敵方の軍勢は少しずつ、その陣容を厚くしていった。増えたのは魔獣だ。遠くからの観察でも、魔獣の展開量が増えていくのが確認できた。

 敵方が繰り出している魔獣は、陸のものもあれば空のものもある。空中からの偵察に対しては、時折鳥型の魔獣が反応して、こちらと交戦するという事態が発生した。

 ただ、放し飼いにしているごく小規模の群れが反応しただけ、という感じだ。そういった衝突で、こちら側が負傷することはなかった。

 そういう、ほんの小さな交戦があったことに、俺はむしろ妙な安心を覚えた。あまりにも敵の動きが静かなものだから、交戦の申し入れもブラフだったのでは……そんな懸念があったからだ。

 実際、そういう事を考えていたのは、俺ばかりではない。陣中にも、不穏な静けさに対する疑念が渦巻いていた。


 一応、そういう懸念を払拭するような情報もある。各国の諜報部門によれば、この戦いに関連していると思われる不審な動きは、今のところないらしい。

 つまり、水面下での動きは平常通りってことだ。網の目をくぐられているだけってこともないだろう。動くなら開戦直後、あるいは交戦中の混乱に乗じてという見方が支配的だ。

 いずれにせよ、大平原の向こうにあるあの軍勢が本物じゃなければ、そういう手練手管も使えないわけで……ハリボテに引き寄せられてバカを見るような真似は、おそらく避けられそうだ。



 陣地入りして一週間ほど経った6月8日、俺はついに名指しで軍議にお呼ばれした。俺単体で招かれたわけではなく、殿下と将軍閣下も帯同される。

 しかし……わざわざ平民を呼びつけての軍議になるわけで、殿下と閣下は、むしろ付き人のような感じになられる。軍議の場に着く前から緊張してしまう俺に、ラックスがにこやかに微笑んで言った。


「これまでのことを認められての招集だから、もっと胸を張っていいと思うよ」

「そうは言うけどなぁ……こういうの苦手だしさ」

「得意な奴はいないよ」


 思いがけず殿下が仰ると、将軍閣下も笑ってうなずかれた。そして、みんなに見送られながら、俺たちは陣地中枢へと向かった。


 フラウゼの陣地からマスキアの陣地へと足を踏み入れると、微妙に雰囲気が変化した。設営されているテントやらなんやらは、いずれの陣地もさほどの違いはない。

 違うのは、兵の方々だ。殿下と将軍閣下といえども、さすがに他国の一兵卒にまでは顔が知られていないようだ。それでも、見慣れない貴人であると認識はされているらしく、兵の方々はかなり緊張した様子で道を開けてくださった。

 殿下と将軍閣下に便乗し、自分の身分を高く見せているような、落ち着かない感じはある。まぁ、今のうちから恐縮して、この先どうすんだって話ではあるけど。突き刺さる視線は予行演習と思い、毅然とした態度を強く意識して進んだ。


 この陣地中央へ進んでいくと、次第に石造りの堅牢な建物が増えていく。その建造物群の中央にある、歴史を感じさせる立派な城塞の元に着くと、入り口を守る方に深く頭を下げられた。いよいよと感じて、身が引き締まる。

 中に立ち入ると、空気が少しひんやりとしていて、やや薄暗かった。そして、ピリッと張り詰めたような感じもある。厳粛というのがふさわしい空気の中、俺たちは歩を進めていった。

 そして、ついに軍議の間の前に到着した。重厚な扉の横に、直立不動で武官の方が二人。いかにもという雰囲気に、俺は息を呑んだ。緊張でのどが渇いているのがわかる。

 それでもどうにか覚悟を決め、俺は殿下にうなずいた。すると、殿下はやや同情するように微笑まれ、扉両脇に控える武官の方に、入室する旨を伝えられた。


 軍議の間には、やたら大きな円卓があり、すでに席が半分ほど埋まっている。共和国の方はともかくとして、ほとんどの方とは面識がない。おそらくは王侯貴族だろうと思われるけど……詳細を知らないでいる方が、気が楽かもしれない。

 そんな中、すでに入室している中にアイリスさんの姿を認め、どこかホッとしている自分を感じた。国際協力の先駆けである彼女は、この諸国連合の中枢近くに身を置いていて、俺たちとは別行動だ。浮かれている場合じゃないけど、こういう場でも会えるのはやはり嬉しい。


 部屋に入ると、まず殿下のご案内で、軍議の長にご挨拶をすることとなった。ただ、長と言っても、建前上は各国を同列に扱う。そのため、議長という取りまとめ役は便宜的に設けられたもので、主戦力を提供するマスキア王国から選出されている。

 議長を務められる中年男性は、居丈高なところがまったくなかった。役職に奉仕するという表現がしっくりくるほど、謙虚で丁寧な印象の議長閣下は、マスキア国軍の将ジュリアン・クルーズと名乗られた。

「ようこそ」と手を差し出され、それに応じると、閣下は柔和な表情で仰った。


「貴殿のご活躍については、私もいくらか聞き及んでおります。力を貸していただくような事態にならないのが一番ではありますが……万一の際には、どうかご助力を」

「かしこまりました」


 話題自体は重い物に違いないけど……議長閣下の物腰に、俺は緊張が緩和されるのを感じた。

 しかし、着座する場所を殿下から聞かされて、すぐに身が強張こわばった。議長閣下を中心とするマスキアの方々とちょうど向かい合う形で席に着くという。軍議の中核にある方々の対面ってわけだ。


 俺たちがやってきた後も続々と参席者の方々がいらっしゃり、程なくして軍議が始まった。

……とはいっても、今回は特に話し合うというものでもなく、ここまでの討議の最終確認と調整といったところらしい。

 まずは軍編成と指揮系統について。今回の戦闘において、人間側戦力を全てひっくるめ、正式に連合軍と呼称する。その内訳は過半数がマスキア国軍の兵だ。そのため、連合軍の指揮系統の頂上に、今回の議長クルーズ将軍閣下が就かれる。

 将軍閣下は現場における最高権力者ということで、マスキア王国本体から全権委任を受けているという話だ。その閣下を総司令官とし、その下に各軍の将帥がついて、それぞれの軍を指揮する形となる。

 ただ、大半の国は、一般的な兵からなる軍とは別に、各国の特色ある特殊な部隊を引き連れてもいる。フラウゼからは俺たち近衛部隊が、アル・シャーディーンからは操兵術師ゴーレマンサー部隊が、それ以外にも他とは毛色の違う特殊な精兵部隊がいくつもあるという話だ。

 そういった部隊については、おおもとの指揮系統へ無理に組み込むのではなく、基本的には各国指導者の裁量で動かそうということで合意がなされた。同じ国同士であればいざ知らず、勝手がわからない相手と組み合わせて連携が乱れては……というわけだ。

 よって、フラウゼ王国としては、まず国軍の正規兵をトゥバン将軍が統括される。それとはまた別系統で、殿下の指揮の元に近衛部隊が動くという感じだ。

 数ある特殊部隊の中でも、俺たちに向けられる期待は大きい。というのも、空中からの機動力と瘴気への対抗手段、そして戦闘力を併せ持つ部隊だからだ。


 また、他にも特徴のある部隊として、貴族部隊というものがある。そちらは、国際的に結成された連合軍を象徴する部隊で、アイリスさんが指揮する、各国の貴族からなる部隊だ。

 まぁ、言ってしまえば寄せ集め部隊ではあるんだけど……なんやかんやで、今回の軍の大部分を占めるのは平民だ。その平民の士気を上げる上で、諸国の貴族同士がドリームパーティーを組むのは、有意義なことだろうと思う。実際、俺たちの陣地へ貴族部隊がお越しになった時も、大変盛り上がったし。

 そういった士気関係ばかりでなく、あえて貴族をひとまとまりにすることで、それぞれの国が大事を取ろうと、出し渋るのを抑制する目論見もあるようだ。


 軍議が進むにつれ、軍全体、指揮系統、諸国の本隊、各部隊と、徐々に話の対象が細かいものになっていった。そして……議長閣下は「次は、リッツ・アンダーソン殿についてですが」と話を切り出された。場の視線が俺へと集中する。


「基本的には、王太子アルトリード殿下の指揮の元、近衛部隊として動いていただくのが好ましいかと思われますが……」


 閣下がそこで言葉を切られると、今度はこちらの将軍閣下が言葉を続けられる。


「はい。もしものために控えてもらうのも手でしょうが……非常時への対応力には、目を見張るものがあります。拠点から離れすぎない位置で、遊撃に回ってもらえれば心強いかと」


 内戦を共に切り抜けたということもあるだろう。閣下は俺の実力について太鼓判を押してくださった。

 そのお言葉に、他の方々からの視線には、関心の色が強くなったように感じられる。ハードルが上がったような気がしたけど……まぁ、最初っから上がりっぱなしなんじゃねえかとも思う。今更怖気づいてもいられない。

 それに、俺のことを知ってくださっている方々は、将軍閣下のお言葉に「我が意を得たり」といった満足げな笑みを浮かべていらっしゃる。アル・シャーディーンのナーシアス殿下、リーヴェルムのメリルさんとアシュフォード侯……そしてアイリスさん。

 この眼差しを思い出せば、先に待ち受けるものが何であれ、堂々と立ち向かえる。

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