第518話 「決戦に向けて⑥」

 入店し、店員さんにあの三人との相席を希望したところ、向こうもそれを快く受け入れてくれた。

 しっかし……三人のテーブルは、すでに料理が盛り盛りで、新しい皿を置くスペースがない。ハリーは体格相応によく食べるし、メルはメルで体格の割によく食べる。そしてエリーさんは、この二人以上の健啖家だ。

 そこで、俺たち二人の分を追加するためにと、テーブルをつなげた。すでに来ている料理はご自由にという感じで、自分のを頼むっていうよりは気ままにシェアする雰囲気だ。レティシアさんとしても、こっちの方が色々楽しめるだろう。


 席が整ったところで、まずは紹介だ。俺の口から、レティシアさんについて三人に伝えていく。フォークリッジ伯のお屋敷で面倒を見ている貴族のお嬢さんで、最近冒険者になった後輩で、俺が魔法を教えたり教えられたりする仲で……。

 そうして紹介していくと、彼女は意を決したような表情で俺に向き直り、「後は私が」と言った。そして、彼女は三人に改めて正対し、自身の素性を告げた。


「レティシア・ベーゼルフと申します」


 その家名は、店員さんや周囲の町人さんには馴染みのないものでも、卓を囲むこの三人にはピンとくるものだ。なにしろ、あの内戦にかなり深く関わっていたんだから。戦後、あの家にどういった処罰が下されたかも、きっと知っていることだろう。

 名乗りの後、レティシアさんは深く頭を下げて動かなくなった。そんな彼女に三人は痛ましそうな目を向けている。三人の優しさに深く感謝しつつ、俺はレティシアさんの肩を優しく叩いた。


 それから少しして、顔を上げた彼女は目元を軽く拭い、三人はそれぞれ笑みを向けてくれた。


「……とまぁ、そういうわけで、今後よくしてもらえればと」

「なるほど……ところで、どれだけできるのですか?」


 最初に反応を返したのはエリーさんだ。俺の弟子というところに関心を寄せているらしい。そこで俺は、現時点までの所感を伝えた。


「知識面では俺より上だと思います。揚術レビテックスや追光線を教えてもらいましたし」

「Cの試験勉強しない辺りは、さすがですね!」


 横から口を挟んだメルの口調は、俺がどういう奴かを良くわかっている彼らしい、納得や感心がこもったものに聞こえた。しかし、言葉だけを取り出せば、ただの皮肉ではある。

 その声の響きと言葉遣いの、なんともいえない可笑しみに、ハリーが珍しくも軽く噴き出した。まぁ、手と首の動きですぐに謝罪を入れるあたり、いつもの彼だ。

 やや水を差される形にはなったけど、卓の雰囲気はむしろ良くなっただろう。横をチラ見し、楽しそうなレティシアさんの姿を認めてから、俺は話を続けた。


「覚えている魔法は多いですが、実戦経験はまだまだみたいです。冒険者ランクDの仕事であれば、それでも後れを取ることはないようですが」

「そうですか……あなたの口から、何か助言できることは?」


 てっきりエリーさんがそういうことを言ってくれる流れかと思ったけど、そうでもないらしい。にわかに視線が集まる中、俺は素直な考えを口にした。


「別に焦ることはないと思うんですけどね。知っていること、覚えていることを、一つ一つモノにして形にできれば」

「……あなたが弟子を取るようになったと思うと、感慨深いですね」


 俺の発言に、エリーさんはしみじみとした口調で言った。色々な含みを感じないこともない。

 というのも、俺があんまり普通じゃないキャリアをたどっていて、魔法使いとしても変わり種であることは、彼女もよくよくご存じだからだ。メルもハリーも似たような思いらしい。なんだかしきりにうなずいていて、ただ一人、レティシアさんが良くわかっていない感じで、にこやかにしつつもほんの少し戸惑っている。


 そういえば……この三人は珍しい集まりだけど、何かあったんだろうか? 尋ねてみると、メルが答えてくれた。


反魔法アンチスペル関係で、ちょっと進展がありまして……レティシアさんは、反魔法って知ってます?」

「はい」


 メルは気を利かせてくれているようで、彼女に対し失礼にならない程度の親しみを以って接してくれている。その距離感を、彼女も心地よく感じているらしい。笑顔で返答した彼女に、俺は言葉を付け足した。


「実は、お屋敷で実演したことが。まだ詳しく教えてはいないけど」

「なるほど。魔法庁的には……どうでしたっけ?」

「広めることを禁止はしませんが、使いこなせる相手かどうかは見極めていただきたい……という感じです。実質的には、まだ専門家集団の中で研鑽を続けているところですね」


 その専門家って奴が、ここに四名いるわけだ。考えついた俺と、世に出るまで後押ししてくれたメル、魔法庁の代表格でエリーさん、習得して実運用までできるハリー。

 ちょっと普通ではない魔法使いの集まりに、レティシアさんは疎外感よりもずっと強く、興奮を覚えているようだ。目を輝かせている彼女を微笑ましく思いながら、俺は話の先を促した。


「進展ってのは?」

「主幹になっているのはハリーさんとウィンさんですね。もしかすると、この件はリッツさんもご存知では?」

「あ~、瘴気だけ選択的に吸わせるって話?」


 確か、工廠の面々から教えてもらった特定色だけ吸わせる型で、瘴気を吸えたらとかなんとか、いつだったか話していたのを思い出した。

 その思い出した奴でドンピシャだったらしく、ハリーがうなずいて話を引き継いだ。



「ウィンやラウルと一緒に、アムゼーム盆地へ足を運んでは検証していたんだが……」

「モノになりそうってことか?」

「ああ。近づきすぎれば危険だし、記述が遅くても意味がない。その距離感と十分な記述速度を得るまでは大変だったが……なんとかな」

「私も直に見ました。実戦の場でどこまで利用できるかは未知数ですが……救助用の手立てとして、真剣に検討する価値はあるかと」


 エリーさんは優しいけど、こういうことで気休めをいうタイプではない。その彼女がこうまで言うほどだ。俺はハリーに「やったな!」と声をかけると、彼ははにかみながらも「ありがとう」と返してくれた。

 自分で考えた魔法が、今度は仲間たちの手で、少し形を変えて新たな活躍の場を得ようとしている。その事実を、俺はとても嬉しく思ったし、みんなを頼もしくも思った。

 ただ、この話はレティシアさんが置いてきぼりになるのでは――という懸念を抱いた。まぁ、実際は杞憂に過ぎなかったけど。思えば、彼女は故郷の街が、魔人に苦しめられた経験がある。連中の瘴気を抑えられる試みというのであれば、理解を示さないはずがなかった。

 話を聞く限り、実際に運用するにはまだまだといった感じらしいけど、目処が立ってきているとのことだ。そして、今のこのタイミングで、各機関の関係者三人が集まっている状況に、俺は一つひらめいた。


「もしかして、次に間に合わせようと?」

「はい。どうなるかわかりませんけどね」


 口ではそう言いつつも、どこか不敵で挑戦的な笑みを浮かべながら、メルが答えた。次いでエリーさんが口を開く。


「上の方にも掛け合い、導入の可否と、そこに向けた準備の検討を依頼する予定です。有用な技術であると公認されれば、今の動きにも弾みがつくでしょう」


 ここで言う上っていうのは、フラウゼに留まるものではないだろうと思う。まずはこの国の上層部が判断し、そこから他国へ……ってところか。反魔法前提の手法だから、他国へ知れたところで、すぐさま使い手が増えるということはないだろうけど、覚えが良い方なら、あるいは。

 それにしても、共和国と共同で技術交換をやっている間にも、こういう動きがあったとは。知らないうちに事態が進行していたことには、新鮮な驚きと同時に、ちょっと引っかかるものもある。

「言ってくれれば手伝ったんだけど」とこぼすように言うと、ハリーは照れが混じったような苦笑いを作った。


「行き詰まるまでは、お前にもたれかからないように……と思っていたんだ。色々と忙しいだろうしな。俺だけじゃなく、ウィンとラウルも、そういう気持ちはあったと思う」

「それに、驚かしたかったですしね!」


 ああ、なるほど……確かに、俺は色んな所に首を突っ込んでばかりだから、気を使ってくれたんだ。盆地と行き来するようなプロジェクトってなると、拘束時間も相応にあるだろうし。

 それに、俺の手を離れて事が進むというのは……若干の寂しさを感じないでもなかったけど、それよりはずっと心強さがあった。この気持ちはきっと、俺を巻き込む形でやっていたら、感じ得なかったものだと思う。


 なんだか心温まる感覚に浸っていると、笑顔のメルが俺に問いかけてきた。


「リッツさんの方では、何か新しい動きなどは?」

「新しいの……追光線覚えている最中だ、とか」

「普通ですね……」


 本当に素の口調でメルがつぶやき、他三人がそれに小さな含み笑いを漏らした。飛び級で魔法に手を付けること自体、あまり推奨されない行為ではあるけど……メルにしてみれば、俺はそういう事をするのが、むしろ自然なんだろう。


「他には、何かあります? やはり、共和国との連携の話が多いでしょうか」

「そうだなぁ……」


 実際、そっち側の話は多い。技術交換絡みの件とか。各国の方針が定まった今、一時帰国していたみたさんも、再びこちらへ来て修練に励んでいるところだし。

 ただ一つ、とびっきりのネタがあるにはある。しかし……俺は四人の顔を素早く見渡した。


 俺が、天文院に通っているって知ったら、みんなどういう顔になるだろう? さすがに言えはしないけど。

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