第517話 「決戦に向けて⑤」

 俺たちは昼食のため、王都へ向かった。もしかすると、休日を楽しんでいるマリーさんに鉢合わせるかもしれない。そうなったら、なんやかんや言いつつ一緒に昼食という流れになりそうだ。

 レティシアさんとしても、それはむしろ望むところみたいで「遭えたらお昼、ご一緒しましょうね」とのこと。

 マリーさんが特別なのかもしれないけど、俺たち二人でということに、強いこだわりは特にないのかもしれない。そこで俺は、前もって尋ねてみた。


「あっちで仕事仲間に出くわすかもしれませんけど、どうします? そうなった方が、面白い話は聞けると思いますけど」

「……悩ましいですね」


 彼女は俺の顔をまじまじと見つめながら言った。かなり面はゆい感じがある。

 そうしてしばし悩んだ彼女は、結局「お任せします」と言って俺に託してきた。まぁ、俺が彼女に判断を任せるのも、格好はつかないか。

 話はその後、追光線チェイスレイへと移った。教えたはいいものの、彼女としては気にかかる部分もあるという。


「次の大戦ですが、相当な規模の物になると聞いています」

「そうですが、何か?」

「追光線は、どちらかというと少人数での戦いで役立つと思うのですが……いえ、お師匠様のことですから、何かお考えはあるのでしょうし、私なんて実戦の経験はほとんどありません。ただ、気になったものですから、お考えを教えてもらえればと」


 ついさっきまでは俺に魔法を教えてくれた彼女が、今度は弟子に早変わりしてきた。

 一般的な魔法の知識については、おそらく彼女の方が上だろう。そういう教育を施されてきたのだと思う。

 その一方、彼女が言うように、実戦経験は俺の方が上――だと思う。魔法と剣を手に取り、まだまだ年月は浅いものの、短い間に色々と死地をくぐった経験はある。

 そして、クリーガの一件で、彼女もそういう認識を得たのだろう。真摯に耳を傾けてくれている彼女に、俺は追光線を求めた理由を話した。


「確かに、大戦力のぶつかり合いになるだろうとは思ってます。そこで末端の兵を討つのに、追光線は確かにイマイチです。ただ、敵の大群の中身は大体が魔獣で、それを操っているのは、結局は少数の魔人なんで……」

「……ということは、乱戦に紛れて効果的に指揮官を討とうと?」

「そういうことです。それに、大軍が動いて戦う裏で、別動隊が動くかもしれませんし。そういう連中相手の戦いで、追光線が役に立つかも……とは思ってます」


 俺の考えに合点がいったようで、彼女はうなずいてくれた。彼女に対し、多少は隠している部分があるものの、今の話はおおむね本音だ。

 まず、魔獣を倒すのに追光線を使うのは、やはり無駄がありすぎる。せいぜい、動きが速い鳥系を叩き落すのに使えるかなってぐらいだ。でも、それよりは魔獣を操っている魔人相手に圧をかける目的で使う方が、全体の利に寄与するのではないかと思う。

 それに、俺たち近衛部隊には、平民ながら魔人を倒した経験がある者が俺以外にも何人かいる。その実績に加え浄化服ピュリファブやホウキの存在を踏まえれば、いざ戦闘となった時、俺たちは対魔人向けに起用されるんじゃないだろうか。そして、そこで追光線が活きれば、と思う。

 そういった前線向けの話ばかりでなく、別動隊だとか奇襲に対する備えとしても、追光線は有用だと思う。


――というか、一番の目的は、大師とかいうアレを相手取るための、とりあえずの用意だ。こちらから撃った魔法がいちいち吸い込まれ、逆にこちらを襲うのでは戦いにならない。

 そこで、軌道をコントロールできる追光線の出番だ。奴も追光線の存在を知らないはずはないだろうけど……異刻ゼノクロックまで知っているかどうかは、微妙なところだと思う。

 まぁ、ああいう野郎が知っていたら、たぶん誰も太刀打ちできないだろうし、こそこそ裏で這いまわる必要もないんじゃないかと思う。楽観的な見立てではあるけど、奴は知らないものと俺は考えている。で、本当にそうなら、多少なりとも奴との差を埋められるのではないかと思う。

 それに、何も俺一人で奴と戦う必要はない。他をサポートしつつ、異刻で光線を操り、奴の思考リソースを削っていければ……。

 ただ、あの野郎相手に追光線を用いるのは、実はサブプランだ。奴には――おそらく、もっとどうしようもない奥の手があるだろう。それに対抗するためには……。


「お師匠様?」


 気遣わしげな声が耳に届き、俺はハッと我に返った。レティシアさんに目を向けると、彼女は少し苦笑いして、口を開く。


「静かになって、険しいお顔をされていたものですから……」

「ああ、すみません。ちょっと許しがたい敵がいるもので、そいつの倒し方を考えていました」

「……お姉様を操っていた敵ですか?」

「いえ、そいつも許せないんですが、その上役みたいな奴もいまして……」


 そして、そいつは、おそらく内戦の件でも手勢を操って色々やっていたのではないかと思う。

 そのことに言及しようかと思ったけど、仇討ちが成らない内から聞かされても、逆につらいことを思い出させるだけかもしれない。伝えるなら戦勝報告でいいか――会ったことのない敵に対し、憤りを見せてくれる彼女を見ながらそんなことを思った。



 王都へ入り、俺はどこで昼食を取ろうかと考えた。あんまり気合を入れていいとこへ連れて行こうとすると、喜びはするだろうけど、アイリスさんのことをおもんぱって、「変に気を持たせないように」とたしなめられるだろう。

 当のアイリスさんが、そういうことを気にするかと言うと微妙だとは思うけど……まぁ、卓を挟むお相手が気に病むのでは意味がない。

 しかし、一般的な大衆食堂は、仕事仲間とのエンカウント率が高い。それはそれでいいことだけど、人で食事っていうのからはかけ離れるだろう。

 つまり……二人っきりっていうのをさほど強く意識させず、かといって騒がしすぎない程度の環境が好ましいわけだ。


 割と困る。


 しかし、期待に満ちた視線を向けてくれるお弟子さんの手前、カッコ悪いところは見せにくい。

 そこで俺は、西区の大通りの方へ足を向けた。騒がしさを避けるように奥まった店を選ぶよりは、大通り沿いでありながら落ち着いた店の方が好ましいと思う。

 後は、少しばかり仕事仲間がいてくれると、会話が弾んでいいかもしれない。


 そんなことを思いながら店を物色していると、窓越しに手を振られた。「ご友人ですか?」と尋ねてくるレティシアさんに、俺はうなずいた。

 手を振ってきているのはメルで、同席しているのはハリーとエリーさん。ちょっと珍しい組み合わせに、俺はエスコート係でありながら、強く興味を惹かれてしまった。とはいえ、レティシアさんも三人には興味を抱いているようだ。

 そこで、向こうの三人に軽く手を振ってから、俺はレティシアさんに三人の紹介を軽く始めた。


「まず、一番がっしりした体形のがハリーで、仕事仲間っていうか親友です。髪の毛がフワフワしていて人懐っこいのはメルで、ギルドの半公認広報です。彼は仕事仲間というかなんというか……とりあえず、親友です」

「あちらの女性は?」

「あの方は、魔法庁職員のエリーさんで、俺にとっては魔法の師です」

「つまり、お師匠様のお師匠様ですか?」


 つまり、そういうことだ。俺がうなずいて返答とすると、レティシアさんはエリーさんと俺を交互に見てから、問いかけてきた。


「どれほどのお方なのですか?」

「まともにやったら、普通に負けます」


 俺は即答したけど、謙遜ではない。異刻みたいな禁呪インチキに、再生術を悪用した魔法の自動化を組み合わせれば、なんとか張り合えるかもしれないけど……そういう禁呪無しの勝負では、手も足も出ないだろう。なにせ、彼女は息をするように、光盾シールド泡膜バブルコートを多層展開できる達人なんだから。

 俺を師匠と仰ぐレティシアさんにとっては、俺を軽く上回る存在というのは想像するのが難しいようだ。驚きを隠せないでいる。


 そういえば……店の中の様子を見ていて、俺はあることを思い出した。ここで切り出すことにいくらかの躊躇ちゅうちょはあるけど、必要なことだと思って、俺は彼女に尋ねてみた。


「ハリーとエリーさんとは、面識ありませんか?」

「いえ……どこかで、お会いしましたでしょうか?」


「……クリーガ防衛戦に、あの二人も参加してました。確か、ハリーはご母堂とともに動いて、街の方々を良く助けたとか」


 すると、レティシアさんの目が変わった。思いつめたような表情になり、わずかに潤んでいる瞳からは、あの二人への感謝を感じる。そこで俺は、メルに少し申し訳なく思い、「メルも、事態の収拾に尽力したそうです。国の諜報部門とうまく連携したみたいで」と付け足した。

 それから少し静かになってから、レティシアさんは俺をまっすぐ見据え、口を開いた。


「あの方々とご一緒したいのですが、構いませんか?」

「そうしましょう」


 あの三人なら断りはしないだろう。俺たちがこうして外でやり取りしている間、あちらも気に掛けてくれているようだったし。

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