第514話 「決戦に向けて②」

 ギルドでの招集から二日後、今度は天文院からお呼びの声がかかった。さすがに天文院の方がそのままの身分で動くわけはなく、宿に呼びに来た方は魔法庁職員に偽装していた。おかげで、本当の用件を伝えられたときには、かなり驚いてしまったけども。

 この調子では、魔法庁の職員が呼びに来た時、多少は警戒すべきかもしれない。

 ただ、こうしてお呼びがかかること自体は、ある程度予想ができていた。というのも、アイリスさんを奪還した際に、連中の上の方の野郎に面が割れたからだ。そこへ来て、今度は総力戦とやらをやるという。また、ドサクサに紛れて精神操作をしようものなら――とは思ったものの……。



「破れた術をそのまま使うかと言うと、少し微妙かな~。君の顔が知れたことで、君を避けるように動かれる可能性はあるけど……昨今の流れで、国家間の行き来は随分とやりやすくなったよね。となると、何か仕掛けられた際、あまり間を置かずに君が動けるわけだ」

「……むしろ、私を邪魔者と考え、そうやって釣りだそうというのは……うぬぼれでしょうか?」

「いや、僕が敵方なら、チャンスさえあれば絶対に殺すね。というか、そういうチャンスを作らないとってレベルだ」


 物騒なことを仰る総帥閣下の声は、若干楽しそうに弾んでいた。紫の光球の中でも、輝く点と線が、奔放に動き回っている。付け狙われていそうな俺としては、たまったものではないけど……それは連中にしてみても同じってことだろうか。

 気にかかるのは、王都襲撃時のことだ。魔法庁に浸透していた主犯格の男は、俺が異界からやってきたことまで掴んでいたらしい。あいつと、今回取り逃がした策士気取りの野郎は、きっとつながっていただろう。

 その点について、俺は閣下に打ち明けた。


「なるほどね。ただ、王都に忍ばせた手勢がいなくなったために、君へ直接手出しできてなかったのかな」

「おそらくは……そこまでは脅威に思われていなかった可能性もありますし」

「たぶん、当時は王都への打撃を優先したんだろうね。君へ手出ししようにも、フォークリッジ家とギルドが後ろ盾として存在したわけだし……ただ、事の流れ次第では、王都への潜伏者がまだ存在して、今君はこうしていなかったかもだけど」


 ゾッとする話だ。実際、俺はあいつに目の敵にされてたみたいで、転移をくらって現世に戻されたわけだし……別の成り行きがあれば、とっくの昔に始末されていてもおかしくはない。

――で、今はどうかって話だ。


「今回の一件で、連中に名前と顔が一致されたのではないかと……奴らと対面した際、名乗りはしませんでしたが、結びつけるだけの情報ぐらいは、当然得ているものと思いますし」

「その可能性は高いね。というか……イヤなこと思い出させちゃうけど、アイリスから心を読み取れば、少なくともカナリアって小娘は君の名前を知れただろうし」

「ああ、なるほど……」


 とりあえずは閣下のお言葉に相槌を入れた俺だけど、発した声が硬く暗いものになっていることを自覚した。あの時のことを思い出すだけで、ハラワタが煮えくり返るような思いだ。

 しかし……あの時、殿下からいただいたお言葉は、俺にとって一種の冷却材みたいになっている。奴らは、俺から逃げたんだ――そう言い聞かせて息を吐き、とりあえず気持ちを落ち着ける。


「……申し訳ありません」

「いや、無理もないよ。それだけのことをされたんだからね……で、話を戻そっか。君の存在が、より明確に知られている今、警戒されている可能性は高いと思う。だけど……」

「何でしょうか?」

「連中が君に対して何か仕掛けるかどうか、全ては次の戦いにおける、君の立ち位置次第かな。精神操作へのカウンターとしての君を警戒しているだけなら、目立った仕掛けはないと思うけど……砦をぶっ壊したアレ、玉龍矢ドラボルトだっけ? 敵方も見てるよね」

「そうですね……ただ、アレはタメに時間がかかる上に、狙いをつけるのも難しいので、動く敵に使えるものではないかと」

「そっか。次の戦いは平野部でやるって話だから、きっと大会戦になるだろうし、相当使いづらいね。使われるかも知れないって思わせられるだけでも御の字かな」


 というか……タメのこともそうだけど、なによりアレは相手に俺の所在を知らせてしまう。転移を人間よりはずっと自由に使える連中相手に、そういう隙を晒すのは自殺行為だろう。

 そういうわけで、複製術を悪用した破壊系の魔法は、ナシってことになった。では、何をするかだけど……。


「各国の軍勢を集結させて……っていうのが、懸念材料だとは思うんだよ。足並みだとか、指揮系統だとか、普段よりもずっと考えなきゃいけないことが増えるよね? そこに精神操作で干渉するってのは、リスキーだけどアリな手法だと思う」

「では、実際に仕掛けてくる可能性が高いと?」


 俺が問いかけるも、閣下はすぐには答えられなかった。光球の中を、光る線がさまようように動く。


「連中がやるかどうか、実際には微妙だね。それを生業にしていた術士が、破られた魔法をそのまま使い続けるかどうかってところだけど……それはさておいて、各国の軍は、君を精神操作への対抗策として見ていると思うよ? 名前も功績も、指導層には知れちゃったし。ここでなんやかんや話し込んでも、結局はそっちで要請があるんじゃないかな……」

「それもそうですね」


 俺が精神操作の対抗策として動くことを求められるのなら、おそらく戦闘に直接は参加しないだろう。自国の軍陣地に控えておいて、事を起こされたら出動って形になるはずだ。

 しかし……一度破った魔法を、そのまま使われはしないだろうと閣下は仰ったけど、俺も同意見だ。またやられるなら、何かしらバージョンアップしているのではないかと思う。精神操作に対し、俺が盗録レジスティールを編み出したように、相手だって何か新しい試みをしないとは限らない。

 ただ、そういう“かもしれない”の話よりも、もっと確実性が高い脅威がある。


「閣下、共和国での一件があった際に耳にしたのですが、あのカナリアとかいう女は魔人側でも特に転移に長けた術者だそうで。ですが……」

「どうかしたのかな?」

「あの時、横槍を入れてきた奴は……本当に、息をするように転移を操っていました。あの女が、あれを上回るとは考えにくく……」

「なるほどね。君が遭遇した男は、おそらく大師と呼ばれている魔人だろう。策略担当の大幹部のようだけど……真の実力を隠していたってのは、有り得る話かな。いずれにせよ、そいつの転移は脅威だね。確か、その場の即興で門を開けて……」

「撃ち込んだボルトが門に飲まれ、別の門からこちらへ飛んできました」


 たぶん、ああやって戦われると、タイマンじゃどうしようもないだろう。あの当時、逃げの手を打たれたのが理解できないという気持ちもある。

 ああいう転移への対策は、必要なのではないかと思う。次の戦いが、互いの大戦力をぶつけ合うものになると考えると、奴が前線へしゃしゃり出る可能性は薄いだろうけど……戦いが終わった後にどうなるかはわからない。世の流れが加速していく中、奴と直接戦闘することになる可能性は無視できない。

 ただ、ああいう攻防一体の転移門の使い方だけでなく、もっとヤバいのを使われるのではないかとも思う。


「閣下もご存知でしょうが、私は一度生まれ故郷へ転移で飛ばされまして……」

「ああ、知ってるよ。ウィルから話してもらったからね」

「……大師とやらも、同様の転移魔法を使えるのではないかと。あるいは……」

「あるいは?」


 先を促された俺は、一度目を閉じて考え直してみた。突飛な考えではあるけど、ありえなくはないとも思う。色々なピースが結びついて、形になっていく。

 そうして、確信とまではいかないものの、強い懸念を抱いた俺は、再び口を開いた。すると――。


「なるほどね」と、閣下は落ち着いた口調で、俺の考えを認められた。考えすぎとは思われなかったようだ。

 もっとも、俺の懸念は憶測に憶測を重ねたものではある。確実性にかけるのは確かだ。それでも、奴がどこまでできるかはわからないけど、備えだけはしておいた方がいいだろう。

 それから今後のための準備について言葉を交わし、どうにか話がまとまった。考えすぎかもしれないけど……国を相手取り、策謀で絡め取ってきた野郎がまだ生きているんだ。備えておくに越したことはない。

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