第493話 「マナボルトGT」

 昼までの会議が終わると、アイリスさんは参席者それぞれと挨拶を交わした後、足早に立ち去っていった。午後から学校に出るためで、今から学友との昼食へ合流するらしい。

 学校の授業自体は、彼女にとっていい息抜きみたいなものだろう。こちらでの学校生活を楽しめているみたいだし。こういう会議の後、急いで向かうのは理解できる。小さくなっていく背中を眺めながら、俺は気持ちが温まるのを感じた。

 ただ、こっちはこっちで、延長戦がありそうだ。会議が終わった後、殿下にさっそく捕まった。


「午後から空いてるかな?」

「はい。今日の予定は、この会議だけです」


 すると、殿下は「ちょうどいい」と仰って微笑まれた。


「君に会いたいという人がいるんだ。一度会ってみてくれないかな? 気が進まないのであれば断るけど」

「いえ、大丈夫です」


 断っては先方にも殿下にも悪いだろう。相手がどういう方なのかはわからないけど……まぁ、その時のお楽しみだ。今日の夕食でお会いするということで話がまとまった。


「それはそれとして、昼食はどうかな? ラックスも一緒にとる予定だけど」

「はい、ご一緒します」


 殿下もそうだけど、ラックスとも久しぶりに会う。アイリスさんと一緒に帰国して以来だから、10日ぶりぐらいか。長い間とは言えないけど、この間にも彼女の方で色々あったのではないかと思う。俺の方も、大事件みたいなものが一つあったし……。


 昼食の方は官舎の食堂でとることになった。一般職員の方々も使うところだ。

 ただ、さすがに他国の王太子が利用するということで、職員向けの食堂の奥にある、個室へと案内していただけた。一般向けの大食堂に比べると、個室の方は少し暗めでしっとりした感じがある。

 窓の外に目を向けると、庭の木の幹や枝以外は真っ白で、部屋よりもそちらがまぶしく見えるぐらいだ。部屋の暗い色の木材とのコントラストが映えて、なんだか風情がある。旅情を感じさせる一室とでもいうか。雪国を走る寝台特急は、こんな感じかと思った。


 俺たちが部屋に入ると、ほどなくしてラックスがやってきた。ここまで早歩きで来たんだろう。わずかに息が上がっている。


「申し訳ございません、遅れてしまいました」

「いや、私たちが少し早かっただけだよ」


 にこやかにされている殿下に軽く頭を下げ、ラックスが席に着く。それから、彼女は俺に微笑みかけてくれた。


「久しぶり。そちらはどうだった?」

「どうって、何もなかったけど」

「そう、良かった。大丈夫だとは思っていたけど、それでもやっぱり心配だったから」


 何事もなかったと答えたものの、大ウソだ。俺たちは人生を賭けた一大決心を下していた。


 俺たち二人で相談した結果、殿下とラックスには話をしようということになっている。相談するのは、こちらのお二人に接点が多い俺だ。今の状況は好都合ではある。

 しかし……政務やらなんやらで忙しい中、別の問題を投げかけることには、確かな抵抗感がある。


 相談すべきかどうか迷っていると、給仕の方が料理を一式持ってきた。テキパキと配膳され、テーブルが皿で埋まっていく。

 手際の良い給仕さんを見送ってから、俺たちは肉のソテーや、澄み切ったスープに手をつけた。雪に覆われた外を見ながら温かな料理を口にすると、それだけですごく贅沢している気分になる。

 そうして、料理を楽しんでいると、殿下が問いかけてこられた。


「少し、いいかな?」

「何でしょうか?」

「砦に使った魔法だけど……おおざっぱにでも、正体とかを教えてもらえればと」


 まぁ……気になるよなぁって感じだ。公表できない魔法ではある。ただ、殿下たってのお願いという事ならば、と思った。こちらのお二人なら、不用意に話を広める心配もない。「内緒ですよ」と一言断ってから、俺は身を乗り出す二人の前に紙切れを出した。


 魔法の威力を高めるには、魔法陣を大きく作るか、中にマナを突っ込めばいい。しかし、そういう強化には限度があり、魔法陣に入れるマナが強くなり過ぎると、魔法陣の外殻が耐えきれなくなって崩壊してしまう。

 以前の内戦で、俺は砦に向かって魔法をぶっ放し、対象物を破壊した。その時は、メインのボルトとは別に、外部に大量のマナをかき集めるという手法を取った。ロケットの外部ブースターというか、燃料タンクというか……そんな感じのイメージだ。


 今回やってみせたのは、それとはまた違う。簡潔に言えば、複製術で展開した魔法陣を、一か所に集めてぶっ放しただけだ。

 ただ、このスタッキングにはものすごい問題がある。用意までの時間がかかるのもそうだけど……魔法陣を重ね合わせていく過程で、どうしても可動型が必要になる。また、可動型は継続型を合わせてやらないと機能しない。

 そして……継続型を合わせた矢を放つと、そちらへ意識を持っていかれそうになる。これは、幾重にも重ね合わせた魔法をぶっ放す上では、文字通り死活問題だ。ごく短距離での一撃なら耐えられるだろうけど、当時はそういう好条件でもなかった。

 そういう前提について口にし、ここから実際の魔法の解説だ。食べる手が完全に止まっているお二人は、かなり集中して俺の話に耳を傾けている。そんな場の空気に少し緊張しながら、俺は軽く咳払いして話を続けた。


「今回のは、大まかに言えば二層構造の魔法です。内側には収奪型を合わせた魔力の矢マナボルトを、外側には複製術に可動型と継続型、それに封印型を合わせています」

「封印型ということは、外側が壊れない限り、中の矢が出ないということだね」

「はい」


 殿下の声に返答しつつ、俺は紙切れに魔法が機能するイメージ図を適当に描いた。


「外側の構造は、同じ魔法陣をいくつも作り、それを重ね合わせるためのものです。十分な数まで複製が完了したら、それらを一か所に重ね合わせ、そこへマナを注ぎ込みます」

「……もしかして、外側が割れるまで注ぐの?」


 察しが早いラックスが声を上げ、俺は彼女にうなずいた。横では殿下が、ややわざとらしく悔しそうにしておられる。そんなご様子に少し含み笑いを漏らしてから、俺は説明の続きに入った。


 多層構造の魔法陣において、封印型は内側にある魔法陣の保護効果があるようだ。マナを注ぎこんで魔法陣が割れた場合も、内側の構造だけは無事残った。

 そこで、重ね合わせてしまえば無用の長物になる継続型を始めとするパーツを、封印型と一緒に外側に用いた。注ぎ込んだマナに耐えきれなくなったら外側の殻が壊れ、重複させまくった矢が封印を解かれ、俺の手を離れて発射されるというわけだ。

 魔法陣を重ね合わせることで、反応はほぼ同期化されるらしい。おかげで、注ぎ込んだマナに耐えきれなくなった一部が先走るということはなく、矢が一緒に飛ぶようにできた。


「なるほど。内側の矢に収奪型を合わせたのは、割れた殻の分のマナを回収させるためかな?」

「はい。少しでもマナを足せればと考えまして。あまり回収効率は良くありませんでしたが……」


 内側に殻を食べさせるってのは、孵化した幼虫が卵の残骸を自分で食べるような感じだ。重ね合わせのおかげで矢の速度が強化されているから、マナの回収は気休め程度のものだけど。

 ここまでの説明が済むと、お二人とも納得がいったらしく、だいぶ感心したようになずいた。「よく考えたね」とラックス。

 まぁ、こういうのを考える時間は結構あった。というのも、当時主目的であった盗録レジスティールを考えている最中、行き詰まった時にこういう魔法を考えていた。あの連中相手にぶっ放すためだ。

……そういう話をすると座が暗くなるかと思って、彼女の言葉には「まぁね」と返しておいたけど。

 続いて殿下が、俺に問いかけてこられた。


「何か、名前は考えてあるのかな?」

「この魔法の、ですか?」

「その魔法も″功労者″だろう? せめてもの栄誉は、ね」


 言われてみれば、盗録だけ名前を与えておいて、こっちは無しってのも、ちょっと……って気はする。内戦の時に砦を壊したアレだって、一なる嵐ストーム・ワンなどと名付けたわけだし。

 ただ、今回の魔法は……名前の考えがないわけでもないけど、口にするのが少し恥ずかしい。それでも、イメージを与えてくれたマンガに対する敬意を持って、俺はその名前を口にした。


「では……玉龍矢ドラボルトとします」

「なるほど。君しか使わないだろうけど、いい名前だね」


 褒められると逆に恥ずかしいな、これは。

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