第448話 「激突の先鋒」

 共和国軍から出撃した貴族たちが挑発を始めてからややあって、魔人側に動きが見られた。砦を囲うように展開された戦列が、少しずつではあるが前進を始めている。その中には、これまでの衝突以上に多くの魔人が配されているようだ。

 開戦以来、最大規模の衝突になる可能性がある。それは年若い貴族たちも重々承知している――が、それでもなお、彼らは互いの間合いが十分に近づくまで、空に紫電を走らせて挑発行為を重ねた。

 これは見た目ばかり派手で、彼らの基準で言えばほとんどマナを消費していない、煽りにすぎない。しかし、この程度の出費で敵の統制を乱せるのであれば、万々歳といったところだ。それは後方で構える兵たちの気を揉まないこともなかったが、それよりはずっと士気を盛り立ててもいる。

 そのように、双方の心理面を考慮した上で、将軍から指示を受けての挑発である。


 そんな挑発のかいあってか、幾人かの魔人は砦亀フォータスの影に隠れることを良しとせず、その身をさらけ出した。しかし、間合いはまだ遠い。

 狙い通り多少釣れたということもあって、貴族たちはマナを撒き散らすのを止めた。そのうちの一人が目を細めて魔人たちの様相を確認し、口を開く。


「見たところ……下っ端か?」

「どうだろうな。マナは赤紫だから、そうそう良いとこの生まれということもなさそうだが」

「我々の生まれが”良い”かどうかは、大いに疑問ではあるね!」


 互いの生まれや境遇に対し、かなりの皮肉を込めて一人が言い放つと、彼の仲間たちは苦笑いするなり声を合わせて笑うなり……その様子がまた、じりじりと攻め寄る魔人たちを苛立たせた。その苛立ち紛れに、空に赤紫のボルトを放ち、自らの存在をその場の皆に知らしめていく。


 しかし、両軍の主力がぶつかり合う前に、まずは空からの脅威が迫りそうだ。上空から近づく、光沢のある金属の群れが、その鋭利な嘴を威嚇的にギラつかせている。

 こうした動きは、事前の想定通りのものだ。五人のうち、一応のまとめ役である青年が「手はず通りに」と短く言うと、彼らは互いに少し距離をとった。


 そして、状況が動いた。数え切れないほどの怪鳥が、その体を槍と化して突撃を敢行する。まさに槍の雨とでも言うべき猛攻だ。

 ただ、これは現状においてはご挨拶程度のものにしかならない。鳥たちにとって本来の相手である銃士隊は、これだけの攻勢をかけられた場合、迎撃しきれずに相当の被害が出るだろう。散って逃げようにも、火力を発揮するための隊列・陣形のため、互いが邪魔になるからだ。

 しかし、今回の標的は、ごくごく少人数の貴族である。隊列を考慮することなく自由に動くことができ、しかも魔法の素養があって空中戦にも対応できる。

 降り注ぐ猛襲に対し、彼らは互いの間をより広く取った。そして、迫りくる槍の群れをひきつけた彼らは、地面に魔法陣をいくつか展開していく。橙色に染められたそれらは、磁掌マグラップの魔法陣である。


 敵の針葉鳥ニードルバード亜種は、硬度を確保するためか、嘴が金属的な性質を有していることが明らかになっている。そこで、急降下してきた敵を、魔法陣でさらに引き寄せようという算段である。

 実際、突撃してきた鳥たちは、貴族に回避された後、後方に構える銃士たち目掛けて身を翻そうとし――しかし、突撃の勢いと魔法陣の力に負けて方向転換できず、地面に嘴を深々と突き立てた。

 そうして突撃第一陣が地面に突き刺さると、後続もまた同様にその背を襲って突き刺さり、仲間に刺された鳥は赤紫の霞へと変じた。

 それからも鳥たちは続けて罠にかかり続け、次々とマナの霞へと還っていく。難を逃れたものは、粗雑に見える貴族たちが丁寧に矢で始末した。放っておいても銃士隊が処理するが、彼らには前方への牽制に注力させたいからだ。


 やがて、空を飛ぶものは彼ら貴族以外にいなくなった。地面では最後尾だった鳥たちが、惨めにバタバタと羽ばたきを繰り返すばかりだ。

 こうして魔法陣で引き寄せて始末する手法は、安全性と効率を考えて採用された。敵が多すぎれば魔力の矢マナボルトでは間に合わず、逆さ傘インレインでもやや手を焼く。しかし魔力の火砲マナカノンは、爆風が視界を阻んで邪魔になる。

 そこで、引き寄せてからの磁掌というわけだ。一回展開してしまえば、後は勝手に鳥たちが互いを相食あいはんでくれる。わざわざ攻撃にマナを割く手間を回避できる上、地面に魔法陣を敷くという都合上、こうした牽制で用いられる場合は魔人の目に触れるリスクも低い。相手としては、せいぜい推測するしかないだろう。


 牽制は鮮やかに片付いた。ただ、この程度はご挨拶に過ぎないだろう。敵主力は鳥を処理している間にも淡々と近づいてきていた。戦列に先立つ幾人かの魔人は、もっと近くに。

 そろそろ交戦の間合いに入る。さすがに軽口を叩くものもなく、貴族たちは剣を抜いて構え始めた。


 そして――先に魔人の方が突っかけてきた。まずは五人。異様に巨大な剣を振りかざす者もいる。その力を見せつけるように、魔人が草原を駆け抜ける。

 対する貴族たちは……この場の代表である青年が、静かに「後退して迎撃」と言った。その声に合わせ、五人は光盾シールドを構えつつ、後ろへ下がっていく。

 しかし、彼らが後ろに下がるよりも、魔人たちの突撃の方が速い。やがて矢の間合いに入ると、魔人たちは魔法を放った。火砲カノンが多めのその攻撃に、貴族たちは光盾で身を固めつつ、フットワークと矢での迎撃でいなしていく。直線的に迫るだけの火砲であれば、矢で迎え撃つのはわけないことであった。


 歴戦の魔法使いによる五体五のやり取りで、戦場に濃いマナの霞が生じた。赤紫と紫が入り混じるその霞が、一時的に視界を分断する。それでも、両者は撃ち合った。魔人たちは少し下がって火砲を。貴族たちは――二手に分かれるように下がりつつ、逆さ傘を。

 そして、貴族たちが放ったマナの散弾に紛れ込ませるようにして、彼らの後方に位置していた銃士隊が、その火力を発揮した。二手に分かれた前衛の間を縫って、射線が霞の向こうへ集中する。

 すると、断末魔の悲鳴が上がった。一人、二人……魔人たちがその場に倒れ伏していく。


 やがて、霞の向こうから攻撃するものがいなくなり、視界を隔てていたその霞も晴れ渡ると、向こう側の様子が明らかになった。おそらく五体分と思われる、魔人の遺骸とその小片が、草原に散らばっている。

 火砲の直撃に比べれば、比較的損壊を抑えられるとはいえ、集中砲火にさらされてはひとたまりもなかったようだ。貴族たちは前方の戦線に目を向け、まだ安全圏にあることを確認してから、殺した相手の数の把握を始めた。


「……えーっと、首が五つか。まず間違いないな」

「逃げた感じもないね。一応確認する?」

「ああ、少し待て」


 代表の青年は、外連環エクスブレスで各部隊に問いかけた。看的手が、敵の離脱を確認していないかを。その答えは否であった。


「まず間違いなく、始末できたようだ」

「了解。第一陣は、上々ってところだな」

「これぐらいできんと困る」


 互いに言葉を交わしながら、貴族たちは前方の敵に目を向けた。先発隊を一蹴されたことで落ち着きを取り戻したのか、戦列からはみ出していた者たちは、やや引っ込んでしまったようだ。

「またやるか?」と尋ねられ、隊長役の青年は「ああ、頼む」と言った。


「引っ込んだのも、結局は各自の判断ってところだろう。煽って釣り出せるなら、その方がいい。大勢と交戦下に入って、生き残りに情報を持ち帰られるのが一番まずい」

「下手に手口を知られようものなら、将軍閣下に怒られるしな」

「ま、それもある。でかい顔して、いい気分で帰りたいな」


 そう言って互いの戦意を確かめた矢先、隊長の許可を得た青年が、意気揚々と挑発を再開した。聞くに堪えない悪口の連発に、仲間たちは引きつった笑いになっていく。

 そんな中、渋い笑みを浮かべながら、隊長は左に目をやった。そちらには、いつの間にか近づいてきた、騎兵隊がいる。もちろん、彼らも銃を扱う。そして次に、彼は右手に目を向けた。そちらからも歩兵の部隊が寄せてきている。

 先のやり取りにおいて、どちらが支援を行ったか、彼は知らない。知れば、敵に対応を悟られかねないからだ。誰が撃ったのか味方もわからない状況にあって、敵は誰に殺されたのかもわからないようになる。それが、共和国軍として目指すところであった。

 結局の所、挑発行為も魔法の撃ち合いによる視界妨害も、すべては本命の攻撃を見破らせないための布石だ。その布石の中に、この五人の貴族も含まれている。

 そういった諸々を、この五人は承知した上で、この場に立っている。自身の手柄や諸々の事情はあるが、結局はこの戦いに勝つためであり、この軍を率いる将軍への信頼があるからだ。


 しかし……即席の隊長は、罵詈雑言の嵐の横で、思考を静かに沈ませた。

 騒がしくして本命を悟らせないこの手口は、今の所うまくいっているように見える。下っ端とはいえ、魔人をまとめて五体たやすく砂に還したわけだから。

 それに、あの将軍のことだから、自分たちに知らせてない何か秘策もきっとあることだろう。だが、相手も同様にして、この戦闘の裏で何かを進めているのだとしたら……荒っぽく見えるあの魔人たちも、結局は目くらましに過ぎないのかも知れない。それこそ、我々と同じように。

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