第344話 「迫るその日に向かって①」

 兵球トループボール将玉コマンドオーブの実証試験以降、あの試験場には関係者が足しげく立ち寄り、実践に向けた準備に励むことになった。

 それで、最寄りの町では、行政の方や町人の方々のご厚意で、俺たちのためにと建物を一つご提供していただけた。さすがに、作戦内容までは町の方々に知られていないけど、国を守ろうとしていることは伝わったのだろうと思う。


 作戦において重要なカギになるのは、魔道具の性能だ。特に、将玉には大きな期待が寄せられている。

 そんなプレッシャーの中、工廠雑事部はフル稼働で応えてくれた。開発リソースの確保ということでいうと、ホウキの量産やら改良が軍装部の手に渡ったのは、結果として好都合だったようだ。今では、雑事部一丸となって、将玉の改良に励む形になっている。

 そんな彼らが作った将玉は、ホウキの速達便で毎日のように試験場へ届けられた。日に日に、再生速度が良くなったり、出せる人形の数が増えたり……目に見てわかる改善具合が、現場の俺たちには大きな刺激になった。


 戦場候補地の実地検分も、並行して進んだ。

 こちらは、ホウキ乗りの中でも高速飛行に慣れている連中に現地へ向かってもらって、色々と調査してもらった。空から地形を確認してもらったり、現地の石や岩など、ゴーレムの素材になりそうなもののサンプルを持って帰ってもらったり……。

 そうして得た情報を元に、ラックスや軍の方々が、実際の策として煮詰めていった。


 その一方、部隊の手足となる俺たち実働担当はというと、将玉や兵球を用いた戦法の開拓に集中していた。現地で得た情報から、どれだけゴーレムを展開すれば封鎖できるか? 近づけば見境なく襲ってくるゴーレムを、どうすればうまく運用できるか?

 そうやって、人とゴーレムの混成部隊を機能させるため、俺たちは陣形の検証に取り組んでいった。


 もちろん、俺たちがすでに身につけている、既存の技術の研鑽も怠らない。ホウキの機動力や、制空権を得られることは大きなアドバンテージになるし、反魔法アンチスペルはこちらの戦力を維持しつつ、戦闘でのイニシアチブを取るのに有用だ。

 そういう、俺たちにとってはなじみがあって、その一方世にはまだ知られていない戦闘技術に、軍の方々は大きな関心を示した。

 とはいえ、今から正規兵に習得させようというようなことはなかった。その代わりなのか、俺たちの技術をより有効に活用できるよう、軍の方々は熱心に兵法を教えてくださった。


 そうやって、所属を超えて協力していき、少しずつ「本当になんとかできるんじゃないか」という希望が見えていく。

 相手が通るであろう、峡谷ルートと、橋ルートに関しては。


 俺たち近衛部隊は、大きく3つに分けられた。峡谷担当と、橋担当、それに司令などを行う本営だ。中央ルートをどうにかしようという部隊は、ない。

 まだ手立てがないから……そういう言い訳はできる。しかし、手を付けなければ始まらないにもかかわらず、中央ルートについて触れる声は、ほとんど聞こえなかった。

 俺も、言い出せなかった。言えば、何かを認めざるを得なくなる、そんな暗い予感がつきまとう。


 今回の取り組みを通じて、軍の方々と仲良くなれた。俺たちのことを色々と気にかけてくださっているようで、貴重な話を聞くこともできた。

 そんな彼らが聞けた話の中に、俺たちの取り組みがどう思われているかというものがあった。

 軍上層部は、両軍衝突を食い止めようという俺たちの取り組みを認識している。そして、そういう志や個々人のスキルについては、高く評価してくださっているようだ。

 でも、実際の結果については、さほど期待はしていない。


 もちろん、俺たちが相手の進行を食い止め、そこから正規の軍が動いて、無血で相手の降伏につなげられればベストだ。

 しかし、軍としてはもう少しありえそうなシナリオ――俺たちが相手の勢いを抑えるか、あるいは疲弊させるなどして、交戦に有利な状況を整えることに、より現実的な期待を寄せている。

 つまり、軍としては戦う構えでいる。俺たちに関しては、自軍の損耗を抑える先発隊といった認識なのだろう。


 そういう話を聞かせてくださった、若い武官の方は、かなり申し訳なさそうな表情をしていた。彼がどういう気持ちでいたのか、結局聞き出すことはできなかった。

 軍全体の考えは、俺にも現実的に聞こえた。そう、認めざるを得ない。

 南北の脇道みたいなルートは、どうにかなるかもしれない。でも、どうなるかわからない。

 中央のルートは、そもそも手立てが見つからない。

 次第に、軍が考える妥当な筋立てに、気持ちが傾いてしまっているような空気を、俺は感じずにはいられなかった。


 強い熱意と、うっすらとした諦めのようなものが渦巻く中、ラックスはいつも通りだった。

 ひょっとすると軍の方々よりも高いところとのつながりがある彼女からは、特に良い話を聞けなかった。そういう話題があればきっと話すだろうから、本当に何もないのだろう。

 中央ルートがどうなるかについては、今回の戦争全体の成り行きを左右する。その打開策について、彼女以外にも位が高い方々が思案に暮れているそうだけど……彼女の口から、打開策を聞くことはなかった。

 しかし、俺たちの前で彼女は、普段通りにふるまっていた。状況に関して、俺たちの中では彼女が一番よくわかっているだろう。それでも、彼女からは後ろ向きな感情が伝わってこなかった。


 まぁ、中央ルートへの対処について、完全に無策だったわけじゃない。

 俺たちの中では一つ意見が出た。相手から見て、山々を抜けた先にある砦を、わざと取らせるというものだ。その砦に、実際には俺たちの方が先に到達し、何かしら罠を施したうえで放置。相手が引っ掛かったところで、全軍で包囲する。

 正直にいって、そんな罠に都合よくかかってくれるとは考えにくい。気休めにはいいかなという程度だ。

 ラックスもそのアイデアを聞いたときは苦笑いしていた。しかし、それでも何か引っかかるようなものはあったらしく、その日の彼女は妙に口数が少なくなったのを覚えている。



 12月20日。今日は試験場から離れ、俺は一人で王都近辺を走りこんでいた。空は暗い雲が広がっていて、ところどころに切れ目が見えるって程度だ。朝からずっと肌寒い。

 今いるのは、王都から少し歩いたところにある、結構な大きさの池だ。池の周りには、座るための切り株だとか岩が配してあって、ちょっとした公園のようになっている。

 しかし、周囲に人の姿はない。寒いからみんな外に出ていないんじゃなくて、こんなご時世のせいだろう。公園を独り占めにしている贅沢さとともに、物寂しい感情を一人味わった。


 そんな寂しい公園の、地面が少し盛り上がったところで、俺は寝転がって大の字になった。

 さっきまで走りこんでいたせいで、心臓がバクバクしているのがわかる。じわっと広がる疲労感に包まれながら、俺は目を閉じて考え事を始めた。


 このままだと、あの中央ルートで本格的な戦闘は避けられない。しかし、このままでいいんだろうか?

 この世界に現存している歴史書には、人間同士の戦争というものが記されていなかった。このままでは、おそらく最初の実例が刻まれてしまうだろう。それが、この世の未来にどういう影響をもたらすか……俺には想像もつかなかった。


 いや、そこまで未来のことに目を向ける前に……そもそも、俺はどうして、この取り組みに関わっているんだろう。

 それは、人間同士の戦いなんかに、アイリスさんを関わらせたくなかったからだ。しかし、だからといって彼女を戦いから遠ざけるだけじゃダメだ。彼女が戦わなかったことで誰かが代わりに死んだとか……きっと、そういうことを考えてしまうだろうから。

 だから……誰も傷つかずに終戦するのが一番いい。そんな奇跡が不可能だっていうのなら、可能な限りそれに近づけたい。

 つまるところ、俺が目指すのはそういう戦いで、動機はあの子のためであり……言い換えれば自分のためだ。あんまりにも利己的な理由に収まってしまって、なんだか仲間に申し訳ない気持ちと一緒に、胸のつっかえがスッキリしたような感覚もある。


 しかし、まずは打開策だ。俺にできること、俺にしかなし得ないことはあるだろうか? 人間同士の戦争を知らないこの世の人々と違って、俺にはそういう戦争の知識がある。授業で習った程度の浅いものでしかないけども……そういう過去から、何か学ぶべきことはないだろうか?

 目を閉じて、俺は考え込んだ。脳裏で様々な言葉が踊り狂い、それらはなかなか1つにまとまろうとしない。


 一瞬、視界が真っ白になった。反射的に右手を伸ばして顔の前にかざすと、すぐに眩しいのが途切れる。

 うっすら目を開けると、空に雲の切れ目があって、青い空と日光が覗いていた。こんな冬の日でも、前にかざした右手には、ほのかな暖かさがあって……。

 その時、背筋に電流が走った。それに遅れて、なんともいえない冷たい感じが体を満たす。頭の中に巡っていた、様々な言葉のピースが結びつき、1つの解になっていく。


 できるかどうかもわからないアイデアだ。それに……実行をためらわせる、いくつもの要因がすぐに頭に浮かんだ。色々と不都合はある。心情的にも。


 それでも、やってみる価値はある。少なくとも、諦めたくはない。

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