第342話 「実証試験②」
話題に対し、仲間の食いつきがいいおかげで、話の流れが少しブレかける。リムさんが少し戸惑う一方、ラックスが進行の役をキッチリ果たし、次の実践に移ることになった。
傍の小川に腰を落とし、リムさんが手にした青い
素材を集めて形成されるまでの時間は、小石のときよりもさらに早かった。形成するまでの過程に関して言えば、水の方が優れた存在なのかもしれない。
しかし、その欠点は、誰の目にも明らかだった。この水人間の心臓である魔道具がどこにあるか、一目瞭然だからだ。
出来上がったきり動かない水人間に、今度は工廠職員が火バサミのようなものを片手に近づいていく。説明によれば、今は水人間が動かないようにしているので、襲われる心配はないとのことだ。
そして、職員がすぐそばにまで近づくと、彼は火バサミを水人間の胸に突き刺した。そして、例の魔道具をはさみ、力を込めて引き抜く。すると、宝珠を引き抜かれまいとして、水人間を構成する水がガムのように伸びる。
しかし、抵抗むなしく宝珠が水から完全に引き離されると、ついそこまで立っていた水人間はたちまち崩れ去った。水面に落ちた水が跳ね飛んで、職員は「うわっ!」と言って後ずさる。
核が丸見えな分、根本的な対処は容易だ。それに、わざわざ引き抜かなくても、核に武器をたたきつけて破壊すればいい。
その辺りに関し、武官の方から「どこまで耐えられそうですか」と魔道具本体の耐久性について尋ねると、リムさんが返答した。
「地面に落とす程度の衝撃には耐えられますが、実戦で想定される打撃や射撃には、おそらく耐えきれないかと」
「強く作ることはできませんか?」
「可能と言えば可能ですが、防御用に外装を盛るとマナの通りが悪くなって、魔道具としての性能が落ちます。性能と耐久性を両立するような素材は、製造コストが跳ね上がり、作成難度が上がって歩留まりが……」
「なるほど……現状の物が、妥当なバランスかもしれませんね」
武官の方がそう言うと、工廠の一同は少し申し訳なさそうな表情になって、彼の発言を認めた。いいとこ取りするような、うまい解決策はないようだ。
実用面で言うと、少し微妙かもしれない。そういう認識が、落胆のような空気とともにじわじわ広がっていく。すると、ウォーレンが声を上げた。
「弱点以外に関しては、結構やりづらい相手だと思うんだけどな」
「……という話だけど、誰かやってみる?」
ラックスが俺たちを見回す。そこで、多くの推薦を受けてウィンが前に出た。ハリーとはいいライバル関係だとみんなも認めるところだから、そういう流れでの推挙だろう。当人は「傍から見てた方がおもしろそうなんだが……」と、そこまで乗り気じゃないけど。
そうやって背を押されるように前に出た彼も、さすがに敵と向かい合うと黙って剣を構えた。
そして、
突撃に対し、ウィンは機敏に動いてコースを外す。そして、カウンターを合わせるようにして剣を構え、水人間の腰を両断――ところが、剣は水の体をそのまますり抜けた。「ああ、なるほど」と短くつぶやいたウィンは、相手が向き直るより早く身を翻しつつ、バックステップで距離を取る。
彼に若干遅れてから、水人間は向きを変えた。と言っても、その場で足を動かしてターンしたわけじゃない。裏表の概念が存在しないかのように、その場で足の関節を逆に曲げ、ウィンに向かって駆け寄っていく。
言われればそういうものだと納得するしかないけど、常識や直感に反する動きには驚かされた。いつも冷静なウィンも、さすがにびっくりしたのか「聞いてないぞ!」とひきつった笑顔で叫ぶ。
「どうだ? やりづらいか?」
「核斬らせてくれ」
「それは無理だ、すまん」
ウォーレンとの短いやり取りの後、ウィンは観念して水人間の対処に移る。タックル一辺倒の相手に対し、彼は回避しつつ、今度は剣を首に合わせた。
すると、今度は攻撃が成功し、刃の上に乗った頭部が形を崩す。そして、頭だった液体が向かう先には……当然、胴体が待っている。
斬ってから素早く向きを変えるウィンの前で、首を斬られたはずの人間は、回収した水を集めて頭をすぐさま再建していく。その様子を見て、ウィンは言った。
「別に、人型にこだわる必要はないんじゃないか?」
ともすれば、大半の観客よりも冷静なツッコミに、仲間の中から唸り声が漏れる。すると、水人間の攻撃をやめさせ、ちょっとした問答が始まった。まず、武官の方から発言が。
「そういう調整が可能であれば、攻防に用をなさない部分を省略するのは効率的かと」
「いや、しかし……人の形のまま差し向けることでの心理的効果もあるんじゃないか」
「なるほど、それもそうか」
同僚からの意見に、彼は意見を引っ込めた。続いてリムさんから指摘が入る。
「体の部位を省くことで重量のバランスが崩れると、動きに支障が出る懸念もあります。基本は人を模した動きですから。かといって、自由に動きを指示するのは難しいですし……」
「となると、人型にするのがベストですね」
話が終わってからも、戦いは続いた。切断したい面に対し、刃の面積が狭いと、斬っても斬った端からつながってしまうようだ。加えて、体の上部を斬り落とそうとしても、結局は重力に従って健在な部位に回収される。
その辺りのポイントを早くに察知したのか、ウィンの狙いはすぐ四肢にシフトした。剣の幅でも、ギリギリで完全に遮断できそうな太さだし、体の下部に回収される可能性も低い。
しかし……ウィンが腕を切り落とすと、その場で落ちた腕が水しぶきを上げた。当たれば体力を奪われるくらい、今の時期の水は容赦なく冷たい。それがかからないよう、斬ってすぐ足運びで避けた彼だけど、それだけでもある程度の負荷にはなるだろう。
それに、腕を切り落としてやっても、水人間は水面に足をつけていて、結局はいくらでも再生が効く。
腕が生え終わり、またも突撃する水人間に対し、ウィンは大きく腰を落とした。そして、すれ違いざまに剣を振りぬくと、両脚を切られた水人間が、突撃の勢いそのままに飛んでいく。
ひざ下は水しぶき無く、波紋だけを残して水面に還った。一方、核がある本体は、斬られてもなおその形状を保ったまま水に突っ込んで、今までで一番大きな水しぶきを上げた。
それから程なくして、水面から水人間が、立ち上がるように再生した。そこでラックスの合図がかかって戦闘が終わる。
「どうだった?」とラックスが尋ねると、ウィンは「やりづらい」とだけ返す。色々な含みを持たせた発言に、多くが苦笑いした。それから、彼はもう少しきちんとした感想を述べる。
「魔道具本体の耐久力を抜きにすれば、厄介な相手だとは思う」
「逆に言うと……遠慮しなければ、どうってことはない?」
「小石で作った方が、脅威に感じるかもな」
素材が小石の場合、結びつきを切り裂くにしても、途中小石が当たって確実に抵抗になる。一方、水の場合はそういう抵抗がほとんどない。だから、核だけを狙うならば、水の方が対処は容易だ。
しかし、水人間の実用性について、ウィンは意外な切り口から言及した。
「水で作った場合、こちらからの誤射も有益になりえると思う」
「それは、なぜでしょう」
彼の発言に、武官の方々が真っ先に興味を示す。すると、ウィンは少し姿勢を正して言葉を続けた。
「誤射といっても、水の体が飛び散るようなもの限定ですが……相手集団を射撃で牽制しつつ、外れても冷水を浴びせるようなものになるかと」
「なるほど……では、単純に川の水を汲んで浴びせかけるのではなく、この魔道具を合わせることに意義はあるでしょうか?」
「川から水をくみ上げ、勝手に人の身長まで水を持ち上げてくれると考えれば……攻撃を拡散させるなら高さは重要ですが、その高さを労せずに準備できますので」
つまるところ、ウィンはこの魔道具を壁としてのみ使うのではなく、散水機としても使えないかと提言しているわけだ。確かに、橋の下から水を汲んで上に浴びせかけるよりは、水人間に運ばせた方が効率的だろう。消費した水を補充する方法を考える必要はあるけど、防衛策の一つに組み込むには十分だと思う。
彼のアイデアに関しては、ラックスも武官の方々も大いに認めた。詳細な運用については今後詰めていくことに。
ただ、どのように使うとしても、やはりネックになるのは弱点が丸見えという点だ。そこで、微妙に煮え切らない様子のウォーレンが口を開く。
「さっきもちょっとだけ触れたけどさ、宝珠1つでたくさん兵を作る魔道具があって……」
すると、その場の興味関心が集中したんだろう。言い切らないうちに、ウォーレンは視線の圧でたじろいだ。それから彼は、「あまり期待するなよ~」と言って、資材置き場の方に足を運んだ。
まぁ……彼には悪いけど、期待するなって方が無理だとは思う。
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