第341話 「実証試験①」

 12月7日早朝。わずかに雪が舞う中、俺たち近衛部隊と工廠雑事部、それに武官の方々は、とある山間地にいた。王都からは徒歩で3日、ホウキなら普通に飛んで半日ってところだ。前日、最寄りの町で夜を明かし、ここにいる。

 今日こうして集まったのは、峡谷と橋を魔道具の力を借りて封鎖する作戦の、実証試験を行うのが目的だ。


 まず、すっかりまとめ役が板についたラックスが、今回の作戦の鍵ともいえる魔道具と、開発主任のリムさんを軽く紹介する。それが済むと、かなり緊張した様子のリムさんが、俺たちの前に歩み出た。

 砂漠の国から来た彼女は、今の寒さが相当キツいのだろう。他の職員同様、寒冷地でのフィールドワーク向けらしき上着を着こんでいるけど、かなり寒そうにしている。

 それでも、俺たちの前に立った彼女は、決然とした表情で言った。


「このような難しい情勢にあって、お手伝いのお役目をいただけたことは、大変光栄に思います。ご希望に沿える出来にはまだ遠いかもしれませんが、今後も力を尽くす所存です」


 大勢から期待を寄せられているにも関わらず、彼女の言葉や表現は控えめだ。でも、気持ちはわかるような気がした。こういう難局にあって、自身の技術がどこまで力になれるか、不安に思う部分はやはりあるのだと思う。

 それに、出身は操兵術ゴーレマンシーが盛んな王国だけど、リムさんみたいな魔道具によるゴーレム使いは少数派だと聞いている。それゆえの心細さも、あるのかもしれない。見た感じ、弱気は感じられないから、その点は大丈夫だろうとは思うけど。


 紹介と挨拶の後は、さっそく実践だ。即席のちょっとした資材置き場から、リムさんは例の宝珠、黄色い兵球トループボールを取り上げる。

 そして、彼女はそれを静かに砂利道に置いた。すると、おはじきやビー玉程度の小石が寄り集まり、瞬く間に人の形になっていく。前に見たのは砂人間だけど、今回のは石人間ってところだ。

 こういうのを初めて見る方も多いようで、そこかしこから驚きと興奮を帯びたどよめきが聞こえる。


 そうやってでき上がった石人間が、戦力としてはどれほどのものか。確かめるための相手にはハリーが選ばれた。静かに歩み出て、彼が石人間と対峙する。そして、彼の方から徐々に距離を詰めていくと、石人間が反応した。

 しかし、その動きはどこかぎこちない。緩慢とまではいえないものの、各所の動きが直線的で、無理に動かしているという感じだ。動作音こそないものの、注油していない機械みたいな摩擦音がピッタリ合う動きだ。

 さすがに、そういう相手に苦戦するハリーではない。彼は……どこか微妙に遠慮がちな動きで、砂人間をあしらう。タックルらしき動きは剣の峰で受け流し、背面を取って肩から腰まで一刀両断。


 彼の手並みは鮮やか……だけど、さすがに相手が明らかに見劣りする。ハリーの手際を褒めるにも困る、なんとも微妙な空気が流れるものの、それはすぐに一変した。切って落とされた石の半身が、見る見るうちに下半身にまとわりついて上へ登る。先ほどまでのギクシャクした動きとは裏腹に、再生する様は滑らかだ。

 そうして、やられてから数秒で、また石人間ができ上がった。

 その後も、石人間が体当たりし、ハリーがそれを迎撃。やられた石人間が立ち上がる……そんな構図が繰り返された。


 5回ほど繰り返したところで、止めの声がかかり、石人間はその場で崩れ落ちる。それを見届けてから、ハリーは剣を鞘に納めた。

 彼は息一つ切らしていない。手抜きしたということもなく、単に無駄な動きをしないからだろう。彼ほどの技量がなくても、あしらうのにさほど苦労はしなさそうだ……一対一ならば。

 実演が終わるなり、仲間の一人が手を挙げた。


「前に遺跡で見たのと違うんスけど、工廠でいじったんスか?」

「ええっと……どうしましょう」


 質問を受けたリムさんは、ちょっと戸惑ったようになった。そこでウォーレンが助け舟を出す。


「話す順番があるからさ、まずは基礎のところからな」

「ああ、そっか。すまん」


 そういうわけで、まずはこの魔道具の基本について軽く説明が始まった。材料となる物体に働きかけ、それを人の形に整形し、近づく外敵を排除する……そんな感じの説明を。

 基本についての説明が済むと、話は俺みたいにすでに知っている連中向けのものに移った。


「発掘品と比べると、再生速度を高めるような調整ができました。ただ、細部の動きはぎこちないですが……」

「なるほど、取捨選択ですね。この方が、今考えている作戦には適しているように思いますが……」


 リムさんの説明の後、武官の方が発言した。それから、彼は場の一堂に視線を向けて意見をうかがう。

 細かい動きが微妙というのは確かに欠点だ。しかし、人代わりの兵として立たせ続けるのなら、再生速度は重要だろう。

 今の調整に対する否定的な意見は、特に出ない。そこへラックスがさらに後押しする。


「再生力が高ければ、後方からの"誤射"も容認できます。ゴーレムに攻撃の手を任せるよりは、足止め用の動く壁と割り切る方が良いかと」

「わかりました、この方向性で進めます。動作の方も、うまくいけば改善させたいと思います」

「よろしくお願いします」


 そういうわけで、とりあえずは壁としてのタフネス優先で開発が進むことで話が落ち着いた。

 続いて、ゴーレムの材質について疑問が飛ぶ。


「前のは砂でできてましたけど、小石でもできるんですね」

「はい。想定される戦場は、こういう小石が多いところと聞きましたので」

「小石を使うことで、性能が変わるようなことは? 現場に素材を持っていくのもアリかと思いますけど」

「それは……」


 一瞬戸惑ってから、リムさんはまず仕様上の話を始めた。

 砂の方が素材として優れている点は、いくつかある。砂の方が動きが滑らかになるとか、素材としての均質性が高く、おかげで性能が安定しやすいとか……。

 一番大きいのは、宝珠を完全に覆い隠せるってことだ。小石の場合、微妙に隙間が空く可能性はある。

 すると、仲間から「もしかして、わざと外した?」という質問が出た。それに対し、ハリーは少し迷ってから「ああ」と、遠慮気味に答えた。つまり、魔道具を気遣ってたわけだ。

 彼の場合、遺跡調査の際にやりあった経験がある。だから、そのことをきっと意識していただろう。一方で事前知識のない相手の兵が、実戦の場で気付けるかどうかだけど……決して、油断はできない。再生力が高くても、肝心の核である魔道具を破壊されては元も子もない。その点では、外から核を見られかねない石バージョンは、多少の不安が残る。


「ただ、核の見つかりやすさで言えば、小石は水よりましですが……」

「えっ、水でもできるんですか!?」


 リムさんの発言に、仲間が驚き食いつく。すると、ラックスがやんわりとたしなめるような視線を向けてから、「後でやるからね」と言った。それから、工廠の面々や軍の方々に視線を向け、話し始める。


「小石だけでは確かに少し不安ですが、他の素材による兵を混在させるのも、一つの手だと思います。工廠側で対応可能であれば、何種類か用意していただければと」

「ウチらとしては、対応できますけど、軍としての考えはどうです?」

「素材の調達をどうするかですね。現地調達でとお考えですか?」

「はい。重量物ですから、こちらから運んだのでは確実に負担になります。それに、魔道具一つでその場に兵ができあがる利便性と機動力が武器であるとも考えますので。状況に合わせた選択肢があれば、というところです」


 俺たち実働部隊が静観する中、そうやって実務面での話が進んでいく。こちらから口を挟む感じではないものの、自分たちの戦いや命に関わる話だけに、退屈そうにしている奴は一人もいない――いたらいたで、相当な猛者だと思うけど。

 結局、黄色系の兵球は小石メインで用意してもらって、他の素材のものも検討という事になった。実際の地勢がどうなっているか、ホウキで飛ばして偵察してから、用意するものを決める形だ。

 話がまとまったところで、仲間の一人が「しかし、兵球だけでも結構な荷物になりそうですね」と言った。「ちょっと大変」ぐらいの、深刻さがない口調だったけど、この発言にリムさんが動揺を見せる。すると、ウォーレンがかなり表情を渋くさせて返した。


「実はさ……宝珠一つでまとまった数の人形を作る、将玉コマンドオーブってのもあって……」

「なにそれ!」


 やはりというべきか、仲間内から興奮したような声が飛ぶ。遺跡調査に参加したメンバーからも、「ああ、アレか」と言った感じの、合点がいったようなつぶやきが聞こえた。

 それに対し、「やっちまった」とばかりに顔をしかめるウォーレン。そこに、ラックスが苦笑いして言った。


「まだ実用レベルじゃないそうだけど……とりあえず、また後でね」

「了解」


 釘を刺すようなラックスの発言にも、どこか期待感のこもった声で仲間が返事をする。

 実を言うと、俺も少し期待はしている。遺跡調査の時には随分と手を焼かされたものだけど……あの時の性能ほどじゃなくても、使いようによっては俺たちの助けになるんじゃないだろうか。

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