第319話 「未踏の空戦」

 明かりを手にして衛兵たちがクリーガの町中を駆け回り出すと、それに気づいた住人が反応して、町中が騒然となった。なぜ、このような夜中に出動しているのか、何をしているのか、誰かを探しているのか……住人が問いかけても衛兵は決して答えない。ただ表情を硬くして、回答を拒むその様に、住民の不安はかえって煽られた。

 そんな矢先に、夜空の星明かりに紛れて、いくつかの色の線が飛び交う。青系を中心とした光のやりとりが、上空での戦闘によるものだと知れ渡ると、住民の混乱はより一層強いものになった。



 クリーガ上空では、王国史上初となる人間同士の空中戦が繰り広げられていた。

 王都側の勢力は四名、対してクリーガから出撃したのは一名。数の差は圧倒的だったが、にも関わらず迎撃に飛び出してきたという事実は、サニーに強い警戒を抱かせた。


 おそらくは、ホウキに乗れる中で最高戦力が迎撃に来たのであろう。それを証明するかのように、ただ一人の迎撃者は、泡膜バブルコートを展開しながら三つの光線を放ってみせた――曲線を描いて飛ぶ追光線チェイスレイである。

 自身に向かって飛来する一本の光線に対し、サニーはまず構えた銃を威嚇程度の考えで一発放ってから回避行動に移る。しかし、きついヘアピンカーブを描くような戦闘機動にも、光線はしっかりと追随してくる。

 追いすがる光線と格闘しつつ、彼は戦場全体を見回した。できる限り戦場を広く使い、敵の消耗を誘おうと後背に回り込もうとすると、相手は「させまい」としてさらに動く。その慣れた対応に、サニーは思わず舌打ちした。


 彼を今追っている光線に、追尾能力はない。使い手の意志に反応して誘導するという魔法であり、撃ちっぱなしで効果を発揮するというものではない。しかし、撃った後から狙いをつけられるというのは、ホウキを用いての空中戦に好適であった。

 ホウキで縦横に動きながらでは、魔法を記述することはできない。その対策に、王都側はライフル銃のような魔道具、魔力の矢投射装置ボルトキャスターを用いているが、迎撃者は魔法を用いている。飛び回りながら、一瞬だけ急制動をかけて制止した後、必要な魔法を瞬時に記述。その後、再度飛び始めるというやり方で応戦しているわけだ。


 おそらくは、自身で編み出した戦闘法なのであろう。銃から放たれるボルトを的確にかわしつつ、泡膜が破れればすぐさま張りなおす。そんな強力な魔法使いと相対するサニーの胸中に、相手の技量に対する感服の念と、ここまで訓練に付き合ってくれたエリーへの感謝が沸き起こった。泡膜による全方位防御と、追光線による攻撃というのは、彼女の想定通りのものであった。

「おそらく、飛べる者の中から最高の術士を選び出すでしょう。となると、この組み合わせが最適です」というのが彼女の言だ。

 そして、今日のこの時のために彼女は模擬戦に何度も付き合った。エリーという卓絶した術士が特訓の相手になったのは、今戦っている四人にとっては代えがたい経験になった。飛行技術においては相応の自負心を持っていたのが、いざ特訓となると四人がかりでもエリーに勝てず、鼻っ柱を折られてしまったのだから。


 そして今、まさに師に言われた通りの展開になっている――しかし一方で、自分たちの師ほどの力量はない。彼女は、四本の光線と双泡膜ダブルコートで武装していた。

 それでも、訓練のときより苦戦を強いられていることに、サニーは気づいていた。夜間の空中戦ということで動きの精細を欠いているのは確かだが、相手にしても同じことだ。

 結局の所、自分たちの動きを鈍らせる別の要素があるとすれば、それは戦場への慣れと覚悟の差だけだ。彼はそう考えた。


――だったら、訓練で学んだとおりの動きを実践して、みんなに自信を思い起こさせればいい。


 彼は自身を狙った光線を泡膜で相殺し、それ以上の追手がないことを確認してから泡膜を張り直した。そうやって常に一枚の防御膜を維持するのが戦いの基本だが、そうも行かない場合もある。

 戦場を広く見渡し、彼は窮地に陥っている味方を発見した。すでに泡膜を割られ、今なお光線の一つに追われている。サニーは空を飛び交うホウキと、それ以上のスピードで空を駆けまわる光線を目で追いながら、泡膜を破られた味方のカバーに向かった。


 模擬戦において得られた大きな成果に、空中戦におけるフォーメーションの組み立て方への知見があった。

 一度泡膜を破られてしまえば、次の追光線への対応が困難になる。泡膜を張りなおそうとホウキを止めれば、先に光線に撃たれるリスクが高いからだ。泡膜を重ねてかけられれば良いのだが、そこまでの高等技術は彼らの知る限りではエリーにしかできない。

 そこで、光線に追われていなければ一人で泡膜を張り直し、追われていれば誰かが間に割り込んで張りなおさせる。割り込んだことで光線が相殺され、余裕があれば自分も一緒に張りなおす。そういうチームワークを取ることで、人員の損失を防ぎ、戦力を維持するわけだ。


 仲間と光線の間に急降下し、どうにか滑り込むことに成功したサニーは、仲間を追っていた光線を自身の泡膜で相殺した。それから、ともに泡膜を再展開する。

 そうしてアシストしつつ、彼は他の仲間の方を素早く見遣った。いずれも泡膜を維持したまま、光線を回避し続けている。

 現状、防御において大きな問題はなさそうだ。そう考えたサニーは、敵の方に視線を向けて銃を何発か放ちながら、急上昇を始めた。


 空中戦でのフォーメーションの探求は、もちろん攻撃面にも及んでいる。平面方向での挟み撃ちよりも、上下での挟み撃ちの方が圧倒的に有用であると、度重なる訓練で判明している。

 無論、その知見を活かすためには、相当な飛行技術が必要である。しかし、上下動については空描きエアペインタープロジェクトの経験が生きた。

 その経験があって、今や王都の四人は、本当の意味で三次元機動戦闘をとれるようになっていた。

 後はその自信を取り戻すだけだ。そして、率先して範を示すサニーの動きにつられ、徐々に他の仲間達の動きが連携の取れたものになっていく。


 敵の頭上を取ったサニーは、間断なく矢の雨を降らし、迎撃者を一箇所にとどめさせない。それから逃れるように動き、攻撃の隙間を突いて魔法を使おうとすれば、下方から十字砲火が飛ぶ。それをすんでのところでかわしても、その隙に誰かが背面へ回り込む。

 しかし、攻勢に回り始めたものの、意のままに動かせる追光線と違い、空中戦で銃を当てることは至難の業であった。

 真っ暗な夜の闇では、皮肉にも相手の泡膜の明かりが頼りだ。それを打ち破ってとどめを刺そうにも、戦闘機動を取りながらライフルを構えて放つのは困難を極める。

 にも関わらず、次第に相手の攻撃頻度が減っていったのは――その余裕がなくなっていったのは―――たゆまぬ訓練のたまものであろう。


 やがて、防御のための泡膜を張るのに精一杯になり、迎撃者は完全に追い詰められていった。

 そして……泡膜を張りなおそうとした彼に、サニーが放った矢が的中した。攻撃による衝撃を受け、態勢を保つのもままならず、ホウキから落ちて墜落していく。彼とホウキとは紐で結ばれており、空中で立て直せる可能性がないわけではないが、攻撃を受けての墜落で復帰するのは困難であろう。このまま放っておいても、作戦上の問題はない。


 しかし……背にした街へ落ちていく彼を見て、サニーの中に強い衝動が沸き起こった。


 彼には常日頃から、強者へのあこがれがあった。

 馬術には覚えがあるものの、それを生かす機会にはほとんど恵まれず、彼自身一つの技術に熟達しているからこそ、仲間たちの一芸には強く焦がれていた。恋仲であるセレナの弓術には、コンプレックスさえある。

 そんな中、彼の力を十全に発揮できるホウキを得たことは、その自覚はないものの、人生の転機と言って良い快事であった。自分の能力を活かせる喜びと、人の役に立てている快感を味わえている。


 しかし……落ちていく敵を見て、彼の心は締め付けられた。

 紛れもなく、強力な魔法使いであった。飛行技術においては自分たちの方が上であろうが、それでも――もし一対一であったなら、自分は勝てていただろうか。

 相手の力量への称賛と、それを数ですりつぶしたことへの苦い実感が、彼の胸を占めた。そして気がつけば、放たれた矢のように、彼は落ち行く敵へ向けて急降下していた。

「捕えれば情報源になるかも」そんな冷静な打算が脳裏に聞こえたものの、それは今の行動を肯定する言い訳のように聞こえる。

 本心は一つだった。殺したくないというだけだ。落ちゆく敵に手を差し伸べ、どうにか拘束し、王都へ連れ帰る。それが、今目指すべき真の勝利に思われた。


 自由落下よりも更に速く加速し、夜の闇を切り裂いて降下すると、眼前の敵が右手を構えた。余計なことをするなと言わんばかりの、拒絶するようなそのポースから魔法が放たれるより早く、サニーは降下しながらも構えていた銃を放った。

 放たれた矢が構えられた右手に当たり、全身がほんの軽くきりもみ回転を始める。回転は緩やかではあるが、降下中に掴むとなると問題だ。苦い表情をしながらも、サニーはスピードを調整して手を伸ばす。

 そして、どうにか敵の服を掴み、自身に少しずつ引き寄せる。すると、敵が彼に苦々しげな口調で話しかけてきた。


「なんのつもりだ、恩でも売っているつもりか」

「そんなんじゃない。ただ、殺したくないだけなんだ」

「……くだらないな」


 そう吐き捨てるように言った相手を、サニーは強気ににらみつけ、空中でバランスを取り戻しながら言った。


「僕らは、生まれた土地が違うってだけで、殺し合わなきゃいけないのか? もう勝負がついたなら、別に殺さなくたって、死ななくたって……いいじゃないか」


 相手は言い返さなくなった。その視線が向かう先はサニーではなく、少しずれている。

 それから程なくして、二人分の重量を支えるサニーの負担がぐっと軽くなった。気がつけば、他の仲間たちが駆け付け、彼らを支えに来ていた。そのうちの一人が「無茶しやがる」と苦笑いしながら言って、サニーの髪を荒っぽく撫で回した。


「すみません、体が勝手に動いてしまって」

「ま、いいんじゃねーの。シエラを悲しませるわけにはいかねーしな」

「そうですね」


 空中で捕獲した相手は、なおも苦々しげな表情でいたが、利き手を撃たれて利かなくなったのであろう。抵抗しようという気配は完全になくなっている。

 その彼を空中でなんとか拘束し、彼らは地上部隊のためにマナの光を灯して合図した。


 後は、帰還するだけだ。

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