第289話 「ちょっと見ない間の変化」
7月17日9時。宿を出た俺は、ギルドへ向かった。
発掘調査の仕事は、報告書作成という最後の山を乗り越えて、ようやく荷が下りた。
一方で新たに持ち上がった企画の方は、シルヴィアさんが手を尽くしてくれたおかげで、明後日の夕方に顔合わせをすることになっている。
そこで今日は、ゆったりと各所を回って、あの仕事中に王都で起きたことをあらためて把握しようと考えたわけだ。
ギルドに入ると、入り口横の掲示板のそばに、新しい掲示物があった。闘技場のランキングだ。
あの仕事中に、正式稼働を迎えた闘技場では、ギルド会員の研鑽を促すという名目で、ランキング制をとりいれる事になった。一本勝ちとか、バリアを破った回数、戦闘時間に対戦相手のランク等から一戦ごとのポイントを算定し、それをランキングに反映させていくわけだ。
掲示があるのは上位20名まで。その下については、受付に聞けばランキング参加者本人の順位なら教えてもらえることになっている。あまり下位の名前が知れると、本人に悪いからという配慮だろう。
その名誉ある20名の中に、ほぼ同期の友人としては、ウィンの名があった。Cランク冒険者の名前が大半を占めるランキングの中にあって、Dランクの彼が14位。大したものだと思う。
ちなみに、ランキングてっぺんの欄外には、ハルトルージュ伯が君臨しておられる。なんでも、闘技場で冒険者相手に稽古をつけていたのが大勢の目に留まって、そこからあれよあれよという間に正式に参戦されることになったようだ。
そんな伯爵閣下は、先月の大会で砂のゴーレムをぶった切りまくったご活躍もあって、名実ともに闘技場のチャンピオンとして君臨しておられる。今や、冒険者のみならず、観客である王都の民衆にとっても、注目の的になっているようだ。
ちなみに、闘技場で使用できる武器に関しては、現在の模擬剣以外に、模擬槍の試作も進んでいるようだ。一番望まれているのは、模擬矢の実現――というかセレナの参戦だけど、あの子が闘技場での戦闘をやりたがるかというと……。
そのセレナはというと、9月のDランク魔導士試験に向けて猛勉強中だ。Dに受かって、
たぶん、サニーの影響が大きいんだろう。彼が関わるホウキの空輸事業も、俺たちがいない間に結構大きく動いていた。
というのも、王都フラウ・ファリアと第3都市クリーガ間の空路が、試験的にではあるけど開通されたそうだ。この件に関しては、宰相様を始めとして、国の重臣の方々からのご要望とサポートがあったらしい。
それで、王都と第3都市は徒歩で2か月ほどもかかるという。ちょうど中間あたりに山脈や険しい道があったりで、時間を取られるからだ。そんな長旅が、空路の”安全運転”で1週間程度まで短縮されるわけだから、ものすごい大躍進だろう。
そんな一大プロジェクトだけど、そっちに腕の立つホウキ乗りを何人か当てているため、人材育成の必要性が高まっている。他の近隣都市・集落との連絡をおろそかにするわけにもいかないし。
そこで、シエラに代わるインストラクターとして、サニーが抜擢された。藍色のマナの使い方に関しては、さすがにシエラにはかなわない――そもそも彼女に勝てる奴がいるのかどうか。
マナのことはさておいて、ホウキを操る空中機動に関しては、サニーも相当な力量がある。身のこなし、バランス感覚等、体の動きとホウキの動きを連動させるセンスに長けているわけだ。
彼に育成を任せられるようになったことで、シエラは空路開拓とか事業拡張、ルール整備等に時間をさけるようになった。
こうして、サニーが素質を発揮できる役を担えたと思うと、彼にホウキの話を持ち掛けて、良かったと本当に思う。
そうやって、ランキング表やら掲示板やらを眺めながら、みんな頑張ってるんだな~と思っていると、周囲からまじまじと見られていることに気づいた。
振り返ってみると、見慣れない顔の冒険者が結構いて、なにやら俺に対して興味ありそうな視線を向けてきている。
すると、「みんな、あれがリッツ先輩だからね」と受付の席から声がした。ジェニファーさんだ。俺が先輩って呼ばれたってことは、こちらの冒険者は後輩ってことか。
しかし、どうしてこんなに見られてんだろう。俺はジェニファーさんに尋ねた。すると、彼女は少し呆れたように笑って言った。
「春から、色々と仕事してるでしょ? ギルドの依頼以外で」
「そうですね。普通の依頼はあんまり……」
「この前の発掘調査も、普通の仕事とは言いにくいし」
「そうですね」
「それで、後輩のみんなと関わる機会が少ないでしょ。でも、色々やってるおかげで、名前だけはみんなに知られてるの」
「……言いふらしたりしてません?」
なんとなく気になって聞いてみると、彼女は若干気まずそうに唇を歪めてそっぽを向いた。
たぶん、俺が結婚式のライトアップをやったこととか、漏らしたんではあるまいか。あの事業に関しては、ジェニファーさんも関係者だし。ついうっかり、口が滑った可能性はある。
……まぁ、なんにせよ、後輩には一方的に名前を知られている状況だ。好奇の視線を寄せられるのを感じつつ、俺はギルドを後にした。
続いて向かったのは、魔法庁だ。まずは庶務課にお邪魔すると、課長さんが「久しぶり」と快く迎えてくれた。
「お久しぶりです。今大丈夫ですか? 少しお尋ねしたいことが」
「多少なら大丈夫ですよ」
そう言って課長さんは、来客向けのテーブルについた。彼の対面に座って俺は、さっそく用件を切り出した。
「例の事業ですが、どうでしたか?」
「無事に遂行できてますよ。ただ、プレッシャーはあるようですね」
「そりゃ、他人の人生の節目を飾る役ですし」
「よくできましたね?」
そう言って課長さんは笑った。まぁ……確かに、自分でもそう思う。あのとき、よく成功させられたもんだ。
なにはともあれ、こちらの後輩には無事に事業を継承できそうだ。これで安心して、次の話に移れる。
「
「二人がかりで
火砲をどうにかできるようになったのは朗報だ。
しかし、反魔法組は他にも、本筋とは離れる活動をやっていた。
「
「ああ、やっぱりみんな……ハマってたんですね」
「新しい物好きなんでしょう」
課長さんは笑った。魔法庁的には認識してから日が浅い魔法だけど、反魔法組のような部外者と共に検証していくことについては、好意的に受け止めてもらえているようだ。
そのことに安心しつつ、俺はちょっと重たい用件を思い出した。それを恐る恐る口にする。
「禁呪の、利用申請をしたいのですが……窓口はどちらに?」
俺がそう切り出すと、課長さんは少しだけ真顔で考え込んだ後、はたと気づいたように反応した。
「教本収蔵外の、ですか」
「はい」
火砲や逆さ傘みたいな、魔法庁管理下の教本に収蔵されている禁呪に関しては、ギルドの方で申請を代行してもらえる。禁呪ではあるものの、使用頻度はそれなりに高く、実戦の場では重要な魔法だからだ。
そういう魔法と違い、一般に知られていない禁呪に関して言えば、間にギルドを挟むわけにもいかず、自分で申請する形になる。
「そういえば複製術はこちらで代行しましたね」と言う課長さんに、俺はうなずいた。
「そうなんです。自分から正規の方法で申請したことがなくて」
「禁呪の使用許可に関しては、法務部ですね」
どこも法務に関わってそうな、このお役所だけど……その中核みたいなところってことか。行く前から体が硬くなる思いだ。
そんな俺の心情を察したのか、課長さんは「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
「申請するもの次第ですが」
「
「なるほど……大丈夫でしょう、たぶん」
後に付け足すようになった「たぶん」が気になるけど、そこは課長さんを信じることにしよう。
時間を割いていただいたことへの礼を述べてから、俺は席を立って庶務課を後にした。
部屋を出て廊下を歩いていくと、何人か職員の方とすれ違った。もう俺も先方もかなり慣れたもので、互いに会釈するだけだ。特に妙な反応を返されることはない。これが本来の姿なんだろうけど。
そうしてたどり着いた法務部のエリアには、病院の外来受付を思わせるカウンターと、ちょっとした待合スペースがあった。ここで申請するのだろう。
念のために受付の方に尋ねてみると、彼女は意外にも穏やかな微笑みを浮かべて応対してくれた。
「禁呪利用申請につきましては、こちらで書類をお預かりした後審議を行います。その結果は、申請書に記載していただきました、主たる所属の事業所か、お住いのどちらかに封書という形でお渡しする形になっています」
「審議の所要時間目安は……やはり非公開でしょうか」
「申請者と対象となる魔法の組み合わせにもよりますね。一概には申し上げかねます」
さすがに禁呪だけあって、こういうところもきっちりとガードが硬い。
追加の情報を諦めた俺は、待合いスペース脇にある机に向かい、申請書を取って書き込んでいった。まるでどこかの役場みたいだ――いや、ここもまさに、そういうお役所なんだけど。
書き上げた書類を受付に持っていって提出すると、彼女は目を細くして文字をたどっていく。
「……特に漏れはありませんね。では、こちらで受理いたします」
「はい、よろしくおねがいします」
「お疲れさまでした」
そう言って受付さんは、表情を柔らかくした。受付の方はこうして柔和な対応をしてくださるけど、受理された書類と審議はどうなることやら……。
不安と期待が入り交じるのを感じながら、俺は魔法庁から立ち去った。
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