第267話 「遺跡への誘い」

 6月8日、1 1時。俺達冒険者一同は、ギルドの大会議室に集められていた。

 前方には進行役としてウェイン先輩と、見慣れない女性が1人。日焼けした肌に、ウェーブがかかったクリーム色の髪。髪を見る限り、つい先日帰国されたアル・シャーディーンの方ではなさそうだ。

 周囲の様子を見る限り、みんなも初めて見る方のようだ。加えて、目鼻の整った美人ということで、みんなの目が彼女に釘付けになっている。そうして注目を集める彼女は、親しみを込めてニッコリ笑い、小さく手を振ってくる。

 そんなお客さんの正体について、憶測が小声で飛び交う中、先輩が手を叩いて話を始めた。


「いや、いきなり集まってもらって悪いな。まずは、先週の使節ご来訪の件について、協力ありがとう」


 そう言って先輩は深々と頭を下げた。

 結局、外交使節の方々のご滞在中、問題は発生しなかった。水面下での動きがあったのかもしれないけど、少なくとも話としては聞いてない。出港後も特に問題はなかったとのことなので、きっと大丈夫だろう。

 そうして成功裏に終わったご訪問において、俺達は何か貢献したわけじゃないけど、待機人員としての協力はあった。先輩がギルドを代表して礼を言ってるのはそういうことだ。

――と思っていたけど、どうやらそれだけじゃなかったようだ。頭を上げた先輩は、にこやかに話し出す。


「いきなり始めた大会の件だけど、先方は大いに楽しんでいただけたようでな~。わが国の上の方からも、お褒めの言葉をいただけたぞ」

「なんか、接待みたいスね」

「いや、お前ら遠慮ゼロだったろ」


 少しだけ皮肉交じりな発言に対し、先輩が真顔で即座に返すと、部屋のそこかしこから含み笑いが聞こえた。

 実際、戦っているうちに遠慮というものがなくなっていく実感はあった。場内を満たす熱気に当てられたっていうのもあるし、自分よりも力量のある相手に対して胸を借りようという、無意識の衝動もあったかもしれない。

 見る側は大いに楽しめただろうけど、やる側にとっても良い経験だったと思う。そんな試合が、どうやら今後も行われそうだ。先輩が話を続ける。


「突発的にも関わらず、どうにか試合・大会として成立したからな。今後は定常的に、ああいう試合や大会を開催していければ……っていうのが、ギルド含め関係各所の総意だ」


 関係各所は、前々からそういった試合に関して価値を認めていたけど、実際に目の当たりにしてその考えを新たにしたのだろう。戦う者の修練・教育の一環としても、民衆に対する防衛戦力のアピールとしても、何かしらのビジネスチャンスとしても、闘技場は大きな可能性を見込まれている。

 そして今、いきなりな初大会の成功をきっかけに、本格始動しようとしている。


「まぁ、次のはあんまり大規模にやるのも……ってことで、当面は様子を見るために数試合程度のつもりだけどな」


 詳細はまだまた全然詰まってないけど、話はもう動き出している。期待感が高まる中、先輩は「続報はまた今度な」と言って、次の話題に移った。


「こちらのお姉さんのこと、知ってる奴~?」


 先輩は手で傍らの女性を指しながら、俺達に尋ねてくる。しかし、誰も手を上げない。やっぱりみんな知らないんだ。

 すると先輩は「不勉強な連中ですみませんね」と笑いながら彼女に話しかけ、そのあと彼女の素性を話し出した。

 その説明によれば、彼女イスティナ・オーランドさんは、魔法使い兼発掘家兼考古学者とのことで、他国にもその名声が知れ渡っている才媛とのことだ。

――つまり、めちゃくちゃな有名人のはずだ。俺達の中にも、彼女の名前ぐらいは知っていた者がいただろう。現に、「あの人が!」みたいなジェスチャーが散見された。

 しかし、ご本人を前にして誰も正体がわからなかったのは、彼女が長期間外国に行くこともしばしばで、ほとんど王都にいないからだろう――それと、日焼けも。最近彼女が手掛けた砂漠での発掘について先輩が触れると、彼女は「見て見て~」と言わんばかりに長袖を少しめくりあげて、日に焼けた肌と持って生まれた色の境界線を見せてくる。なんというか、美人だけど茶目っ気のある人だ。奥様に近いかもしれない。

 そんなご紹介の後、先輩の代わりに前に立ったイスティナさんは、良く通るハキハキとした声で俺達に語り掛ける。


「ご紹介にあずかりました、イスティナ・オーランドです。皆様が呼ばれるときは、ティナとかティナで構いませんわ」


 それから彼女はにっこり笑い、冗談めかして「様でもつけてくださると、なお結構ですわ」と言った。部屋のあちこちから笑い声が漏れる。彼女はいいとこの生まれらしく、加えて確かな実績もある方だけど、鼻にかけるような嫌味さはない。むしろ愛嬌たっぷりだった。

 そんな名乗りですぐに場の空気をつかんだ彼女は、さっそく本題に入る。


「今回、この場をお借りしてお願い申し上げるのは、発掘調査への同行と協力ですわ」


 その行先はヴァンス地方。草原が一帯に広がる中、遺跡がいくつも見つかっているらしい。しかし、発掘が最近は滞っている。その理由がゴーレムだと語られて、部屋の中が急にざわめいた。すると、冒険者の1人が手を上げて発言する。


「お話し中申し訳ありませんが、1つ。先日の大会は、もしかしてこの件のための……?」

「ええ、予行演習といったところかしら?」


 そう言いつつ彼女が先輩に視線を向けると、先輩は彼女に一言断ってから、話に割り込んだ。


「あの時の戦いぶりを査定に使うってことはないから、その点は安心してくれ。ま、依頼の集まりが悪かったら、あれを参考に打診ぐらいはするけどな」

「少なくとも、不利益になるようなことはないと」

「まぁ……チャンピオン強かったもんなあ。俺だって勝てんし。実況やってて、いつ戦場に引っ張り出されるかとヒヤヒヤしてたぜ」


 先輩の正直な物言いに、若干緊張感が漂った空気がほぐれる。それから、ティナさんが話を引き継いでまとめに入った。


「遺跡の調査では、何かと力仕事がありますし、遺跡の防御機構への対処も求められます。それでも、ご興味のある方は、私と一緒にお仕事していただけると嬉しいですわ」


 そこからは先輩の口から事務的な話が続いた。発掘は進捗次第で日程に変更の出やすい仕事になる。なので、とりあえずの目安になるけど、移動時間が片道4日に、メインの発掘調査が最低でも2週間程度で、だいたい1ヶ月前後の仕事になる見込みだ。

 依頼の報酬は日当を基本給として、そこに発掘調査の成果や貢献度を考慮した追加報酬が入る感じだ。とりあえず、毎日Dランク相当の半日仕事をこなす程度の報酬は確約された。

 それで出発は6月1 5日。募集締め切りは1 1日で、そこから各種事業との兼ね合いを考慮してギルドの方で調整し、1 3日にそれぞれへ通達という予定だ。「毎回急で悪いけど、頼むぜ」と言って先輩が締めくくる。


 会議がおわると、急に賑やかになって、みんなぞろぞろと部屋を出ていった。俺も部屋を出て階段を下り、ギルドを出ようとする。すると、受付のシルウィアさんに取っ捕まった。


「お仕事の件で、お呼びたてが。今大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 さっきの発掘の件で、ご指名があるのかもしれない。少しドキドキするのを感じながら、俺はシルヴィアさんの案内で奥の応接室へ向かった。

 部屋に通され座っていると、裏方の職員さんがやってきて、お茶や菓子を運んで机に並べていく。「どうぞ」と笑顔で言われたけど、先に手を付ける気がしない。おもてなしというにはささやかだけど、こうした対応自体がキルドの応接室では珍しいので、なんだか逆にかしこまってしまった。

 そうして1人で待っていると、先輩とティナさんが姿を現した。立ち上がってとりあえず一礼すると、ティナさんは「そのまま座っててくださればよろしかったのに」と笑顔で返してくる。

 間近に接すると気品を強く感じるけど、堅苦しさはない。そういうところも奥様と似ているけど……あの方は少しイジワルなので、そこはだいぶ違いそうだ。

 1人で緊張していたのが急に楽になり、和やかな雰囲気になって俺達はソファーに座った。俺が1人、先輩とティナさんに対面する形になる。そうして向き合うなり、開口一番先輩が「替わるか?」と言って、俺と自分を交互に指さした。慌てて首を横に振ると、ティナさんが含み笑いを漏らす。

 それから、先輩は「悪いな」といくらか申し訳なさそうな笑顔になって、話を切り出してきた。


「発掘調査の件、どう思う? 興味はあるか?」

「それは、ありますけど……」

「けど?」

「今色々やってる仕事がありますし」


 興味を惹かれるのは確かだけど、現在俺か関わっている仕事がいくつもある。それらを1か月近くほっぽりだす形になるのは、さすがに関わるみんなに申し訳ない。

  しかし、先輩は「だろうな」と笑顔で言った。そういう俺の事情を承知の上で、この話を持ち掛けてきたようだ。彼は言葉を続ける。


「他の仕事、ある程度は物になってきてるだろ? だから、いったん距離をおいても大丈夫だと思うぞ」

「無責任とは、思われないですかね」

「実はさ、前もって関係者代表にそれぞれ聞いてみたんだが、なんとかなるんじゃないかってさ。それに、お前が何かいい発見を得て帰ってくるかもしれないしな」


 こういうところの根回しはさすがに早い。逆に気になってくるのは、俺が発掘に参加するのを先輩が――というか、ギルドが――望んでいるんじゃないかということだ。

 その点を尋ねてみると、先輩はあっさり認めた。


「お前は機転が利くというか、魔法関係で何か閃きが必要な場合、頼りになる人材だと思っててさ。遺跡の調査でもそういう局面が訪れるんじゃないかと」

「うーん、そういうのはまた勝手が違う気もしますけど……頑張ってみます」

「それと、いろんな仕事で幅広く経験を積んでもらった方が、結局はみんなのためになる気がしてな」

「……そう言ってもらえると、嬉しいです」


 自分の素質というか長所を認めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。それに……俺が目立ってきてるからというのもあるだろうけど、こうして目をかけてもらえていることは、ありがたいことだと思う。

 ただ、俺の仕事について前もって意向調査をしてもらえたとはいえ、実際に俺が話に行くのが筋だとは思う。もしかしたら、それで気が変わるかもしれないし。

 だから、今日中に一通り回って話に行く。それで、結論を出すのは夕方まで待ってほしいと告げると、先輩とティナさんは快諾してくれた。

 そうして話がまとまったところで、テーブルの茶に手を付けると、先輩が思い出したように付け足した。


「予定だけど、アイリス嬢と殿下もご同行されるぞ」


 口に含んだ茶の逃げ場に、無理やりのどを通し、俺はむせそうになった。そんな俺にニヤニヤしながら先輩は続ける。


「ま、頑張りなっ!」

「ええ、頑張りましょう!」

「そ、そっすね……」


 殿下とは最近、何かと仕事で関わることが多くなってきているけど、今回もそうなるとは驚きだ。

 でも、遺跡の発掘ともなると王侯貴族は無縁ではないだろうから、ご参加は自然な流れなのかもしれない。胸元に何か熱いものを感じながら、俺はそんなことを思った。

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