第256話 「砂の国からこんにちは②」

 昼食に向かうのは、俺含めて8名。お昼時よりも少し前ということで、どの店も十分空きがある。俺達は店を選びながら東へ歩を進めた。

 ラナレナさんからもらったタダ券は、かなり適当につかんで渡してきたようで、色々な店のものが混ざり合っている。だからって、分かれて昼を取るのもどうよということで、券はだいぶ余りそうだ。

 そこで、「余ったら、リーメイアさんに使ってもらえば?」と俺が提案したところ、ご本人以外は賛成した。タダ券もらって喜んでた友人も、まぁそれならと快諾。当のリーメイアさんは、だいぶ遠慮しているようだったけど、同行する女の子の強い押し込みに根負けし、どうにか受け取ってくれることに。

 それで、昼食はビアガーデンみたいな大衆食堂でとることになった。壁がないおかげで開放感がある店だ。

 注文の方は、リーメイアさんには好きなものを選んでもらって、俺達はそれぞれ別のものを適当にオーダー。それらをシェアしようということになった。そっちの方が、色々楽しめていいだろうと思ったからだ。

 ただ、肝心のリーメイアさんは、無理もないことだと思うけど中々注文が決まらない。こっちの料理が良くわからないようだ。そういうのは、俺にもよくわかる。というか、俺以外にも”上京組”が何人かいて、こっちに着いたばかりの時は食事に苦労したようだ。結局、リーメイアさんは隣に座る子にオーダーを一任した。

 それで、頃合いを見計らってやってきた店員さんが、10人分近くになったオーダーを見事に記憶し、厨房に伝えに行った。

 注文が終わったし、さっそくお話でも……そういう空気になってみんながリーメイアさんに視線を向けたところ、彼女はメニューを読み込んでいた。隣の子が話しかける。


「もっと頼む?」

「えっ? ああ、いえすみません、1人で読んじゃって……」

「まあ、気になりますよね」

「その、私って故郷でもこんな調子で……なんて言うんでしょう。頼んだ料理より、頼まなかった料理の方が気になってくるっていうか」

「わかる」


 俺も含めて、5人が彼女の癖に理解を示した。

 冒険者なんて十人十色だけど、平均して好奇心が強い傾向は確かにある。毎日同じ昼食をとる奴もいるけど、それは少数派だ。大半は、同じ店に通い詰めてメニューを制覇しようとしたり、あるいは同じ通りの店を制覇しようとしたり――その両方をやろうとする奴もいる。なので、注文後にメニューを見るのも、気心知れた友人同士の昼食なら、ままあることだった。

 そんな話をすると、リーメイアさんは安心したようで、短い溜息をついた。そんな彼女に、仲間の一人が話しかける。


「昼食の後って、なんか予定とかあるんですか?」

「それは……姉の仕事が終わるまでは、特に考えてません」

「ねーちゃんじゃないんですね」


 指摘に対し、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。お姉さん本人にだけ、砕けた呼び方をするようだ。

 それはさておき、昼食後の予定は決まっていないということだけど、できることならこのメンバーの誰かが一緒に案内するのが筋だろう。幸い、俺含む3人が夕方まではフリーなので、問題はなさそうだ。

 それで、どこを案内するか話し始めたところ、仲間の一人がはたと気づいたように声を上げた。


「リーメイアさんは、門を通れるんですよね」

「はい、門を通していただけました。それと、私のことはリムで構いませんよ?」


 不法に侵入したわけじゃないだろうってのはわかる。でも、付き添いが特にはいないってことは、個人として門を通れるだけの身分なり資格があるということだ。

 そこで、物おじしない隣の子が、頼み込むように言った。


「身分証、どんなか見せてもらっちゃっても?」

「えっ?」


 リムさんは見るからにまごまごしている。しかし、そういう態度が余計にみんなの興味を惹いて、結局彼女は折れた。かなり恥ずかしそうに、懐にしまった物入から身分証を取り出す。

 その身分証にある中央の紋章は、見慣れないものだった。他国のものだから当然だろう。でも、真ん中の紋章ばかりでなく、それを取り囲む飾りも豪華だった。たぶん、卓を囲む俺達の誰よりも。

 受け取った子も、少し恐れ多い感じになって、身分証をそっとテーブルに置く。そして恐る恐る裏返すと、裏面には資格や所属が描いてあった。


〇アル・シャーディーン王国魔法庁認定Bランク魔導士

〇王国操兵術ゴーレマンシー協会会員

〇王国魔導工房主任研究員


 見たところ、とんでもないエリートのような肩書だ。Bランク魔導士の知り合いなんて、エリーさんぐらいしかいない。

 みんな固まっていると、リムさんはさっと手を伸ばして身分証をしまった。恥ずかしそうにしている彼女にまたも隣の子が尋ねる。

「リムさん、おいくつ……ですか?」

「……26です」


 俺達にとっては、年上に違いはないけど、肩書に対してはすごく若いように感じる。

 しかし、肩書や年齢に劣らず、強く関心を抱かせるものがもう1つあった。


「リムさん、操兵術ってのは……」

「ゴーレムを操る術です」


 みんなも、やっぱりゴーレム使いに出会うのは初めてなんだろう、感嘆の声を上げた。リムさんは、頬を朱に染めて視線を伏せる。

 そんな中、1人だけわずかに表情が曇る。去年の秋にDランク魔導士試験を受けていたんだろう。あの場にいた者なら、誰だってゴーレムと聞いただけで、あの闘技場での出来事を思い出す。そして、同時に起きた王都への襲撃のことも。ゴーレム自体は閣下が打倒されたものの、だからっていい思い出とはとても言えない。

 すると、少し暗い表情をしている友人に、リムさんが声をかけた。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「あっ……いや、すみません。腹減って死にそうで」

「なんだよ~」


 隣の仲間が彼のわき腹を肘で小突く。互いの内心がどうであれ、場が暗くなることは避けられたようだ。


 そうこうしていると、料理がやってきて、あれよあれよという間にテーブルが埋まっていく。結構な壮観だ。

 料理が揃ったところで、気立てのいい子が料理の説明をしながら、リムさんに料理を取り分けていく。白身魚の甘酢あんかけとか、近海魚と根菜の煮つけとか、川魚のオイル煮とか、頭足類のマリネとか、貝の酒蒸しとか……見事に魚介ばっかりだ。

 それも仕方のない話で、王都名産品となると花蜜があるけど、これはさすがに昼食向けじゃない。となると、近くの漁村や港でとれた魚が名物になるってわけだ。

 軽く食前の挨拶を済ませ、料理をつつきながら雑談に興じる。リムさんはどれを食べても幸せそうに「おいしい」と言ってくれて、みんな安心した。



 昼食後、用事がある組とは分かれて案内することに。しかし、実を言うと、王都の中にこれといった名所なんてものはない。強いて言うなら街並みの華やかさぐらいだと思う。

 そうして行き先に悩んでいると、友人が話を持ちかけた。


「リムさん、差し支えなければ、ゴーレムを操っているところを見せてもらいたいんですが……」

「えっ、ど、どうしよう……」


 絶対に見せられないというわけではなさそうだけど、明らかに尻込みしている。その理由はというと、「目立ちそうだから」というもので、俺は共感した。

 しかし、見てみたいのは俺も同じだ。全員で揃って頭を下げると、彼女はかなり照れ臭そうにしながらも、しぶしぶ折れてくれた。

 次はどこでやっていただくかだけど、ちょうどいい場所がある。最近修繕が進んでいる闘技場は、彼女の興味を惹くんじゃないかと思う。

 そうして闘技場に着くと、魔法の練習をしている人が結構いた。最近ギルドに入ったばかりの後輩が多いのか、初めて見る顔がかなりある。そんな盛況ぶりだけど、ワザマエを披露していただくスペースは十分にあった。

 しかし、この場にいる魔法庁の職員に許可をもらう必要はあるだろう。この中では一番顔が利く俺が、折衝に当たることに。

 運がいいことに、今日の監視員の中には、反魔法アンチスペルの訓練に参加している友人がいた。彼は、近づいてくる俺の顔を見ると、にこやかに笑った後すぐに渋い表情になった。


「教授、もしかして面倒ごとか?」

「いや……あー、面倒のような、そうでもないような」

「どっちだよ」


 苦笑いする彼を連れて、俺は待っているみんなの元へ歩きつつ、他国のゴーレム使いが来たという旨を伝える。すると「本当か!?」と、彼の食いつきはかなり良く、好感触だ。


「それで、ちょっとやってみせてもらえないかと」

「ああ、それは大丈夫……いや、話し合った方がいいな」


 さすがに一歩踏みとどまり、彼は自身の魔法への好奇心よりは、仕事上の責務を優先した。そして彼は、俺に断ってから走っていき、他の職員にも声をかけていく。

 やがて、俺達のもとに今日の監視員一同が合流した。俺は、その6人いる監視員の全員と、何らかの形で仕事上の関わりがある。そのことには偶然かもしれないけど、内心かなり驚いた。

 それは置いといて、彼らは協議を始めた。気が付けば、職員がひとところに集まっているのに気づいて、闘技場内で練習する手が止まり、大勢がこちらを見ている。

 リムさんは、やりづらいだろうなと思った。実際、彼女はその場の注目を集めているのに気づいたようで、かなり恥ずかしそうにしている。見た目も目立つ――というか見栄えする――方だし、申し訳ないことをしたかもしれない。

 やがて、話がまとまったようで、職員の代表が話を切り出した。


「リーメイアさんでしたね」

「は、はい」

「お恥ずかしながら、わが国ではほとんど操兵術についての理解がありません。そこで、安全な初等術でも、この場でお見せいただければと思うのですが」

「はい……あの、あなた方も見物されるのですか?」

「差し支えなければ」


 ロではそう言ってド丁寧だったけど、職員のみんなも目はかなりランランとしていて、断るとしょぼくれそうではある。リムさんは、あたりを見回し、渦中の人になっていることを再確認した。そして、スラっとした長身を少しモジモジさせながら、小さな声で「やります」と答えた。その言葉に、職員達は安堵のため息を漏らす。

 それから、いつもよりもさらに手際のよい職員の働きで、周囲に少し広めの空間が開いた。邪魔にならないようにという配慮だ。

 そして、みんな魔法の練習を完全に中断した。完全に観客モードだ。なおも恥ずかしそうにしているリムさんに、だいぶ自責の念が沸いてきて、俺は話しかけた。


「すみません、なんか大事になってしまって……」

「いえ……国を出た時から、いずれこういう事が起こるとは思ってましたから」


 彼女はそう答えた後、「こんなに早いとは思いませんでしたけど」と、困り気味な笑顔で付け足した。

 そして、息を飲む観衆のざわめきもなくなり、あたりが静まり返ったころに、彼女は術の準備を開始した。

 まず、彼女は肩掛けカバンから何かを取り出した。15センチほどもあるように見えるそれは、人型をしている。関節部は団子のような球形で、団子と団子の間の骨はねじれた針金のようになっている。つまり、フレキシブルな人形の骨組みといった感じの物だ。彼女はそれを、地面に座らせるように置いた。

 それから、その人形の周囲に魔法陣を刻んでいく。円の大きさはEランク、模様はそこまで複雑には見えない。

 しかし、俺達が知っているEランク魔法と一線を画すのは、文章量だ。地に刻み込まれる黄色のマナが、目まぐるしいスピードで文を成していき、円を何周もする。

 すると、刻み込まれた文が魔法陣から起き上がり、地面の砂を伴って中央の人形にまとわりついていく。骨組みだけだった人形に砂が肉付けされていき、表面が完全に砂に覆われると、人形は立ち上がった。今は一回り大きいくらいだけど、なおも砂が集まって背が伸びていく。そして、50センチぐらいの大きさになったところで、反応が止まった。

 出来上がった人形は、最初静かに立ち尽くしていた。しかし、彼が手を上げて左右に小さく振り始めると、堰を切ったように感嘆の声が響き始める。「カワイイ!」という、女の子たちの黄色い声も。まぁ、理解できなくはないかも。

 それから彼は、ごくごく自然に、歩き出した。きちんと関節が曲がっている。つまり、単なる移動じゃなくて、動作になっている。

 泥衣人ドロイドという魔法が、Dランクにある。泥人形を作る魔法で、他国では操兵術の前段階として習得・習熟していると学んだ。きっと、リムさんの国でそういう教育があるんだろう。そして……俺達が知っている泥衣人と目の前の砂人形には、計り知れないほどの隔たりがあるように感じた。

 砂人形から視線を離して周囲を見ると、より魔法への理解がある魔法庁職員の方が、強い衝撃や感銘を受けているようだった。その中の1人が、姿勢を正してリムさんに話しかける。


「あのっ、私達もあのように使えるようになれるでしょうかっ!?」

「えっ、えっと、それは……」


 返答に困り、しどろもどろになりつつ言葉を探す彼女だけど、その間も砂人形の動きは止まらない。というか、バレリーナみたいな動きをしだして、場が湧いた。頭の中で、あんな感じに思考が巡っているのかもしれない。

 そして、即興のバレエが落ち着いたところで、彼女は言った。


「2、3年修行すれば、なんとか」


 その言葉に、ますます憧憬の念を強くしたようだ。それは、俺にもわかる。

 今彼女がやってるのは、初等術だそうだ。それで、肩書を見る限りだと、もっと上のこともできるに違いない。つまり、数年どころではない修練の日々を送ってるはずで、努力だけでなく元の才能もあるのだと思う。


 では、そんな彼女が、どうして同業者のないこの国に来たんだろう?

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