第248話 「成果の可視化」
闘技場の修繕がひと段落し、闘技場を闘技場として使えるようになるかもしれない。みんなそんな期待を持ち始めた。
しかし、その実現にはまだまだ課題がいくつもある。大きなものは、闘技場の使用用途に関してだ。
もともとは、魔法庁監督下で、主にDランク以下の魔法の練習をするために闘技場を使っていた。これは現在も継続していて、主要な用途だ。
加えて、週に1回か2回ほど、結婚式を挙げるようにもなっている。1回あたりの時間はまちまちだけど、全体としてみてもそれなりの割合を占めている。
あとは、たまに公的な行事や集会で用いることも。そうやって、多目的に使われる今の闘技場で、本来の決闘というか試合・興行をやるとなると、時間割がかなり難しい。
しかしながら、そういう試合を待ち望んでいるのは、競争心溢れる冒険者ばかりではない。
商人の方々は、これに大きな商機を感じているようだ。闘技場の周りに売店を作れば繁盛するだろうし、優れた選手と契約して店や商品の宣伝をという目論見もある。
それに、闘技場のことを聞きつけた腕自慢がやってくるようになれば、それだけ人の往来が増えるだろう。そういう外来者を住まわせるために、王都から港までの間で宿泊設備が整うかもしれない。そうなれば、街道沿いはより活気づくだろう。
同様に、行政側もそういう試合には興味があると、もっぱらの噂だ。
腕利きが多く来てくれて、こちらのギルドに加入してくれれば、それだけ防衛線力の充実にもつながる。たとえ依頼を任せるには不向きな人材でも、急場の対応のために雇用することはできるだろう。
それに、興行で王都の防衛線力の強さをアピールすることは、民衆に安心感を抱かせることにもつながる。
衛兵隊をはじめ、軍でも闘技場には注目しているようだ。競技性やルールの存在から、実戦とはまた違うものになってしまうものの、対人戦の訓練や、互いの実力を測るには良い機会になる。
そういうわけで、関係各所から熱い注目を集める闘技場だけど、空いている時間は何らかの用途で使われている。そこに試合をねじ込むとなると、どれかがあおりを食うのは避けられない。
そこで検討が始まったのが、魔法の練習場所の変更だ。別に闘技場でなければならないという理由はなく、それなりの広さがある土地であれば問題ない。
魔法庁がそうやって用地選定に乗り出したところ、ギルドでは本当に闘技場で試合をやるとして、スケジュールやルールをどうするかの検討を開始。
工廠の方は、復旧させた各種機能や機能追加について、検証を始めることになった。
すでに色々な取り組みが並行する中、追加で大きな案件が舞い込む形になったけど、みんなかなり意欲的に取り組んでいるようだ。定常的な試合の開始までには、まだまだ時間がかかるだろうけど、ちょっとしたイベント程度であれば、近いうちにできるかもしれない。そんな勢いでみんな動いている。
☆
5月5日、17時。
まぁ、実際には工廠の実験に並行して、俺達の訓練を行うという形になる。闘技場の機能の先行利用みたいなもので、訓練に参加する冒険者はもちろん、魔法庁の職員も興奮した面持ちでいる。ハルトルージュ伯もアイリスさんも、やはりというべきか気分が高揚されているようだ。
今日は訓練と検証で、班を分けて開始することになった。俺と魔法庁の職員大半は検証班だ。こっち側で、闘技場から提供される保護機能の性能を確かめ、俺達の訓練にどうやって活用するかを検討していく。
まず、例のバリア――名前はまだないらしい――だけで
今回の実験では、藁人形は使わない。立たせるのが面倒だし、ぶっ壊れても困るからだそうだ。なので、代わりに角材を三脚のように組んで、てっぺんからあのネックレスをかけることになった。
組んだ角材があのバリアに包まれ、受ける準備が整った。すると、魔法庁の職員が前に出て構える。
そして、彼が
マナの煙からかなり離れたところで、組み上げられた角材がバラバラになって、カランカランと寂しげな乾いた音を立てて転がっていく。
闘技場に、一陣の風が吹いて通り過ぎた。一瞬静まり返ったものの、工廠職員の1人が「火砲は無理っぽいね!」と明るい声で言い放った。
その声を皮切りに、そこかしこで話し合いが始まる。
あの角材が人間だった場合、何かしらのケガを負っていただろう。バリアだけでは火砲を受けきれない。着弾でバリアが破れ、後に続く爆風をもろに受けてしまっている。
“あのバリアとは別に、
それに、距離感を誤れば盾を反魔法が吸いかねない。盾と反魔法を構えているところに、攻撃魔法が飛び込んできたときの、相互作用もよくわかっていない。
そのため万一のことを考えると、火砲相手に訓練というのは、あのバリア有りでも容認されないと思う。
となると、次は
「火砲ダメだったしね」
「それもそうですが……逆さ傘の方が、反魔法と相性が良いと思ってます」
危なすぎる火砲の代用などではなく、むしろ適した魔法だと考えての提案だそうだ。俺含め、その場のみんなが、彼女の言に興味を惹かれた。
彼女の主張はこうだ。弾速の速さから、逆さ傘は反魔法で吸わせるには不向きと考えられていた。しかし、拡散型を使っている都合上、マナの密度はかなり薄い。その、広く散らばる性質は、広がるように吸っていく反魔法の特性に合致する。
それに、吸い残しがあったとしても、威力を減衰できれば悲惨なことにはならないだろう、と。
腑に落ちる話だ。そう思いながら耳を傾けていると、彼女の話が終わったとたんに、みんなの視線が俺に少しずつ移ってくる。そして、「どうでしょう」という彼女の言葉で、場の注目は完全に俺に移った。少し考え、意見をまとめてから、ロを開く。
「まず、また角材を用意して、逆さ傘をうけられるかどうか……ですね」
反魔法の成否如何に関わらず、バリアだけで安全に対処できるかどうかを試したい。安全そうであれば、安心して取り組めるわけだから。
そこで、工廠のみんながテキパキ動いて、再度標的をあつらえてくれた。手際の良さに何人かが小さく拍手する。
バリアも展開され、受ける準備が整ったところで、また攻撃役の職員が構えた。そして、彼が逆さ傘を放つ。すると、矢の雨がバリアに突き刺さり、マナの粒子が飛び散った。
バリアはきれいさっぱり消失した。角材の方はというと、今回は無事だ。揺れるほどの衝撃を受けることもなかった。つまり、バリアがあれば逆さ傘を安全に受けることはできる。
では、実際にやってみようか……気が早い誰かは提案したところで、俺は待ったをかけた。
「逆さ傘の狙いをずらして、当たる矢の本数を調節して、反応を見てみませんか? どれぐらいの威力でバリアが消えるかわかれば、反魔法の性能評価にも役立つと思います」
「ああ、なるほど。比較のための基準を作るってことですね」
「そんなとこです」
仮に、逆さ傘5割がバリアが破れる閾値だった場合を考える。反魔法で逆さ傘を受けてバリアが破れなければ、少なくとも半分以上の威力を減衰していることになるわけだ。
本音を言うと、も一ちょっと厳密な性能評価をできればいいんだけど、工廠の友人たちによれば、そういうのはものすごく難しいらしい。そんな微妙な性能評価だけど、ないよりはずっといいだろう。
しかし、ちょっとずつ狙いをずらしていく、抜群なコントロールの持ち主がいないと、この検証は成立しない。
そこで適任者を募ったところ、狩猟で良く逆さ傘を使うという冒険者が一人名乗りを上げてくれた。
実際に腕前を披露してもらったところ、紙に描いた円形の的を、そっくりそのままくりぬいたみたいに散弾で撃ちぬいた。驚くべき力量にみんなが沸いた。「
その彼と、バリア制御係の尽力により、どうにかバリア破壊の閾値が判明した。一般的な逆さ傘の2~3割程度の威力だ。
つまり、威力を4分の1ぐらいにまで減衰できれば、バリアは消されずに残る。
それだけ分かったところで、今度は反魔法で受ける番だ。誰が反魔法を使うかだけど、もう言うまでもなかった。
工廠職員が角材からネックレスを取って、「ホレ」と言って俺に渡してくる。議論の余地はないだろう。誰かが立候補すれば譲るつもりだったけど、誰も出ない。注目が集まる中、俺は深呼吸をした。
バリアは、大丈夫だろう。万一逆さ傘を直接受けたとしても、死んだり後遺症を受けたりってことはないと聞いている――全身打撲に近いから、ごめんこうむりたいのは確かだけど。
そうやって安全性を確保できたところで、後は俺が満足できる結果を残せるかどうかの勝負だ。構えを取って、「いつでもいいぞ!」と言うと、射手の彼は「よし、頑張れ!」と励ましつつ、記述に入った。
そして、放たれた矢の雨が、反魔法の渦に入り込む。
吸収範囲は広くとったものの、やはり弾速がネックだ。それなりに矢の密度は減ったように思われるけど、残った矢の群れがバリアに突き刺さると、マナの攻防は相殺されて粒子となった。
反応が済むと、魔法庁の職員の子が駆け寄ってきた。彼女は俺を落胆させまいと気を使っているようだ。少し硬さのある笑顔で、「矢が減っているのは確認できました!」と言ってくれた。
実際その通りなんだけど、まだまだやれそうではある。俺は射手の彼に言った。
「こっちのタイミングが遅かったかも。先に用意するから、そっちは後で撃ってくれ」
「あいよ」
打ち消しのイメージから撃たれてから描くようにしたし、実際の運用もそうなるだろうけど、今回は事情が違う。あくまで反魔法の限界性能を測りたいわけだから、あらかじめ描いたところに撃ってもらう。
そうやって、事前に反魔法を描いたところに逆さ傘を撃ってもらったわけだけど……ほとんど変わらなかった。
それはそれで、俺の記述速度が確かめられて、俺個人としてはそこまで悪いことではない。やっぱり、バリアが残るという、目に見える成果を出したい。
俺は射手の彼を呼んだ。
「色を揃えよう。そっちの方が吸収効率がいい」
「うい。青でいいな?」
「もちろん」
「しっかし、そんなに型増やしまくって大丈夫か?」
「慣れてるし、まぁ平気」
彼は呆れたような感心したような表情で、持ち場へ戻っていった。こうして気軽に型を増やすのは、あまり一般的ではないけど、彼の逆さ傘も大概だった。
そうして2人で同じ色の魔法を戦わせたところ、それなりに効果はあったようだ。反魔法を抜けてやってくる矢は減ったように見える。でも、バリアは破られた。
また職員の子がやってきて「改善が見られます!」と言ってくれた。しかし、もうちょっと頑張りたい。
すると、今度は俺が呼ぶより早く、射手の彼がやってきた。
「まだなんかネタある?」
「ないこともない」
俺はメモとペンを取り出し、状況を図示した。
彼の元から放たれる逆さ傘の矢の雨は、円錐状に拡散して、こちらのバリアに殺到する。その拡散具合がなんとも絶妙で、攻撃の円錐と防御の球がピッチリ組み合う位置関係になっている。コーンにまんまるなアイスが乗っているみたいな感じだ。
それで、矢の集団が進む中間地点に反魔法がある。これが、矢の群れと同様に俺に向けて拡散していく。その拡散度に改善の余地があると考えた。
「広げすぎると無駄が出るだろ? でも、狭めると取りこぼしが増えるからさ。どうしたもんかと」
「なーる」
彼はこめかみに小指を立てるように当て、考え込んだ。それから無言で俺にメモとペンを貸すようジェスチャーをする。俺がその通りに一式を渡すと、彼はササっと書き込みを入れた。
「こんぐらいの拡散度で、ちょうどいいんじゃないか?」
メモに書き足されていたのは、拡散型を反魔法の器の上でどれぐらいの大きさにするかと、その通りに描いたときにどれぐらい広がるかだ。実際にこの通りにやってうまくいくかはわからないけど、彼ほどの使い手のアドバイスであれば心強い。
それから俺達は配置について向き合い、構えを取った。
みんなが静かに見守る中、彼は逆さ傘を放った。やってきた矢の雨は、やはり多少の取りこぼしは出たものの、前よりもさらに少ない。
そして……バリアには確かに着弾したはずだけど、今度は割れなかった。目に見てわかる前進に、みんなが喚声を上げる。
歓喜の渦の中、射手の彼が歩み寄ってくる。それから、照れ臭そうに頬をかきながら、もう一方の手を差し出してきた。
「やったな、教授」
「ああ。ありがとう」
彼がいなければ意地を張って続けるにも限度があっただろう。本当に、助かった。
その日の夜も、飲み会になった。前ほど飲まされはしなかったけど、それなりに酔ったようだ。相変わらず酒の味はわからなかった。
でも、いい気分だった。
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