第227話 「あの人の故郷②」
こちらの管理者さんに挨拶して部屋を出ると、案内係と思われる方が控えていた。同世代か、年上のようにも見えるけど、緊張しているようで態度は少し硬い。「市場調査とお伺いいたしました!」と彼女が言うと、アイリスさんがそれに応じる。
「はい。交易品の調査のために参りました」
「案内の者はご入用でしょうか?」
俺はアイリスさんと顔を見合わせた。不案内な地だから、いた方が助かる場面というのはあるだろうけど、今回来た目的は市場調査じゃない。だから、つきっきりの案内だと、かえって面倒なことになりかねないし、相手の方にも悪いだろう。
俺が横に首を振ると、彼女は言うまでもなく理解してくれているようで、すぐにうなずいた。
「ご提案いただき、ありがとうございます。ですが、今回は案内を交えずに見て回りたいと考えております」
「かしこまりました」
それから俺達は、言葉を交わすこと無く廊下を歩いていった。フラウゼ王国の方の建物と似たような感じだ。ただ、こちらのほうが気温が低い。転移の時に見た球体では、どちらの国も北半球にあるようだった。だから、より北側にあるこのエーベル王国の方が、気候が寒冷なのだと思う。
建物の外に出ると、この転移門設備が砦らしきものの中にあるとわかった。高い石壁に取り囲まれる感じになっていて、壁の上には見張り台も見える。セキュリティー的には万全だろう。
そんな感じで立地は物々しい感じだったけど、砦の門のところにいる衛兵の方は、しっかり武装しつつも腰の低い対応をしてくださった。こういう設備を使うのは、相応の身分の方が多いからだろう。でも、彼は俺みたいな付き人にも、礼を尽くしてくださった。
彼によれば、こちらの王都でも城壁内では魔法を使えないようだ。法制度に関しては、今のフラウゼ王国よりもこちらの国のほうが少し緩め。なので、普段どおりの振る舞いをしていれば、別段問題はないとのことだ。
「何かございましたら、街の衛兵に掛け合っていただき、転移免状をご提示いただければ」
「わかりました」
そういった感じで諸注意をいただき、一通り済んだところで、俺達は砦の外に出た。
砦は、かなり幅広な大通りに面していた。砂地の道を、この国の方々が行き交っている。俺達にとっては少し肌寒いぐらいだけど、ここの方々にとっては春なんだろう。みなさんの袖は長いけど、だいたいは薄着だ。
砦の周辺は、行政関係と思われる立派な建物が多い。人通りもそんなに無い。というより、大通りの向こう側の盛況ぶりがすごかった。幅広な道を埋めるかのように人が往来し、道の両脇には様々な出店があるのも見える。
「行ってみませんか?」ちょっと目を輝かせながら、アイリスさんが言った。居ても立っても居られないという感じだ。そんな様子に思わず頬がほころび、それに気づいた俺は慌てて表情を作って取り繕った。
☆
フラウゼの王都、フラウ・ファリアは、一言で言えば”華やか”ってところだ。建物は白い壁材でできていて、そこら中にある花壇の色を引き立たせている。一方、こちらの王都リエリアは、一言で言うと”にぎやか”だ。立ち入って早々、そんな印象を抱いた。
王都一番の大通りは、どうやら港に直通のようだ。行き交う人々はこの国の方も多いのだろうけど、それぞれの国の装いと思われる、観光客らしき方も多い。そして、道の両脇には出店が連なり、とてもにぎやかな市場になっている。
このメインストリートから建物を挟んで隣には、左右にそれぞれ一本ずつ道があって、そっちは荷運び専用レーンのようになっている。一般道とは柵で仕切られているけど、ちょっとした陸橋みたいな立体交差から、物流を見学できた。こちらの役人らしき方や商人、荷役の方々の働きで、荷物の流れは危うげなく統制の取れたものになっている。
この荷物専用路は、人と荷物の流れを分けて、効率性と安全性を確保しようという試みなのだろう。実際、大通りを歩いてみて、物流専用の道があって正解だと感じた。前に進めないほどの人だかりではないけど、駆け足で通れるようなものでもない。こんな中をリヤカーで疾走なんてできない。
そんな人の多さや活気、市場の熱気に、俺は少し圧倒されてしまった。一方のアイリスさんはと言うと、とても楽しそうだった。ワクワクしているのが伝わってくる。
しかし、市場には興味を惹かれるものの、重要な用事の方から片付けなくては。
フィオさんについて、どこに尋ねるべきだろうか。この国にも魔法庁はあるのだけど、聞きに行くのははばかられた。情報がありそうな予感はあるけど、他国の人間が偉大な禁呪使いについて調べ回るのは、かなり怪しいだろう。というか、保安上の問題があると思う。
なので、別のところにあたって情報を集めることにした。街の人に道を尋ねつつ歩いていき、目当ての建物にたどり着く。周囲の建物に比べて、かなり大きな宿だ。一階部分はオープンテラスのカフェになっていて、利用客の格好は様々だ。他国からの客の多くが利用するところなのだろう。尋ねるのにはちょうどいい。
さっそく2人で入店し、適当に茶の注文をした。ここでもアイリスさんは楽しそうと言うか、「舶来物のお茶を普通に飲める」と言って、かなり嬉しそうだ。それから程なくして、注文した茶がやってきた。「ごゆっくりどうぞ」と微笑む店員さんに、俺は話しかける。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょうか」
「少しお尋ねしたいことがありまして」
俺が切り出すと、店員さんは周囲をさっと見回した。お客さんは程々に入っていて、大盛況というほどではない。それに、他の店員さんも割と暇そうにしていたり、他の客席で談笑していたり、店としては余裕がありそうだ。だから大丈夫と判断したのだろう、彼女は「私に答えられることでしたら」と笑顔で言った。
「ありがとうございます。お尋ねしたいことというのは、昔こちらの国で活躍したという魔法使いのことで、ゆかりの地があれば行ってみたいなと」
「魔法使いですか、少々お待ちを」
そう言って彼女は、腰の道具入れから折りたたまれた地図を取り出した。それをササッと広げ、「どうぞ」と俺に促した。
「フィオリア・エルミナス女史なんですけど……」
「あ~」
若干困ったような表情になった店員さんは、地図から目を離し、俺の方を見て答える。
「私達の国でもすごく有名な魔法使いなんですが、個人なのか実は集団なのか、良くわかってないんです」
「はい。自分たちでも調べて、そう知りました」
「ゆかりの地というと、古戦場ぐらいでしょうか……お役に立てず、申し訳ありません」
「いえ、そんなことは。助かりました」」
お礼にチップとか渡すんだろうか。悩んだけど、この国の作法がわからないので思いとどまった。代わりに、お茶請けとしてクッキーを追加で注文すると、店員さんは朗らかな笑顔で復唱した。
その後2人で茶を楽しんでいると、ちょっと経ってから注文したクッキーを店員さんが運んできた。すると、彼女は何かを思い出したようだ。一瞬だけあらぬ方向に視線をやってから、こちらに話しかけてくる。
「王都近辺で旧跡をお探しということで、よろしかったでしょうか?」
「そうですね、あまり遠出は……」
俺が答えると、アイリスさんもうなずいた。今回の市場調査は、今日一日で済ませるということになっている。別に複数日に渡っての調査でも、転移の許諾は得られたそうだけど……俺が貴族のご息女を何日も異国へ連れ回すことになるわけで、さすがにそれはまずかろうと日帰りでお願いした。
遠出はちょっと……という俺達の要望を受け、店員さんはほんの少し考え込んでから口を開いた。
「このあたりでしたら、名所になっている川があります」
「川ですか?」
聞き返すと、店員さんは地図を取り出して「広げても構いませんか?」と尋ねてきた。それに「お願いします」と答えると、彼女はテーブルの上の物に注意しつつ、滑らかな手付きで地図を広げていく。
「王都から東へ1時間弱歩いたあたりにあるスーヴラ川が、フィオリア様ゆかりの地と言われています」
「何か逸話などが?」
「ええっと……戦没者の慰霊を執り行った際に、遺族が霊に再会できたとか……今でも、お祈りに行く方は多いですね」
なるほどと思わせる話だ。そういう逸話があるのなら、きっと無関係じゃないと思う。問題は、そこへ行ってフィオさんを呼び出した時、他の人の目に触れたりはしないかということだ。
しかし、地図を見ると川の両側には森が広がっている――というか、広い森の中を川が突っ切っている――から、なんとか人目を避けることはできるだろう。
思いがけない追加情報に、俺達は頭を下げた。すると店員さんはにっこり笑って、「お役に立てて光栄です」と言い、満足そうに立ち去った。
目的地は定まったけど、この後はどうしようか。幸い、さほど遠いわけでもない。特に帰還の刻限はないけど、夕方までと考えても、まだまだ時間の猶予がある。
「観光でもします?」とアイリスさんに尋ねると、一瞬だけキョトンとした後、彼女は頬をほころばせながらティーカップに口をつけた。
「ああいえ、市場調査でしたね、市場調査」
「ふふ、そうですね。色々お店を見てみないと」
そう答える彼女の瞳は、期待感に満ちてキラキラしていた。
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