第218話 「みんなとの再会」

 お見舞いが大勢やってきたのは、昼食が済んでちょっと経ってからだった。

 最初にやってきたのは、冒険者3人組だった。ほかの部屋の見舞いのついでに寄ってみた、ぐらいの感じだ。俺が目を覚ましたことには驚き、興奮された。

 彼らとは、何回か一緒に仕事したことがある。めちゃくちゃ仲がいいって程じゃないけど、お昼時にばったり出くわしたら、とりあえず一緒に飯に行くぐらいの仲だ。最初の客に来てくれたのは、正直助かった。あまり湿っぽくならなさそうだし、俺が離れていた間に何があったのかも、わりと気兼ねなく聞けそうだ。

 そういうわけで、この1か月の間に何かあったか尋ねてみた。


「特になんもなかったよな」

「だなあ」


 どうやら、あの襲撃から黒い月の夜までは、特に何も動きはなかったようだ。彼らが知らされてない、水面下の動きってのはあるだろうけど、少なくとも表立っての何かはなさそうだ。

 しかし、王都の様子は気にかかる。また、秋の襲撃後みたいに沈み切ってないだろうか。


「割と平気だよな」

「区画ごとに集会をやるようになってさ。それで励ましあったり、不審な奴への注意を促してたりしたみたい」

「へえ~、そりゃなによりだ」

「王都がグラグラしてると、私らも兵隊さんたちもやりづらいからさ。そう考えると、秋よりはずいぶんマシになったかな」


 とはいえ、いい話ばかりってわけでもない。街の窮地に際し、手を取り合って立ち向かえる人ばかりじゃなく、中には悲観的な人とか冷笑的な人もいる。そういう、少し負な感じの人々と、積極性のある人々の間で若干の摩擦はあったようだ。

 それと、後ろ向きな人を非難して回る、自称"自警団"みたいなのも。


「そーゆー奴らは、ウチらの広報が筆誅してくれたけどさ」

「メルか、なるほど」


 秋から冬にかけての一連の動きは、王都の住民に向けた示威行為であるという見方が強い。そんな中で、反動的な動きを示して軋轢を作るのは、まさに敵の思うつぼだろう。しかし、その場のムードで活動を始める連中が、見聞の広いギルド広報に勝てるはずもなく、ぼっと出の自警団的な動きはすぐに鎮静化したようだ。


「ま、どこでくすぶってるかわからんけどさ」

「まぁなぁ。ところで、メルは元気?」

「クソ忙しそうにしてたな。最近、幹部並みに動いてんじゃねーか、あいつ」


 メルは王都と周辺都市を何度も行き来して、他都市のギルド支部と情報交換に励んでいるそうだ。

 彼は、俺がいなくなってから、転移に関して調べまわったりしただろうか。そのことは気になった。もし調べていたのなら、彼の情報網がどこまでつかんでいるかは興味がある。

 今度会ったら、また色々話をしたいな。一方的に色々吐かされそうな気もするけど。

 ほかに気になったのは、一昨日のことだ。黒い月の夜だったけど、特に異常はなかったか。


「お前が戻ってきた以上のニュースはないよ」

「というか、他に何もなかった」


 警戒のために王都近辺を固めたものの、結局は特に何もなかったそうだ。警戒による精神的な疲弊はあるだろうけど、何事もなかったのなら良いことだ。

 俺の方から聞きたいのはそんなところだった。一方で、彼らの方から何か聞かれるかと思っていたけど、そんなことはなかった。


「色々あって、疲れてると思ってさ」

「ああ、まぁね……ありがとう」

「あっ、一つだけいいか?」

「何か?」

「握手してくれ」


 1人がそう言うなり、3人とニュッと手を差し出してきた。例の、帰還者リターナーというアダ名の影響だろう。いきなり縁起物扱いされて、困惑しつつも妙な笑いがこみ上げてきた。彼らの方も、本気の願掛けって感じではなくって、かなり冗談めかしたところがある。そういう気楽さが嬉しかった。

 その握手が留別の挨拶みたいになって、3人は朗らかに笑いながら退室した。その背を見ながら、みんなこんな感じだとやりやすいけど……そんなことを思った。


 でも、物事はあまり思い通りにいかないものだ。次にやってきたのは1番仲のいい、いつものパーティーの4人だった。

 部屋に入るなり、真っ先にセレナが瞳を潤ませ、顔を両手で覆った。そんな彼女の横にいるサニーも、やっぱり涙ぐんでいる。

 それに、ネリーも。あの時は同じ救護班にいたからだろう。このメンバーの中では1番、余裕がある感じの彼女も、感極まったような表情で言葉を詰まらせている。

 結局、会話できそうなのはハリーぐらいだった。かくいう俺も、みんなの様子を見てかなり目元が熱いけど。そんな俺に、ハリーは落ち着いた声で尋ねてくる。


「大丈夫か。具合は?」

「立つだけでちょっとフラついたけど、疲れ以外は問題なさそうだ」

「そうか」

「ああ」


 そこで会話が途切れてしまって、静かな嗚咽が妙に響いた。気まずさ、いたたまれなさを感じたけど、心配されるような人間だったということは、素直にうれしかった。でも、俺の方もなんだか胸いっぱいだ。無理に何か言うのもどうかと思って、とりあえずお互いの感情が落ち着くのを待つことに。

 みんなイスを並べてベッドの前に座ったけど、ハリー以外は大なり小なり泣いていて、なんだか俺がこれから死ぬみたいだった。ただ、実際にはそんな軽口をぶっ放せるような心の余裕がない。結局、頼りになるハリーに力ない笑みを向けるぐらいしかできず、彼は苦笑いを返してくれるのだった。

 それから結構経って、みんなどうにか落ち着いた。1番辛そうだったセレナも、言葉を交わさずとも微笑んでくれるまでにはなった。

 ハリーの次に口をきいてくれたのは、サニーだ。さっきまで涙ぐんでいたことを恥ずかしく思ったのか、彼は少し照れくさそうにして言った。


「えっと、お久しぶりです」

「ああ。そっちはその……俺のこと以外で、何か変わったこととかは?」


 すると、サニーはセレナの方を見て黙り込んだ。何かあったようだ。とはいっても、あの2人が仲たがいしたって感じではない。ただ、それでもこの場では言い出しづらい話らしく、彼は笑ってはぐらかした。また今度聞こう。

 続いて口を開いたのはネリーだ。彼女はかなり優しげな感じで言った。


「リッツが面倒見た面々だけど、早く助け出せたから、1週間もするとみんな回復してね」

「ああ、それは良かった。頑張った甲斐があったよ」


 でも、あの時の戦いで救護班に担ぎ込まれたのは、瘴気に巻き込まれた人だけじゃない。ひどい外傷を負った人もいる。あの彼らがどうなったのか……この場でネリーに問いただすようなことはできなかった。

 久しぶりに会えたわけだけど、話はそんなところだった。積もる話があっても胸でつっかえて、なかなか外に出てこない。それはみんな同じようだった。

 でも、これからまた、少しずつ話をしていけばいいと思う。最後に、みんなと握手して別れた。アダ名の件は、特に触れられなかった。


 それからはちょくちょく入れ代わり立ち代わりで見舞いがやってきた。大半は知り合いの冒険者だ。

 彼らは俺のことを心配してたり、あるいは単に興味を持ったり、縁起物に会いに来たり……本当に、人それぞれ、思い思いの理由でやってきた。

 そんな彼らに、縁起物としてありがたがられると、かなりむず痒い感じがした。戻ってきたのは俺の努力もあるけど、アイリスさんがいなければたどりつけなかっただろう。それに、そもそもフィオさんの協力がなければ話にならなかっただろうし、たどりついてからもウィルさんとシエラがいなければ、どうなっていたことか。

 あの時起きたことを、みんなの前で明かすのは難しい。けど、秘密にしているせいで、帰還したのが全部俺の功績みたいになっている。それがなんだか、自分を力量以上に大きく見せてしまっているようで、少し居心地が悪い。まぁ、こういうのも今のうちだけだとは思うけども。


 日が傾くに連れ、見舞客は少しずつ減っていく。そして、面会の締め切り時間を少し過ぎたころ、係の方と施設の医師の方がやってきた。医師の方は、初老ぐらいで柔和な感じの男性だ。彼は落ち着いた口調で話しかけてきた。


「体の具合で、何か気にかかるところは?」

「少し、倦怠感が……」

「なるほど」


 朝食の時には、テーブルまで歩くのもやっとだった。昼頃にはそこそこ回復していたように思うけど、まだまだ体が重だるい感じはある。でも、逆に言えばその程度だった。まぁ、あくまで自覚症状があるものは……ってことだけど。

 医師の方は俺の顔をじっと見つめてきた後、俺の右手を取った。脈拍を測っているようだ。


「特に問題はなさそうですが、大事をとるのなら、こちらでもう一泊していただいたほうが良いですね」

「そうですか」


 彼のロぶりからは、最終判断を俺にゆだねているように感じられる。その、提案みたいな感じの言い方に、若干戸惑って生返事をしてしまった。

 これからどうするか……すぐには決められずに考えていると、医師の方が優しく言った。


「慣れた寝床のほうが、回復が早まるかもしれません。ご自分で歩いて帰られそうであれば、そうしたほうが良いでしよう」

「……そうですね、そうさせていただきます」


 悩んでいたところを後押しされたような気がして、俺は彼と係の方に頭を下げた。すると、係の方が話しかけてくる。


「杖はご入用でしようか? すぐにお持ちしますけど……」

「い、いえ、大丈夫です! それには及びません」


 さすがに、杖をつきながら帰ったら、宿のみなさんが変に心配してしまうかもしれない。そこまで体を重く感じるわけではないし、俺は慌てて遠慮した。

 そういうことで、目が覚めたその日のうちに退出することになった。何か手続きとか必要なんだろうかと思ったけど、実際には出口のところで簡単な本人確認とサインを求められただけだ。

 そもそも、ここに担ぎ込まれる人の中には、その時のことを覚えてなかったりする人もいるぐらいだ。入出の正式な手続きは、所属組織などが代理することが多いようで、俺の場合はギルドだ。

 退出確認のための書類に署名し、受付の方に礼を言うと、彼女は深々と頭を下げた。係の方もそうだったけど、いち冒険者に対してのものとは思えないくらいに、折り目正しい応対をしていただいているように思う。それが少し気になって尋ねてみた。


「それは……こちらにいらっしゃるのは、この王都や国のために戦ってくださった方々ですから。自然と、感謝や敬意が現れるのだと思います」

「なるほど」

「それに、来られる方は来歴も地位も様々ですから、いかなる方に対しても礼節を保つようにと、教育しておりますので」

「そういうことだったんですね。合点がいきました、ありがとうございます」


 あまり身の丈に合わない扱いを受けていた感じだったけど、これで疑問が氷解して、落ち着かない気分がいくらか解消された。そして、お互いに頭を下げてから、俺は敷地の外に出た。


 外に出て久々の王都は、いつも通りだった。壁材や街路の白色は夕焼けの茜に染まり、そこに長い影が伸びている。そんな見慣れた光景に、安心で心が落ち着くよりも、感慨で心が震えた。

 少し深呼吸して落ち着いてから、俺は宿に向かって歩いた。宿も静養所も西区ということで、このあたりでは顔なじみの方も多い。ちょうど街路の向こうから歩いてきた女性が、そういう顔なじみの方だ。若干ふくよかな中年の女性で、彼女はにこやかに「久しぶりねえ、最近見なかったから心配でさ」と話しかけてくださった。俺の事情は知らないようで、安心と後ろめたい感じを覚えた。


「最近、仕事でちょっと遠出してまして……]

「なるほどねえ。仕事もいいけど、ちゃんと休むんだよ」

「そ、そうですね……」


 まさにこれから休みに宿へ向かうわけだけど……ドアを開ける時のことを思うと、ちょっと心がさざめく。

 そのあと、最近何かなかったか尋ねてみたけど、見舞いに来てくれた友人たちから聞いたのと同じようなことを聞けた。住民同士の結束が強くなった一方、攻撃性が強くなった行き過ぎな連中もいたという話だ。ここ最近では、そういう急進的な連中は鳴りを潜めたらしいけど。

 見た感じ、彼女は買い物帰りだったらしく、話に付き合ってくれたことに礼を述べて俺たちは別れた。


 そして……街路を進むと、いよいよ宿の前にたどり着いた。見慣れたはずなんだけど、懐かしさも感じるけど、それでもいつもと少し違って見えた。俺が、そう感じているだけなんだろう。

 ドアに手をかけて、少し迷った。普通に開けちゃっていいのか。開けたらなんて言おう。色々な考えが脳裏に浮かんで、動けなくなった。でも、開けないって選択肢がないのはわかっている。結局俺は、生家よりこっちを選んだんだ。自分への、けじめをつけないと。

 意を決し、ドアを開けようとする。そしたら、俺が開けるより先にドアが開いて、俺の手は空を切って前に少しつんのめった。エプロン姿の下半身が視界に入る。

 恐る恐る視線を上げると、リリノーラさんがいた。若干、キョトンとした感じに見える。そして彼女の後ろの屋内では、体を寄せ合って様子をうかがう、同居人のみなさんが。

 先に開けられたことに少し恥ずかしさを覚えて照れ笑いをすると、彼女も少し表情を崩して言った。


「あの、外に誰かいるのが見えて、リッツさんがもう動けるようになったのかもって。でも、もしかしたらちょっと開けづらいのかもって」


 言葉を進めるほどに、わずかにだけど口調が早まり、声も震えだした。そして言葉に詰まった彼女は、顔をうつむかせてかすかに体を震わせている。

 そんな彼女に、俺はできる限りの明るさ、朗らかさで話しかけた。


「リリノーラさん!」

「は、はいっ!」

「ただいま!」

「……おかえりなさい!」


 彼女が朗らかな感じでそう答えると、その後ろから不ぞろいに「おかえり」の声が飛んできた。それがあまりにバラバラでおかしくて、みんなで笑った。

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