第155話 「遠征前に①」

 遠征の話を受けたその日の夕方、宿のみなさんとの食事の席で、俺は遠征の件を話した。

 先輩は遠征に関して、特に口止めはしなかった。殿下が御出征されることも、別に極秘じゃないから触れ回ってもいいらしい。ただ、聞いた話全てをここで伝えると変に心配させてしまうかと思って、魔獣が増えているとかヤバい大物が出たとか、そう言った話は伏せておいた。

 しかし、それでも俺が遠出することについては心配の声が上がった。特に心配そうなのは薬師さんだ。仕事であの盆地に行ったことがあるという彼女は、景勝地マニアでもある。例の盆地は、彼女が訪れた様々な場所の中でも特に印象的な場所らしい。


「どんな感じなんですか?」

「んっと、昼夜問わずに赤紫のうっすい霞が漂ってる感じ。それで、盆地の縁の小高い部分から眺めると、器に瘴気が溜まってるっていうのかな、そういうふうに見えて」

「具合が悪くなるようなことは」

「特になかったけど……ほんと薄気味悪い場所だったな。夜も瘴気のせいでぼんやり明るくって、最初のうちはあんまり寝付けなかった。心配なら、寝られるようにお香でも持っていったほうがいいよ? っていうか、私が心配してる」


 言葉にするまでもなく、表情にありありと心配しているのが見て取れた。そんな薬師さんの思いやりで、出発前に薬草類をいくらか見繕ってもらうことに。こういうとき、彼女は商売道具だろうにタダで提供してくれる。なんだか悪いなと思うけど、いいからいいからと言って押し込んでくるので、結局は甘えてしまうのがいつもの流れになっていた。

 薬師さんとのやり取りの後、別の方が遠征の参加の件で、俺が要請を受けた事に触れた。


「お呼びがかかるなんて、さっすが」

「いや……たまたまですよ。ちょっと荷が重いかな、なんて思ってますし」

「またまたぁ」


 そう言って、俺を持ち上げてくれる劇団員さんは、壁の一部に視線をやった。そこに何があるのか、俺の後ろだったけどよくわかっていた。勲章のメダルだ。自分の部屋に置くのも、なんか落ち着かない感じがあるなと思っていたら、大家のお2人が「良ければ1階に飾らせてほしい」と言ったので、その場の流れで受諾して今に至っている。店子が受勲した時に、こうして店の飾りとして提供することはよくあることらしく、他の宿でもそれらしいものを見た記憶はある。

 こうして過去の功績に触れられ、そしてこれからを期待されるのは、うれし恥ずかしって感じだった。少し名が先行しているようで、それを重みに感じることもあるけど。

 遠征参加を切り出した直後は心配そうなみなさんだったけど、劇団員さんが話し出すとちょっとずつ応援ムードに変わっていった。声をかけられるたびに、重荷に感じていたものが少しずつ軽くなっていく。

 要請を受けたということについても、義務感とかじゃなくって、もう少し積極的に捉えられるようになった。望まれた役割を果たして成果を出した上で、この食卓に土産話として持ち帰りたいな、そう思う。



 翌朝、他の皆が遠征に出るのかどうか気になった。なんとなく、出るんじゃないかという気はするけど。親友2人の魔法の練習に付き合う時、ついでに聞いてみることにした。


 まずはサニー。彼も遠征には参加するということで、昨日のうちにさっそく受付を通して参加の意を伝えたらしい。

 というか、セレナが要請を受けて受諾したと、彼女の口から聞かされて、その後すぐに受け付けに向かったそうだ。

「さすがに、あの子だけ行かせるのは」と真剣な表情で光盾シールドの練習をしながら彼はそう言った。Dランク試験に向けた彼の練習は順調で、光盾も結構前に十分モノになっていた。他の魔法もいくらか進めてみたところで、今は遠征に向けて光盾に改めて取り組み、精度を高めようってところだ。

 午前の練習中、彼はずっと気が張り詰めた感じだった。それを指摘して気をほぐそうとしてやると、彼はハッとしてから照れくさそうに笑った。


「やっぱり、何か変に意識しちゃってますね」

「セレナのことだったら、たぶんあの子が誰よりも稼ぐだろうから、気にしすぎても仕方ないと思うけど」

「それはそうなんですけど」


 セレナが実力通りに動けば、たぶん戦果では誰もかなわないだろう。瘴気が濃い場所では、赤紫以外のマナでは中々魔法の通りが悪く、かといって近接戦闘は危険すぎるとあって、実体のある矢が頼りにされているそうだ。つまり、セレナの狩場ってことになる。だからこそ、彼女に掛けられる期待や負担は大きいものになるだろう。


「むしろ、セレナがのびのび動けるように気を配るのが、俺達の役割なんじゃないかな」

「そうかも……いえ、そのとおりですね」

「俺達っていうか、主にサニーの、だけど」


 彼は顔を赤らめて少しモジモジした。



 昼からはハリーの練習に付き合った。彼はEランク試験以降、光盾メインで練習を重ねてきている。他に取り組んだ七色の矢セブンスボルトは、苦手だった水の矢アクアボルトを十分な精度で使えるようになっている。

 今やってるのは双盾ダブルシールドの練習で、少し前から取り組んでいる。念のためエリーさんに教える許可を取りに行った所、逆に「是非とも教えてあげてほしい」と力強い後押しを頂いていた。

 彼の双盾は、彼自身のマナが山吹色ということで、調色型で橙と黄色の光盾を重ねる感じでやっている。その暖色系で明るい盾を見るたびに、羨ましさと安心感を覚えていた。

「どうだ?」と少し心配そうに聞いてくる彼に、俺は笑顔でうなずいてやった。安堵した彼は黙って盾を解く。双盾も結構慣れてきていて、後は大きく作っていけば良さそうだ。


「ところで、Dランク試験は考えてないのか?」

「特には……」

「Cランクに、橙色で接近戦向けの魔法があるらしいからさ、興味があったらどうだ?」

「興味か」


 考え込むような素振りを見せ、何秒か黙ってから彼は言った。

「魔法を打ち消すアレは、難しいのか?」という質問に、俺は少し返答に困った。ハリーなら興味を持つだろうとは思っていたけど、色んな意味で難しい魔法だった。彼が知らない型を使うのはもちろんだけど、それ以前に魔法庁の承認やら何やらが全然だ。


「あれは、まだちょっと。魔法庁の判断待ちってところだ」

「そうか」


 あまり感情が表に出ない彼だけど、少し落胆気味なのが伝わってきた。自分が考えた魔法――のような何か――が、こうして親友に興味を持ってもらえるのは、なんだか嬉しかった。

 まぁ、残念ながら打ち消しの方は教える以前の問題なわけで、これからはDランクで防御向けの魔法を少しずつかじっていって、彼の気が向いたらDランク試験も視野に入れる、そういう方向に決まった。


 練習の話が一通り済み、合間の休憩に遠征の件を切り出すと、彼は「参加する」と短く言った。

 予想通りの返答だったけど、何か理由とかあるんだろうか。何気なく聞いてみると、彼も普通に答えてくれた。

 その理由は、一言で言えば、これからの予行練習のためってところだ。今後、相手方の動きがどうなるかわからないからこそ、数多く魔獣が出る地に赴いて、様々な魔獣との戦闘経験を積みたいとのこと。

 それに加え、むしろ経験を積むよりも重視してそうに聞こえたのが、瘴気の中での救助や戦闘法についての実地検証の方だ。今後のためと考えると必要な試みだと感じたらしく、”実験台”にも自発的に名乗り出ようという考えらしい。


「体格が良いと瘴気の影響を受けにくいから、その点でも役に立てるだろう」

「なるほどな」


 それに彼はマナの色も一般人としては上の方だ。つまり、かなり恵まれた素質を持っている。あと既婚者なわけで、途端に羨ましくなってきた。

 そうやって彼と話していると、俺が参加要請を受けたのが瘴気の検証絡みだったことを思い出した。なんやかんやで、向こうでも彼と協力することになるんじゃないか、そんな気がする。



 夕方、孤児院でこども達と遊んだ帰りに、ネリーに遠征の話をすると、「私も行くよ」との返事が。

 彼女はギルドの方から参加の打診を、あの説明会よりも前に受けていたらしい。現場担当と事務員兼任ということで、調整役としての働きを見込まれてとのことだ。

「雑用っぽいけどね」と彼女は笑っているけど、卑屈なところは全然ない。たぶん、ギルドの裏方でも、彼女には結構期待するところが大きいんじゃないかなと思う。

 俺が参加することについては、すでにウェイン先輩から話が行っていたらしく、ネリーは明るい笑顔で激励してくれた。


「直々にお呼びがかかるなんて、凄いね!」

「まぁ、役に立つかも~? ぐらいに認識されてると思うけど」

「それはそれで美味しくない? 頑張って結果出して、びっくりさせてやればいいじゃない」

「……そうだな~」


 横を歩く彼女の笑顔を見ながら、俺は生返事をした。

 上の思惑は、よくわからない。でも、俺に近いところにいるみんなの、励ましや期待はよく伝わってきた。そんなみんなをガッカリさせたくはない、そう強く思った。

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