第150話 「合同勉強会③」

 勉強会に向けて練習の日々を過ごす中で、毎日の練習に付き合ってくれるメルは、実は他の町に用があったんじゃないかと気になった。

 そのことを彼に聞いてみると、他の町でも何か調べるべきことがないわけじゃないけど、それよりは王太子が帰還された王都の方が色々と動きがありそうで、記者としては王都で調べ物をしたいようだ。

 というのも、殿下はご生誕以降ほとんどを王都の外で過ごされていたらしい。それで、政務をこなせる年齢の殿下を王都が迎えるのは初めてということで、これは何か一波乱あるんじゃないか? と。


「それに、他の町では何か政治的な動きがあるとしても、入り込むと危険そうですし」

「あー、キナ臭い案件ってやつか」

「そうです」


 陛下に王権の継承を迫ろうという一派は、王都の外に主たる勢力があるそうだ。今彼らが動けば明らかに露骨だし、前の騒動の傷が癒えきっていないという事情もある。だから、軽い探りでは情報をつかめないだろう、そういう見立てがあってメルは避けるつもりでいる。つまり、この練習はメルの邪魔にはならないようだ。


 一方で少し危惧していた魔法庁の職員さんの反応は、意外にも概ね良好だった。

 もちろん、最初に打ち消しをやってみせると、だいたい決まって困惑した様子を示された。「コレって魔法じゃないですよね」みたいなのは、みんなに共通して言われた。

 しかし、使われた魔法を消すという行為自体には、みんな興味があるようだった。やはり、治安維持に関わる仕事に身をおいているからだろう。相手の魔法を食い止めたり鎮めたり、そういったときに使えるテクニックとして気になっているようだった。

 ただ、勉強会本番前に広く知れるのはマズイということで、そこはエリーさんが配慮してくださって、監視係は入れ替わりで3名に絞られた。勤め先が勤め先だけに、口の固さは大丈夫だろうと思っていたんだけど、「知ってる人が増えれば、口が緩んで手がつけられなくなるものです」とはエリーさんの談。それにはメルも大いにうなずいていたので、まぁそういうことなんだろう。


 メルと魔法庁以外では、工廠のみんなとも話す機会が増えた。見た感じ、彼らは魔法庁の職員よりも口が軽そうな感じではあるけど、部外秘というと「闘技場の外には情報を持っていかないから」と約束してくれた。彼らも彼らで開かせない機密とか色々抱えているんだろうから、そのように扱ってもらえるなら問題ないと思う。

 そんな彼ら、工廠の職員が興味を持ったのは、消すという行為じゃなくて文を使わずに何らかの効果を得るという着想の方だった。「魔道具の表現幅が広がるかも」とのことだ。

 というのも、彼らは電子工学みたいなノリで型を組み合わせて、より効率的な魔道具を作ることが至上命題で、「取り憑かれてるかも」なんて自認する人もいるくらいだ。だからこそ、文のない器だけでどうこうしようという俺の試みに興味を惹かれたのだろうし、型の組み合わせで色々工夫しようという俺とで話が合うというか、盛り上がるのかもしれない。彼らとはしょっちゅう夕食を共にした。


 そんなわけで、俺を取り巻く皆とはかなり良好な感じで練習に取り組めた。肝心の打ち消しの方も、型の工夫や運用時のテクを磨いたおかげで、それなりに見れたものになっている。あとは本番だけだ。

 メルは本番が近づくにつれてワクワクしてきているようで、それはまぁ彼の普通なんだけど、監視員さんも割と楽しみにしてくれているように感じられて、それはすごく嬉しく思った。



 11月15日、勉強会当日。開場前に闘技場へ着くと、結構な人がごった返していた。見た顔は結構多い。というか、見知った顔が次々に増えるものだから探してみたら、大半の友人知人は勉強会に出るようだった。

「チラシに載ってたので」と、サニーが見せてくれたそれには、講師役として俺の名前がしっかり載っていた。それもトリとして。


「最後かぁ……ちょっと緊張するな~」

「頑張ってくださいね!」


 予想外の客の入りに、少したじろいでしまっていた俺だったけど、友人の激励で持ち直す。そもそも、「みんなにいい所見せたい」みたいな欲がいくらかあって受けた話なんだから、ここで踏ん張らないと。

 そうやって意思を固めたところで、別の知り合いがやってきた。お嬢様とルクソーラだ。久しぶりの再会にルクソーラを呼ぶと、彼女は答えた。


「ラックスでいいよ」

「ラックス?」

「うん。アイリス様もそう呼ばれているし」


 そう言って彼女はお嬢様を顔を見合わせ、「ね~?」とでも言わんばかりにニッコリ笑った。仲が良さそうで何よりだ。

 それから、ラックスは笑顔をそのままにして俺の方に向けて言った。


「また何か、アダ名ができるかもね。主任さん?」

「……実は、何か考えてるとか?」

「うーん……画伯、主任と来たから、何か職名がいいかなって思ってるんだけど」


 言われてみれば、確かに冒険者以外の職名をつけられてきていた。今後もそんなノリなのかもしれない。

「いい所を見せれば、カッコいい呼び名が着くよ。頑張ってね」と、彼女は俺の内面を見透かしたかのような言葉を残し、お嬢様と歩いていった。

 去り際、お嬢様は何も言わず、ただ笑顔でうなずいた。アダ名抜きにしても、いい所を見せないと。


 その後周りの友人知人と談笑をしていると、ギルドと魔法庁の職員が合同で入場案内を始めた。講師役には控室が用意されているらしく、俺は話してた連中に挨拶してから職員さんの案内についていく。

 闘技場の中、回廊部分を歩いて案内係の職員さんに今日の勉強会の話を聞いてみると、一応はベテランが見守ったり責任を持ったりという体裁になっているものの、メインで動くのは若手だそうだ。


「これで色々勉強してきなさい、そう言われまして」

「あー、なるほど」


 誰が言ったのかよく分かるセリフに、職員さんと顔を見合わせて笑った。本当に、教育熱心な方だと思う。

 俺の控室にはメルが来ていた。職員さんに礼を言って控室の椅子に座ると、先にメルが切り出してきた。


「実は、今回のはそんなに宣伝に力を入れてないんです」

「へぇ~、どうしてまた」

「この勉強会の名目が、ヒマつぶしですからね。あんまり頑張りすぎるのも……って思ったんですけど」


 とは言ったものの、ギルドと魔法庁が手を組んでという目新しい企画には、多くの冒険者が食いついたようだ。ヒマつぶしのはずがこの日のために色々調整して依頼をこなしたという冒険者までいるそうで、ちょっと本末転倒みたいな感じになりつつある。勉強の本分は果たせそうだけど。


「それと、客は冒険者ばかりでもないですね」

「ん~……商店とかのスカウトもいるとか?」

「商店に限った感じじゃないですけど……講師や、あるいは質疑応答の反応を見てって感じでしょうか」


 つまり、勉強会で目立つ人材があればそれに粉をかけようと、そういう感じの人がいるらしい。あえてそういう人を排除しようという動きはないので、そういうの込みでの勉強会ということなんだろう。気になるのは、俺はどうなるかだ。まぁ、俺のデモンストレーションがうまく言ったらの話だけど。メルに聞いてみると、「大丈夫ですよ」と笑われた。


「大丈夫って、どっちの意味さ」

「ああ、済みません。たぶん、スカウトから興味を持たれても、話は掛けられないと思いますよ」

「それは助かるけど、理由は?」

「魔法庁や伯爵家と色々ありますからね……抱えるには少しリスキーと言うか、重い人材だと思いますよ」


 指摘されて改めて、得難い経験に色々な縁のことを思った。確かに、スカウトをやるぐらいの人だったら俺のこととか知ってそうで、手を出すには面倒だと思うのかもしれない。

 ただ、だからこそ……そういうのを全く気にしない方が声をかけてくるんだろうなぁ。この前、殿下と少しお話したときのことを思い出した。今は特になにもないけど、そのうち何かあるのだろうか。


 メルと講義の流れについて最終確認を繰り返していると、控室の戸がノックされた。会場の準備が整ったそうだ。案内係の方を先頭に、2人でその後をついていく。

 回路の柱の隙間から、中央部分がちらちら見えた。結婚式の時みたいにベンチをずらっと並べてある。さすがに客席部分には聴衆がいないようだし、ベンチの数も結婚式の時ほどではないけど、予想よりは結構多い。

 まぁ、ここまで来たら望む所だ。そう思って俺は自分を奮い立たせた。


 中央の砂場に到着すると、講師陣の席へ案内された。広めにとったスペースに講師が立って実演なり何なりする感じで、そのスペースの正面に受講生がズラッと、脇に他の講師が控える感じの位置関係だ。

 他の講師の方は、あまり面識がない。俺が礼をすると、反応はそれぞれ違うものの、みなさん礼を返してくれた。ただ、俺が勉強会の締めになること、助手にメルがついていることから、講師の方々からは並々ならぬ期待感を寄せられている、そんな気がした。

 そんな雰囲気に、また少しハードルが上がったと感じる中、勉強会が始まった。

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