第149話 「合同勉強会②」
勉強会に講師側で出る意向を伝えたその日から、俺とメルは勉強会に向けて例の打ち消し魔法を練習することにした。
問題は練習の場所だった。会まで2週間ぐらいあるらしいから、それまでなんとか毎日繰り返し練習しておきたい。ただ、あまり人目につく環境ではやりたくない。というのも、内緒で練習して、もうちょっと詰めればみんなの度肝を抜けそうだから……というのがメルの見立てだ。
しかし、事前に魔法庁がどう受け取るか、確認しておきたくもある。そういうわけで、俺達は相談の上、闘技場の一般利用後の時間を使わせてもらえないか、魔法庁の方に相談することにした。その話の流れで、今からやろうとしている物をどう判断されるか、確かめようというわけだ。
☆
18時よりちょっと前。闘技場で練習していた人たちがだいぶ少なくなって、あと数分で一般利用終了という時間だ。最近は本当に寒くなってきていて、練習の熱気も去る人たちと一緒に消えていくと、ますます寒々しい雰囲気になる。
結婚式に向けた練習とかで、闘技場の監視に来る魔法庁の職員の方とは、だいたい顔なじみになっていた。その職員の方に話しかけて、勉強会に向けた練習のため、俺の割当になってる貸し切り時間にメルも混ぜてもらえないか問いかけた。
同世代の職員さんは黙り込んだ。視線に若干落ち着かない感じがあって、どうも迷っているように見える。少し待つと、彼女は口を開いた。
「さすがに、禁呪の使用時に部外者を立ち会わせるのは……」
「あっ、いえ違うんです。禁呪は使いませんから」
慌てて俺は訂正した。そもそも、彼女が考えていた話の流れでは、勉強会まで禁呪を使うってことになってしまう。
早とちりに顔を赤らめた職員さんだったけど、魔法庁的には俺がもはや禁呪の人と認識されつつあるようで、ちょっとあんまり良くない傾向かもしれない。
「それで、どういった魔法を?」と、職員さんはおずおずとした調子で問いかけてきた。
「んー、相手に使われた魔法を防ぐというか、妨害するというか」
「
「どちらでもない、新しい魔法です」
俺が答えるよりも先に、メルがきっぱりと返答した。”新しい魔法”という響きで少したじろいだ彼女に、メルがもう少し言葉を継ぎ足した。
「実際には、魔法と言っていいかどうか少し微妙なところもある、一種の技法みたいなものなんですけど。勉強会の前に、魔法庁的にアリかナシか判別していただければと」
「私が、ですか?」
「上の方も呼んで頂けると。それで、一緒に考えてもらえれば」
俺のマネージャーだかプロデューサー的な立ち位置になってきているメルが、そうやって職員さんに申し入れると、彼女は口を閉じていくらか考え込んだ後、「上の者を呼んできます」と立ち去った。他にも監視の職員さんがはいるから、1人減っても平気なのだろう。
走っていく彼女の背を見ながら、魔法庁の方にしょっちゅう手間かけさせてるなぁと、少し反省した。
魔法庁の上役の誰かを待つ間、自由時間ということで思い思いに過ごすことになった。
開放時間の後には、相変わらず闘技場の修繕作業が継続されていて、練習する人が去っていく代わりに少しずつ工廠の技師たちがやってきていた。彼らが作業するのは回廊だとか客席だとか、そういう構造体がある部分だ。このまま誰もいない中央部分にいるよりはと、俺は作業の邪魔にならないように気をつけつつ、彼らのもとへ向かった。
俺に気がつくなり技師の1人が「よう、主任!」と呼んでくる。たぶん、ずっとこの調子なんだろう……そういえば、結婚式の演出を事業化するって件はどうなるんだろうか。
「どうかしたん?」と別の技師さんが聞いてきた。事業化の件はまだ他には漏らせないから、単に「考え事してるだけ」と答えた。
それから、彼らは俺と談笑しつつ作業を進めていく。
闘技場全体の照明に関しては、夜間でも中を歩くのにあまり不自由しない程度にまでは復旧した。次の修理対象は、観客の保護機能だ。
その保護機能は、早い話が流れ弾から観客を守るためのバリアで、そのバリアは闘技場の中心からドーム状に展開されるらしい。それで弾が外に出ないようにするわけなんだけど、逆にそのドームの内側に人々を避難させる防衛施設にできないか、そういう目論見で修繕を進めているとのことだ。
「どれだけの強度を出せるかわからないから、気休めっぽいけど」と技師の1人が笑う。人力でやるよりも規模は大きくしやすいのかもしれないけど、それにしたって途方も無い規模の魔道具になるんだろう。
しかし、工廠の皆はスケールに圧倒されたりはせず、ワクワクする気分を押さえずに作業に取り組んでいる。でっかいプロジェクトの一端に加われて、楽しくて仕方ないって感じだ。
実は修繕対象は他にもあったようで、闘っている連中に追随して泡膜――Cランク魔法で、全方位バリアらしい――を展開するという機能もあるそうだ。
「そっちの復旧と、今やってる作業と、どっちが難しい?」
「そりゃあ、断然泡膜の方だな~」
「機構的に繊細過ぎてね。今は設計から読み込んでる所。そっちよりは、バカでかいだけの保護膜のほうがわかりやすいってトコかな」
今やってる作業は、スケールこそでかいものの、技術レベルはさほどでもないということらしい。それにしたって、俺の理解を超えてはいるんだけど。
そんな感じで会話していると、使いに出してしまった職員さんが戻ってくるのが見えた。ちょっと邪魔しちゃったかなと、技師の皆に謝ってその場を立ち去る。
職員さんが連れてきたのは、エリーさんだった。俺とメルを見るなり、彼女は静かに微笑んだ。
「魔法と呼べるかどうか、微妙な何かを考えたとのことですが」
「はい。リッツさん発案なんですけど、今後の勉強会でお披露目してもらえたら面白いかと思って」
朗らかな笑顔で話すメルに、エリーさんは「見てからですね」と短く返した。とりあえず、実演しろということだろう。
そこで俺は、以前メルにもやってみせたように
「前よりも早いですね!」
「まぁね。ちょっとは練習してさ」
収奪型により吸わせるパワーを底上げするため、あらかじめ継続型経由でマナを注ぎ込んで活を入れてやってるわけだけど、だらだらマナを注ぐよりも勢いよく注いでやったほうが効き目があるということが判明していた。魔法を消すのにあまりかかりっきりになるわけにもいかないから、最初に勢いづけて手早く消すってのは、方向性としては正解だろうと思ってそういう練習を重ねていた。
メルは前よりマシになった俺の魔法(?)を喜んでくれたけど、エリーさんは少し呆気にとられたような表情だ。ややあって、少しむずかしい感じの微笑を浮かべた彼女は俺に話しかけてきた。
「また、面倒な案件を持ち込んできてくれますね」
「わざとじゃないんですけど……」
「それは、わかっていますよ。それで、あなたはどう思いますか?」
「わ、私ですか?」
エリーさんに突然話を振られた職員さんが、しどろもどろになりながら答える。
「文がありませんし、やはり魔法ではないと思いますけど……」
「では、魔法庁には無関係ですか?」
「……いえ、それも少し違うような」
エリーさんの問いに、職員さんはかなり迷いながらも彼女なりの答えを出した。俺もそれには同意見だ。魔法じゃないけど、魔法庁には関係がある。そんな、ちょっと妙な立ち位置の存在になるんじゃないかと思う。
その後、この打ち消しについて4人でいくらか語り合った。まだ実戦レベルじゃないこと。だからこそ興味のある人間を巻き込んで磨き上げる価値があること。今後の用途について……などなど。
「私としては、たとえ魔法ではないとしても、価値のあるテクニックには思えました。実戦で使用できるように改良を重ねていく意味はあると思います」
「では?」
「今度の勉強会で皆の前に晒し、その意義を問うのも良いかと。私はあくまで賛成側の1人に過ぎませんから、是非は皆で論じるとしましょう」
エリーさんにはかなり好感触だったようで、監視当番の職員さんも興味が出てきたような表情をしている。
そのあと、練習時間として闘技場の一般開放後を使わせてもらえることになった。貸し切り時間の利用者募集については、実は”人事異動”の影響でそれどころじゃなくって、まだ実施できる段階にないらしい。結婚式の演出の件も、事業化への会議はまだまだ顔合わせが済んだ程度で、これからってところだそうだ。
「……そういうわけですから、当面は勉強会に備えて頑張っていただければと思います」
「おっ? エリーさんも乗り気ですね!」
「メル君ほどじゃないわ」
もともと仲が良かったのか、メルとエリーさんはそんなことを言い合って笑った。2人とも色々と手広くやってる――エリーさんの場合は仕事のほうがやってくる感じだけど――から、何かと縁があったのかもしれない。
その日の練習にはエリーさんも立ち会うことになって、晩御飯は当番の職員さんも交え、4人で居酒屋に行くことになった。
こうして魔法庁の知り合いができて、親しくなるのはいいんだけど、その一方でしっかりやらないといけないなと、気が引き締まる思いも確かにある。禁呪だったり、今やってる魔法じゃない何かだったり、他の人が手を付けないやり方で成果を出そうとしてるんだから、良くも悪くも注目されるわけだから。
それに、大勢の前で恥をかきたくないってのはもちろんそうだけど、こうして個人的な関わり合いがある人の期待に答えたい……というか、いいところを見せたいという気持ちを強く感じた。まぁ、そういう気持ちのせいで色々首をつっこんでは、危険な目にあったり面倒なことになったりしてる気もするけど。
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