第130話 「練習開始」

 9月24日18時前。闘技場へ行こうと思ったところに、魔法庁の方が宿まで呼び出しに来た。宿への来客と言えば俺を訪ねてきているというのがほとんど定番になっていて、特にきな臭い様子もないことから、宿の同居人のみなさんも宿主のお2人も慣れっこになっている。

 今日は例の式での禁呪使用に関して、決が下りたとのことだ。許可が出たのかどうかは、俺を呼びに来た職員さんの緊張した面持ちからは判断できない。それに、闘技場で話すから連れてこいとだけ指示を受けたようだ。


 年下っぽい職員さんと一緒に闘技場に向かうと、中心部に何人か集まっている。その中には、いつもの責任者さん――庶務課課長――と、お嬢様の姿もあった。

 雰囲気に暗い感じはない。たぶん可決されたんだろう。それでも、実際に聞くまでは早合点できないけど。

 俺が集団に加わり、手短に挨拶を交わすと、さっそく課長さんが用件を切り出した。


「申請がありました件ですが、無事可決されました」

「そうですか、良かったです!」


 俺が反応を返すよりも先に、お嬢様が明るい声で言った。

 もちろん、自分の考えが通過したのは俺だって嬉しい。ただ、こんなにもあっさりと話が通るとは思っていなかった。1週間も経っていない気がする。

 それに、周囲にこれだけ職員さんがいる中で話されるのも腑に落ちない。課長さん除いて5人だ。禁呪使用の監視にしては、ちょっと多いんじゃないかと思う。

 そのあたりの気になった点を早めに解消しておこうと、課長さんに質問すると、彼は特に隠し立てする様子もなく答えてくれた。


「まず審議の方ですが、ウチの若い子たちの支持がありまして。ウチと言っても、庶務課ではないですが」

「魔法庁全体、ということですか?」

「そうですね。同じ世代の子の、思い出づくりを助けたいと、そういう声が多くありました。それに、魔法庁関与のイベントですから、できることなら華々しく成功させたい。そんな思惑もあっての可決です」

「この場に職員の方が多いのは?」

「ん~」


 課長さんは少しニヤニヤして言い淀んだ。悪い話じゃなさそうだけど、少し面倒そうな空気もある。


「1つには、部下とまではいいませんが、式の成功に向けた取り組みで補助役として使ってほしいということ。もう1つは若い子達の教育のためですね。なにしろ、禁呪の民間向けという新しい試みですから、良い経験になるかと」


 手伝ってもらえるというのは、ありがたいような気まずいような。俺と魔法庁の間であった出来事を知らないということはないだろうから、お互いにやりづらさはあるんじゃないかと思う。でも逆に、これを機に関係改善をって考え方もある。だったら、機を見つけては上手いこと働きかけて仲良くしよう。結婚式の成功に向けて取り組む仲間なんだから。

 そうやって1人密かに決心を固めたところで、課長さんが話しかけてきた。


「呼び方はどうされます?」

「呼び方ですか?」

「ウチの職員は、役職名で呼ぶのに慣れてまして。そういった役職をつけたほうが、気分が出るかと。まぁ、形から入ると言いますか」

「はぁ、そうですか」

「とりあえず、主任でいかがですか?」


 いきなり勤め人になった気分だ。俺がどうこう言うより先に、お嬢様が食いついた。「主任ですか、いいですね」と弾んだ声を上げている。孤児院でこども達と遊ぶ時の延長上みたいな感じで、どうもこういうごっこ遊び的なノリで気分を出すのが好みらしい。

 呼び方自体には、自分の中に違和感はあっても拒否感はない。それに、職員のみなさんとしては、名前で呼ぶより役職名で呼ぶほうが抵抗感は少なさそうだ。せっかく課長さんが用意してくれた呼び方でもあるし、謹んでお受けすることにした。

「さっそく練習ですか、主任」と煽ってくる課長さんに少し冷ややかな視線を返し、今後の流れについて考えた。


 まずは検証からだ。複製術で光球ライトボールをたくさん作るというのは決定事項だけど、大きさをどうするか、大きさや展開数量と術者への負荷の関係などは事前に把握したい。その結果によって、練習で積むべき努力の方向性も変わってくるからだ。

 最初に、通常のEランクの大きさで光球を作り、それを複製術の繰り返しで自分の力量限界まで目一杯作って並べる。かなり目立つ光景になったようで、客席の方で作業されていると思われる職員の方が、地面に並んだ青緑の球の整列に目を奪われているのが視界に入った。

 やってる本人としては、かなりツラい。意識が希薄になっていくような感じだ。息苦しさ以外の感覚には厚い靄がかかっている。

 サポート役のみなさんには事前の指示で、展開した光球たちの端っこに居てもらうようお願いをしておいた。ギリギリまで光球を展開し、彼らが配置につけたということで、いったん魔法を解く。すると、薄まった意識が急に戻ってきた。パステルカラーを飛び越え、水で薄めきった視界に濃淡と彩度の概念が蘇る。自分を取り戻すかのような、そんな感じだ。


 少し休んだ後、先程よりは小さめの光球を作って、同様に複製で並べていく。これでとりあえず、球の大小で限界が変わるかどうかがわかる。大きい球のほうが広く展開できたのなら、球の数が負荷の大きな要因になっていると考えられるし、小さい球のほうが広く展開できたのなら、球を足し合わせた総体積が負荷の大きな要因になるだろう。

 限界まで球を複製しては地面に並べて広げていく。先ほどと同じような、自分の意識が薄く引き伸ばされていき、ただ苦しさだけが残るような感覚に襲われる。

 やがて、もう無理というところまで展開したところ、球の集団の外周は待機組の足元に届いた。つまり、同じ広さで展開できたということだ。


 これは少し意外な結果だった。というのも、事前の見立てでは数量のほうが負荷になりやすいのでは、という意見が多かったからだ。つまり今回の実験で言えば、球を大きくしたほうが最終的には広く展開できる……みんなそういう考えをしていて、みんなで仲良く予想を外したわけだ。

 しかし、実際に魔法を使っている身として感じた負荷感は、この結果の説明になるような気がした。皆さんの視線を感じつつ、1人で考えてそれらしい解釈にたどり着く。

 今回の複製術は、数を増やすというよりは外に広げるイメージでやっていた。そもそも、波打たせるように光球の面を動かしたいという考えがあったので、球の一つ一つに意識を傾けるのではなく、全体を1つの集合体と捉えて展開していった。

 つまり、1つの魔法と認識したものを限界まで広く伸ばそうとイメージして展開したがゆえに、同じ広さが限界となり、負荷の感じ方も普段と違っていたんじゃないか……と思う。


 疲れが完全に回復しない中、少し息を切らしながら自分の考えを口にすると、集まった職員のみなさんは感じ入った表情になった。つかみはバッチリなのかもしれない。しかし、それはいいんだけど感情を表現するほどの余裕がない。

 その代わりかというと、どうかとは思うけど、お嬢様が少し誇らしげで晴れ晴れとした表情になっていた。そのことは嬉しかったし、可愛らしい人だと思った。


 念のため、再検証したけど結果は同じだった。闘技場の地面を埋めるだけであれば、光球の大小は問われない。だったら、小さく作るほうが見栄えがするし、複製術の部分の可読性が減って機密を保てる。

 検証の中で、俺の今の力量もある程度判明して、それには少し意外に感じた。客席から作業しつつ観察していた職員さんによれば、光球の集団は闘技場の4分の1ぐらいの大きさにはなっていたらしい。つまり、直径では半分ぐらいだ。

 複製術では、術者以外からマナを奪って子を作る。だから大量展開しやすいわけだけど、今回は継続・可動型を合わせていて、これが術者への負担になっている。タコ足配線にタコ足配線を重ねて、俺というコンセントをいじめていたわけだ。継続・可動型の魔法はよく使っていた記憶があるけども、知らないうちにここまでできるようになっていたというのは感慨深いものがある。


 そういうわけで、今後は光球を小さく作る訓練と、複製術で大量に作る訓練を並行することになった。

 しかし、さっそく練習に取り掛かろうとしたところで、課長さんが声をかけてきた。


「もう少し気の利いた複製術もありますが」

「気の利いた?」

「世代数を調整できるものです。繰り返し描くのでは面倒でしょう。魔法庁の上の方から、提案してみよと言われまして」


 そこで、宰相様にお話した件を思い出した。複製術の発展形みたいなのがあれば知りたい、そう希望を伝えていた。それを覚えておいていただけただけじゃなく、実際に行動に移していただけたようだ。

 もっと強力な複製術に関して、友人の結婚式の準備にかこつけて知ることになったのは、なんだかそれを利用してしまったようで後ろめたい打算的な感じは、正直ある。ただ、課長さんいわく「式の成功のためなら、上も下も承認している」らしい。そのご厚意をありがたく受け入れて、2人の式を成功に導くのが、俺にできる誠意の見せ方だと思う。

 礼を言って、複製術の強化版を使う提案を容れると、課長さんは「許可を出した我々に感謝するように」と冗談めかしていった。その言葉に場の空気がほぐれ、職員さん方の顔にも自然な笑顔が浮かぶ。こうして少し軽い調子で上手に出られたほうが、かえって気楽で助かる。


 新しい複製術は、既存のものにまた少し円や線を組み合わせた形になる。目立つ特徴は、円の中心から外へ伸びる複数の線の存在だ。この線の数が作成する世代数を意味しているらしい。ちなみに、直径の数ではなく、半径の数で世代数が変わるそうで、中心を通って円を等分する線を引けば2世代になる。つまり、元の円自身の親世代に加え、子が1世代で6つできる。

 線の数をいじれば世代数を変えられるということで、今までよりも柔軟に運用できるけど、留意点もある。メモ片手に教えてくれる課長さんによれば、コピー開始後に線を加筆することはできないそうだ。つまり、やってみてもうちょっと行けそうだからと、後から継ぎ足すことはできないわけで、複製開始前に自分の力量を正確に見極めておかなければならない。

 気になったのは、世代数を表す線の引き方だ。中心から外周に向けて引く線は、均等な間隔で引くべきかどうか。


「ん~、特にその辺りを気をつける必要はなさそうですね」

「そうですか、意外ですね。正直助かりますけど」

「まぁ、美意識の問題だと思いますよ」


 円を等分するように線を引かないと反応に偏りが出る、みたいなことはないようだ。美意識というのは、変に線が偏って見た目が悪いのを、魔法陣の作成者として許せるかどうかということだ。

 今回の式では他の方に認識されないように複製術を使う必要があるわけで、多少汚く描いても他人には気にされない。しかし、魔法使いはみんな正確で美しい図形を描くことに執心しているわけで、結局は自尊心と相談ということになる。

 説明を終えた課長さんが、みんなの前で試しにメモ通り複製術を使ってみせる。


「こうして使用者以外に見られても大丈夫ですか? その、魔法庁的に」

「存在を公にしているわけではありませんが、区分上は第3種禁呪ですので、職員に見られる分には問題ありません」

「ちなみに、”この”複製術の正式名称は?」

「一応は多段複製術らしいですが、文献を見るとあまり正式という感じでもないですね。名前つけてまで周知させるものでもないですし」


 そんなやりとりをしつつ、課長さんが多段複製術を描き終えると、事前の説明通りに増え始めた。内部の円は中心から外へ向かって3本線が伸びている。等分せず円の上側に3本の線が偏っているのは、これでもきちんと増えるということを確かめるためだろう。実際に問題なく円は孫まで増えた。

 どこまで増やせるか、試したいのは山々だったけど、まずは新しい型を覚えるところからだ。練習時間は職員さん方の勤務時間に合わせる形になるから、今から1時間強ってところだ。うまく行けば、きちんと覚えて実際に少し使うところまで行けるだろう。

 さすがに練習中まで見守って貰う必要はないし、そばにいられると逆にちょっと困るということで、補助係のみなさんと課長さんには他の場所に行っていただき、俺達が多段化を覚えるまでは別の仕事をやってもらうことになった。

「競争ですね」と少しワクワクした調子でお嬢様が話しかけてきた。彼女にしてみれば久しぶりに魔法を覚える機会なのかもしれない。「負けませんよ」と笑顔で返して気分をあおると、俺達はそれ以上に言葉を交わさず、それぞれの練習に没頭し始めた。


 結果的に、覚えるのが早かったのは俺だった。たぶん、しょっちゅう複製術をやっていた――課長さんいわく、人力で描いた量は国一番かもしれない――経験のおかげだろう。お嬢様と比べると、本来の魔法の実力で見れば及ぶべくもないけど、複製術に限定すれば俺に一日の長がある。

「さすがですね、先生」と嫌味も屈託もない笑顔で言われて、顔がちょっと熱くなった。俺のほうが少し早かったと言うだけで、お嬢様の方も順調そうだ。

 程なくして、2人とも覚え終わったということで職員さん方を呼び、きちんと習得できたかどうかチェックも兼ねてお披露目した。


「問題なく使えるようですね。すでにいい時間ですし、今日は何回か繰り返して慣れるところで切り上げましょうか」

「そうですね、わかりました」


 課長さんの提案に従い、今日は軽く慣らして終わらせることにした。

 この多段複製の練習中に、1つ判明したことがある。俺は青緑、お嬢様は紫色で円を作っては増やしていったわけだけど、増えるスピードは俺の方が速かった。それも、結構目に見えて違うぐらいの差が。

 実力の違いや、複製術の経験の違いによるものではないとは、最初からなんとなく感じた。複製の反応が魔法陣任せだからだ。

 たぶん、色の違いによるものなんじゃないか。そう直感した俺は検証を始めた。まず書きかけの光球の魔法陣を3つ用意する。そして、1つには青色の染色型、もう1つには黄色の染色型を合わせる。最後の1つは俺のマナの色をそのまま使う。こうすれば、使用者同一で色の違いによる影響だけを検証できるわけだ。

 さすがに3つ円を染色型ありで用意するのはキツかったけど、それでもなんとか描けるようになっている自分には少なからず驚いた。頑張ってきてよかったと思う。

 そして書きかけだった3つの魔法陣の、最後のピースをそれぞれほぼ同時に埋めてやってスタートを切らせる。

 最初に複製が終了したのは染色型なしの魔法陣だ。続けて、青色、黄色と続いた。青色と黄色は同着かと思っていたけど、終わるタイミングには優位な差があった。

 青緑そのままが早かったのは、染色型を噛ませないからというのが理由として考えられるけど、色の谷において青緑が下位にあるからという理由も考えられる。周りからマナを奪って増えるという複製術の都合上、下の方の安いマナ色のほうが、負担が少なくて反応も早いんじゃないかというわけだ。

 青色と黄色が微妙に違ったのは、正直に言うと推論にしてもかなり曖昧なところがある。複製術が奪ってくるマナが、フラウゼ王国の国民に寒色系のマナ使いが多いことを反映しての結果ということか、術者である俺と黄色の色の距離を反映したものか、あるいは俺の苦手意識が影響したのか、この実験では判然としない。

 ただ、少なくともはっきりしたのは、緑色にも取り柄があるということだ。それが禁呪の使用時だというのは、少しアレだけど。


 こうして推論をみなさんの前で述べたわけだけど、正直良くわかってない部分も多い。だた、それでもみなさんにはそれぞれ腑に落ちたところや参考になった部分があるようで、俺に対する視線にも信用の感じが増したように思う。

 当初思っていたよりは、ずっといい雰囲気で練習が進行している。この調子で行けるといいな、そう思っていたところに、1人の職員さんが血相を変えて課長さんのところへダッシュしてきた。


「課長、ご来客が」

「どちら様で、ご用件は?」

「それが、その」


 息切れのためか緊張のためか。すぐには続きが出てこない彼を、その場のみんなが神妙な態度で見守る。


「……ハルトルージュ伯爵閣下が、責任者を呼べと」

「なるほど、了解した」


 それ以上問いただすことはなく、課長さんはあっさり応対を引き受けた。

 しかし、1人で行かせていいものなんだろうか。主任という役割をもらっておきながら、ここで黙って見守っているというのは少し無責任な気もする。もしかすると、用件が結婚式のことかもしれないからだ。

「自分も行きましょうか」と申し出ると、キョトンとした顔つきになった課長さんは、数秒してから笑った。どうやら意図を察してもらえたようだ。


「闘技場の修繕に関してであれば、私だけで応対します。式や禁呪絡みの件であれば、傍らで話だけでも聞いていただいたほうが良いですね、主任」

「わかりました」


 身の程知らずとは思われなかったようで安心した。そして、主任という言葉の響きに、なんとなくだけどここの社会に認められたような、そういう感じがあった。

 これから会うのは、お世話になっているのとは別の貴族の方だ。そう思うとかなり緊張する。でも、緊張しているのは成り行きを見守る、俺の補助役のみなさんも同様だった。そしてお嬢様も。

 みんなを安心させようと、できる限りの微笑みを向けて「行ってきます」と言ってから、俺と課長さんはお客様のもとへ向かった。


「主任で良かったでしょう、責任感が芽生えて」

「まぁ、そうですね。面倒事も増えそうですけど」

「そちらが首を突っ込みすぎるだけでは?」


 きれいにカウンターをもらって少し怯んだ。しかし、貴族との面会を前にして、こうも平然とした風の課長さんが、今はなんとも頼もしい。俺もこうありたいな、そう思った。

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