第125話 「禁呪の使いみちは②」

 静かに思索しているエリーさんからは、妙な威圧感があった。責任者さんは平然としていたけど、傍らの監視員さんは俺と似たようなもので、エリーさんの反応を少し気が張った様子で伺うばかりだ。

 ややあって、エリーさんが口を開く。その口調はいつもどおりだった。


「衆目に晒す形での複製術の使用になりますが、その点についての考えは?」

「観衆からはかなり距離がありますし、もっと円を縮められれば、複製術の紋様までは認識されないものと思います。あと、円を縮めて光球ライトボールを作れば、光の密度が高くなって記述内容の視認が難しくなります」

「波打たせるってのも、見づらさには貢献するかもしれないですね」


 俺の意見に対し、責任者さんが賛同するように被せてきたのは意外で、エリーさんにとっても少し驚きのようだ。彼女はごく僅かに目を大きく見開き、責任者さんに向き直った。そして「庶務課の見解は?」と問いかける。


「ナシよりのアリってとこか」

「理由は?」

「術者への負担が未知数だから、素直に賛成とは言えない。いいとこまで行って魔法が解けると、それで式が台無しになる可能性もある。ウチが一枚噛んでるイベントで、そうなるとマズいだろ?」

「なるほど、式の都合上の理由ね。”禁呪”を利用するという点についての懸念は?」

「禁呪ゆえに練習機会が限定されるのがマズいかな」


 責任者さんの思考は、あくまで結婚式を成功させるという一点に集中しているようだ。俺に協力的と感じられる言動をしているのは、少なくとも式のセッティングとして悪くないと思われているからだろう。一方で、うまくいかない可能性も確かに考慮している。ただ、彼の素振りを見る限り、あまり心配をしているという感じはない。むしろ「やれるものならどうぞ」といった感じで、余裕を見せつつ俺を焚きつけるような視線を向けてきている。エリーさんには悟られないように、こっそりとだけど。

 責任者さんの言葉を受け止め、また少し考え込んだエリーさんは、続いて監視員さんに声をかけた。


「あなたは、どう思われますか?」

「わ、私ですか?」

「ええ、正直にお願いします」

「私は……あまり不用意に、禁呪の使途を拡大すべきではないと思います」

「なるほど。では、不用意でなければ、よく練られたものであれば、どうでしょうか?」

「それは……」


 揚げ足を取って困らせようというわけじゃないだろう。パワハラっぽい感じでもない。後輩に考えさせ成長を促すような、穏やかな口調での問いかけだった。問われて、監視員さんは黙りこくった。少し待っても彼女が口を開く様子はない。まだ考えているのか、あるいは考えた結果を口に出せずにいるのか。

 そんな彼女を見て、エリーさんは顔から力を抜いて優しい笑みを浮かべ、別の質問をした。


「あなたが当事者であれば、どう思います?」

「当事者?」

「あなたが花嫁だったら、ということです」


 すると、監視員さんは両手を腰の前で合わせて少しもじもじした後、小声で「憧れます」とだけ言った。その答えに、エリーさんは困ったような笑顔でため息をついた。エリーさんがどういう考えかはまだわからないけど、少なくとも同世代の女性の支持を得られたようで、そのことは正直かなり嬉しく思う。

 それから、エリーさんは俺とお嬢様に向き直り、この後の予定について問いかけてきた。


「検討に時間がかかりますので……今日の作業終了までにはと思っていますが」

「作業終了はいつになりますか?」

「20時です」


 ここまでの移動時間などなど色々あって、すでに19時を過ぎていた。こっから1時間ぐらい待つことになるけど、俺は別に構わないし、お嬢様も特に問題ないとの返事だ。

 監視員さんの退勤時間が若干オーバーしていたけど、彼女は事の顛末が気になるということで、20時まで残ることになった。すると、お嬢様がさっそく彼女に話しかけて、闘技場の復旧作業を一緒に見学することに。最初は尻込みしていた監視員さんだったけど、お嬢様が人懐こい感じでせがむと、少し当惑しつつも嬉しそうだった。

 俺の方はと言うと、別行動で作業の邪魔にならないように気をつけながら、闘技場の各所を歩いていた。中央部分でのライトアップの許可が降りなかった場合に、何かできないかと考えてのことだ。たとえ複製術での照明を使えないとしても、夜に式を挙げるというのは雰囲気があってアリだと思う。次善策としてナイター設備的なものがないか見て回ったものの、結局それらしいものは見当たらなかった。


 やがて作業終了の時刻が近づき、周囲のみなさんが撤収準備を始めた。工廠の職員と魔法庁の職員では別々に終礼的なものをするようだ。俺は魔法庁の方々について、闘技場の中央部分へ戻っていく。

 闘技場の中央に十数人の職員が集まり、そこからかなり離れて俺とお嬢様が様子を見物する形になった。こうやって、あらためて目の前の集団を見ると、若手というか同世代の方ばかりなのが目についた。工廠の職員はそれなりに年配の方もおられたけど、それとは対称的だ。

 彼らと向き合う形で立つのは責任者さんだ。試験だけじゃなくてここの作業も取り仕切っているあたり、庶務課という名称は伊達ではないようだ。彼の横にはエリーさんが立っている。彼女は飛び入り参加なんだけど、他の職員からすれば視察みたいな感じなんだろうか。

 終礼の様子を見守っていると、責任者さんに手招きされた。どうも俺たち2人に用があるらしい。不思議に思い、お嬢様と顔を見合わせた後、軽く駆け足で中央の方へ向かった。

 着くなり、エリーさんに「申し訳ありません」と詫びられた。すぐに「構いませんけど」とは返したものの、用事が気になって仕方がない。それに、魔法庁とは因縁浅からぬ仲だけに、この職員の集団の前で次長の彼女と軽く言葉をかわすだけでも、注がれる視線を意識せずにはいられなかった。幸い敵意とかがある雰囲気ではない。チラッと視線をやって確認すると、俺みたいに動揺しているのが見て取れて、なんだか変に安心してしまった。

 エリーさんは俺たちの方から職員の方々へ向き直ると、「複製術が禁呪とされる理由について、誰か答えられますか?」と問いかけた。その問いに場がざわつく。それから程なくして、手を挙げたのは監視員さんだ。エリーさんに促され、彼女は規制理由を話し始めた。


「複製術は、主として魔導書や巻物の転写・複製に用いられます。それら事業を魔法庁が独占的に行うことは、治安と権力の維持の必須要件であり、そのためにも複製術は禁呪として扱われるべきです」


 スラスラと話されるものだから、思わず感心してしまった。

 魔導書とか巻物とかは、現物こそ触ったことはないけど存在については知っている。使い手のマナを使ってあらかじめ用意された魔法陣を起動するというもので、広義では魔道具に分類される感じの書物らしい。

 そういった実際に力のある書物を独占的に発行するというのは、良からぬ連中の手に渡らないようにするためにも、組織の威信を保つためにも必要なことだろう。

 監視員さんの答えは、初耳だったけど模範的な解答に聞こえた。エリーさんも、笑顔でうなずいている。しかし彼女は、「他には、何か思いつきますか」と更に問いかけ、場がざわついた。

 答えあぐねる監視員さんから、他のみなさんの方に視線を移し、エリーさんは「何でも構いません、思いついたら気兼ねなく」と告げた。しかし、それでもなかなかはっきりとした反応がなく、手も声も上がらない。

 やがて、エリーさんは後輩のみなさんに言った。


「こちらのリッツ・アンダーソン氏は、あなた方全員を足し合わせたよりもずっと、複製術に触れた経験がある方です。今更な話ですが」


 少し皮肉交じりな気もする、あんまりな紹介につい苦笑いした。みなさんも似たようなものだろう。少し砕けた感じの空気になった。それから、エリーさんは俺に向き直って言った。


「あなたは、複製術が禁呪とされている理由について、何か考えはありますか?」

「何でも大丈夫ですか? 公言すると危ない気もするんですが……」

「ええ、大丈夫です。そういうのも教育の一環ですから」


 エリーさんにそうやって後押しされ引けなくなった俺は、色々な感情が乗った視線が集中する中、自分の考えを述べた。


「こうやって魔法を増やす方法に触れると、さらに増やす方法があるんじゃないかと考えるのが自然だと思うんです。それで、探求していくうちに際限なく増やす方法にたどり着いて、取り返しつかない事態を引き起こす可能性が捨てきれないのが、複製術の危ないところの1つだと思います」

「他にもあるようですね」

「もっと危ないと思うのは……まだ未確認ですけど、複製で書き損じが生じると危ないと思います。正確に言うと、複製が微妙にずれて意図しない機能の魔法が偶然できあがるようなことがあれば、術者の手を離れて暴走する可能性があって、これも大変危ないと思います」


 内心、興味はあるけど、絶対に研究許可が降りないだろうと思っているのがこの2つだ。際限なく広がっていくタイプの複製と、エラーあるいはランダム性のある複製は、術者の意図とコントロールを超える結果をもたらす可能性がある。

 魔法陣というのは、ぶっちゃけてしまえば現実に作用するプログラムみたいなものだ。魔力の矢マナボルトなんかは、銃とプログラムが一緒になっているようなものだと思う。これを野放図にコピーさせまくったり、あるいは突然変異させたりすれば、SF映画なら人類が滅亡するだろう。

 ただ、危険だからこそ理解しておかなければならないとも思う。有効活用できればものすごいパワーがあるだろうし、たとえリスクの懸念から使わないと決めたとしても、敵が合わせてくれるわけじゃない――さすがに、この場でそういう考えを表明するのは、かなりはばかられるものがあるけど。


 俺の発言に、職員の方々は黙り込んでしまった。どう思われているのかよくわからず、気がつけば体に力を入れて身構えている自分に気づいた。場に妙な緊張感が漂う中、エリーさんが話し始める。


「あなた達に欠けているのが、禁呪の特性に対するこういった洞察です。それと……」


エリーさんはそこで言葉を切って、少し落ち込みうなだれ気味に傾聴する後輩方に視線をめぐらし、表情を少し崩して困ったような笑顔になって話を続けた。


「どのような思いつきでも、そう私が意見を求めましたが、意見は出ませんでした。考えつかなかったのか、考えついても言えなかったのかは人それぞれでしょうけど、尻込みするような態度は共通しているように思われます」


 すると、後輩のみなさんは更に少し気落ちしたようで、あの集団のまわりだけ空気がどんよりしているように感じる。エリーさんは、一度咳払いをしてから口を閉じた。そして、それまでよりも少し大きな声で励ますように語りかける。


「こうやって意見をかわす場では、臆すことなく間違え失敗しなさい。それを正してあなた達に成長してもらうのが、私達の務めです。間違えたり痛い目を見たりしてもまた立てる、そういう立派な職員であり魔法使いであってください」


 彼女がそう言いながら、左の裏拳で責任者さんの負傷した右腕を小突くと、彼は笑いながら「痛って~」と言い、みなさん笑って少し場が明るくなった。

 そんなエリーさんの訓示も終わり、責任者さんが最後に締めの挨拶と明日の予定の確認を行う。それも済んで解散になると、みなさんぞろぞろと立ち去っていった。そんな後輩方の背を眺めつつ、エリーさんが「申し訳ありません、付き合わせてしまって」と感情もあらわに謝罪すると、俺は思わず恐縮して「別に構いませんよ!」と答えた。

「こっちには?」と、さっき怪我を小突かれた責任者さんが問うと、またみんなで笑った。


「ごめんなさい。触れる程度に抑えたつもりだけど、痛かった?」

「痛くはないけど、先輩の尊厳ってやつがね」

「話の流れでは褒めてるつもりだったけど」

「どうだか」


 口ではそう言いつつも、余裕のある笑みを浮かべるあたり満更ではないようだ。それから、話は本題の複製術使用許可に移った。責任者さんは、魔法庁としての担当をすでにエリーさんに移管したということで、お別れの挨拶をしてから「ちょっと書類仕事があるんで、これで」と言って立ち去った。仕事が多いってのもあるだろうけど、右が使えないから捗らないだけなのかもしれない。


 こうして、だだっ広い闘技場の中心に俺とお嬢様とエリーさん、3人だけが取り残される形になった。エリーさんがにこやかに話しかけてくる。


「立ち話もなんですから、夕食でもいかがですか?」


 エリーさんは肩掛けカバンから何か書類をチラ見せしつつ言った。おそらく、この1時間で検討している間に書き上げたものなんだろう。

 夕食については、俺は宿に断りを入れれば問題ないし、お嬢様も特に支障は無いようだ。各自着替えなりなんなり用を済ませてから、中央広場で待ち合わせることになった。


 エリーさんの様子を見る限り、色よい返事を貰えそうではあるけど、どうなることやら。

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