第90話 「光盾の習得とその先②」

 7月7日9時。今日も昨日の約束通り、4人で魔法の練習をする。

 まずは光盾シールドに関して、エリーさんが講習することになった。昨日教え足りないと言っていた部分だ。彼女は俺達に真剣な顔を向けて「よく見ていてください」と言い、それから自分より少し離れたところに光盾を作った。盾は青い光を放っている。そしてその盾よりもまた少し離れたところに、今度は黄色の染色型を合わせた光盾を展開した。エリーさんから見れば、手前側に青い光盾、奥側に黄色い光盾がある状態だ。

「さて」と言って俺達の方に向き直り、彼女は話しかけてくる。


「この状態で、私が普通に魔力の矢マナボルトを作って放った場合、どうなるか見ていてください」


 そう言い終えると、彼女は俺達に見えるスピードで魔力の矢マナボルトの器と文を書き始めた。

 そして、最後の文字を記入された魔法陣は、青い矢になって飛んでいき……手前の青い盾を通り抜け、黄色の光盾に衝突した。乾いた音と一緒にかすかな閃光が走り、矢と盾がマナの霧になって消えた。

 矢が盾を素通りするとは。気がつくと自分が少し目を見開いていた。あとの2人も似たような思いを抱いているのだろう。驚いた表情で、残った盾を見つめている。

 エリーさんは、そんな俺達の視線を感じ取ったのか、笑顔で腕を少し動かし始めた。残った青い盾は彼女の腕の動きにきちんと追随している。特に変なところはない。盾に何か細工したわけでも、矢から何か影響を受けたわけでもない。書いたばかりの光盾そのままに見える。


「では、解説をしましょう。光盾は同じ色のマナを素通しします。干渉できないわけですね」

「つまり、自分の色で盾を作ると、内側から魔法を放てるということですか?」

「ええ、その理解で問題ありません」


 盾を構えながら、安全に攻撃を撃てるというのはかなり便利に感じる。しかし、話はそう簡単ではないようだ。


「色が似ている場合は、多少素通りするという感じですね。7色のうち、1段階でも色が違えば完全に違う色ですが、間の中間色であれば微妙に干渉するというところです」

「俺の色は青緑なので、青い盾や緑の盾では、少し邪魔されて多少貫通すると」

「そうなります」


 そして、ここからが本題らしい。


「色の優劣というものはご存知だと思いますが、念のためおさらいを。虹の七色を谷状に配置すると、端の高いところに赤と紫、底の低いところに緑が配され、その上下関係がそのまま力関係になります。ここまではよろしいですか?」

「大丈夫です」

「では続きを。色の格差が強力な場合、例えば赤や紫の光盾で黄色~青色の魔法を受ける場合、一度で壊れずに何回か受けられることがあります。橙や藍色でも、そういったケースはありますね」


 光盾は基本的に使い切りという話だったけど、こういう色に差があるケースは例外らしい。ちなみに、逆のパターンの場合、つまり強い色で弱い盾を撃つ場合、魔法のランク差を埋め合わせて盾を破壊できることもあるそうだ。例えば、小さく作った魔力の矢で盾を割ったりとか。

 ここまでの話を総合すると、作れる光盾が1色だとたいして役に立たないということになる。相手が染色型を用いて色を操れるなら、こちらの盾の色に合わせて透過する色を選ぶなり、あるいはマナを浪費させるために割りに来るなり選べるからだ。

 俺の理解を後押しするようにエリーさんは話をまとめた。


「つまるところ、使える光盾が一色では実戦であまり役に立ちません。格下相手には使えると思いますが、同等以上の力量であれば素通しされて終わりでしょう」

「だから、染色型を合わせると」

「はい。一般的には2色使えるといいですね。自分の色か近くの上位色で1色、その色から見て谷の向こう側にある色を1つ選んで2色というのがよくある選択です」


 俺の場合は自分の色の青緑か青色、それに黄色の光盾を使い分ける形になるようだ。いずれにせよ、黄色の染色型をうまく使いこなせなければならない。


「染める方は、後少しという感じですね。まだ文の染色がありますが、器の染色ができれば案外楽かと思います。昨日同様、黄色の染色型と光盾の練習を繰り返しましょう」

「わかりました、がんばります」


 俺の方の方針が定まったところで、向こうの2人の練習を決めることに。2人の意向としては視導術キネサイトを使い込んで慣れたいとのことだ。エリーさんも異存はないようで、使える魔法を増やすよりも基礎能力を伸ばすということで話がまとまった。


 練習に取り掛かり、まず染色型と光盾それぞれの調子を確かめる。どちらも、特に違和感はない。染色型は相変わらず染めきれないし、光盾はとりあえず普通に書けるものの瞬時にという感じではない。この2つを組み合わせるとなると、結構道は遠そうだ。

 黄色の染色型を覚えてから、今日で10日は経ったはずだ。エリーさんいわく染まり具合は9割以上行っているようで、後もう少しらしい。ただ、この後もう少しが思いのほか長い。コツの方は掴めているし、光盾に向けた型の習得からマナの流れを操る工夫も十分できていて、足りてないのは基礎的な部分、つまりマナの許容量とか流れそのものの力強さとかの方だ。


「さすがに、こればかりは時間をかけて伸ばしていくしかありません」

「念のため聞きますけど、効率良く鍛える方法って……」

「今教えている型の習得が、まさにそれです」


 だいたい予想できた答えが、にこやかなエリーさんの口から放たれた。たぶん、通れそうなショートカットは使い尽くした上で、長い最終直線に入ったぐらいの感じなんだろう。一心不乱に取り組むしか無いようだ。


 染色型の練習配分を少し増やしつつ、光盾の練習も並行する。一回書けてしまったからというのもあるだろうけど、染色型に比べるとだいぶチョロい感じがしてきた。エリーさんの教えによれば、ただ書ける程度の光盾では役に立たないらしいから、余裕で書けて当然なんだろう。

 練習を繰り返すと、やっぱり染色型よりも光盾の方で上達を実感できた。書き損じが少なくなってきているのと、書くスピードが上がってきているのがわかる。染色型は、それに比べるといまいちだ。なんというか、後もう少しという段階での、ヤキモキに苛まれている感じだ。ずっと、くしゃみが出そうで出ないとか。そういう卑近な例えで自分の状況を捉え直すと、意外と気が楽になる。


 結局、昼食までの練習では染色型は完成しなかった。今日できるかもしれないというエリーさんの評があったので、なんとか裏切らないようにやりたいところだったけど。

 そんな気持ちを見透かしたのか、エリーさんは微笑みながら言った。


「あまり根を詰めすぎてもよくありませんから、昼食でリフレッシュしましょう」

「そうですね、わかりました」


 よく見ると、ハリーとサニーの2人も結構疲れているようだ。自分の練習に没頭するあまり気にしていなかったけど、どうもエリーさんが用意した紙や布を延々と動かしていたらしい。そういえば、俺もそういう練習をしてたなと思った。そんなに昔のことじゃないけど。



 昼食後、一息ついてからまた練習に取り掛かる。俺の方も2人の方も、覚えたものに慣れて習熟する段階に入っているからか、ほとんど話し声がないまま、淡々と自分の魔法に向き合い時間が過ぎていく。たまに、エリーさんのアドバイスが入る。といっても、あっちの2人のほうにだけど。

 2人に向けられるアドバイスを聞いてメモをとりつつ、内心では2人が少し羨ましかった。なんだか、自分が放ったらかされている気がしてくる。単に口出しされるような段階じゃないだけなんだろうけど。


 状況が一変したのは昼食から3時間ぐらい経ってからだ。周囲で練習する人が少し減って、ちょっとティータイムという時間帯だけど、それでも俺達は練習を続けていた。

 俺は黄色の染色型と戦っていた。描き上げて、マナを引きずられる感覚に耐え、向こうの要求を呑むため身を切り崩してマナを捻出し、やがて流れが止まった。器はまだ残っている。黄色い器が。

 一瞬、何が起こったのかわからずにいた。自分の時間が動き出したのは、背後から肩を叩かれてからだった。ふと我に返って後ろを振り向くと、頬を緩めて目を細めたエリーさんがすぐそこにいた。少し離れたところにいる友人二2人も、なんだか嬉しそうな顔をしている。最初にエリーさんが口を開いた。


「おめでとうございます、やりましたね」

「ってことは……その、できたんですね?」

「ふふっ、最初は実感が湧きませんよね。大丈夫、きちんと完成してますから」


 目の前の現象よりも、エリーさんの表情や言葉の方が、うまくできたんだという強い実感を引き起こしてくれた。急に心臓が高鳴る感覚を覚え、目を閉じて深呼吸を何度かする。嬉しくてはしゃぎそうになる気持ちを抑え、少し冷静になってからエリーさんに話す。


「この黄色い器に何か文を書き込むのは、また別の困難があるわけですよね?」

「……ええ、そうですね。ここまでの苦労に比べれば、さほどのものではないと思いますが」


 俺の発言が少し意外だったようで、エリーさんは少しキョトンとした顔になってから答えた。そして、ちょっと訝しむような声音で俺に問いかける。


「嬉しくないのですか?」

「いえ、そんなわけでは……正直、めちゃくちゃ嬉しいですよ。ただ、まぐれかもしれないですし、この先も色々あるだろうしで、喜ぶのは少し早いかなって」

「……なるほど? では、我々は気が早いようですね」


 そう言って、いたずらっぽく笑ったエリーさんは、後ろの友人に振り向いた。2人とも自分のことのように嬉しそうにニコニコしている。普段、そんなに笑わないハリーも。そんな彼が口を開いた。


「ストイックなのもいいが、あまり自分に厳しいと長続きしないぞ」

「ハリーに言われるとは思わなかったよ……」


 彼の意外な発言にツッコミを入れると、自然と頬が緩んでいた。ちょっと気を入れ直そうとしても、顔は緩んだままだ。もういいか。笑顔のままエリーさんの方を向いて、頭を下げた。


「ありがとうございました」

「どういたしまして」


 優しい声で答えられた。


 ちょっとして場の空気が落ちついてから、また練習に取り掛かる。

 さきほどのはまぐれ当たりではないようで、確かに失敗することもあるけど、少しずつ成功率が上がってくるような感じはある。これを完全に成功するようにしたり、他の型や文と組み合わせるとなると、まだまだ先は長い。けど、確かな一歩を踏み出した感覚がいつも以上に強い。行く手を阻む、でっかい段差に手をかけてなんとかよじ登った心地ってところだ。


 気が付けば日が沈んでいた。肌着は汗でビショビショで、少し冷えた夕方の空気が火照りを心地よく冷ましてくれる。

 机と椅子を片付けつつ、明日の予定や今後の練習を確認する。2人はそれぞれ用事があって、明日は練習に参加しないようだ。俺の方は、今日掴めた感覚を確かなものにしたいから、引き続き練習を継続することに。


 まだまだ覚えなければならないこと、身に付けなければならないことは山ほどあるんだろうけど、なんだか行けそうな気がしてきた。

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