第83話 「久しぶりの依頼は4+2」
黄色の染色型と格闘する日々が続き、特に目立った変化がないまま数日が過ぎた。「Dランクの魔法では色変えが一番時間がかかる」というエリーさんの言を信じるなら、ここさえ乗り切れば、あとは比較的楽な道のりということだろう。焦る気持ちを抑えながら、ひたすら鍛錬を重ねた。
描き慣れた魔法との、マナのやり取りにもだいぶ慣れてきた。慣れたといっても、うまくいくというわけじゃなくて代わり映えしないとか、そういう意味合いだけど。エリーさんがその日の終わりに、どれぐらい染まったか教えてくれて、少しずつ前進してるのが見て取れるらしいけど、自分自身の実感としてはあまりわからない。
☆
7月1日9時。いつもどおり机と椅子を引っ張り出して、練習を始めた。エリーさんは休日返上で練習に付き合ってくれているようで、申し訳ない気がしたものの、彼女は全く気にしていないようだ。俺の練習に付き合うのも、半分趣味のようなものらしい。
「それに、組織としては多方面に迷惑をかけた負い目がありますから。ここであなたの足を引っ張るようなことをすると、さすがに体面を維持できません」
「そうは言っても、休みたい日は休んでいただければ……」
「お気遣いありがとうございます。とりあえず、今のところは私なりに楽しめてますから」
彼女がお嬢様と気が合うのも、なんとなく納得した。教えたり鍛えたり、そういうのが本当に好きなんだろう。
ただ黙々と練習に励んでいると、お客さんが来た。ボーイッシュな変装のお嬢様だ。彼女が回廊部分から椅子を持ってこようとすると、エリーさんは何も言わずに椅子を端に寄せて2人で入れるようにした。
3人で互いに挨拶をすると、さっそくお二人はノートを覗き込んで何か話し合っている。特に俺に用があるというわけでは無さそうだったので、気にせず練習を再開した。
それから1時間も経ってないと思うけど、またお客さんが来た。背後から知った声に呼ばれて振り向くと、サニーとハリーが立っていた。あの依頼から色々あって、会うのは2週間ぶりだ。2人の顔を見た瞬間、そういえばこの2人に魔法を教える約束をしていたのを思い出した。
「2人とも、久しぶり」
「お久しぶりです、リッツさん」
「ハリーは、体調どうなんだ? もう大丈夫か?」
「ああ、心配かけたな。もう問題ない」
あれ以来見ていなかったので心配していたけど、今では完全に治ったようで安心した。一方で俺は投獄(?)されたわけで、人の心配をしている場合じゃなかったかもしれない。
魔法の練習かと思って用件を訪ねると、どうやらそういうわけでもないようだ。
「依頼を一緒にどうかと思いまして。とりあえず、僕ら2人とセレナの3人は決まってます」
「ネリーは……あー、受付の仕事か」
「ああ。知り合いとばかり依頼を受けるのも良くないと言って、今回は見送るらしい」
かなり受付業に対し熱心に取り組んでいるようだ。彼女一人だけハブられるみたいな感じになるけど、それはそれで仕方ないだろう。
「依頼の内容は?」
「王都から南西へ3時間ぐらい歩いたところにある湿地で、群棲している魔物が見つかったらしく、その殲滅任務です。一羽一羽は大したことはないんですが、数が多いそうで」
「一羽?」
「魔獣は
「無いけど」
「動きの速い鳥の魔獣なんです。
サニーもハリーも、最近魔力の矢を覚えて、動きが遅い獣相手なら問題なく当てられるらしい。今回はステップアップということのようだ。
「わかった。俺も混ぜてもらおうかな」
「では、依頼をキープしてあるので、正式に受注に行きましょう」
「……ところで、あちらは?」
ハリーが机で談笑する2人に気づいたようだ。この距離だと俺の関係者だと気づかれるのも無理はない。自分たちに注意が行ったことを察したエリーさんが立って、初対面の2人に自己紹介しつつ、淀みなく”建前”の話を始めた。ただ、建前のモニター調査だか訓練法の検証ってのも、案外マジなんじゃないかとは最近は思い始めてきたけど。
3人で自己紹介しているのを眺めていると、視界の端に少し寂しげなお嬢様が映った。ただ、「寂しそうにしていられるのも、今のうちでは」とは思った。案の定、サニーが真顔で「そちらは?」とエリーさんに尋ねた。
「彼女は私の友人です。教官職を志望するというので、こうして横について見学しています」
顔色ひとつ変えずに、それっぽい返答をするエリーさんに感心した。ただ、嘘八百というわけでもなくて、割と本当のことも混じっているように感じる。言葉に合わせた演技かもしれないけど、友人と言われてお嬢様は初対面の2人に微笑んだ。
お嬢様にサニーが近づいて挨拶をする。
「はじめまして、サニーです。あなたは?」
「えっと……イーリスです」
発音違い程度の、かなり危うい名乗りに少し心臓が止まりかけたけど、男2人は気づかなかったようだ。ハリーも、「ハロルドだ、呼ぶ時はハリーでいい」なんて自己紹介しているけど、正体知ったらどうなるんだろうと、少し気が気じゃなかった。
しかし、エリーさんの次の発言には、もっと驚いた。
「イーリス、あなたも依頼をご一緒したら?」
「ええっ?」
「私も、見学させてもらおうかと思いましたので」
「「えっ?」」
思わず、サニーと声を合わせて問い返してしまった。ハリーも少し固まっている。エリーさんは俺たちに顔を向けて、少し苦笑いしている。
「いえ、ギルドと魔法庁の関係が……思わしくないといいますか。そのため、冒険者が依頼中にどう振る舞うのか、実態を最近は把握できてません。ですので、この機によろしければと」
「……どうします? 正直、僕らの一存では答えかねる気はします」
「確かに。エリーさん、まず受付で聞いてみないと」
「わかりました。イーリスも、行きましょうか」
「は、はい」
なんというか、有無を言わせない迫力があって、エリーさんの言葉通りに話が進んでいく。ただ、捕らえられた時に魔法庁から感じた嫌な圧迫感とかは彼女から感じなくて、なんか頼もしい感じではあった。
☆
5人でギルドの受付に着くと、さすがに目を白黒された。受付にはネリーと、シルヴィアさん――早口で元気な方――の2人が座っていた。シルヴィアさんがお嬢様と面識があるのは知っていたけど、ネリーもどうやらお嬢様のことは知っているようで、何回か瞬きしてはまじまじと彼女の顔を見つめていた。
あまり意識しなかったことだけど、エリーさんは冒険者ギルドでも有名人らしく、周囲の視線が集まるのを感じる。ただ、彼女に対する敵意みたいなものはなく、純粋に興味関心があって、ことの成り行きを見守ろうというといった風だ。
先に口を開いたのはシルヴィアさんだ。
「お久しぶりです、エリーさん! 転職ですか?」
「あいにくと、まだあちらに席がありまして……依頼への同行の許可をいただきたいのですが」
シルヴィアさんは、どの依頼かすぐに察しがついたようで、受付後ろの棚から依頼書の束を手にとっては、さっと目当ての書類を引っ張り出した。
「内容はこんな感じの依頼ですね。
そこでシルヴィアさんは一旦話を切り、少し目をパチクリさせてお嬢様を見つめた。彼女が小さく首を縦に振ると、シルヴィアさんはちょっと困ったような笑顔で話を再開した。
「失礼しました。5人ですね。同行される場合、見てるだけになるかと思いますけど」
「はい。ですが、場合によっては手助けや口出しも考えてます」
「うーん。指導していただく場合も、飛び入りですとこちらからの手当は出せませんけど……それに、報告書づくりにもお手を貸していただく必要がありますし」
「ええ、知っています。その上で、同行させてもらいたいのですが……」
「……わっかりました、願ってもない話です! 今度一緒にお昼いかがですか?」
「ええ、喜んで」
話がまとまったようだ。今になって、依頼の報酬とか細かいところを聞いていないのに気づいた。まぁ、野次馬の先輩方もなんか盛り上がっているようで、ここで引き下がるのは少しはばかられるけど。
依頼内容を確認したところ、総額6万フロンの仕事らしい。頭数を増やせば目減りする、みたいな仕事だ。5人で割って1万2千フロンになる。
エリーさんはタダ働きになる。一方お嬢様――もといイーリスさん――は、きちんと報酬をいただくようだ。辞退すれば変に思われるし、みんなで同じ仕事をして同じ金額をもらうほうがいい経験になるだろうと思う。偽名を使わないといけないのが、やっぱり残念だろうとは思うけど。
話がトントン拍子に進んだせいか、このまま仕事に向かうことになった。サニーがセレナの部屋に向かって彼女を呼び、その間にちょっとした糧食を調達する。
集合地点の、西門を出た広場に6人集合すると、顔ぶれには少し違和感があった。全員に対して面識があるのがおそらく俺ぐらいで、エリーさんとイーリスさんがうまく馴染めるかが、少し心配だった。あまり俺の方から干渉するのも変なので、そこはうまく立ち回ってもらうしか無いけど。
「では、行きましょうか」
とりあえずのリーダーということで、今日はサニーが音頭を取ることになった。低いランクの依頼であれば、リーダーをローテーションして経験を積むのはよくあることで、よほど適性がない者でなければ、ギルドからもそうやって一度くらいリーダーを務めるのは推奨されている。
ただ、やっぱり彼は緊張しているようだ。急な同行者が2人できたわけだから、無理もないとは思うけど。この先の道中や、依頼の実戦はどうなるんだろうか。
俺と同様の気持ちを、あそらくエリーさん以外の全員が共有しているようで、ちょっとした期待と不安でみんなドキドキしながら、6人で一路南西へ向かった。
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