第81話 「同好の士」

 エリーさんの案内で、俺達は王都北東へ向かった。あまり足を踏み入れたことがないエリアだ。他よりも静かだけど、人通りはそこそこあって飲食店もある。このあたりはオフィス街というとちょっと違うけど、港湾を管理する団体の事務所だとか、商工会の事務所だとか、半分民間ぐらいの立ち位置の事務所が多いそうだ。

 細い路地を通り抜けた先に、目当ての食事処があった。案外繁盛しているようで、こじんまりとした店内の席は埋まりつつあるようだ。


「ここは、案外穴場でして。ディナーはそれなりにしますが、お昼は質の割に安価です」


 あまり昼食とかにこだわらなさそうなイメージがあっただけに、そういう店を案内されたのが意外だった。思ったよりも、なんというか楽しく生きている人なんだろうか。

 お嬢様の方を見ると、少し目を輝かせているようだ。王都で普通に外食することなんてあまりないのかもしれない。

 エリーさんを先頭に店内へ入る。外側と同じように白い石材を壁にした内装は、少しよそよそしい感じがする。一方で店内のカウンターやテーブル、イスは深みのある色合いの木材で、しっとりした印象だ。

 ほどなくして店員さんがやってきて、4人がけのテーブル席を案内された。繁盛しているけど、まだ多少の席はあるようで、相席を求められることはないだろう。

 席についてメニューを渡された。しかし、どれがいいのかはよくわからない。一人暮らしをしてからの昼食は、だいたい昼までにあった知人友人と一緒に飯屋に行って、オススメを聞いてそれを頼むという感じで通してきた。それなりに生活には慣れてきたはずだけど、ほぼ毎日別の店に行っているような感じで、未だに注文には慣れない

 お嬢様も俺と似たような感じか、もしかしたらそれ以上かもしれない。興味津々といった感じでメニューに視線を走らせているけど、どうも決めかねているようだ。

 そんな俺達を見て、エリーさんは少し表情を崩して言った。


「オススメは日替わりランチですね。一番安いですし」

「まぁ、それが無難なチョイスですよね」

「一応、今日の献立を聞いてみましょうか」


 エリーさんが店員さんを呼んで日替わりの内容を聞くと、メインは野菜の肉巻きらしい。特にクセがある料理でもなさそうなので、3人とも日替わりを注文した。

 注文したところで、さっそくと言わんばかりにエリーさんはノートを広げた。静かにイスを寄せて、お嬢様が一緒に見ている。俺も見ようかと思ったけど、見ないほうがいいんじゃないかという気もした。指導ノートを読みながら、2人は会話を始めた。


「文よりも器、型の習得が早いですね」

「はい。文も十分なスピードだと思いますが、型はそれ以上です」

「黄色の染色型を今日やってみようと考えていますが、どう思われます?」

「覚える分には問題ないと思いますが……」

「黄色に染める過程で、青の習熟にもつながるかと」

「……そうですね。エリーさんの監督下でしたら、問題ないかもしれません」


 言葉を重ねるごとに、だんだん盛り上がってきたようで、俺にはわからない専門用語がポンポン飛び交っている。見た感じ気は合うようで、それは何よりだった。

 わからないなりに話だけでも聞いてメモでも取ろうかと思ったけど、段々と話が抽象的になってきて、魔法使いとしての系統とか流派とか、ますますわからない話になってきた。盛り上がっている2人をそのままにして、メニューを手にとりあらためて眺めてみる。こっちの方が、まだわかる。


 俺のことについて話しているのかどうか、よくわからないままちょっと蚊帳の外になっていると、料理が運ばれてきて妙に安心した。メインの肉巻きは、棒状の野菜を肉で巻いたものに焼き目がついていて、それがひたひたのスープに浸かっている。オススメというだけあって、じんわりとした旨味が口の中に広がって文句のない一品だった。


「日替わりで正解ですね。エリーさんはこういうお店は詳しいんですか?」

「ええ、そうですね。昼食の店を発掘するのが趣味といいますか」


 意外な返答だ。お嬢様も、ちょっと意外に思ったようで、口を動かしつつエリーさんの方をじっと見つめている。無言の催促を受けて、エリーさんは若干苦笑いしながら言葉を続けた。


「私が前に所属した部署では、同僚と一緒に毎日昼食の店を変えるのが習慣になっていまして。職場はお給金がいいところなので、気兼ねなく店選びできてたんです」

「それで詳しくなったんですね」

「それと、私は割と食べる方ですので」


 そういうエリーさんだけど、量は普通だった。大盛りサービスをやってない店ってだけなのかもしれない。

 そんな感じで談笑しつつ昼食を取り終え、食後の茶で一服していると、話題が魔法の練習の方に戻った。ただ、今度は俺も混ざれる内容のようだ。お嬢様が先に口を開いた。


「今までは、自信を身につけるということで、一つ一つ確実に覚える方針でやってきました」

「はい」

「ですが、Dランクからは練習しても目立った前進を感じづらい魔法を覚えることが増えてきます。そこで、少し似た感じの魔法を並行して練習して、互いに別角度から理解していくという方針が、最終的には効果的かと思いますが、どうでしょうか」

「エリーさんもそういうやり方を勧めてくれましたし、とりあえず新しいやり方に挑戦してみます」


 俺がそう言うと、目の前のお二人とも笑顔になって、テーブルの上で握手した。なんというか、同好の士に見える。握手を終えて、真顔になったお嬢様が口を開く。


「魔法の習得順ですが、どうします? 案が2つあって、覚え易いものから順に押さえていくものと、訓練効率重視のものがありますけど」

「訓練効率っていうのは、全体的な力量とか、そういうのをうまく鍛えるってことですか」

「はい。魔法全般の扱いを上達させる感じです」


 たぶん、覚えた魔法を増やすだけなら前者の方がいいんだろう。ただ、後者のほうが最終的には魔法使いとして強くなれる気がする。だったら答えは1つだった。


「訓練効率の方でお願いします」


 すると、お嬢様はまた笑顔になってエリーさんの方を向き、「言ったとおりでしょう?」と言った。エリーさんは「気合があって結構なことです」と微笑みながら、メモに何か書き込んでいる。なんとなく、厳しい方の道を選んだんじゃないかという気がしてきた。訂正する気はないけど、エリーさんの教育者としてのスタンスをまだ知らないわけだから、少し判断を早まったかもしれない。

 俺の心配を読み取ったのかどうかは定かじゃないけど、エリーさんは微笑んだまま俺に言った。


「誰が誰に教えてもDはきついところもあるので、あまり重く考えないほうがいいですよ」


 なんというか、頑張るしかないようだ。



 昼食後、お嬢様も一緒に監督して練習することになった。監督者2人の身分がバレる様子はないものの、周囲から何事かと気にされているようで、昼までよりも視線が気になる。

 そんな注目を気にも留めず、エリーさんが立ち上がって黄色の染色型の見本を描いた。型の形は青色のものに似ている。ただ、組み合わせる図形と線の、それぞれの交わり方がズレているような感じだ。


「とりあえず、覚えるところから始めましょう。マナを引かれて、黄色に染まり始めたらすぐに全体を消してください」

「わかりました」


 自分の色が青緑ってことを考えると、覚えたばかりの青色よりも、これから覚える黄色の方が遠い色ってことで、負担は更に強いだろう。無理に抵抗せず、描けたらさっさと消すことにする。

 地面に描かれた手本を見ながら、自分の手で模写していく。最後の一線というところまで来てから、一度手を止めて深呼吸をし、気分を落ち着けてから描き上げた。すると、青い染色型よりも勢いよく引かれる感じがあって、慌てて器を消した。直感的に何かヤバげな気配を感じ取り、全身にじわっと汗をかいた。

 しかし、反応の途中で終わったにもかかわらず、エリーさんは小さく拍手している。


「ぼんやりしていると、消す判断力まで飲まれて気絶しますから、きちんと消せるだけ優秀です」

「ありがとうございます」

「自分で描いたものに恐怖心はありますか?」

「……そうですね、正直あります」


 自分の魔法――というか、書きかけの魔法未満――に負けているようで少し恥ずかしかったけど、素直に認めると、エリーさんは真剣な眼差しをこちらに向けた。


「そういった危険を感じ取れるのは良いことです。魔法に慣れて上達すれば、恐怖心もなくなります。一番危険なのは、慣れないうちに恐怖心を無視することです。怖がるのは鋭敏な証拠ぐらいに考えて下さい」

「わかりました」

「では、練習をしていきましょう。黄色の染色型を描く、一呼吸入れる、水の矢を射つ、一呼吸入れる……このローテーションで」

「はい」


 指示通りの順番で練習を重ねた。最初のうちは、青色と黄色の染色型が、形が似ているのでごっちゃになるんじゃないかと警戒したものの、結局は杞憂に終わった。青色の方は、形を覚えるよりもきちんと染めることに苦労したおかげで、きちんと型は定着している。かたや黄色の方は、心の準備が整わないうちに描き上げたりしないように注意しているわけで、こちらも取り違えるようなうっかりはなかった。

 汗をかいては袖で拭って練習を繰り返していると、先に変化を感じたのは水の矢の方だった。黄色に染めることの難しさを肌で感じつつあるためか、青く染めるのが大したことに感じなくなってきて、これまでよりもずっとリラックスして挑めるようになった。それでも、最後の文を書く段階で書き損じることがあって、成功率自体は変わらないようだったけど、失敗したときにいいところまで行く確率は増したように感じる。

 黄色に染める方も、最後の引き抜かれる感じに気を取られてばかりだったけど、暗記の方はできてきたようだ。試しに目を閉じて描いてみると、途中で消えることなく描けた。最後の最後で描き上げず無意識に止まったのは、我ながら安心しつつ苦笑いしたけど。


 無心に練習していると、周囲のことは全然気にならなかった。ちょっと一息休憩して周囲に目をやると、母数が多いのかEランクの魔法を練習している人が多い。Dランクっぽいのもチラホラ。見たことがないくらい難しそうな魔法を練習している人は、見当たらなかった。

 そして監督者2人の方に目をやると、1つの机に2つイスを寄せ合って座り、仲良く談笑している。話の内容は、たぶんガールズトークではないんだろうとは思うけど、割とお友達っぽい雰囲気で良いことだと思った。俺は話の邪魔にならないように、静かに練習を再開した。


 少し日が沈んできた。水の矢は、少しうまくなってきたように感じる。メモでも取って統計すればよかったかなと思ったけど、意識しすぎると逆効果かもしれない。ただ、自信を持ててきているのは確かだった。

 黄色の染色型は、暗記は問題ない状態だ。色を染めていくのは全然だったけど。エリーさんに聞いてみると、きちんと染め始めるのは明日からでいいらしい。


「ただ、冒険者の依頼とかはどうします?」

「あー、そうですね。今の所は仕事を入れてはいませんけど」

「とりあえず、練習前に依頼があるか確認して、良い依頼があれば受注という形でどうでしょうか。当日仕事はほとんど無いでしょうから、私も合わせやすいですし」

「わかりました。では、練習終わりに次の練習の日時を決めるということで」

「そうしましょう。とりあえず、次は明日の朝9時からでいかがですか」

「それでお願いします」


 次の約束をしたところで、静かにしているお嬢様が視界に入った。チラッとエリーさんを見ると、彼女もやはりお嬢様が気になったようだ。


「あなたは、どうします?」

「あまり何度も加わると、邪魔になりませんか?」

「私は別に……リッツさんは?」

「えっ、俺は大丈夫ですけど」


 魔法庁の誰かに監視させるってのは、俺と伯爵家を切り離すって意図もあるんじゃないかと思わないでもない。ただ、俺達の様子を見に来る他の職員はなかったし、そもそも監視させる譲歩案を切り出したのは長官だった。魔法庁としては、閣下が下手に出るだけで十分で、実際の監視にはさほど興味がないのかもしれない。

エリーさんが優しく誘うように話しかけると、お嬢様は少し迷ったものの、「気が向いたら」と笑顔で言った。

 結局以前とあまり変わらない気がする。いや、複製術がなくなったのは、俺にとってもお嬢様にとっても残念か。一番残念がるのはメルかもしれないけど。

 今の魔法が軌道に乗ったら、またネタを作らないと。机と椅子を3人で片付けながら、そんな事を考えた。

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