第24話 「はじめての友達」

 門を抜けて見えた王都の建物は、だいたいが白い石か何かでできているようで、屋根は薄い水色が多く、それ以外もだいたい青系のパステルカラーになっている。

 道は薄いグレーの石畳で、道の両脇には前世のガードレールを思わせるような感じで、花壇がズラッと並んでいた。花壇に沿うように流れる、浅めの水路も見える。道に沿う花壇は、まだ満開ではないようだけど目を楽しませてくれる。花の王都と言うだけあって、きれいな都だ。

 大通りは賑やかだ。歩くだけで人とぶつかりそうになるほどの密度ではなかったけど、人の往来の波は絶えない。街の見た目の明るさ同様に、人々の雰囲気も朗らかな感じで活気がある。


 少し圧倒されている俺に、「まずは、通貨を貰いに行きましょうか」とマリーさんが言った。そこで、彼女の案内でまずは中央のお役所に行く事になった。

 そうして役所へ向かう道すがら、彼女が王都について説明してくれた。

 まず城壁沿いは住宅地区となっている。東区は商店や宿が多め、南と西は住宅や飲食店が多め。また、西区の方が静かで、良い家が多いそうだ。ちょっと高めの住宅街ってところか。

 北区には王城があり、その周辺に国や軍関係の建物が集まっている。まぁ、あんまりお世話になることはないだろうけど。

 王都の中央には大広場があり、そこを囲うように各種お役所や一流商店が並ぶ。一等地って感じなのだろう。


 説明を受け、歩きながらメモに走り書きしたものの、ちょっと書ききれない。それに、街の様子を見ないのももったいないと思って、途中で書くのをやめてポケットにしまった。

 すると、マリーさんは笑顔で「あとで地図もらいましょうね」と言った。



 役所で犬の硬貨を市場用の貨幣に変え、ついでに地図をもらってから、俺たちは中央広場のベンチに腰掛けた。中央の広場は円状になっていて、円周沿いにベンチや花壇が並んでいる。

 手元には、換金してもらったお金が3万フロンほどあった。フロンというのはこの国の通貨単位だけど、物価とか金銭感覚はよくわからない。そりゃそうか。


「食べ歩きで何店舗もハシゴして覚えるのが、一番手っ取り早いです」とはマリーさんに言われたものの、昼食に差し支えるかも……ということで、ひとまず買い食いは控えることになった。

 周りのベンチには結構買い食いしている方が見えて、その様子を見てるだけで腹が減る。


 しかし、周りの方々以上に、周囲は目を引くもの、気になるものがあった。広場の中央にある物体だ。

 それは、3本の銀の柱が螺旋を描くように絡み合って三角錐になっていて、その上にかなり大きな水晶玉が乗っている。それだけなら何かのオブジェに見えるけど、水晶玉の中では赤く光る円と線が動いている。

 その光の動きは、見たところ規則正しく、一定のリズムがある。それに、街の中央にあるということもあって、なんとなく時計っぽいと思った。マリーさんに聞いてみると、実際そのとおりだった。


「あれは光時計です。大昔に作られたそうで、すぐに時刻を読めるような人は少ないんですが。ちなみに、この街で買う時計はあの大時計とつながっていて、時間を読みやすいように作られています」


 目の前の時計が、国の基準時ってところだろうか。

 時計の話に続いて、マリーさんは王都について解説を始めた。


「まずは街の大まかな説明からですね。公共性の高い施設以外は、ほぼ二階建てまでです。老舗商店の建て替えでも、三階建てが許可されたことはないようです。まぁ、抜け道もあって、共同出資の倉庫なんかは事業次第では申請が通ったりすることもあるとか」


 言われて周りを見渡すと、確かに大半の建物は似たような高さに統一されているように見える。京都の景観条例みたいだ。


「建物を高くさせないのは、なるべく街路に光を届けるためというのが理由としては大きいそうです。治安維持にも一役買っていますね。裏通りでコソコソしにくいので。他国の都と比べても、少し家賃相場が高めなのは良し悪しってところです」


 街路に光を届けるってのは、多分道沿いの花壇の関係だろう。大通りの整然とした配置の花壇は公共物っぽかったけど、路地にも花壇や鉢は多く、そちらは個人的にやってるって感じだ。


「建物がだいたい似たような高さの中、公共機関だけ少し飛び出てますので、迷った時は目印にすると良いですよ」


 そう言ってマリーさんは広場沿いの公共機関を指差しながら、解説を始めた。


「まずは冒険者ギルドですね。雨でもドアは開けっ放しなのですぐわかります。雰囲気も開けっ広げな感じです」


 指さされた先の冒険者ギルドは、開けっ放しのドアに加え、窓も大きめで数が多く、かなり開放感がある建物に見える。

 その横にある建物は、冒険者ギルドよりもさらに一回り大きい。多分公共施設なんだろうけど、一階にオープンカフェっぽいものがあるのが気になる。


「あれは図書館ですね。国で一番大きい図書館です。今は冒険者ギルドで管理してます」

「冒険者ギルドが?」


 イメージとは違う結びつきに少し驚くと、彼女はそんな俺の反応を楽しむように説明を続けてくれた。

 昔は別のお役所が図書館の面倒を見ていたらしい。しかし、図書館を引っ越して建て替えようという際、蔵書をいくらか処分しようという話が持ち上がり……それに冒険者達が強硬に反発したそうだ。

 というのも、仕事や訓練等で冒険者が書物に頼ることは多い。それに、魔法や武芸の古文書や秘伝書なんかは、常に需要があるそうだ。本の虫とまではいかなくても、勉強家が多いってことなんだろう。

 それで、もしかしたら役立つかもしれない本を捨てられるくらいなら、ギルドで面倒をみようということになったそうだ。お役所任せのときは、新しい本の申請へのレスポンスが悪かったのも不満になっていたらしい。


 そんな説明を受けている間も、冒険者ギルドから出てきた人たちが、その足で図書館に入っていくのを数回見た。なるほどって感じだ。

 図書館の一階部分のカフェは、本を読むためのスペースってところだろう。奥の方に目をやると、大きいティーポットと本を何冊か積み置いた席で、難しそうな顔をする方が見える。調べ物しているところのようだ。


「一階部分は茶店です。図書館は無料で一般開放もされていますが、さすがに茶の方は有料です。冒険者になると安く飲めますし、ランクアップで割引率も上がるとかで、これが一番の冒険者特権と言う方も」


 そこまで言うと、マリーさんはものすごくいい笑顔をこちらに向けて、話の続きを始めた。


「あそこ、国でも有数のナンパスポットなんです」

「はい?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。マリーさんはクスクス笑っている。


「半分冗談ですが。カフェの奥側、板張りの屋内は一人で静かに読むゾーンで、外側のオープンカフェが本を読みつつ、相談したい、されたい人向けのゾーンです」


 言われてみてみると、確かに奥側は一人で黙々読み込んでいる方ばかりで、外は談笑しながら読んでいる感じだ。屋内と屋外の境界には座席がなく、多少ゆとりがある間取りなのは、そういう配慮なんだろう。


「外側のスペースで相談側に回るというのは、かなり敷居が高いんですが、それがまた良いって方も一定数いるもので……あのカフェで結ばれたカップルは長続きするっていうのが定説です」

「まぁ、話や趣味が合うんだから、そりゃそうなるでしょうね」

「ふふ、冒険者ギルドと図書館についてはそんなところです」


 マリーさんは次に別の建物を指差した。王城を除くと一番大きい建物に見える。体育館ぐらいはありそうだ。


「あれは魔導工廠です。魔道具の研究開発をやってますね。一階は売店です。冒険者の方々から、『休日をまるごと吸われた』とか、『週の稼ぎが一瞬で消えた』とか言われる程度には危険なところです。面白くていいお店なんですけど、リッツさんには危険かもしれませんね」

「……時間が消えるってのはわかる気がします」


 マリーさんは俺に向かって「お一人の時にじっくりどうぞ」と言って笑った。

 彼女は続いて、特に用はないだろうけど念のためということで、魔法庁について教えてくれた。広場から見てちょっと道を進んだ、北の行政区画寄りに庁舎がある。また、あの辺りを用もないのにうろつくと色々危ないと言われた。

 これまでの会話の中も、家の皆さんは魔法庁に対して何かしら警戒心というか、森の作戦の事もあって距離を置こうという意識が見て取れた。

 俺自身、厄介になろうものなら色々面倒なことになりそうだ。近寄らないようにしよう。


 こうして一通りの目立つ公共施設の話が終わると、マリーさんは立ち上がった。


「そろそろお昼にしましょう。いいお店知ってるんです」



 彼女の案内でついていったお店は、西側のちょっと地価が高そうな区画にあった。店内は、床と壁が暗めの色の木材で、柔らかな照明が灯るしっとりした感じの店だった。

 店員さんも、垢抜けた感じの服装に丁寧な物腰で、ちょっといい店ってのがよくわかる。

 俺は、こういう店が初めてだ。なるべく落ち着いて平静を装おうとする。

 しかし、そんな俺とは対象的に、マリーさんはまったく緊張する素振りを見せない。彼女が「二階の個室席を」というと、店員さんは恭しく頭を下げて案内してくれた。


 広めの階段を上がった先、案内された個室席は、他の建物より高いわけではないけど、窓から光が差し込んでいて明るかった。路地もゆとりをもった区画設計になっているんだろう。日照権の争いとかが無さそうな街という感じがする。


「味は確かなんですけど、ちょっと高めだからか、お昼時はお客さんが少ないですね。夕方からが本番の名店です。おかげで、こうして簡単に個室を確保できますけど」


 座りながら話すマリーさんは、笑顔で「覚えておくといいですよ」と付け足した。


「ちょっと高めなんですよね? あと、メニュー見てもよくわからないから、色々教えてもらえると助かります」

「今日は私の方から出しますので、そこはご心配なく。それに、リッツさんの味の好みはだいたい把握してますので、オーダーも任せてください」

「んー、そこまでしてもらうと、なんか申し訳ないと言うか……」

「いいんですよ。先の戦いで、まだ正式な報奨も何もありませんから、少しでもお礼の気持ちをと思って……それに、私は行儀見習いではありますけど、ご夫妻からきちんとお給金も頂いています。ちょっと僭越ではありますけど、家を代表してのちょっとしたお礼ぐらいに思ってください」


 そう言ってから彼女はにこやかに笑った。


「それでも奢らせるのはちょっと……ということでしたら、お返し期待してますから。とりあえず、今日のところは払わせてください」

「じゃあ、ごちそうになります」


 頭を下げてから、彼女の顔を見る。笑ったままだけど、珍しく少し緊張にしているようにも見える。店の雰囲気もあって、なんだかこちらも緊張してきた。

 それから、少しの間無言が続いた。店員さんがオーダーを取ると、マリーさんは普段の調子で注文したものの、それが済むとまた静かに。

 気まずいのかどうかもわからない、微妙な沈黙が続く。マリーさんは目を閉じ、少し考え事をしているようだ。

 すると、彼女は目を開け、まっすぐこちらを見据えて話し始めた。


「家を代表してのお礼なんて言いましたけど、本当は私個人からどうしてもお礼したかったんです。リッツさんのおかげで、アイリスが森の外の世界へやっと踏み出せるようになるんだって、そう思ったら……」


 彼女の目は少し潤んでいた。それでも声音は落ち着いていて、まっすぐに彼女の素直な気持ちが伝わってきた。

 彼女は”お嬢様”とは呼ばなかった。だからかもしれない。彼女が一個人としてお礼をしたいという思いを、何の違和感もなく受け入れられた。

 しかし、面と向かってこう言われるのには、少し恥ずかしいところもある。特に、普段の彼女とは違う雰囲気にも、少し戸惑う部分はあった。こっちが素なのかも知れないけど。

「手伝わせてもらっただけで、”俺のおかげ”ってほどのことは無いですよ」と照れ隠し気味に言うと、彼女は優しく微笑みながら首を横に振った。


「大切な”きっかけ”になってもらえましたから。それに、リッツさんお一人の手柄だなんて言ってませんよ。私も頑張りましたから」

「そうですね、一緒に頑張りましたね」


 あの夜、半ば酔っ払いながらも、彼女のことを友人みたいに感じたことを思い出した。少し面映おもはゆいものの、伝えるなら今だろう。そのことを素直に話すと、彼女は少し顔を朱に染めながら微笑んだ。


「私からすれば、もう少し前からリッツさんのことを友達みたいに思ってましたよ。頑張って気づかせませんでしたけど」

「いつ頃からでした? 全然気づきませんでした」

「……テオドールさんが怪我して担ぎ込まれた日です」


 奥様に後押しされて、お嬢様に色々打ち明けに行った日だ。マリーさんには特に何も伝えなかったはずだけど、何かあったんだろうか。

 疑問に思って尋ねてみたところ、あっさり種明かししてくれた。


「あの後、アイリスが話してくれたんです。あのときのあの子は、嬉しそうでも喜んでもいませんでしたけど、決意が固まって、迷いを振り切れたみたいで……私は、嬉しかったですし、ちょっと先を越されたかな、なんて思ったりもしました……それと、リッツさんとはいい友達になれるかもって……もう友達でいいですよね?」


 言葉に出すのが恥ずかしくて黙ってしまったけど、気持ちには答えたい。テーブルから身を乗り出して握手を求めると、彼女も少し照れくさそうに応じてくれた。


「お屋敷では、いつもどおりの仕事モードで応接させてもらいますけどね」

「まぁ、そうなりますよね」

「そう考えると、今のこの状況は、まるで密会ですね」


 こうして挑発してくるあたりはいつもの彼女だ。でも、今日はやっぱり照れ隠しみたいな感じがあって、可愛らしいひとだと思った。



 昼食を終えて、俺達は通りをブラブラ歩いていた。主だったところは一通り紹介し終わったけど、細かいところを紹介しだすとキリがない。そのため、案内をしてくれるマリーさんは、この後について少し迷っているようだ。


「なんでしたら、お一人で見て回られますか? 工廠の売店に興味があるようでしたし。お屋敷までは南門から一本道なので、一人でも大丈夫かとは思いますけど」

「それでもいいですけど、マリーさんはどうします?」


 そう聞いたら、マリーさんは少し申し訳無さそうな顔になった。


「実は、日頃懇意にさせていただいている商店の方々へ、戦勝報告がまだ済んでいなくて……またお屋敷が忙しくなって、時間が取れないことも有り得そうですから、リッツさんさえ良ければこの機に、あいさつ回りでも行かせてもらえればって思ってます」

「付き合いましょうか?」

「いえ、これは逆に私一人の方がいいんです。リッツさんからすると退屈な話が長くなりそうですし、素性が割れても困りますから」


 王都は治安が良さそうで、一人で歩き回るのに不安はなさそうだ。街路も広く、建物の目印もあって迷う心配もあまりない。そう考えると、一人で見て回るのも良さそうだ。


「じゃあ、ここで一旦お別れってことで」

「申し訳ありません、ご案内を途中で投げ出す形になってしまって。私は挨拶回りと買い出しが、いつ終わるかわからないので……待ち合わせはどうしましょうか」

「一人で帰れますよ、大丈夫。ヤバくなったら衛兵さんに聞きますし」

「本当に申し訳ありません」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。普段、仕事を的確にこなすからだろうか、彼女にこうして謝られるのは初めてだった。どうも落ち着かない気分になる。

 彼女は顔を上げると、思い出したように「そういえば」と言って切り出した。


「まだ案内していませんでしたが、小腹がすいたら西区の孤児院へ行くのがオススメです。こどもの相手をするとクッキーをくれますので。それに、一緒に遊ぶと癒やされますし……気が向いたら、一度足を運んでみてください。リッツさん相手ならみんな喜ぶと思います」



 彼女と別れてから、とくに行き先を定めないまま、街の雰囲気でもつかもうと、その辺をうろついていた。

 工廠の売店は、結局行かないことにした。きちんとした金銭感覚が身につかないうちに、よくわからないまま、“時間と金を吸われる店”に足を運ぶのは、少し危険だと思ったからだ。

 屋台で買い食いでもしようかと思ったものの、孤児院の件も少し気になる。一度寄ってみるのも話の種になるかなと考え、クッキーの分お腹を空けておくことに決めた。


 王都はかなり広い。一日ではとても回りきれない広さで、あてもなく歩き回るだけで、案外時間が経つ。

 買い食いしている方の菓子の匂いに刺激されたのか、ちょっと小腹が空く感じがあった。そろそろ頃合いかなと思って、俺は孤児院へ向かうことに。


 西区は他の地区と比べてもゆとりのある都市設計のようで、植えられた木々も他の地区より多い。

 その中にある孤児院には、木が周りよりも多く、塀の内側に並ぶように立っていた。

 たどり着いたのはいいけど、どうやって入るかには悩んだ。孤児院向かいのパン屋の壁にもたれかかりながら、俺はこの後について思案した。


 すると、孤児院の門の向こうで遊んでいた、小さな女の子に気づかれた。ちょうどいい、そう思って試しに手を振ってみると、その子は表情も変えずに奥の方へ走っていった。警戒されているんだろう。少しショックだった。

 で、孤児院に入るとき、なんて言おうか。クッキー貰いに来ました? しかし、ちょうど後ろにパン屋がある。すごくいい香りが、空いた小腹を刺激してくる。そっちで買えよって感じだ。

 しかし、ここで逃げるのも、なんか情けない気はした。軽い感じで「一緒に遊ぶだけでクッキーもらえるらしいので来ました」とか言えばいいだろう。追い返されても笑い話にはなる。それでちょっと恥ずかしがりながら、みんなと笑えばいい。

 そう思って、つかつか孤児院の方へ歩み寄ると、責任者っぽい女性が孤児院の奥の方からこちらへ小走りに駆け寄ってきた。

 何か言う前から追い返されるかな……なんて思ったけど、彼女は柔和な感じの表情だ。とても警戒されているようには見えない。

 それから、ちょうど門を挟んで向かい合う形になった。女性の後ろには、さっき俺を見て奥の方へ去っていた女の子がいる。なんて言われるだろうか。そう思っていたら、女性が口を開いた。


「私は、ここの院長のテレサです。あなたのお名前は?」

「リッツ・アンダーソンです」

「リッツさんですね。よろしければ、上がっていただけませんか?」


 なんて言いつつ、院長のテレサさんは、俺をぐいぐい引っ張ってくる。女の子も、ちょっと弱々しいながら、服を引っ張ってきた。

 そうやって引き込まれる感じで院内に入った。石畳の街路と違い、塀の内側の地面は土と草で覆われている。敷地に入り、建物へ歩いていくと、テレサさんが話しかけてきた。


「人が良さそうな大人……というか、お兄さんお姉さんたちを見かけたら、こうして立ち寄ってもらうことにしていまして。色々なお話を、こどもたちに聞かせてもらえればと。お嫌でしたかしら?」

「いえ、いいんです。友達に、ここのことを紹介されて、クッキー目当てで来たようなものなので」

「ふふ。今日はクッキー当番の先生もいますから、味は期待していいですよ?」


 手を引かれるまま入り込んだ孤児院の建物は、板張りだった。薄く明るめの色合いの木材に囲まれた屋内は、柔らかな木の香りがする。

 それだけなら落ち着く空間だけど、よく考えれば小さな子の、それも孤児の扱い方なんて考えてきてなかったわけで、かなり緊張する。ニコニコ笑って、あまり喋らないのが無難かもしれない。


 通路を進むと、前方から焼き菓子っぽい香りが漂ってきた。クッキーが焼けたみたいだ。まぁ、それ目当てで来たんだし、ちょっと頑張ってみるか。

 そう思って、匂いの漂ってくる先を見ると、通路の角から大皿いっぱいにクッキーを盛って歩いてくる、俺と同年代の女の子が見えた。先方は俺の顔を見て驚いている。俺も驚いた。見知った顔だった。


「……リッツさん?」


 クッキー当番の先生は、お嬢様だった。

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