4年に一度だけ最強の武士?

八木寅

伝説の男、文次郎

 時は戦国時代。関ヶ原の合戦が迫ろうとしていた。


 文次郎もんじろうは西の小早川秀秋 についていた。

「文次郎、そなたが四年に一度、最強になるのは真か」

「へぇ。その通りでごぜぇます」

 百姓の格好の文次郎は秀秋にひれ伏す。

「ならば我はそちを信じ、こたびの大戦おおいくさ、そちにかけてみようと思う」


 その秀秋の言葉に、側に控えていた家臣がどよめく。


「静かにせい!」

 秀秋の一喝で静まり返る。

「そうでもせぬば、我が天下てんがをとる隙はあるまい」


「……ま、まさか。て、天下をとるおつもりだったのですか?」


「そうだ。我は、時が満ちるのを待つつもりであった。故に、そなたらも我の心は知れなかったろう」

 驚きの声をあげた家臣に、秀秋は答える。

「だが、残念ながら、もう時はなさそうだ。今、この関ヶ原で勝たねば、もう天下への道は閉ざされようぞ。

 ならば、こたびの戦は、天下をとりに、我は参る。

 そして、どんなことをしても、伝説に頼ってでも、我は勝ってみせる! 

 皆のもの、よろしく頼む!」


 ははーと家臣がひれ伏す。


「うむ」

 秀秋は満足そうに家臣を見渡し、文次郎に目を移す。

「して、文次郎、伝説が偽ものであったら、どうなるかわかっておるな?」

 鋭い眼光で秀秋は文次郎を睨む。


「へ、へぇぇぇ!」

 文次郎は冷や汗を大量にかいて、床に額を擦りつけた。

(おい、アイツ、本当に戻ってきてくれるよな?)

 アイツ、が帰ってこなければ、文次郎は最強になれない。



 アイツ、それはとある物怪もののけ


 四年前、ある日そいつが武士の集団にいじめられてたところ、可哀想だと思って手当てしたら、憑かれた。

 憑かれたら、文次郎の意識が乗っ取られてた間に、とある武士の小さな領土を一つ手に入れていた。

 畏れ多くなった文次郎は、その領土を小早川秀秋に渡し、農民に戻った。


「恩返しをしたつもりだったのだが……。

 あんたが嫌なら、わしは姿を当分くらます。そうだな、四年後戻ってくる。その時、嫌でなければ、わしを受け入れてくれ。

 次は意識も残せるよう、わしは鍛錬を積んでくる。あんたもわしを使えるよう鍛えとけ」

「え?」


 農民に戻っても、自分がやったことに少し落ち込んでいた文次郎に、物怪はそう一方的に告げると、颯爽と去っていったのだった。



「へ、へぇ。四年に一度強くなる力で、必ずや勝利致してみせます」

文次郎は言いきった。

アイツがいなければ全くのでくの坊なのだが。



 関ヶ原で戦の火蓋が切られた。


 だが、アイツはまだ文次郎のとこに来ない。


「おい! 文次郎! まだか!」

 そわそわ歩き回る秀秋が、イライラを抑えられずに、文次郎に詰め寄る。


「へ、えぇ。もうすぐ、もうすぐ丁度四年になります。したらば、全ての敵を薙ぎ倒してみせましょう。暫し、お待ちを。どうか!」

 文次郎は必至で土に額を擦り付ける。

 この問答がもう四、五回は続けられていた。


 その時――、ドカーン!

 大砲が徳川の陣から撃ち込まれた。


「殿、もう待てません! 今すぐご出陣を!」

 大砲に呆気にとられた秀秋は、家臣の言葉に、意を決した。

(天下をとるなら、伝説に頼れないなら、とりあえずは徳川につく!)


「これより、我らは東に寝返る。大谷の陣を叩く! いけ!」

「おー!」

 秀秋の指示で家臣が一斉に動き出す。


 その瞬間、文次郎は小早川の陣を抜け出し、走り出した。ここで逃げなければ斬られるのだ。


「やれ」

 秀秋は控えていた忍者衆に文次郎の処罰を命ずる。

 もし、本当に力があったら殺るのに苦労する。だから、技量がある忍者衆に、それを託した。


 森の中を走る文次郎は、あっという間に忍者衆に囲まれた。


「おい! 早く来てくれ!」

 文次郎は森の中に叫び、忍者達はそれをせせら笑う。

 忍者の一人が斬りかかってきて、文次郎は目を瞑った。


 その時――、文次郎を青白い光が覆い、忍者を弾き飛ばした。


 忍者衆は一瞬たじろいだが、構える。


「いやぁ、遅くなってすまん。ちと色んな師匠に弟子入りしててな……」

「話は後でいいから、助けて下さい!」

 話しかけてきた憑き物に、文次郎は懇願する。

「どうだ、意識あるだろ? 今、どうしたい? あんたの言う通りにしてやるぞ」

「え? あー、とりあえず、逃げたい!」

 焦る文次郎はとりあえず、そう答えた。

「あいよ!」


 次の瞬間、文次郎は風のように森を駆け始め、忍者衆はあっという間に見えなくなり、もう大丈夫という所で、止まる。


「ありがとう」

 文次郎は自分から離れた物怪に礼を述べた。


「いいってことよ。わしは恩返ししたいだけだ。

 ところで、わしを受け入れるのはどうする? あんたの気持ちはどうなった?」


 物怪の問いに、文次郎は、ため息をつく。

「……もう、遅いです。

 戦には出れず、欺いた罪で追われる身になりました。もう俺は、武士として闘えません。

 助けてくれてありがとう」

 物怪に背を向けて歩きだす。


「おい、待てよ! わしが闘いの力しか使えないと?」


「え?」

 物怪の言葉に、文次郎は足を止める。


 そんな文次郎に、物怪はにやりと笑う。

「この四年で、わしの恩返し能力は上がった。闘い以外もできるようになった。

 さあ、何なりと求めるがよい!」

 物怪がどやっと胸をはる。


「それなら、村のもんを助けてくれ。俺の生まれ故郷の村が、飢饉と流行り病で失くなろうとしている。

 こたびの戦で手柄を立てて、秀秋様に救って貰おうと思っていたのだが……。

 お前なら、何とかできるのか?」


 必死に懇願してきた文次郎に、物怪は少し動揺したが、

「お、おう。易いご用よ」

 と笑ってみせた。


「じゃぁ、俺の故郷を救って、それから後も故郷を見守ってくれ。

 俺にはついてこなくていいから」

 文次郎は踵を返して進む。

(追っ手が来るかもしれない故郷にはもう、俺は帰らない……)


「え、おい」

 物怪は文次郎を追いかけようとしてやめた。

 文次郎の決心を、心を大事にしようと思い、彼の故郷へと向かう。



 それから、文次郎の故郷の疫病は無くなり、豊作が続くようになった。

 物怪はいつしか神様として祀られるようになり、神様になったのであった。


 文次郎の伝説はもう誰も知らない。

 いや、文次郎の故郷の神様が今も昔を思い出し、嬉しい顔をするのだった。

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