『変わってるって普通だよね』

かきはらともえ

『特別な日』


     ■


 その男にとって、その日は特別な日だった。

 一年の日数が三百六十五日であることを今更言うまでもないと思うが、これにも例外がある。

 四年に一度、訪れる日がある。


 うるうどし


 二月が二十九日まである年が、四年に一度だけ存在している。

 この日は、男にとって特別なものだった。

 特別と言えば、その二月二十九日が誕生日の人もそうだろう。

 とはいえ、閏年の二月二十九日に生まれた場合、誕生日を前倒しにするか翌日の日付にするというような話があるが――男にとってそんな話はどうでもよかったし、気にするようなことでもなかった。

 まったくもって関係ない。

 男にとって特別な日であるその日だが、別に誕生日というわけではない。


 二月二十九日。


 四年に一度しかこないこの日、男は『』と決めていた。

 何もせず、何もしないで過ごす、と。

 いったいいつからだっただろうか――年齢的に既に七回目になる閏年だが、この閏年の過ごし方は、いつの間にかするようになっていた。

 どこにいても人とつながることができるこの現代。

 仕事は休んで、営業用のスマフォは電源を切って、プライベート用のスマートフォンもパソコンも点けず、何もかも遮断してその日を過ごす。

『何もしないで過ごす』ということを『する』という時点で、『何もしない』ということを『している』というようなことを以前職場の人間から言われたが気にしたことはない。

 そんな些細なことさえ考えない。

 ただただ何もせずに過ごす。

 二月二十九日。

 それは男にとって、特別な日だった。


     ■


 このわたし、島井しまいうーにはそんな叔父おじさんがいる。

 正月休みで田舎に帰省きせいしてきた叔父さんと話をする機会があり、この話を聞いた。それからしばらくして正月休みも明けて――新学期。

 そんな叔父さんの話を、わたしは友人のライ――屋久島やくしまらいにした。

「ふうん――」

 いつものように椅子に深く座って大きく足を組んだ。

 教室の窓から差し込む光が、ライの金髪をより際立たせる。

「ウー。おまえの叔父さんは随分ずいぶんと『変わっている』な」

「そうかな?」

 わたしは手元のボールペンを『くるくる』と回す。

 手持てもち無沙汰ぶさただ。

「誰にだって『特別』ってあると思うけど?」

「その『特別』の在り方が『』って言ってんだ」

「『変わっている』ねえ……」

「あん? なんだ、その含みのある言い方」

「こんなことで苛つかないでよ……」

 ライ――らい

『広い心を持ってほしい』と名づけられた名前だというのに、あまりにも心が狭い。

 まあ、切り替えも早いのでれればどうってことはない。

「『変わっている』『変わっている』ってよく言われるけど、『変わっている』って何なんだろうね。いったい何をもってして『変わっている』って定義するんだろうね」

「ははは――随分とごちゃごちゃ考えるじゃん、ウー」

 足を組み替えるライ。


「『変わってるなあ』って思った瞬間が『変わってる』んだよ。『変わってない』ことを『変わってる』なんて思わねえだろ」


 言われてしまえばそうだけど……。

「おれが思うに『少数派であろうとすること』は多数派なんだよ」

「いや、流石にそんなことはないでしょ」

「ところがそんなことあるんだよ。昔がどうかは知らねえけど、。このアイデンティティは少数派であることだ。『おまえって変わってるな』って言われて『そんなことない!』って憤る奴より『そうだ。おれって変わってるんだ』ってにやついてる奴のほうが多いだろ? この『人と違う』っていうのは没個性たちにとっての唯一無二のアイデンティティなんだ」

 そうじゃなきゃ、子供にこんな名前はつけねえだろ――と、ライは続けた。

 いやまあ、ライはまだわかる。

 少しばかり漢字は特殊ではあるけれど――『屋久島磊』はまだわかる。

 わたしの『羽』と書いて『うー』と読むのなんてどうかしている。

「誕生日が二月二十九日であることにあこがれるなんていうのも変わり者の証拠だ。どんなに普通であろうとしても、必ずどこかに『変わっているところ』ってある」

 変わり者であろうとすることが、そもそも変わっている証拠だ。

 だからこそ、こう言えるだろう。


 変わっていることこそが、当たり前のことであって普通のことである、と。

 どこにでもいる誰かで、どこかにいる誰かでしかないのだ、と。





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『変わってるって普通だよね』 かきはらともえ @rakud

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