二章:ただのファンで何が悪い!
「なあ、カオル!お前、シャチになりたいんだっけ?」
「そうだけど…」
ノブは次の日、目を輝かせて僕のもとに乗り出してきた。
「それなら、水泳部にイルカになるiDPが居るって噂だぜ!行ってみたらどうだ?」
「オレのプロデューサーが水泳部でさ~!ちょっとついてきて!」
「えっ、今から!?」
僕の返事を待つ前に腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていった……。この前の篠崎先生といい、この学校は行動派が多いのかな。
。°゜〇————————————〇゜°。
「あいつは……やめといたほうがいいんじゃないか?」
「なんで?」
緑色のメガネをかけたノブのプロデューサーは、眉をひそめて険しい顔をした。
この学校では、「パフォーマー」と「プロデューサー」で一つのステージを作り上げる体制となっている。学科も別々で存在し、つまり僕はノブのプロデューサーがいるプロデューサー学科の教室に連れていかれたのだった。
「あっ、あとコイツはカオル!昨日話した四月から入ったやつ!」
「ノブ、普通挨拶が先だぞ。おかげで俺の第一印象がしかめっ面になっちゃっただろ……。リュウだ、よろしく。」
「あっ、カオルです、よろしく……」
「で!イルカの子!会っちゃだめなタイプなの?」
「だめな人とか居るの?」
「この学校色んな人が居るからな!色々あるんだ!」
「そういうのではないけど、……あんまり周りからの印象が良くないって言うか……。」
周りをキョロキョロと確認をして、小声で話し出す。
「伴藤ルカっていう女の子なんだけどさ、あんまり周りの人と話さないんだよな。俺もそんなに話したことないし。……まず口を利いてくれるかどうか……。」
「そうなの?」
「試合には出ようとしないし、まともに練習すらしないんだよ。部活じゃなくて水遊びに来てるんだな、あれは。」
「でもコイツめっちゃ魚好きみたいだしイケんじゃね?」
「魚が好きなだけじゃだめだと思うけどな俺は。あとお前は確認もせず他の人の席に勝手に座るな。」
「今更~!?持ち主が来たら返すから!」
「あの、その子がイルカになってるのって見たことある?」
「うーん、ないな。iD空間で部活の練習とかほとんどしないし。」
「どこに行ったら会えるんだろう……」
「iD空間に居るんだったら、iDパスで調べたら早いと思う。」
iDパスと呼ばれるソレは、入学するときにもらった電子端末。iD空間に入るためのキーになるし、他の生徒と連絡を取ったり、練習スタジオの使用状況や予約ができたり……星輝学園の生徒には必須アイテムだ。
「それいいな!天才!」
「どうやるの?」
「貸してみ。」
リュウは僕の端末を器用に操作して、練習スタジオの空き状況を表示した。
「今日は練習スタジオには居ないみたいだな……でも、部活には居ると思う。」
「リュウ、その子について詳しくね?あ、ソッチなの?」
「違う。水曜だから。」
「え、何なんで部員の来る日覚えてるの?オレ、イルカの子に嫉妬しそう!」
「逆だアホ。お前と俺のレッスンの休みの日だから覚えてるんだよ。」
「え、リュウ、休みの日まで部活やってんの?真面目かよ……。」
「今日は委員会の会議があるから、俺はついていけないけど部活の活動場所なら教えられるよ。」
「あ、それは助かる!」
「室内プールなんだけど……あ、場所送るから待ってて。」
「ありがとう!」
そう言うと、すぐに活動場所の情報を僕のiDパスに届けてくれた。
なんだか、いい調子だな。僕の夢が案外すぐに叶っちゃうかもしれないと思うと、ワクワクしてきた。
放課後、リュウに教えてもらった場所に早速向かおうとすると、リュウがわざわざ教室に来てくれて、場所まで案内してくれた。
「場所だけ共有しても知らない場所歩くのは不安だろうしな。」
「ここまで助けてもらって悪いね。」
「今日できるのはここまでだ、ゴメンな。話は通してあるから安心して入れ。あと、困ったことがあったらいつでもノブとか俺に相談してくれ。」
「頼もしすぎる……。」
「プロデューサーもまだいないし不安なことだらけだろう。プロデューサーはしばらくしたら先生から用意されるだろうから、その辺は安心していい。」
「リュウ、すごくしっかりしてて……ほんと、ありがとう。」
「俺はクソ真面目なだけだから。」
眉をハの字にして、呆れたように軽く笑う。
「それじゃあ、またな。」
「うん!」
……と、意気込んだのはいいものの、あたりまえだけど水泳部は皆が水着を着ていて……。話はつけてある、と言われたとしても女子部に突撃する覚悟はできていなかった。目のやり場に困るし……。様子を伺ってチラチラと顔をのぞかせていると、男子部の一人が声をかけてくれて、伴藤さんを指さして教えてくれた。
……伴藤さんは部活動のメンバーからは離れ、プールの奥のほうで一人で水に浸かっている様子だった。
「……誰ですか。」
「あっ、すいませんあなたが伴藤さんですか?」
「そうですけど。」
「あっ、そうなんですか!」
「何か用ですか?」
「あの、イルカになれるって聞いたんですけど……本当ですか!?」
「……そうなんですか。」
「あの、僕、シャチになりたくて!」
「……。」
「弟子にしてください!」
「シャチなら、シャチになれる人の弟子になったらどうですか?」
「居るんですか!?教えてください!!」
「……知らない。」
伴藤さんは、そっぽを向くと、そのままプールの中央のほうへ泳いで行ってしまった。
。°゜〇————————————〇゜°。
「な?だめだったろ。」
敗戦報告をしに、次の日の昼休みにまたリュウの教室にノブと訪れた。
「そう簡単にいくものだとも思ってないさ……来週も行ってみようかな……。」
「……おう、しつこすぎて通報されたりするなよ。」
「オレ応援してる!」
。°゜〇————————————〇゜°。
次の水曜日、iDパスで練習スタジオの空き状況を調べると、伴藤さんの名前があるのを発見した僕は、放課後まっすぐにその場所を目指して、扉に手をかけた。
よく考えなくても、人の練習部屋に勝手に乗り込むのは、誰だっていけないことだったと思う。
そう気づいたのは、扉を開けたその瞬間だった。
しかし、その後悔はすぐに吹き飛んでしまう。
「い……イルカだ!」
僕の声が聞こえたのか、ピクッと不自然な動きをして飛び出してそのままの姿勢で水に落ちていった。
イルカになれるの、本当だったんだ……!!
慌てて駆け出そうとすると、突然足元に地面を感じなくなって、情けなくもそのまま僕も落ちた。
慌てて水から這い上がる。ドアから数メートルのところにとても広いプールが存在していた。この水はどこから用意したんだろう?ちゃんと冷たいし……あびれば寒いし…………くしゃみだって出る。
服を絞りながら近くにプロデューサーは居ないのかと探してみたけど、見当たらなかった。個人練習だろうか?
静かになった水面を眺めながら、彼女の再登場を待った。そんなに時間はかからないだろう。だってイルカって潜っていられるの10分だろ。ましてや彼女は………
「しつこいぞ…!」
人間だもんな、そんなに潜っていられないよ。彼女は人の姿で水から上がってきた。長い髪と水滴が、彼女の顔を隠す。
「僕はしつこいぞ。なんせこの学校に入るのに四回落ちた。」
「知らない!実力ないんじゃないですか!出てってください!通報しますよ!」
「へっくしゅん!」
「なんで濡れているんですか?」
「君を見てたら夢中になってしまって水に落ちた……。」
「……この水、私のなんですけど、勝手に落ちないでください。」
「え、あ、ごめん!?」
「……なんでシャチになりたいんですか?」
「え、それは……。」
「かっこいいから?強いから?ちやほやされたいから?モテたいから?」
「違う!かっこいいし強いところも好きだけど!憧れっていうか……シャチの気持ちが知りたいんだ!」
「……なったって、わかりゃしないですよ。」
「そんなことないと、思う。」
「ちなみに、最後にシャチを見たのはいつですか?」
「小さい頃に一度……。」
「……。」
「でもな、それからちゃんと動画だって写真だってほぼ毎日見てるし、部屋にも……。」
「ただのファンじゃないですか!」
「ただのファンで何が悪い!」
「……出てってください。」
「え?」
「せめて、本物を見てから出直してきてください!」
そう言って僕にバシャバシャと水をかけてくる。
「もう僕濡れてるから無駄だよ!」
「出てって!」
「うわ!」
すると今度は足場がどんどん扉のほうに寄せられていった。扉にぶつかるかどうかのところで、誰かに服を軽く引っ張られる。
「きみ、きみ!」
「……僕?」
「ちょっとこっち来て!」
引っ張られるがまま、僕は練習スタジオから出た。
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