一章:僕の夢は、シャチになることです。
「はじめまして。坂又カオルです。僕の夢は、シャチになることです。」
四月とはいえ、高二の僕は転入生扱いなので入学式とかはなく、皆の前で挨拶をした。担任の先生が名前と夢を言えというものだから、シャチになりたいと言うと、おおっ、と声が上がった。
正直バカにされるんじゃないかって思ってたから、この反応にちょっと興奮した。
「な、オレ、ノブって言うんだ。よろしく!」
隣の席の人がニコニコしながら手を差し出して話しかけてきた。
「よ、よろしく!」
それに答えるように手を返して、握手をした。
「お前iDP名なんていうの?」
「え、何それ?」
「芸名だよ芸名!オレ、ノブヒコって言うんだけど、ノブって名前で活動してるんだ!」
「そうなんだ……まだわかんないかな……」
「決めとけよ!サインも考えやすくなるし!ま、とりあえず今はカオルって呼ぶわな!」
昼休みになり、ノブに昼食を誘われて教室を出ようとすると、あわてて教室に戻ってきた担任に突然声をかけられる。
「坂又君、今日補習あるから。」
「えっ!?」
……そして放課後。
「中等部プロデューサー科の篠崎だ。よろしく。」
「よろしく、お願いします……」
篠崎と名乗る先生は、少し青みがかったブラウスとタイトスカートを着ており……なんというか……美しいボディラインが強調されている。キリッとした顔立ちではあるが、僕に話しかける表情は優しくて……僕は一瞬で見とれてしまった。
中等部の先生にこんなにきれいなお姉さんがいるとは……。ちょっと厳しそうな雰囲気もあるけど。
「坂又君は、iDPについて、どこまで知ってるのかな?」
「シャチになれるアイドルです!」
「……はは、夢があっていい。期待できそうだな。だが、一度確認する必要があるな。周りの皆は同い年であろうが活動歴的には先輩たちばかりだ。少しでも早く追いつきたいだろう?」
「はい……」
「iDPについて説明するには……こうして授業するより、直接見てもらったほうが早い。というわけで移動するぞ。」
篠崎先生に連れてかれたのは、大きな二枚扉の先の練習スタジオだった。どうやら、学校で二番目に大きい練習スタジオらしい。
スタジオの奥へと進むと、ステージの中心に一人の少女が立っていた。
「君は実に運がいい。今日はサリュに空きがあってな。…サリュ、頼んだぞ!」
「はい、篠崎先生!」
「♪~」
ステージで少女が歌い始める。
「あれ……僕、あの人テレビで見たことある……」
「星輝学園の今のエースだからな。いや……iDPのエースと言ってもいいかもな。」
サイリウムを振る篠崎先生は誇らしげな表情をしていた。
「君もそのサイリウムで彼女を応援してあげてほしい」
「はい!」
突然花の香りに包まれ……
「ありがとう…あなたの期待、そしてなりたいものへの意志……美しいものですね。」
「えっ」
「ここは、なりたいものになれる空間(ばしょ)。あなたのなりたいものにも、きっとなれる。」
ステージから降りて僕のもとへやってくると、手を差し出した。
「さあ、あなたも」
「は、はい!?」
手を握り返すと、短いはずのサリュさんの髪の毛が光とともにばっと広がり、天使の羽の形を形成していった。
「うふふ、びっくりしましたか?」
「そりゃあもう……」
テレビでは見たことあったけど、こんな目の前で幻想的なことが起きているなんて信じられない……
「自分の背中、見てみてください」
「えっ……羽!?」
僕の背中にも小さな羽が生えている!?触れることはできない、光の羽……これ、どういう原理なの!?
ぐっと腕を引かれ、空高く飛んでいく……
「歓迎をあなたに!エンジェルス☆ラダー!」
「は……」
さっきとステージが違う……いつの間に、何が、どう起こったのか、全くわからなくて混乱をする中、地上から僕たちを眺める篠崎先生を見て僕は自分を思いだした。
「あの!僕、高所恐怖症で!!」
「あら……ごめんなさい……でも大丈夫です。ゆっくり降ろしてあげるので……落ち着いて……目をつむっていてください。」
可憐な少女にお姫様抱っこされる高校二年生の僕……。この子は確か、まだ中等部だった気がするぞ……。僕はサリュさんの言われるがままに、視界を閉じた……。
……
……
「あのiD技は、本来入学式とかで行う技だ。新入生のうちの一人が選ばれて、先程のようにサリュに腕を引かれる。」
「なんかすごく……すごかったです。」
「あそこで腕を引かれた生徒は、優秀なiDPになるなんて言い伝えもある。……まあ、今回は君しかいなかったから君だったけど……ここに入ってくるような人たちは、皆輝ける可能性があるからな。」
iDPは、自分の夢を表現するパフォーマーのこと。
はっきりと表現できれば、姿だけでなく空間まで支配できるんだな……。
僕はシャチになりたいから、周りは海の中がいいな。魚がたくさんいて……寄り添える友達もいたらいいな。
僕の頭は希望で満ちるのであった。
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