僕と私のうるうな恋

ユメサキモル

第1話

 恋、と呼ばれるものがある。一説によると特定の異性に対して好意的な感情を抱くことであるとか、親愛以上の愛を持つことを指し示すらしい。

 尤も定義なんてものはもっと不確かなものであるし、別の定義を持っている人もいるだろう。なんなら恋は落ちるものでわざわざ定義づけるものではないという考えすらあるかもしれない。

 ならなんでそんなことをわざわざ確認するのかというと、僕、相良真司さがらしんじにとって、恋というのは迷惑で面倒なイベントだと認識しているからである。


 といっても僕からすれば恋愛がチョロいなんてことはなく、ひたすらに失敗を繰り返しているだけだ。

 4歳の頃には幼稚園の先生であるミサト先生に恋に落ち、好き好き言うも流し流され、8歳の頃にはクラスメイトのミカちゃんに告白しOKを貰うも次の日には足が遅いからとフラれた。

 12歳には直接言うだけじゃダメなんだ! と謎の悟りを得て、中学生のユキさんの情報収集をするぞ! と周囲をウロウロしてたら無事にストーカーの称号を得た。

 幸い別の中学に進学出来たから良かったものの、危うく真っ暗な中学校生活が待ち受けている所であった。


 とまあ、ここまでだと僕の自業自得だろうと責めたくもなるだろう。だだ聞いて欲しい。僕は普段は恋だの愛だのはバカらしいとしか思っていないんだ。だって言うのに、4年に一度、どうしようもなく恋に落ちるんだ。

 良くないと思いながらも謎の自信と妙な行動力に押されて僕は動いてしまう訳だよ。胸に灯る火が消えない内にと駆け出してしまうのだよ!


「…………で?」


長々と語った僕に博人ひろとは心底興味がなさそうに答えた。時は昼休み、学校の教室で僕は弁舌を振るっていた。


「好きな人が出来たんだけど、どうしたらいい?」


要するにそういうことである。16歳の春、高校一年生で一人暮らしを始めた僕はまた恋に落ちた。厄介極まりない。


「真司が普段からああも大げさな喋り方するなら付き合い方考えようかと思ったわ」

「まさか、僕は博人が求めてそうだったからああしただけだよ」

「……まあ、そういうことにしといてやる」


まだ出会って一か月だが、おふざけを許してくれるから博人との付き合いはとても気が軽い。僕も饒舌になるってもんだ。


「それで? 今回はどんな相手なんだ? 学園のマドンナか? 若い新任の教師か? はたまたバイト先の上司か?」

「全然違う」


この学園、ではなく高校にはマドンナなんてものはいないし第一言葉が古すぎる。教師も一番若くて30代だ。そして僕はバイトをしていない。それらを知って言っているのだから、博人も相応にたちが悪い。


「お隣さんだよ、うららさんって名前で、優しくておっとりした人なんだ」




前略

 拝啓 お母さま。私、佐倉うららは恋をしています。貴女はまたかと笑うでしょうか。

 4つの時に同い年のリョウマくんに花飾りを作って渡したことで彼氏が出来たの、と報告した時や、8つの時にユウキくん、12の時にマサキくんを勇気を出して誕生日会に呼んで、それから進展が無かったときのように、そんなこともあると笑ってくれるでしょうか。

 16の時に私が告白して、合意の元にカップルになったはいいけれど、そのまま自然消滅したタツヤくんの時のように、見る目がないねぇと笑ってくれるでしょうか。

 あるいは私が20歳でようやく得た人並みの恋愛経験を祝福したように、今回も喜んでくれるでしょうか。

 24歳の私は、年下の、


 と、そこまで書いて私は呻いて紙を握り潰した。


「ああああぁぁぁぁ」


 恥ずかしさで顔から火が出そうな状態で敷布団の上で転がって悶える。そう広くないアパートの一室で転がり回って心の熱を鎮火する。消えたと思ってもすぐに火が付く厄介な火種だ。

 元より出す予定のないぐしゃぐしゃになった母への手紙を開いて読み返し、恥ずかしさと散りばめられた嘘に我ながら乾いた笑いが出てしまう。

 

 12歳までは何も間違っていない。人と話すことにも緊張する私が何かを作って異性にあげたり、誕生会をわざわざ開いて人を誘うことがもう大ごとだったのだ。例え今の私がなんだそりゃと思おうとも、その時はそうだったのだ。

 しかし16歳からは違う。私が勇気を振り絞ってタツヤくんに告白のようなことをしたまでは良いが、言い方が曖昧過ぎてタツヤくんの反応は『ん? うぅん? まあ、いいよ?』みたいなよく分からないけどオッケーと答えておこうというもので、とてもじゃないが成立してはいない。

 20歳の頃に人並みの恋愛経験を得た、なんて書きはしたが辿り着いたのはせいぜい手を繋ぐぐらいなもので、そのあとはであった人の獣性というか、性への寄り方が怖くなって別れてしまった。あまりいい印象ではないから名前は伏せた。

 きっと20代の人並みはそうしたハイペースなものなのだろうと思うけれど、私が考えていたものとは違ってしまった。

 そして問題は、


「うぐ、ううぅぅ」


 また呻いてしまう。直視したくない現実。友人に頭オリンピック女と言われた時から来るだろうと予想はしていたけれど、まさかその対象が高校一年生の男の子になるとは予想出来なかった。

 アパートの隣に引っ越して来た真面目そうな見た目の高校生が、こんなにも頭の中によぎるようになるとは思いもしなかった。

 だって24だし。高校生からしたらおばさんでしょ。


「うわあぁぁぁ」


 自分の思考に自分で絶望する。最近はこんなことばかりだ。仕事の締め切りが一日一日と迫っているのに、こんなことでいいのだろうか。いや、よくない。

 そう、仕事だ。仕事をしよう。

 と気持ちを切り替えた矢先にインターホンが鳴る。時計を見ると17時を少し過ぎたぐらいだ。もしかして、真司くんだろか。期待を胸に私は玄関へ向かった。



 博人が、真司のバカっぽい相談に乗ることにしたのは、面白そうだから。という一点に尽きる。真司の恋が実ろうが実らまいが、博人にとってはどうでもいい。その過程で暇を潰せるのなら帰宅部を選んだ理由も出てくるものである。

 薄情にも思えるが、真司のメンタルは変に強い。4年に一回の大恋愛がおかしいなどと本人はのたまっていたが、そもそもの思考回路がおかしいのだ。ストーカー扱いされたことを楽しそうに話すんじゃないよ。


 ともあれ相談に乗ると決めたからには真面目にアドバイスをすることにした。博人に恋愛経験があるわけではないが、常識的に考えて隣に住んでるだけの人と仲良くなるのは厳しいことだろう。

 だから、とりあえず話しをしろと使命を与えて監視に付いてきたはいいが、真司本人は『そんなことでいいの?』とあっけらかんとした様子であった。


 そしてその真司はといえば、博人を連れておきながら呑気にスーパーで買い物をしている。入り口前で邪魔にならないように待っている博人にとっては期待外れにも程がある対応だ。

 もっと家に近づくに連れて慌てふためく所を見たかったのだが……


「ごめん、待たせた」


 そういって両手にスーパーの袋を持って出て来たのは真司だ。一人暮らしで使うには量が多いように思える。


「持つか?」

「いや、大丈夫。行こうか」


 真司に付いていき辿り着いたのは安アパートだ。二階建ての建物で部屋数はそう多くない。錆びた鉄製の階段で二階に上がり、角部屋の前で立ち止まる。


「まあ上がってよ」

「言われずとも」


 真司の後に靴を脱いで1Kの部屋に上がる。小さな廊下とキッチンを抜けて6畳しかない畳には敷布団と丸机だけで、あとは適当にハンガーに掛けられた制服があるぐらいだ。一人暮らしに相応しいと言えるが、これと同じ環境に本当に女性が住んでいるのだろうか。


「じゃ、僕、呼んでくるから」


 荷物を置き、博人があぐらを掻いたタイミングで真司はそう言って部屋を出た。呼んでくるから? 博人の疑問を放って行った真司を座して待つ。

 少しの間考えて、真司がお隣さんを呼びに行ったということに思い当たる。あのバカ、と無駄な行動力に博人が頭を抱えた頃ににわかに玄関が騒がしくなる。


「どーぞどーぞ!」

「え、えーと、おじゃましまーす」


 聞こえて来るのは真司の声と女性の声。狭い部屋であるから、その姿はすぐに見える。165㎝らしい真司より少し背が低い女性は顔立ちから見るに成人しているようだ。庇護欲を掻き立てる困ったような笑い方で、服装は杜撰であるが顔立ちは整っている。

 これは随分と難易度が高そうだと思うと同時に何故この部屋に来たのかが分からなくなる。


「これから晩御飯作るんですけど、何がいいですか?」

「あ、えっと、お任せします」

「りょーかいです。博人も食べてくっしょ?」


 突然行われる親し気な会話に困惑しつつも頷く。家には夕飯が用意されているだろうが、問題はないだろう。

 普段のにへらとした顔をより緩めてニコニコな真司と戸惑った様子で丸机を囲むように座る成人女性。


「あの、うららさん、ですか」

「はゃ、はい、そうです」


 声を掛けると驚いたようにこちらを向いて返事をするうららさん。


「なんだってこんな部屋に?」

「あ、その、あのー」


 変な聞き方になったがこれ以外に聞きようがない。困ったように目線を泳がせるうららさんにキッチンの方から真司の助け舟が出る。


「前にうららさんから肉じゃがをもらってさー、そのお礼にってことでご飯をご馳走したら美味しい美味しいって食べてくれるから嬉しくなっちゃって。うららさんの都合が良ければどうですかって時々誘ってるんだ」

「はい、まあ、そういう、ことです」


 そういうことらしい。博人は全てを察した。これ、俺は何もする必要ないなと。


「真司、悪いけど俺帰るわ。予定があったのを思い出した」

「え、ちょ、博人?」


料理で忙しそうな真司の後ろを通り過ぎて部屋を出る。せいぜい仲良くなってくれ。祝福の意を込めて内心で毒を吐いた。



((やっぱ好きだなぁ。どうしたら上手くいくんだろう))


博人が帰り、真司とうららは二人残された部屋で夕飯を共に食べながら思うのであった。

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