春先の宇宙船

黒味缶

春先の宇宙船

 太陽系第三惑星地球に住んでる人間の大半は知らない事だけど、片田舎に存在する我が家の裏手の山には、四年に一度宇宙船が停泊する。

 宇宙船から降り立つのは、祖母の弟とその家族。私にとっての大叔父一家。

 彼らは私が生まれる前に亡くなった曾祖母の命日にあわせて、地球からすると四年に一度、彼らからすると年に一度の墓参りに訪れるのだ。

 なぜそのようなことになったかはよく知らない。一応他の親戚から聞くと、かなりの大恋愛の末に色々互いに調整した結果らしい。

 恋は人も宇宙人も関係なく狂わせるし、おかしな事態に発展してもおかしくはない物だという事だけは詳細は判らずとも何度も聞かされた。

 そんな話を聞いていたとしても、いつもなら滅多に会えない彼らにテンションが上がっていた。だけど、今回の私はとても憂鬱だ。


(……いったい、どうなっちゃうんだろうな)


 内心の雑音を無視しながらテーブルを拭き、母からならった煮物に火を通しながら彼らを待った。


 ピンポーン


 チャイムの音が響く。玄関へ迎えに行くと、父よりずっと若く兄よりは年上に見える大叔父と、その奥さんと、娘のユユノおねえちゃんが姿を見せた。


「いらっしゃいませ……お待ちしてました」

「おや、千春ちゃんが迎えてくれたんだね。今年もよろしくね」


 ニコニコと優しげな笑みを浮かべて挨拶と共に進もうとする彼らを、私は申し訳ないと思いながらも腕を広げて通せんぼする。


「す、すみません。中に入る前に、ちょっとお話が……!!」


 実をいうと、我が家は結構めんどくさい事になっている。祖母も両親もずっと断っているのに、裏手の山の土地の一部を売ってくれとかなりしつこく言われているのだ。

 そして、そのしつこい地上げ屋が今日も家にきている。折角の四年に一度のお迎えをこんな形で邪魔されて、しかもそのために話を合わせてほしいとお願いするのはとても心苦しかった。


「へぇ、そんなことが……」

「うわー、四年もたってるとそんな事もあるんだねぇ~」

「……そんなわけだから、ユユノおねえちゃんやノパタさんにも地球の人の設定を軽く作ってから入ってほしくって」

「いいよー!劇みたいで楽しそう!お母さんも、いいよね?」

「ええ、船を置ける場所がなくなると困っちゃうものね」


 楽しそうに地球人としての設定を作りはじめる彼女達に苦笑しつつ、大叔父も「じゃあ、俺は俺の息子ってことにしようか」と快く提案に乗ってくれた。

 こうしている最中も、耳を澄ませば祖母がボケたふりをしながら大声で何度も地上げ屋さんたちとやり合っているのが聞こえる。

 そのたびに申し訳ない気持ちと、大事な時間を邪魔される悲しさが私を襲う。


「あ!そういえば今回で千春は私より年上になってるんだよね?」

「う、うん。そうだね……あの人たちがいる間だけでも、ユユノおねえちゃんじゃなくって、ユユノちゃんって呼んだ方が良い?」

「そうだね~。私も千春を千春お姉ちゃんって呼ばなきゃだね!でもな~、赤ちゃんの頃から知ってるからなぁ~……千春ちゃん、でいっか!」


 悪戯っぽいおねえちゃんの笑顔に、私の胸がちくりと痛む。

 今回ことさら憂鬱なのは、このせいだ。明るくて優しいおねえちゃんが、おねえちゃんではなくなってしまう。ただちょっとだけ年齢を飛び越すだけなのに、過去数年ほどの私はそれがずっと恐ろしかった。

 その胸を締め付ける苦しみの答えあわせがされてしまうのが、憂鬱だった。取り乱してしまうんじゃないか?そうして困らせてしまうんじゃないか?

 ……そんな考えは杞憂だったけれど。僅かな胸の痛みでそれを受け止めてしまったことに、少なからぬ落胆をおぼえた。


 皆が設定を固めたところで居間に通し、大人たちは大人たちで話し合いをしてもらう。

 私とユユノおねえちゃんは、何かよばれた時すぐにいけるように話し合いの声が漏れ聞こえる台所に入って、温めた煮物を食べておくことにした。


「はい、ユユノちゃんのぶん」

「わぁ!ありがと千春おねえちゃん!……はふ……んむぅ……味がしみ込んでてあったかくって……おいしぃ~。桜子ちゃ……じゃなくて、おばさんが作ったの?更においしくなってるぅ~!」

「えへへ……実はね、私が作ったの」

「えええっ?!ホントに?!すごいじゃん、料理の才能あるよ~!あっ、でもそっか、料理の学校行ってるんだもんね?!」

「うん。それでもお母さんの味と教科書の味は違うから、お母さんのに似ていて美味しいって言ってくれたのがとっても嬉しい」

「お、嬉しい?やーったね!美味しい上に千春ちゃんも嬉しい!最高じゃん!」


 少しだけ、今声を荒げている地上げ屋さんたちに感謝する。

 すぐ近くで騒音になっているけれど、それでもおねえちゃんを今独占できているのは彼らのおかげだから。


「んぅ?なんか顔についちゃってる?」

「ううん、自分の作った物を喜んでもらえてるのが嬉しくって。チョット見過ぎだったね、ごめんね」

「いやいやいや!千春ちゃんが嬉しいならどんどん見ていいよ!」


 千春ちゃんが嬉しいなら。この言葉を、お姉ちゃんは何度も言ってくれていた。私の"スキ"や"うれしい"にもっとも寄り添ってくれるのはおねえちゃんだって確信できるのは、この言葉のおかげだろう。

 この言葉のせいで、私は今地球にいる誰よりも彼女の事が好き。


「ありがとう。でも味見以上の量だと夕飯分なくなっちゃうからこれだけね?」

「ぇぇー」


 想いを言葉にする気は無い。ユユノおねえちゃんは17歳。私がおねえちゃんとの年齢をこえることで、望まぬ関係の変化を恐れていた年ごろと一致する。

 多感な年ごろのおねえちゃんに気持ちを伝えて、傷つけてしまったら嫌だ。そう思ってしまえるだけの良識を、彼女を追い越して大人に近づいてしまった私は持ってしまっている。

 世界を壊しかねない大恋愛は、私には出来そうにない。


「……あのね」

「どしたの?」

「お兄ちゃんとお義姉さん今日来てないけど、実は赤ちゃん産まれたのよ」

「ええーーー!!?やったじゃん!」

「あっちの話が終わったら、行ってもいいかどうか電話で聞いて赤ちゃん見に行こう」

「うん!うん!うわぁ~、楽しみだなぁ!」


 想いを伝えたくないから、私ではない人達の事に話を向ける。私は、ずっとずっとくすぶって私を苦しめる恋しか知らない。想いを伝えればもしかして……だなんて博打を打って、四年に一度の機会をなくすことはできないから。


 我が家の裏手の山には、四年に一度宇宙船が停泊する。

 たったそれだけの息継ぎで、叶える気のない恋は私を苦しめながら生き続ける。

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