第十三話 続々・昔語り

 すぐさま研究所に向かい、何十年と術式を調べては失敗を繰り返していたよ。


 その副産物さ。【時間】と【空間】はね。

 疑似人格の頃のリオンには話したし、ロキにも話した。そこまでできるということまでは話さなかったけど、そういう世界を構築する【属性】があることをね。


 だから、本当のリオンもこの二つの【属性】を知っていただろう? 

 人間は知る由もないよ。だって僕のオリジナルだからね。


 ともあれ。

 フィルの肉体は冷凍保存していたのだけど、それを【空間】での保存に切り替えたんだ。完璧に腐食を抑える為にね。


 それから更に研究を進めた。

 術式の完成には数百年掛かった。


 最初に《リィンカーネイション》を発動させた人間は間違いなく大天才だよ。

 いや、だからこそ人類を犠牲にしてでも、あんな魔術を発動させようと至ったのか。


 それでフィルの肉体をホムンクルスへと生まれ変わらせた。

 製造過程で外見は変化させられるから、出会った頃の若きフィルの顔にしたんだ。それがまた僕を苦しめたんだけどね。


 バカだった。いつか生き返らせると思っていてももさ。

 それが常に横にいて、全くの他人の態度で接してきたらどう思うかなんてわかりきっていたのに。


 いや、違うよフィーリス。

 君を責めているんじゃない。全ては、僕が愚かだったのさ。


 そういえばリオンは、フィーリスになぜメイド服を着せているのか疑問に思っていたね。

 あれは僕なりの工夫だったのさ。


 彼女はあくまでも従者であり、フィル自身じゃないと言い聞かせる為のね。

 全くの無駄だったけど。


 それで日本列島――とは言っても魔術戦争以降は本土しかないがね。


 ともかく残った本土には海を渡って行ける場所がなく、ひと繋ぎの陸地になっている。

 だから皆、昔からこの世界を大陸と呼んでいるのさ。日本という名前は風化したからね。


 さて。

 次は……そうそう。


 術式完成の後、この大陸の主要箇所に《リィンカーネイション》用の魔法陣を描いては設置した。

 あの魔法陣だって数十年掛かりだ。


 リオンは傷つけようとしていたけど簡単に壊されても困るからね。

 それこそ全身全霊を掛けて、わずかに邪魔できるかどうか、だと思うよ。


 ん? ヒーリング? 

 そういえば最初にそんなことも言ったなぁ。


 あの魔法陣は日頃から人間の魔力を集めて維持していたからね。

 その効果が君にも出るはずだったのさ。


 とはいえ、君の自然治癒力に比べれば微々たるものだけど、弱っていた君にはありがたいかなと。

 使えるシーンはなかったみたいだけど。


 え? いやいや、そうじゃない。

 人間から魔力を集めると言っても、ほんのわずかを大量の人間から、だよ。


 命の危険なんかないさ。

 せいぜい目覚めが悪い気がするような、そうでもないような程度だね。ま、特に影響はないさ。


 それで、ええとなんだっけ。ああ。

 魔法陣を全て設置終わった頃、僕の肉体に限界が来たんだ。


 魔獣や、野盗なんかのくだらない人間の魂なんかを使って延命していたんだけど、それももう消耗に追いつかなくなった。


 だけど、《リィンカーネイション》をせずに死ぬわけにはいかない。

 せめて発動だけでもしたい、と願った。


 その時だよ。運良く、いやこの場合は悪くかな。

 リオン、君が訪問してきた。永い時の中、僕と君は友人となっていたからね。


 世界を巡っては、強い人間を蹴散らして回る災害のような君。

 この領域に留まり、隠居したようにフィルの故郷を守り続ける僕。


 正反対だった僕達は、あのタイミングで交わってしまった。

 それを僕はチャンスと思い、君が――あの時はまだ疑似人格の方だけど。


 客間で眠ったところを狙って、全力で拘束してから魂を取り出し、自分のものに癒着させたんだ。

 あの時のリオンの恨めしそうな顔は忘れることはないだろうね。


 それで、僕はとりあえず君を埋葬することにした。

 その身体を火葬するには、森一帯を焼き払うほどの魔力でもまだ足りないからね。


 遺体なのに対魔力が全身に漲っていたんだよ。

 それだけ本来は規格外の存在なのさ、君は。


 その後、埋葬して安心した僕は魔法陣や地脈の最終チェックをして、いざ実行の日。


 ――君が生き返った。


 棺を吹き飛ばして、地面の中から復活したんだ。


 僕は青ざめたとも。そりゃそうさ。

 君と戦えるわけがない。


 魔王時代から強くなる為だけに研鑽してきた君と、フィルを失ってから研究に没頭した僕。

 戦力差は歴然だ。


 殺される、と焦った。

 だけど目覚めた君は何も知らない雛鳥のようで。


 僕は君のそんな姿を見てすぐに理解した。あれが本来のリオンの人格なんだと。

 僕が抜き取ったのは疑似人格の為に造られた人工の魂で、君の中には人間の魂が眠っていたんだ。


 僕は君を殺そうと思えば、すぐに殺せただろう。

 刀の使い方も知らない、魔力が何かもわからないような存在なんて、戦い方を忘れかけている僕でさえ殺せたはずだ。


 でも、僕はそれをしなかった。


 だってまさか《リィンカーネイション》発動日に、君が生き返るなんて。

 偶然で済ませるには、あまりにも惜しい。


 それに、正直言うとね。

 フィルが止めようとしたんじゃないか、って思ったんだ。


 だから。

 僕は君に賭けた。


 もし人間である君が、その身体の使い方を全て思い出したのなら、全力にぶつかって試してやろうって。

 かつては敗北を喫した魔王へのリベンジも確かにあったしね。


 だけど、それ以上に人間の可能性を、思い出したから。


 ハリードやウォーガス、そしてフィル。

 彼らと旅して、人間を信じる気持ちが、ふと蘇ったから。


 僕はその気持ちに賭けることにしたんだ。


 最初はちょっと焦ったけどね。

 身体能力に明かして魔獣を狩り過ぎたり、野盗を塵のように殺したりして。


 君だっておかしいと思わなかったかい? 

 だって、人間として目覚めておいて、ちょっと人殺しに対して躊躇が無さすぎるだろう。


 それはきっと君の中にまだ疑似人格の名残があったんだと。

 僕はそう解釈してるよ。


 あとは……でも、もう言うこともないさ。


 君はレナさんを射止め、旅に出た。


 その間に僕は領域を戦闘用に整えて、【時間】と【空間】をなんとか戦闘に行かせないか試行錯誤を繰り返した。

 門番として元々【偽魔王】として魔獣を分散させていたハリルを使い、新しくウォードというホムンクルスも作り上げた。


 魔獣の分散とはなんだって? 

 まあもう数百年前だけど、トゥーレ――そう【魔獣の領域】にいた喋る大木。


 生き字引みたいな彼が、魔獣の量が増えすぎていると言ったんだ。

 もう抑えられなくなってる、とね。


 だから僕は大陸の反対側に、地脈に乗せて負の感情と動物の魂を移送した。

 そこで魔獣を生み続ける場所、つまりは【戦場】を作り出すことで、魔獣の出現を分散させていたのさ。


 ああ、もちろん。

 トゥーレにも今回のことについて口止めはしておいたし、君がそうなったことを知らないフリをしていただろう? でもね、彼はほとんどのことをお見通しさ。


 それで……そうだ。ホムンクルスを作ったんだったね。

 ハリルとウォード。


 もちろん、彼らは【勇者】ハリードと【戦士】ウォーガスをイメージしたんだ。

 それに近い肉体を持つ野盗を探すのは少々骨だったけどね。


 そして今。僕は君に負けた。

 それだけだよ。


 なに? ロキもいたから二対一だったって?


 それは違うよ、リオン。ロキを懐柔したのは君の手腕だ。

 君自身が何かを思ってロキを絆したんじゃないなら、それこそが君の人徳だとでも思えばいい。


 それも嫌なら、君が落としたレナさんがロキを落としたとでも思うんだね。

 それなら間違いなく、君の功績だろう?


 さて。

 もう終わりでいいかい? そろそろ喉も限界だよ。


 え? 結局のところ?


 ……そうだね。

 僕はフィルを追っていたはずだったけど。


 もしかしたら。

 ずっと側にいてくれた君のことを、愛してしまったのかもしれないね。


 ははっ。

 いつからそんな表情豊かになったんだい、フィーリス。


 ああ、わかってる。

 もう死のうとはしないよ。


 疑似人格の魂はかなり膨大な量だったからね。

 無理さえしなければ、あと数十年は生きられると思うよ。


 まあ、もう僕の魂が保たないから。これ以上、寿命は伸ばせないけどね。


 それでもさ。

 今度こそ。


 人間並の人生に戻った思えば、それでいいじゃないか。

 ああ、もう話し疲れた。


 いい加減、少し休ませてくれないかな?

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