第十四話 負けられない戦い
「《ホーリーフィールド》!」
周囲の骸骨から武器が振り下ろされるのと、レナの周囲に光の壁が生まれるのは同時だった。
半円状の壁は襲い来る武器を防ぎ、元々接近していた骸骨達を吹き飛ばす。
半径一メートルほどの小さな聖域。
これが【光属性】の上級防御魔術だった。
邪悪なるものを寄せ付けない光のドーム。
骸骨達は外でうろたえ、ロキすらも目を見張っている。
「ふぅん。もう上級まで使えるようになったの。人間って本当、厄介ね」
レナは周囲へ視線を向けながら、ここからどうするかを考える。
骸骨兵達はどうやらこのバリアを破れないようだった。
であれば、ロキが何かの魔術で援護してくると思ったのだが、彼女もまた動く様子はない。
かといって、このまま膠着を維持してリオンを待つことは許されないだろう。
上級魔術に驚いた顔を浮かべてはいたものの、ロキは既に平静を取り戻しているように見えた。
となると、必ず次の手を打ってくるはず。
レナにある選択肢は、ロキに対して先手を打つか、相手の出方を見るかの二択だった。
大抵、こういう場合は先手を打った方が隙を見せてしまう。
それにくわえて、レナが持つ「攻め手に欠ける」という問題は解決されていないのだ。
とはいえ、今のレナが一発逆転するならロキがまだ油断している内を狙うしかない。
問題は状況が悪いということだった。攻撃魔術なら通るだろう。
聖女の魔力とやらのおかげだが、それを今更誰のおかげだと気にしたりはしない。
だが、攻撃魔術を放つということは、現在張っている防御魔術を消すということ。
無詠唱ができない限り、魔術の同時発動は不可だ。普通に放つだけでもギリギリなのに、詠唱を肩代わりできるほどに魔力があるわけがない。
更に問題なのは、攻撃魔術はレナにとって諸刃の剣だということ。
撃てば魔力を大きく消耗し、次の手が遅れる。それだけでなく、下手すれば防御魔術も張れなくなるほどだ。
それに詠唱の隙もあるし、ロキだって経験から攻撃魔術は警戒しているはず。
耐久戦と宣言したものの、レナが少しでも仕返ししたいことを見抜いているのだから。
――でも、私が本当に怒っているのは殺されかけたことに対してじゃない。
レナはぎゅっと柄を握り直す。
光のドームは骸骨兵の攻撃を弾き、ビクともしない。
――リオンを殺そうとしたことだ。
それ故、レナはロキとは相容れないと感じていた。
どういう理由であれ、リオンの命を狙うと公言されて平気なわけがないのだから。
だから、ここは耐える。
レナは魔力を込めて《ホーリーフィールド》の維持に努めた。
わずかな隙を見せた時、最大の一撃をロキに放つ為に。
ロキはそんなレナの様子を見て、ニヤリと不敵に笑った。
「そ。じゃあこっちは攻めさせてもらおうかしら」
周囲にいた骸骨兵がサッと道を空ける。
なにが起こるのかと見ていると、ロキ自身が鎌を抱えて突進してきた。
風と共に振り下ろされる一閃。
「ッ!」
振り下ろされた鎌は、骸骨兵数十体の同時攻撃よりも重く、鋭い。
レナは魔力を増量しながら防壁を固めていく。
「意外と堅いのね。でも、いつまで保つかしら?」
ロキは容赦なく連続で鎌を振り下ろす。
その度にバリアが揺れ、レナも衝撃によって苦痛の表情を浮かべる。
鎌自体は防げているのだが、ロキが鎌に込めた魔力によって防御魔術を大きく削られているのだ。
レナにとって防御魔術は負担の少ない魔術だが、それでもゼロなわけじゃない。
少しずつ削られていき、やがてジリ貧になるのは目に見えていた。
――誘っているんだ。
防戦一方になれば、いつかバリアは砕かれる。
そうなれば骸骨兵に囲まれ、かつロキも目の前にいる状態。その時、レナはあまりにも無防備だ。
そこから勝ちに持っていくことは不可能。
だから、まだ余裕のある内に攻勢に出る必要がある。
という風にロキが誘っているのだ。
だが、ロキは知らない。
レナの魔力が防御と回復に関しては適性が高いことを。
ロキは何度も何度も魔力を込めた鎌を振り下ろす。
それでもレナの防壁は崩れない。その程度では破ることはできないのだ。
確かに状況がジリ貧なことに変わりはない。
だが、本当にリオンが来るまでの足止めを狙うのならば、これで充分なのだ。
ロキとてレナが挑発に乗らなければどうにもならないことはわかっているのだろう。
鎌に込められた魔力は、最初に比べれば二倍以上に増えていた。
それでもレナは堅守の構えを崩さない。
ここで焦ることが悪手であることを理解しているから。
「……そ。なら、こうしましょう」
ロキは攻撃の手を止め、浮遊するような緩慢な跳躍で後退した。
彼女だけ重力が弱いかのように、ゆったりと着地する。
空いた左手には視覚化されるほどに濃密な魔力が掲げられていた。
圧倒的な【闇属性】の魔力である。
相対する属性をぶつけられれば、レナの壁もどうにか崩せると考えたのだろうか。
それを見てレナも気合を入れ直し、必ず受け止めると決意した。
「ふふっ。そんな芸のないことはしないわ」
しかしロキはレナの考えを見抜いてか愉快そうに笑い、魔力を空中に放った。
同時に周囲にいた骸骨兵が崩れ落ち始め、淡い光球がロキの魔力へと集まっていく。
徐々に膨れ上がる存在感。
レナにもそれがただの魔術でないことが、肌で理解できた。
「かつて見たことがあるでしょう? あっちは強い意志を持った魂ひとつ。こっちは弱いけれど無数に近い魂の集合体。さて、どっちが強いかしらね?」
膨れ上がった魔力が地面に形を持って降り立つ。
それは、いつか見た【黒騎士】そのものだった。
影のような、そこにいるのにいないような不安定な存在。
それでもそこにいるだけで脅威を感じるほどに魔力が凝縮されていて、レナは固唾を呑んで動向を観察する。
黒騎士は右手を伸ばして変形させ、影で剣を形成した。
それが何の気無しに振り下ろされる。
「うぅっ!?」
たった一撃なのに、大きく防壁を削られる。
減った魔力を補充するものの、これが連続で来たらさすがにマズイ。
黒騎士はここからが本番だと言うように両手で剣を構える。
いつの間にか剣自体も大きくなっており、大剣と呼ばれる部類に変わっていた。
レナは大きく深呼吸をする。
――たった一度だけ。不意を突くならそこしかない。
覚悟を決め、レナはあえて防壁に回す魔力を減らした。
黒騎士はそんなことお構いなしで、大剣を思いっきり振り下ろす。
ガラスの割れたような音と共にバリアが崩れ去る。
剣を下ろしたまま黒騎士は追撃をせず、ロキもようやく訪れた瞬間に満足そうに微笑んだ。
「《ホーリーガード》」
レナは静かに呟いて鞘を構え直す。
同時に詠唱を開始した。
「《創生の光、地より戻りて》」
黒騎士による振り上げの一撃が迫る。レナは臆せず鞘を向けて防ぐ。
大きく体勢を崩したが、黒騎士もまた硬直したまま。
ロキがレナを弄んでいるのだ。
つまり、攻めるなら今しかない。
「《邪なる者を封じ込めん》!」
「……まさか!?」
ここに来てロキが気付いたようで瞠目する。
再度、黒騎士の振り下ろしが繰り出されるものの、レナは既に魔力を練り上げていた。
「《フォトンゲート》!!」
直後、レナを中心に光が円形となって地面を埋め尽くす。黒騎士の一撃は光の発露で弾かれた。
神聖なる光が黒騎士は元より離れていたロキまで範囲に収めており、彼女は慌てたように左右を見回している。
「くっ!」
脱出しようとしたロキは光の壁に阻まれて逃げ出せない。
発生してしまえば、闇の者は何人たりとも逃げること能わず。それが【上級光属性】の攻撃魔術だった。
更に聖女の魔力を受け継いでいるレナの攻撃は、ロキに対して特攻である。
それはロキの魔力にて生み出された黒騎士も例外ではない。
黒騎士は魔術を止めようとレナを攻撃するものの、地から吹き出す光の奔流がレナを守る。
発動までに時間がかかり、かつレナにとっては全ての魔力を投げ売ってようやく発動できる一撃だ。そんな簡単に破られてしまっては困るというもの。
「ただの人間が……ここまで……!?」
ロキの驚きとは対照的に、レナは落ち着き払って魔術の発動を完了させた。
瞬間、真っ白な光が地面から間欠泉のように噴き上がる。
範囲内を漂白するような極光の中、ロキと黒騎士は光に呑まれてレナの視界から消えていった。
「ああぁぁぁ!!!」
どこかからロキの悲鳴が聞こえるが、レナにはその方向がよくわからなかった。
レナ自身は魔術の中心で座り込んでいるだけだが、そこから一歩でも外に出れば闇の眷属を為す術なく翻弄するほどの光が溢れている。
その中でロキも黒騎士も全身を聖なる光に焼かれているのだろう。
時間にして十秒程度だったのだが、レナにはもっと長く感じられた。
やがて光が地面へと潜っていき、白に包まれた世界が元に戻る。
そこにはボロボロになったロキが、うつ伏せに横たわっていた。
黒騎士は消滅したのか影も形もない。
恐らくだが大ダメージを受けて動けないのだろう。
それはレナも同じで、魔力がすっからかんになって立ち上がることもできないのだ。
許されるならロキのように地面に横になりたいが、レナの中に残る理性がそれだけはと拒絶し、意志の力だけで上体を支えている。
身体を支える杖として鞘ごと剣を使っているが、普段よりも有用な活用法なのが皮肉に思えた。
「ふ、ふふっ……」
レナは思わず目を剥いた。
見るからにボロボロに焼かれたロキが、腕を震わせながらも起き上がろうとしているのだから。
「貴女はもう、魔力がないでしょう? でも私はまだ動ける。この勝負、私の勝ちよ……」
ロキは時間をかけて起き上がり、その掌に鎌を出現させた。
一歩、また一歩と迫る速度は遅いものの、着実にレナに近づいて来る。
だがレナに打てる手はない。魔力もなく、そのせいで身体に力が入らないのだ。
回復するにはまだ時間が足りない。鞘を構えて防ごうにも、支えとしての使用をやめてしまえば、身体が地面に倒れるのは目に見えていた。
勝利を確信したような笑みでロキが迫る。
殺されはしないとしても、レナはこの勝負に負けるのだけは嫌だった。
なぜならこの怒りはリオンの為であり、この戦いもまたリオンへの想いを込めた戦いだったのだから。
故に、レナはなんとか足に力を入れる。
その意志を受けて、レナの身体はわずかにだが立ち上がろうとしていた。
しかし、このままではレナが立ち上がる前にロキが近づく方が先だ。
あの鎌が、この首元に届いてしまえば、その瞬間に負けが確定するのだから。
――動いて。いえ、せめて立って。
思いを込めて足を叱咤する。
だが身体は言うことを聞かず、ガクガクと震えるばかりだ。
「さ、これで私の……」
ロキが鎌を振り上げる。
レナは動かない身体を悔やみながら、敗北を覚悟した。
【
「あぁっ!?」
響くロキの悲鳴。
レナは呆けた顔を浮かべ、斬撃が飛来した方向へ視線を向ける。
そこには――。
「……リオン、遅いよ」
「悪かった」
あんまり悪びれていない顔で、黒い外套の吸血鬼が佇んでいた。
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