第十三話 リオンを愛する女達

 ――時間は少し戻り。


「リオンは……まあいいわね。しばらくは来ないでしょう」


 ロキはリオン達がいる方向へ視線を向けるが、興味を失くしたようにこちらへ顔を戻した。


 鞘ごと剣を構えるレナ。

 目の前にいる少女が、ただの少女でないことはもう知っている。彼女の魔力を、嫌というほどに身体が覚えていた。


「そんなに嫌われるなんて心外ね。どう? 少しお話したいの」

「話すことなんてありません」

「そうかしら? でもすぐに戦い始めたら貴女は不利でしょう? ほら」


 ロキが指を鳴らすと、レナの周囲から雨後の筍のように骸骨兵が生み出されていく。


「ここにも魂は多いもの。私の手足となる兵士はいくらでもいるのよ」

「……」


 レナはただひたすらにロキを見つめた。

 何を語るわけではない。この場の支配権が、今はロキにあることを認めているだけだ。


「それでね。どうして貴女がリオンと一緒にいるのか訊きたかったのよ」


 ロキは兵士達を待機させ、茶飲み話のような気軽さで語り始める。


「だってそうでしょ? 聖女の魔力を持っていても、貴女自身に対した力はない。所詮【光属性】にちょっと素質があるだけ。貴女より【光】魔術を上手く操れる人間はいくらでもいる。なのに、どうしてなの?」


 しれっと繰り出された質問だったが、レナはこれが訊きたかっただけだと察する。

 変な答えをすれば、ロキは全力でレナに襲いかかるかもしれない。


 けれど、レナに偽るつもりなど毛頭なかった。死を本能的に自覚させられたお礼だとでも言うように、レナはキッパリと言い放つ。


「リオンが好きだから」

「はい……?」


 ロキは聞き間違いかと確認するように瞬きを繰り返し、首を振った。


「人間の貴女が、リオンを?」

「えぇ。好きです。愛してます。人間とか吸血鬼とかじゃなくて彼自身が好きです」


 自分の心を奮起してレナは告げる。困惑するロキの表情が、やけに人間っぽくて面白いと頭の裏側で思った。


 ロキは深呼吸を繰り返し、呆れたような顔を浮かべる。そこにあったのは、まるで子どもを心配する母親のような表情だった。


「あのねぇ……人の身でリオンを愛するなんて無理に決まってるじゃない。そもそも貴女、あと百年も経たずに死ぬでしょう」

「関係ないでしょう」


「おおありよ。寿命が違えば価値観も違う。それに人間である貴女は先に老いて、先に死ぬ。それで良いなんて考えてるなら、随分と身勝手なのね。そもそも人間の身には百年なんて遠い未来の話でしょう? 現実味なんてない。でも私達は違う。何千年の時の中で生き続けているのよ」


 一気にまくしたてて、ロキはもう一度深く息を吸った。


「そういう部分を含めて、無理なのよ。感情の問題じゃなく。これは肉体の問題。永遠に、いえ、そうでなくとも近い寿命まで寄り添えないのなら、愛し合うべきじゃないわ。前例もあるしね」

「前例?」


 ロキはふっと口元を袖で覆う。

 どうやら喋りすぎたと思ったらしい。


「ま、貴女の心は別にいいのよ。貴女もリオンも、今のままの方が魂が輝いているし。結果的とは言え、私に不都合はないしね」

「はぁ……」


 レナはロキの言いたいことがわからなくて生返事をする。

 不都合がないのなら放っておいて欲しいのだが。


「私がリオンを殺す理由、話したかしら?」

「……愛しているから、って」


 妖艶な微笑みのままロキは頷いた。

 もしや答えてはいけない質問だったのか、とレナは警戒を強める。


「そ。リオンを愛しているから早く死んで欲しいのよ。あの魂を手に入れる為に。だからこそ、こうやって彼の魂が輝く方法を模索して、実行して。良い結果になったところで貴女が出てきた」

「私が、なにか?」


 レナが首を傾げると、ロキは額に手を当てる。


「……貴女という人間がどうでもいいなら簡単なのよ。リオンは貴女の側に四六時中いるわけじゃない。今みたいにちょっとでもいいから足止め役を与えれば、貴女を殺すことなんて指一本でできるわ」


 やはりルーシーは、ロキによって足止め役として使われたにすぎなかったのだ。

 そう認識して、レナはぐっと鞘を持つ手に力を込める。


 しかし、ロキはやる気なくぶらぶらと手を振った。


「こうして姿を表したんだから殺すわけないでしょ。話がしたいって最初に言ったじゃない。殺すなら、リオンが離れた瞬間、貴女に知覚できない方法で殺してるわ」

「なら、どうして?」


 ビシッと、ロキはレナを指差す。


「そこが問題。貴女、リオンを愛することを自覚して口に出すようになってから、魂がすごい輝いてるの。このまま殺すには惜しい。もっと経験を積ませて、魂を熟成させてから狩りたいじゃない」

「そんな果物みたいに……」


 呆れそうになるレナだが、ロキは対照的に楽しそうな表情を浮かべる。


「同じことよ。私にとって強い魂はご馳走。それを人間が勝手に育ててくれるなら尚良し。だから……」


 ロキはツインテールの片方を指で弄りながら、思案するように唸る。


「んー……貴女が死ぬまで待とうかなって」

「え?」


 どういう意味かわからずレナは思わず訊き返した。


「貴女の寿命は、長くても後九十年くらい。ま、今みたいになってしまったリオンの変遷も気になってるし、見守ってあげてもいいかなって。ああ、当然だけど、魂が濁り始めたら殺すから」

「え、えっと……?」


 突然の申し出にレナは混乱する。

 彼女の言うことを全て理解できるわけではない。むしろ彼女の存在自体が理解できるものではないのかもしれない。


 だけど、言っていることを一言でまとめると。


「……殺す気はないってことですか?」

「今はね。でもリオンや自分を裏切ったら殺すわ」

「自分を?」


 するとロキはちょっと大人びた表情を浮かべる。

 見た目だけならレナより幼いことを忘れてしまいそうだ。


「自分を偽って裏切るような人間に魂の輝きは訪れない。表面上の裏切りではなく、自分への裏切り。それは決して隠せるものではなく、私だけが持てる裁定の鎌」


 ロキはその空手に鎌を出現させる。

 くるくる回す姿は愛らしくも、どこか不気味だ。


「そういうことなの。だから、貴女は好きなように生きなさい。長くてもたった百年に満たない命。無駄に散らすことはないわ」

「はぁ……」


 こないだ勝手に散らしそうになった癖に、と心の中で悪態をつく。ロキにとっては小さいことかもしれないが、レナにとって首を締められたことは忘れられることではない。


 レナの視線に込められた感情を察したのか、ロキは微笑む。


「まあでも、貴女のお怒りはもっともよ。それにリオンにはこんな場を見せるわけにはいかないし」

「それは……」


 どうして、と聞こうとした瞬間、目の前に現れた骸骨兵が大ぶりで斧を振り下ろした。


 緩慢なモーション。

 それ故にレナでも咄嗟の回避が可能となり、横っ飛びで避ける。


「耐久戦といきましょう。リオンが来るまで耐えられれば貴女の勝ち。逆にその首元に刃を近づければ私の勝ち。どう?」

「この勝負になんの意味が?」


 睨んで問い返すと、ロキは指を慣らして骸骨兵を追加で大量に出現させた。

 【戦場】に散らばる魔獣達よりも多い数に一瞬で包囲され、レナは思わず怯む。


「貴女は私に少しでも仕返ししたいんでしょう? でも私は殺さないで観察するって決めたもの。だから、勝負。命までは奪わないで上下を決められるし、リオンが来た時に彼の魂を鈍らせない方法でもあるし、あとは……まあなんでもいいわよね」

「だからって!」

「決定権は私。だって強いのは私だから」


 ロキが腕を振り上げる。既に彼女の目に笑みはなかった。


 ――やるしかない。


 あれが下ろされた時がスタートなのだろうと察し、レナはすぐさま魔力を編んだ。


「始め!」

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