第九話 幾度もの対峙
リオンはレナと共に【戦場】へと向き直る。
今でも兵士達は魔獣達の壁を食い破りながら、徐々に敵の数を減らしていった。
王国、帝国からの熟練兵士が派遣されてくるという話も真実だったのだろう。激しい戦闘であっても、未だに犠牲者はいない。
ただこれが数時間続くのであれば、いずれは……といった想像をさせる。
それほどまで過酷な場所だとイメージしていた。
「まず、どうする?」
レナが「それはそれとして」みたいな口調で訊いてきた。
気楽な思いからではなく、眼前の状況を鑑みてどうしたらいいかわからないのだろう。
まず、あの兵士達をどうにかして突破しなければならない。
とはいえ、あれだけの兵士や魔獣の数をすり抜けられる魔術は持っていない。
魔眼だって単体にしか効果はないし、もし大勢に効果があっても、ここで有効な魔眼はリオンにはなかった。
つまり。魔獣を蹴散らすか、兵士達の頭を超えていくしかない。
最前線の両翼には敵からの包囲を防ぐ為に、鉄の壁がそそり立っているのだから。
ここで目立つのは、まだマズイ。
他に選択肢がなければ、容赦なく上級魔術でもなんでも放って堂々と【戦場】を闊歩するだろう。
だが、まだその時ではない。目立つことを許容するのは最終手段と同義だ。
冒険者ギルドに目をつけられて動きにくくなるのは、リオンの本懐ではないのだから。
ではどうするのか。
――兵士達は、言わば死ぬ覚悟のある者達だ。
そう考えてみれば簡単なことである。
別にリオン達は兵士を助ける必要はないのだから。
というわけでリオンはずんずんと歩き出し、レナもそれに従って小走りで付いていく。
その背後でブレイドが不安そうな顔で見守っていた。
リオンはただ歩き、兵士達の背後から【恐怖の魔眼】を発動させる。
それを包囲を形成している魔獣の一匹一匹へ丁寧に放っていった。
魔獣は対魔力が高くないのか、それとも動物が元なので本能的恐怖には勝てないのか。
どんな姿の魔獣であれ【恐怖の魔眼】に収められれば、逃走を余儀なくされた。
徐々に魔獣の数が減り、一気に兵士達は押し込んだ。
その勢いは両側の壁があるゾーンを抜け、【戦場】の最前線の先まで進むほど。
開けた場所まで行っても、今はもう魔獣達は寄って来ない。
本能的に散らされた為、ここには近寄りたくないのだろう。
陣形が進み、脇に空いた壁との隙間を縫うようにしてリオンとレナは【戦場】の荒野へと出た。
二人のことを気にかけるような兵士もいたが、彼らは勝利を確認した後で撤退していく小隊に従う団体行動が最優先である。
それにくわえ、ここに色々な冒険者が来ることを知っているのであろう。
故に彼らは奇異な視線を送ってきても、干渉はして来なかった。
「ここが、【戦場】……」
だだっ広い荒野に出て、改めて実感する。
何もない、と。
茫洋たる地平線。空と地面の境目がくっきりと見えるほどに何もないのだ。
草木のひとつもなく、ただただ乾いた土が広がるばかり。
その辺りを掘れば、白骨化した動物や人間の姿が出てきそうな場所だった。
人間がほとんど踏み入っていない以上、その可能性もあながち間違いではないと思う。
進んでいく二人の周囲をうろつく魔獣はいるが、それはリオンが【恐怖の魔眼】で追い払えばそれだけで済んでいた。
戦闘行動にさえ移らなければ、どんな魔獣もものの数ではない。
しかも一度掛けてしまえば、本能的恐怖を刷り込まれた魔獣は二度と襲って来ないようだった。
もしかしたら効果時間があるのかもしれなかったが「それならもう一度掛ければいいだけだ」とリオンはなんでもないように考え、魔眼を周囲へと撃ち続ける。
奥へ進めば、魔眼も効かない敵が出てくるかもしれない。
だがその時はその時で刀を抜くだけだ。
最初の数十分こそ普通に歩いたものの、全くもって代わり映えのしない景色である。
最初にもっていた緊張感もいつしか霧散してしまった。
とどのつまり、リオンは既に退屈を覚えている。
どんな魔獣も魔眼ひとつで帰っていくのだから。
人間達が【恐怖の魔眼】を所有していないのは知っているが、魔眼がここまで効果てきめんだとやや肩透かしを喰らってしまう。
リオンとレナの周囲だけ、魔獣が決して存在しない空間になっていた。
空から見れば、まるで結界でも張っているかのような見た目になっているだろう。
ほとんどの魔獣は遠巻きに警戒するばかりであり、近寄って来ようともしない。
怯えているのだろうが、それがまたリオンの退屈に拍車を掛けていた。
「わかった」
「え?」
レナが不安そうに眉をひそめて振り向く。
その瞬間、リオンはレナを担ぎ上げた。レナは驚きで顔を染める。
「ちょ、ちょっと、リオン!?」
「跳ぶぞ! 口閉じてろ!」
リオンは足に力を入れて、一気に跳んだ。
ただただ歩くという行為にじれったさを感じたリオンは、もう脚力に任せて高速で突っ切ることにする。
そもそも徒歩では半日掛かっても横断できないのだし、こうする他ないことは予想していたのだ。
ただ、不安材料としては。
「んんんんーーー!!」
言葉にならない叫びを上げているレナだった。
風圧によって呼吸ができなくなっているのだろう。
そんな状況でも、腕の中でジタバタしないのがまだ救いである。
そんなことをされたら空中でのバランス制御が一層難しくなるからだ。
「いやまず口を閉じて進行方向に向けるな、顔を」
リオンは宙空でレナの顔を寄せる。彼女はそのまま自発的にリオンの胸元に顔を埋めた。
これで少しは呼吸しやすくなっただろう。押し寄せる空気の壁は思っているよりも厚いのだ。
地面が後方へとぐんぐんと流れていく中、リオンは進路上の敵に限って【恐怖の魔眼】を放つ。
また敵が逃走するよりも早くリオンが到達してしまって邪魔になる時は【麻痺の魔眼】を使用し、踏み台にして加速した。
これが地面を走る普通のダッシュであれば魔眼の使用は難しいが、低空とはいえ空中にて身を任せているだけなので、魔眼の発動はそう難しいことじゃない。
リオンは徒歩の十倍ほどの速度で進み、気付けば太陽もそこそこ昇ってきていた。
時折、レナを地面に下ろして休憩を挟む。この移動方法のネックはやはりレナの体調だった。
運ばれているだけとはいえ、ほぼ同じ姿勢で長い時間いなければいけないのにくわえ、強風を全身に受け続けるのでそこそこ負担は多いのだ。
伝わりやすく表現するのなら、車の助手席だろうか。運転していないが、長時間座っているだけで疲れるあの感覚である。恐らくだがその負担がレナにも掛かっているだろうとリオンは思っていた。
そこまでレナの身体を気遣うリオンだったが、数度目の進行中に突如足を止める。
靴底で地面を擦りながら減速し、砂埃を巻き上げてようやく停止した。
「どうしたの?」
「気をつけろ」
レナに問われるものの短く答え、彼女を下ろした直後に刀に手を掛ける。
それだけでレナも戦闘態勢に移行し、鞘ごと刀を抜いた。
「《ホーリーガード》」
レナはまず自分に防御魔術を掛ける。これで無防備なところを不意打ちで一撃、という事態は避けられただろう。
これは事前にリオンと決めていたことだ。
戦闘に移行する時は、まず自分に防御魔術を掛ける、と。
続いてレナはリオンにも防御魔術を掛けようとして、掌を向けた。
直後。
金属が打ち合う音が周囲に響き渡った。レナは驚いてリオンの前方へ視線を向ける。
リオンは打ち合った刃の先にいる人物を見て微笑んだ。
「また来たのか」
「何度でもだッ!!」
そこには鬼の形相でリオンを睨むルーシーがいた。
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