第八話 戦場へ

「というわけで、特訓をする」


 唐突に切り出したリオン。

 だが、レナにはあらかじめ説明しておいたので混乱はないだろう。


 場所は王都近くの比較的安全な平原だ。


 ここからもし魔獣が現れても、リオンなら指一本で片付けられる程度のレベルだろう。

 安全性の面からDランク以下の冒険者がクエストをこなしたりする場所でもある。


「では、まず防御魔術を」


 リオンの指示に、こくんとレナは頷いて魔術を紡ぐ。


「《ホーリーガード》」


 レナの身体が神聖な光に包まれた。

 物理防御力を上げる魔術だ。


 リオンはそれをじっと見て、効果を確認する。

 きちんと鞘まで防御力が強化されているようだった。


「よし。なら次だ。きちんと構えておけよ」

「……わかってる」


 リオンが鞘ごと刀を持ち、レナもそれに倣って鞘ごと剣を持つ。

 彼女の方は眼前で真一文字に横たわらせており、防御専心といった構えだ。


 対してリオンは腕に提げたまま。

 普段の戦闘スタイルである。


「では行くぞ」


 ごくりと、ツバを呑んだレナの喉が動く。

 同時に。


「ッ!」


 レナの身体が大きく崩され、何歩も後退した。


 それはリオンによるただの振り下ろしだったのだが、レナにとっては脅威的な一撃になってしまう。


「防ぐことだけに専念しろ。物理攻撃をガードする感覚に、身体を慣れさせるんだ」

「……うん!」


 リオンは体勢を整えたレナに向かって、もう一度鞘を振るう。

 レナはまたもや大きく後退し、構え直す。


 その繰り返しだ。


 指南について詳しく学んだことのないリオンは、とにかく身体で覚えさせる方法を取った。

 レナには元々物理攻撃を期待していないのだから、リオンが駆けつけるまでの自衛をしてくれればそれでいい。


 そしてそれはリオンの攻撃を防げるようになれば、だいたいの攻撃は見切れるようになるだろう、といった少々ストレートかつ無茶な考えに基づくものだった。


 そもそも、どうしてこうなっているのかと言うと。


 スタンピードの報酬金で、ギリギリ【光属性】の上級魔術書を購入したのだが、【光属性】に特性のあるレナでさえ、「読解するには一ヶ月はかかると思う」と言ったのだ。


 しかしその一ヶ月を遊ばせているには惜しい。なによりリオンは魔術だけでなく、身体能力においてもレナの強化を求めていたので、こういう形を取ることになったのである。


 レナは昼はリオンと共に防御の特訓をし、夜は魔術書の読解。


 リオンは空き時間でギルドの細々とした依頼をこなし、生計を立てる。

 夜は眠らなくてもさほど影響のない身体なので、深夜であろうと平気で働けるのは利点だった。その分、早朝辺りの時間は結構キツイが。


 現在、そのために一時的ではあるが共和国から離れている状態になっている。


 完全にお荷物としてレナを連れて行くよりも、少しでも戦力として扱いたい為だ。

 急がば回れの精神で、リオンはこの一ヶ月程度を特訓に費やすと決めている。


 ちなみに強化魔術について調べてみたが、強化魔術はそもそもの肉体が強くないとそこまで恩恵がないらしく、今からレナの筋力アップをするには時間が足りないので断念した。


 リオンはある意味で全身が魔力の塊みたいなものなので、これ以上の強化は施せないらしい。一度試してみたが魔力が全身を巡るだけで、いつもどおりの身体だった。


 そもそもリオンとしてはレナから血が吸えれば十全の力が出せる環境にあるので、これ以上望むべく力もない。それ故、結果的にレナの強化を第一に考えた。


 ダインが【戦場】に行く時に問題視しており、リオン自身も薄々は思っていた問題点。

 つまりはリオンの弱点に成り得る、レナの強化を行っているのである。


 ただ、問題は。


「うっ……!」


 レナが尻もちを着く。

 リオンとしてはそこまで強く、どころか十分の一も出していないのだが、それでもレナにはまだ強すぎるらしい。


 調べたところ、防御魔術は攻撃全てへの耐性を得るらしく、防御行動としての腕力や踏ん張りにも影響するらしいのだが、レナでは魔術のバフを持ってしても足りないのだ。


 ――こういう育て方をするには、ちょっと力の差がありすぎるかもしれん。


 いわゆるこれはパワーレベリングの類であり、レナを無理やり引き上げているに過ぎない。

 だが経験値が分配されるタイプの世界ではないので、これが上手くいくかは賭けになる部分があった。


 とはいえ、他に方法があるわけでもない。

 剣術ギルドに行くには、レナは剣の才能が無さすぎるし、自衛だけを教えてくれるギルドや師匠などという都合のいいものがあるわけもないので。


 ――俺がやるしかない。


 結局、ここに帰結するのだ。

 救いなのは、まだレナにやる気があることだ。


 パーティーメンバーなのでこの程度の特訓は超えてもらわないと、リオンの隣に居続けるのは厳しい。あまりにも光が見えてこない特訓ではあったが、レナの瞳に弱気はなかった。


 立ち上がるとすぐに構え、


「次、お願い」


 そう自分から打ち込みを頼むのだ。

 これでレナも「やっぱり無理だよ」なんて言い出した日には、リオンもすぐに諦め、一人でも【戦場】に向かっただろう。


 しかし、そうはならなかった。

 レナはレナで思うところがあるのだろう。


「わかった。行くぞ」


 再度、鞘を振る。同じ軌道では慣れてしまうので、今度は横薙ぎで。


 レナはやはり体勢を崩すものの、足元はふらついていない。

 若干だが、身体の使い方がわかってきたのかもしれない。それでも全くもって隙だらけなので、実戦では通用しないレベルだ。


 毎日、毎日。


 こんな遅々たる成長を続けていき、レナが魔術書を解読して上級魔術を身にするまで、優に一ヶ月半かかっていた。


 季節感のないこの世界では月日の進みはわかりにくい。

 そんな中、リオンはようやくと言った気分で、レナと共に共和国へと戻るのだった。






「本当に行くのか?」


 【戦場】の最前線にある物見台。

 今日はそこにブレイドが来ていた。


 ダインはレナの特訓をしている内に、ハルトを連れてまた武者修行に出たらしい。

 魔獣だけでなく、もっと手練と戦いたい、と。恐らくはリオンとの手合わせにおける完敗が堪えたのだろうと思われた。


 現在、【戦場】では多くの兵士が防御陣形で魔獣達をあしらうように倒している。あれが最低限の消耗戦なのだろう。

 ああやって魔獣の数を減らし、溢れないようにしているのだ。


 リオンは最前線の様子から、わずかに昇り始めた陽射しへと視線を移す。


 【戦場】は広いと聞く。

 ブレイドに聞いたところ半日かけても、最深部などは見えて来なかったとのことだ。


 ――どこまで行けるか、だな。


 それを考えながら、ブレイドへと振り返る。


「今更なんだ? 心配してくれているのか?」

「……お前じゃない。レナさんの方だ」


 するとレナはレナで「私?」と首を傾げている。


「他の誰かが既に忠告したかもしれんが、危なくなればすぐに撤退しろ。誰も助けられんのだからな」

「ああ。それはずっと考えてた。一応、対策はしたつもりだが」


 リオンはレナを一瞥する。

 レナは強い瞳で頷く。


 ――俺よりもよほどやる気があるみたいだ。


 本当は不安もあるだろうが、レナにはそれを感じさせない精神的なタフさがある。

 リオンが彼女の心配をするあまりに彼女の自立するタイミングを奪ってきたのだから、最近まで気付けなくても仕方ないのだが。


「ま、とにかく出たとこ勝負だ。無理なら戻る。行けるなら進む。それだけだ」


 ブレイドは「処置なしだな」といった顔をして首を振った。

 これ以上、心配しても無駄だと悟ったのかもしれない。


「わかった。行って来い……死ぬなよ」

「当然だ」

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