第七話 医務室にて
「いやー、すまねぇすまねぇ。熱くなると見えなくなってよ!」
「それは【戦場】において致命的なんじゃないか?」
「魔獣相手なら熱くならねぇよ! やっぱ人間相手の立ち合いは違うぜ!」
そんなもんなのだろうか、とリオンは肩を竦めた。
リオンとしては強敵であれば誰だっていいのだが。ただその強さのハードルが、吸血をしてから上がってしまったということが問題なのであって。
医務室のベッドの上。
目覚めたダインは起き抜けにリオンに向けて頭を下げたのだ。
周囲の怪我人が驚いてしまったが、声の主がダインであることに気付くと納得して各々休み始める。
ここ【戦場】において、ダインの存在は既に大きいものであるようだった。
「んで。言うまでもないが合格だ! 話を通しておくぜ!」
「すまない。恩に着る」
「よせよせ! 頭なんか下げんじゃねぇよ! 言っただろ? オレより強ぇなら【戦場】に行ってもらった方がいいって」
ふと快活なダインの声が途切れた。
リオンが顔を上げると、ダインは神妙な面持ちをしている。
「だがよ。アンタ、何の目的で【戦場】に行くんだい? あそこに行くのは、各国の兵士や騎士みたいに世界を少しでも救いたいと願う善人のバカか、オレみたいに自分の力を試したくてしょうがないバカか、罪を軽くしてもらおうと死ぬまで戦い続けるバカしかいねぇぜ?」
最後の選択肢に、リオンは記憶を遡る。
そういえば、ハルトをいじめていた金髪ヘルメットのヘルガの処分が【戦場】送りだと聞いた。
表向きは英雄として送ることで王族の名を汚さぬようにした処置であり、ヘルガ自身は既に処刑されている。
そして、そのことからもわかるように【戦場】とは過酷そのものを指しているのであり、そもそもは本当に罪人を送る場所でもあるのだろう。
恐らく、年数か、魔獣を倒した数か。どちらかを満たせば恩赦が与えられるのだと思われる。
しかしダインの言い方だと、その恩赦が与えられた者は存在しなさそうだった。文字通り、死ぬまで戦い続けるしかなくなるのだろう。
ともあれ。
リオンがダインの質問に答えるのなら、答えはひとつしかない。
「世界の果てを見たいからだ」
一瞬、医務室に静寂が落ちる。
「……わかった。アンタは嘘を言ってねぇようだな」
ダインはリオンの瞳をまっすぐ見てから頷く。
その表情は神妙なままだ。
「なら教えておくぜ。オレたち人間は【戦場】の半分までも到達できちゃいねぇ」
「ブレイドをもってしても、か?」
ふとダインは首を傾げたが、すぐさま納得したように微笑む。
「アンタ、ブレイドさんとも知り合いなのか。や、そりゃあの強さなら当然だな」
逆立った髪を撫でつけ、ダインは誤魔化さずにハッキリ口にする。
「そうだ。ブレイドさんだろうが、あの伝説のクランさんであろうが、そこまでしかいけなかった。帰りの体力を考えれば、それも当たり前だ。誰が【戦場】のど真ん中で休憩できるってんだ?」
ダインは続けて大きくため息を吐く。
【戦場】を思い出しているのかもしれない。
「回復術士を連れて行こうにも、守れるだけの保証はねぇ。それは兵士が何千人集まっても同じだ。むしろ的が増える分、魔獣共が大量に群がってきやがる。進軍速度は落ち、更にそこへ追撃の魔獣だ。攻め入るには、現状じゃ手が足りねぇ」
「いくら兵士がいても無理なのか? 例えば、もし帝国と王国の兵士が全集結しても?」
リオンの質問にダインは力なく頷いた。
「【戦場】に至っては兵士の数よりも、個人の力の方が重視される。数が少なければ遠方の魔獣には気づかれねぇから、どうにもならないぐらいに包囲されることはねぇんだ。だが兵士は数に頼るしかない。となると、無尽蔵に湧き出す魔獣と、数が多くとも有限な兵士。どっちが有利か明白だろう?」
リオンは心の中で「それはそうだ」と納得する。
兵士だけでは勝ち抜けないが、数にも頼れない。
その事実があったからこそ、兵士達はダインに加わらず物見台で待機していたのだ。
防衛する為に備えて。
「だから兵士達は【戦場】に出ても、最低限の数だけ潰して後は守るのさ。それが最も消耗の少ない戦い方だからな。魔獣も過去に何度か攻めてきたことがあるが、全部撃退できてる。それで奴らもあそこの守りが堅いことを知ったんだろう。ビビって一気に攻めようとはしてこねぇんだ。ま、どっちかつうと、オレは魔獣にはそこまでの知恵もチームワークもねぇって思ってるがな」
魔獣はどこまでいっても動物の魂を元にした存在だ。
賢い動物は群れで狩りをすると言うが、とはいえ堅牢な壁を破る方法を思いつくだけの知性はないのだろう。
もしくはダインの言うように、それだけの戦力をまとめる存在がいないのか。
どちらにせよ、今の【戦場】は攻めきれず攻められずといった膠着状態なのだ。
そこをリオンはぶち破ろうとしているのだから、目立たないという方が無理なのかもしれない。
――いや。それは俺の願望であって、今の目的を達成する為には、捨ててもいい項目だ。
目立たないことよりも、人間を脅かす存在であろう【魔王】の討伐を優先する。
それがリオンの行動理念だと改めて固めた。
「そういや、アンタの隣にいたネェちゃんも戦えんのか? やけに弱そうだったが」
「ああ、いや。彼女は回復術士でね」
「ふーん……忠告ってのも変かもしれねぇが、一言だけ言っておく」
ダインは不意に声のトーンを落とす。
今までとは違う話なのだと直感で察する。
「アンタがどれだけ強かろうが、足手まといだけは連れて行くな。共倒れになる」
「それは」
リオンの反論をダインは掌で制した。
「待て。聞け。アンタはどんな強敵相手でも、あのネェちゃんを守れるのか? どんな奴が出てきても、攻めながら守ることができるのか?」
そう言われて、リオンは思わず考え込んだ。
もし、以前のような動きをするルーシーがレナを狙い、それと同時に魔獣も一気に雪崩込んできたら――。
リオンは平気だ。だがレナを完全に守り切れるのだろうか。
今のこれは以前までの、レナを庇護対象として見ていた時のリオンとは違う思考だ。
あくまでも、パーティーの一員として、回復術士を守りきれるのか。
思考の争点はそこだった。
「守りきれなかった時、アンタはショックを受けないのか? もし……いや当然受けるだろ。となれば連れて行かない方がいい。アンタまで崩れちまうってのはそういうことさ」
リオンは暗く沈み込んだ思考の中、シミュレートを繰り返す。
速度だけは同等に迫りつつあったルーシー。あれと一緒に魔獣を対処するには……。
――手が足りない。
そう結論を下した。
ルーシーを倒せても魔獣までは間に合わない。
魔獣を優先すれば、ルーシーを捌き切れない。
せめてレナが足止めとまではいかずとも、自分の身を一分――いや、数十秒でいいから完全に守ることができれば。
それだけで、リオンはレナを助けることができるだろう。
となれば、やはり必要なのは上級の【光属性】魔術だ。
王都で見かけた時、かなり高いと思った記憶があるが、手が出せない値段ではなかったはず。リオンはこれからの方針をそちらに定めた。
まず、レナの強化ありき。
話はそれからだ。
「そういえば、訊きたいんだが。どうして立ち合いであそこまで粘ったんだ?」
「あん?」
ダインが「なんのことだかわかんねぇ」と首を捻ったので、リオンは説明する。
ハンマーを落としても殴ってきたのはまだいい。
だがその後、腕が使えなくとも足で、足が使えなくとも歯で攻撃してきたことだ。
そのことを告げると、ダインは本気でわからないことを尋ねられた時のように呆けた顔を見せる。
「そんなの……当たり前だろ?」
「当たり前?」
ダインはこともなげに頷いた。
「手合わせだろうと戦いは戦いだ。そんなら使えるもんは全部使う。それが魔獣との戦いとなりゃ尚更だ。オレはテメェの獲物を失ったぐらいで諦めるほど育ちが良くねぇんでな」
王族の人間に育ちが良くないと言われてしまっては返す言葉もない。
肩を竦めるだけだ。
ふとダインの顔が曇る。
「なにより。死にたくねぇんだ。自分が何も残せずに死んじまうことがなによりも怖ぇ。だからオレは足掻くぜ。本当の最後の最後までな」
彼の瞳には、凄絶な決意が詰め込まれていた。
彼自身、どういった人生を送ってきたかはわからないが、王族には王族なりの苦悩があったのだろう。
「死にたくない……」
そういった感情をリオンは知っている。
この身体になってから抱いたことはないが、前世の記憶を遡ればすぐに思い当たった。
働いて働いて、何もせずに死んでいった人生。
その死の間際に、理性的な諦めと共にようやく抱いた感情だ。
何も残せなかったあの人生に意味はあったのだろうか。
不意に暗くなる思考を首を振って打ち払う。
――構わない。今の生で何事かを為せばいいだけだ。
ただ、そのダインの生き汚さのような執念に触れ、リオン自身が忘れかけていた命の価値を思い出した。
自分の命はどれほどの価値があるのか。
それは信念に基づいた行動を起こし、自分で決めるしかないのだ、と。
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