第六話 手合わせ試験
「そらっ!」
単純な横薙ぎの一撃。速度こそ大したことはないが、その一撃にどれだけの威力が秘められているのかは推して知るべしだ。
それをリオンは刀で受け止める。重たいと言えば重たいが、ルーシーが放った決死の一撃に比べればまだ軽い。それは武器の重量ではなく、覚悟の差だとリオンは理解した。
軽く手をひねって押し返す。
片手であしらうような動きだが、それだけでダインはハンマーを持って後退した。
ダインの目に剣呑な光が灯る。
どうやら今のは小手調べだったらしい。リオンもそれは同じ。
次からが本番ということだ。
「遠慮はいらねぇみたいだな」
「本気で来い。さもなくば……」
リオンは姿を消す。
その光景にダインは目を見開き、瞬間的に背後を振り返った。
【
後ろに回った瞬間、続く動きを無理やりキャンセルして別の行動へつなげる。
ダインの背後に現れたリオンは身体から上がる悲鳴を無視し、左手で鞘を構えた。
「殺してしまうかもしれん」
「ぐおぉぉぉ!?」
脅すつもりで言い放ち、無防備な横腹に鞘をぶち当てる。
ダインの身体は大きくのけぞったが、数歩たたらを踏んだのみで吹き飛びはしない。
すぐさま体勢を整える。
リオンにはそれが驚きだった。
――なるほど。魔獣の巣である【戦場】で戦えるわけだ。
膂力が本質なのではない。
ダインの強さを支えているのは、その強靭な体幹と脚力なのだろう。
ハンマーを振るう時は身体を支え、守る時は地面へと根を張るように姿勢を安定させる。
だからこそ、リオンの一撃を吹き飛ばずに堪えられたのだ。
強化魔術も施していないただの人間が。
「やるじゃねぇか! なら今度はこっちだ!!」
ダインは頭上へと跳び上がり、無骨にハンマーを振り下ろした。
リオンは落ちてくる金槌を一歩の動きで避け、隙だらけの横腹へ再度鞘を振るう。
「ッ!」
しかし寸前で気づき、その場から飛び退いた。
直後、振り下ろされたハンマーの衝撃で地面は割れ、大地が揺れ始める。
「う、うわわっ!?」
ハルトの悲鳴が聞こえた。広場の外周まで震動が伝わったのだろう。
リオンは着地し、今のような大技の隙を見逃さずに峰を振るった。
【
峰打ちで放ったことで手加減された斬撃が飛び、ダインの側面を狙う。
彼は振り下ろした姿勢から転がり、リオンの方へ距離を詰める。
追撃を狙っているらしい。
――武器を奪うか。
勝負を決める為、リオンはあえて隙を突かずに彼の動きを待った。
刀と鞘の持ち手を交換する。今は鞘の方がメイン武器になると思ったからだ。
数瞬の後、ダインは転がり起き、そのまま振り上げ攻撃で迫る。
リオンは動きを見切って躱し、ダインの無防備な手の甲へ鞘を打ち付けた。
ダインが振り上げ切るまでに、ざっと七発。
瞬間、打撃音が重なって響く。
「ガッ!?」
知覚されなかった痛みが、一気に襲ってきたのだろう。
ダインは振り上げたところでハンマーを放してしまい、大鎚が落ちた地面はものの見事にへこんでいた。
同時にリオンは勝ちを確信し、刀を収める。
手加減したわけではない。全力で戦意を奪うことに集中した結果だ。
「甘ぇ!!」
「なっ……!」
痺れているはずの拳を握り、ダインはリオンへ殴りかかってきた。
麻痺していてもその腕力は健在であり、空間を唸りながら拳が通り抜ける。リオンは驚きながらも上体のみでそれを躱す。
瞬間、左の拳が迫ってきた。
リオンはかつて拳で襲いかかってきた唯一の敵――鬼人族のスーラを思い出す。
同時に、ダインの戦意を更に削ぐ為、手首へと拳を打ち付けた。
拳を作りながらも、曲げた人差し指と中指を突出させて刺突力を高める。スーラにやったものと同じ対処だった。
しかしダインは痛みに顔を歪めながらも、拳を振るうのを止めない。
五発、六発と続く拳。速度こそ落ちているものの、その威力は痛み程度では衰えないらしかった。
――悪いが。
リオンはそれなら、と。先程よりも強く手首を打ち返した。
それも拳ではない。人差し指と中指を伸ばし、槍のように関節部をピンポイントで突いたのだ。
既にリオンの指は鉄と同じ強度を持っている。要するに鉄の鏃で突かれるのと同じ、いや速度がある為にそれ以上のダメージがダインを襲っていた。
本物の鏃との違いは、出血しないように加減しているということだけ。
「くそっ……!」
ダインはだらりと両腕を下げた。さすがに力が入らないのだろう。
出血こそしていないものの、ダインの両手首は真っ赤に染まっている。
それでもダインは戦いを放棄しない。
腕が使えぬのなら足でと思ったのか、リオンに向かって蹴り上げを放った。
「なるほど……!」
リオンは意図を察して大きく下がった。
ほぼ同時に、リオンのいた空間を横蹴りが放たれる。
土埃を貫く一撃だ。
さぞや重たいことだろう。
ダインは土を蹴り上げ、目隠しの為に土埃を巻き起こしたのだ。
ここまでして戦い続けるのが彼なりの執念なのだろう。
――なら今度は。
心の中で謝りながら、リオンはその足首へ鞘を放つ。
さすがに強靭な足腰であり、一度ではビクともせずにリオンへと反撃の蹴りを繰り出してきた。
だが蹴り技を学んできたわけでもないダインでは、その攻撃はハンマーに比べても緩慢に見えるほどでしかない。
リオンはひとつひとつを丁寧に捌き、右足のみを狙ってダメージを蓄積させていく。
「う、ぐっ……!」
やがてダインは崩れ、右膝を突いた。
何十発も打ち込まなくてはならなかったので、さすがの脚力だと評するが、どんなに強靭でも足首のみを執拗に狙われて平気なはずもない。
「さぁ、これで……」
「まだまだぁ!!」
リオンは思わず瞠目した。
ダインは左足のみで跳び上がり、リオンへ向かって口を開く。
噛みつきだ。それがダインの選んだ最終手段なのだろう。
驚愕しつつも、リオンはダインの身体を避け、その首筋へと手刀を放った。
「ッ……!」
声にならない悲鳴を残し、ダインは顔面から地に落ちる。
リオンは警戒を解かずにいたが、ダインは起き上がってこない。
どうやら気絶したらしかった。命に別状はないだろう。
リオンは手を挙げ、ハルトへ試合終了の合図を送った。
「兄様っ!」
ハルトが駆け寄り、レナも同じくしてダインに寄り添った。
「今、回復します! 《セイントヒール》!」
ダインの身体が光に包まれ、ダインの外傷が消えていく。
と言っても、目立った外傷は手首のものだけであり、その手首が元の肌色に戻っただけだ。足首は見えないが、恐らくそちらの怪我も消えているだろう。
それに、回復魔術をかけようとも意識の回復は自然に待つしかなく、消去法でリオンが担いで運ぶことになる。
とりあえず、軍の医務室へ通してくれるそうなのでそちらへ向かうことにした。
その道中、リオンはぼんやりと先程の光景を思い出す。
――ダインは、もしあそこで気絶していなかったら、どこまで戦闘を継続したのだろうか。
リオンはダインに、ルーシーとは違う戦いへの意地を見た。
殺気もなく、憎しみもない。
それでも戦いを続け、死に体でも向かってくる恐ろしさを、リオンは肌で感じ取っていた。
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