第五話 第三王子ダイン

 ブレイドに対し、以前よりも柔らかい感覚を覚えるリオン。

 本来なら、この共和国の右側――牧歌的な空気が似合う男なのかもしれないなと思わせるほどだ。


「ちょっと【戦場】に用があってな」


 リオンが放ったその言葉だけで、ブレイドはふっと顔を歪める。


「どうした?」

「いや……やはりな、と思ったまでだ。お前ほどの強さであれば【戦場】に興味を持つ可能性もあるだろう、と。それで……もしかして俺に推薦してもらおうと思ったのか?」

「そのとおりだ。お見通しだな」


「以前、ダインという王族の若者を推薦したことがあってな。あれは特例中の特例だが、前例ができてしまった以上、仕方ないだろう」

「ああ。そのことなんだが、実は……」


 リオンは王都で自分がハルトのトラウマ克服に関わったことを話し、それ故に第五王子であるハルトと繋がりがあると説明した。


 ブレイドは説明中はあまりリアクションを示さなかったが、話が終わると大きくため息を吐く。


「俺の村を助けた時は、お尋ね者で、実は王族を助けた後だったとはな」

「助けたなんて言うな。あれは……」


 リオンが続けようとすると、ブレイドが遮った。


「いいんだ。そりゃあ葛藤もしたが今は納得しているよ。……ああ、いや。推薦の前に、ちょっと聞いてくれ。とは言っても重苦しい話じゃない。現状の話だ」


 ブレイドが語るには、あの村から運び出した『生贄を当然だと受け入れて命の価値から目を背けた者』達は、ここで農業や服飾などを営んでいるという。

 

 そして時折、ブレイドが彼らをローテーションで【戦場】へ連れ出し、数を頼りに魔獣を倒す兵士がいかに脆いか教えるのだと言う。


 ダインやブレイドのように突出した強さを持たない兵士達は、強き魔獣に押しつぶされることもあり、惨たらしく死んでいくこともある。


 それを見て、村人達は目を背けたりもするが、ブレイドはその光景を見る度に「命の価値」と「命の意味」について語るのだと言う。


 命の価値など無に等しく、命の意味など存在しない。

 ここでは誰しも死の前にいて、強大な暴力は全てを塵芥へと帰す。


 生贄によって間接的に人を殺し、それを当然、もしくは光栄なことだと思っていた村人達へのショック療法でもあった。


 これほどの衝撃を与えないと、考え方を変えるには不十分だと考えたのだ。

 その説教の甲斐もあってか、近頃では徐々にだが村人達の考え方が変わってきたらしい。


 自分達のやってきたことの酷さと、他人の命を犠牲にしてでも生き延びる自分達の醜さを、反省と後悔の入り混じった感情で見つめるのだと。

 

 それを直視できない者は、未だブレイドとリオンを恨み続けているのだと言う。


 ちなみに兵士は共和国だけの騎士団ではなく、帝国と王国からも派遣されて来るという話だ。

 そうでなくては人類は人材不足で敗戦を余儀なくされるのは当然だろう。

 

 大陸ぐるみで【戦場】に対応しているのは、お偉方には周知の事実らしかった。


「だが、そんなことはどうでもいいんだ。必要なのは生贄にした人間達のことを考えて、これから自分に何ができるのか。それを考えることが、大事だと俺は思う」


 ブレイドは熱っぽく語り、最後にわざとらしく咳払いをした。


「いや、すまん。お前達にはもう関係のないことだな」

「そんなことはない。むしろブレイドにあの後のことを一任して、悪かったと思ってる」

「言うな。あの時だって俺がそれを飲み込んだから、お前の計画に乗ったんだ。気に病むことはない」


 金属質の掌がリオンの肩に乗る。

 リオンはそれを受けて、ブレイドに対して頷いた。


「っていうか、なんで鎧着ながら農作業してるんだ?」

「しばらく前線を離れていたからな。こうやって身体を鍛えているのだ」


 ああ、そういう意味だったのか。

 まさか農作業の効率になにか影響があるのかと変に勘ぐってしまった、とリオンは首を振る。


「さて。じゃあ冒険者ギルドに推薦は出しておく。だが、リオン。どうして【戦場】に行くんだ?」

「……お前もさっき言ってただろ。俺の強さなら【戦場】に興味を示すこともあるだろうって」


「可能性の話だ。しかし、お前はそういう――とにかく戦いたい、戦えるなら誰だっていい、というタイプじゃなかったと思い返してな。気になったのだ」


 自ら【戦場】に行く者はそういう扱いなのだろうか。

 確かにダインも武力第一という考えらしいし、そういう人間にだけ【戦場】に行けるような許可が下りるのだろう。


 受付嬢は権力者から認められるには色々と条件があるように言っていたけれど、魔獣が山ほどひしめく【戦場】に行き、毎日魔獣を掃討する立場になるのだ。


 元々、狂戦士の素質がある者にやって欲しいと思うのは普通だろう。

 考えながら、リオンははぐらかすように肩を竦める。


「世界の果てを見たいだけだよ」

「ふむ……世界の果て、か。まあ海路が使えない以上、【戦場】を抜けるしかないが」


 ブレイドの呟きに、リオンの聴力が反応する。


「待て。そういえば海路が使えない、というのは初耳だな」


 今までの旅の工程で船旅を考えなかったので、リオンは初めて移動経路としての海を意識した。


「……本当か? いや、悪い。田舎の出だと言っていたな。海路が使えないというのは文字通りだ。この大陸は海に囲まれているが、船で水平線近くまで行くと、いつの間にか大陸に戻されてしまっているのだ。海流にしては方向転換をさっぱり察知できず、結局は何らかの自然現象か、膨大な世界掛かりの魔術という結論に至り、船乗りの間では今でもしばしば論争が起きる議題だな」


「それでも船乗りはいるんだな」

「近海は魚が摂れるんだ。もちろん、どれも魔獣だから腕が立たないと難しいがね」


 どういう状況なのだろうか。

 トビウオとかが顔面目掛けて飛んでくる図は、あまり愉快なものではなさそうに感じる。


 それにリオンは元々魚より肉派だったので、漁獲に関してはあまり興味がなかった。

 雑談もそこそこにブレイドの下を辞す。


 さて、とリオンは思考を切り替え、再度【戦場】に戻ることにするのだった。




 


「よぉ。アンタがハルトの先生とやらか」

「ええ。私はリオンと申します」

「かたっ苦しいのは無しにしようや。タメでいいぜ。身分なんてコイツの前じゃ意味がねぇからな」


 リオンを待っていたようにダインとハルトは壁の前で佇んでいた。

 ダインはハンマーを軽々と掲げ、くるくると回してから肩に担ぐ。


 場所は第一の壁の手前。

 開けた広場だ。

 

 街と壁の距離を少しでも離そうとして確保されているのだろう。

 それ故に、魔獣も発生しない丁度いい広場になっていた。


「それで? アンタがオレに勝てば【戦場】への口利きをしろって話だろ?」

「乱暴な言い方なら、そうだ。ハルトがアンタに勝てれば、きっと推薦をしてくれるだろうと」

「ま、間違っちゃいねぇよ。オレよりも強いのなら、むしろ【戦場】に行ってもらわなきゃ困る」


 ダインは逆立てている髪を撫で付けた。

 

 天を突くような金髪はいつか見た漫画のキャラクターを思い出させ、否応なく両手からビームが出そうだなと思わせる。

 筋肉も隆々としており、軽装の装備もそれに拍車をかけた。


 リオンはそんな考えを打ち払い、ダインとの会話に専念しようと口を開く。


「人手不足か?」

「そんなとこだ。ま、【戦場】は万年ギリギリなんだけどよ」


 ダインは担いだハンマーを両手で構える。

 鋭く青い瞳に闘志が宿った。


「さっさと始めようぜ。座談会でもしに来たわけじゃねぇんだろ?」

「……そうだな」


 リオンは刀を抜く。相手は見るからに戦闘狂といった風貌だ。

 それに【戦場】に自分から申し出て来るというのも、戦闘好きであることを裏付けている。


 であれば手加減を最も嫌うだろうということは容易に想像できた。

 峰打ちこそ忘れはしないが、あからさまに手を抜けば認められない可能性もある。


 それ故に、リオンはいつも以上に神経を張り詰めていた。

 傍から見ているレナがどこか不安そうな顔を浮かべるぐらいに。


 ダインと視線を交錯させる。互いに合図はない。

 だが、二人はほぼ同時に動いた。

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