第四話 参戦の条件
痺れを切らしたのか、ハンマーを担ぐダインに向かって眼前の獅子が飛び掛かった。
彼はひらりと躱し、すれ違いざまに横っ面を殴り抜いく。
その動きに触発されたのか、一斉に他の魔獣が襲いかかるものの、ある一撃は弾き返し、ある一撃は最小限の動きで回避する。熟練の動きだった。
年齢にして三十はいってないだろうに、見ただけで達人の腕前なのがわかる。
ブレイドやクランといった面々とはまた違った才能の持ち主なのだろう。
囲まれていたはずなのに、内側から包囲を崩し、最後の一匹も脳天をかち割って打ち倒した。
その姿に気負いはなく、あれが平常運転なのだと思わせる。
「まだ先に行くのか?」
見ているとダインは散歩でもするような気軽さで【戦場】の奥へと向かう。
地平線まで見える広大な土地の向こうには、まだまだ魔獣の群れが見えた。
【魔獣の領域】とは違って隠れる場所もない上に、そもそも魔獣の量も質も違う。
こちらが【戦場】と呼ばれる所以を垣間見ている気がした。
「はい。規定以上倒さなくては、ここまで来てしまいますから」
淡々と語るハルトだが、視線はダインから動いていない。
いくら強くとも、親しい肉親は心配なのだろう。
だが、リオンはそもそも【戦場】のシステムを理解できていないことに気付く。
「ということは、魔獣の総数は減っていないのか?」
「そうですね。むしろ一定数まではどうやっても自然に復活してしまうので、それ以上増えないように狩っているというのが正しい言い方でしょうか」
通りで【戦場】なわけだ。そのシステムが解明されるまで、誰かが永遠に戦い続けなくてはならない。
いい名前を付けもんだな、と皮肉混じりで思う。
【魔獣の領域】は物知り大木のトゥーレが言うには「負の感情が集まっているから」らしいのだが。こっちはどういう理屈なのだろうか。
恐らく人間はまだ知り得ていないと思われる。
見下しているわけではなく、まだそこまで研究が進められていないのだ。
「【魔王】が復活した、とか。そういう話ではないのか?」
リオンが一気に核心へ踏み込んだが、ハルトは微笑んで流す。
「そんなわけないですよ! だって【魔王】は数百年前に【勇者】に倒されましたから」
なるほど。ハルトが言うのなら間違いなさそうだ。
王族という立場で情報を集めることができ、リオンを先生と仰ぐ素直な少年なのだから、その言葉に嘘はないだろう。
「昔はこの先に【魔王】の根城があったらしいです。ですので、ここが【戦場】になったのは、その【魔王】の死後の呪いだと言う者もいますね」
そういう説もあるか、とリオンは不思議と納得した。
であれば、【魔獣の領域】よりも強い魔獣が多くいる理由としても充分だ。
だが、そんなストレートな理由だろうかと疑うリオンもいる。
この世界の要素は、人間の想像や研究が及ぶ摂理外に構築されているのだ。
それをリオンはトゥーレやクライン、ロキから知り、また自身も中身は転生だが、身体は蘇生という形で動いている。
故に、まっすぐな答えは逆に怪しく見えてしまっていた。
「つまりはその呪いとやらが強力故に、ここは認められた者しか戦えないということだな」
「そうですね。当然、ボクもダイン兄様の付き添いという形でなければ、ここまで来れませんから」
王族の権力を持ってしても、か。
もちろん国が違うし、もし王族に何かあれば国際問題に発展するから慎重にならざるをえないのだろうが。
「もしダインが死んだら大問題じゃないのか?」
「いえ。【戦場】に出る者は、どんな者でもそこでの生死は自己責任です。誓約書も書かされますし」
ふむ。
つまりダインが来て、魔獣を掃討してくれる分には得しかないわけか。
もし死んでも自己責任だと協定でも結ばれているんだろう。
そうでもなければ紙切れ一枚の効力が国を渡って通じるわけがない。
「確かAランク冒険者が最低条件だったと思うが、ダインもAランク以上なのか?」
「いえ、その……ちょっとズルいかもしれませんけど、Sランク冒険者のブレイドさんとの一騎打ちで実力を認められたんです。もちろん、ダイン兄様でも彼には及びませんでしたが」
ブレイド、か。
自身も世話になり、また彼の故郷に干渉した過去がある。あくまでも救援ではなく干渉としているのは、リオンなりのケジメだ。
ブレイドがどう言おうとも、あれは助けたとは言わないだろう、とリオンの中では苦い経験でもあった。
人を殺さないという選択をする為に、村一つを物理的に潰したのだから。
だが、今は思い出に浸っている暇はない
「それじゃあ俺もブレイドに認められれば――いや、もしそうだとしても王族の許可が足りないのか」
「先生は今、どのランクなのですか?」
「Bだ。だからどちらも足りない」
急ぐ旅路ではないのだ。どれだけ時間を掛けても、最終的に【魔王】を倒せればそれで良い。
とはいえ、何年も掛けようと思うほど楽観的ではなかった。
人間達は知らないが、【魔王】が復活しているのなら、いつ攻勢を仕掛けてきてもおかしくないのだから。
クラインは復活して百年は経つと言っていたが、それも怪しいものだ。
時間感覚に疎くなっていることは彼自身が証言しているわけなのだから。
「まずはブレイド。次に権力者だな」
リオンは方針を固める。ブレイドの推薦さえあれば、どうにかAランクの壁は突破できそうだった。
明確な基準が示されていない、冒険者ギルドのランクシステムを真面目に上げるつもりはない。
「……王族の許可なら、すぐに取れると思います」
「どうしてだ?」
神妙な顔をするハルト。
彼の視線は【戦場】の奥地にて魔獣共を薙ぎ払うダインに向けられた。
「立ち合いでダイン兄様に勝つことができれば、王家は先生の【戦場】入りを許可します。ダイン兄様は、そういう人ですから」
価値観の第一が強さなのだろう。
そういう人物の方がわかりやすくていい。
「わかった。彼の時間が空いた時にお願いするとしよう」
「えぇ。ボクから頼んでおきます」
地平線に重なるような遠い場所で、ダインはハンマーを振り回している。
どんな魔獣相手にも遅れは取らない様子だった。
「レナ。ひとまず、冒険者ギルドに戻るぞ」
「ブレイドさんに連絡を取るんだね」
リオンはこくりと頷く。
背後で聞いていただけのレナも、状況は把握できているらしかった。
「はいー。ブレイドさんなら、今も共和国にいらっしゃいますよー。確かー、身内の世話とかで長期間滞在しているって言ってましたからー」
冒険者ギルドにて受付嬢に訊いた所、あっさりとブレイドの居場所を知ることができた。
もしかしてギルドの調査を使用しなければいけないかと思って懐の心配をしていた二人だけに、この報告は嬉しい誤算だった。
「それでー。用がある者はこちらにー、って残されていたのでお教えしますねー」
Sランク冒険者のブレイドだ。
どこにいても国の重要人物などからクエストが舞い込んだりするのかもしれない。
そのために所在を明らかにしておく必要があるのだろう。
彼の寝首を掻こうというバカがいるとは思えないし、なによりそんなことができるとも思えない。
リオンは一度下したとはいえ、刃を交わしたことでブレイドの実力を高く買っている。
Sランクの肩書は伊達ではないのだ。
馬車を使い、共和国の入り口付近まで戻る。
どうやらこの辺りの広大な農地にて、何かをしているらしいのだがイマイチ要領を得なかった。
周辺を馬車で走ってもらい、レナと左右で手分けして探してみると、
「リオン。あの人じゃない?」
どうやらそちら側にそれらしき人物がいたらしい。
リオンはレナの指差す方向へ視線を向ける。
すると、すぐにブレイドだとわかる人物が佇んでいた。
彼は田畑の真ん中に立ち、なぜか全身鎧を着たまま鍬で耕している。
一体、何をしているのだろうか。
二人は馬車から降りて近づいてみた。
「ブレイド?」
声を掛けると、彼はようやくこちらに気付いたように顔を上げ、ふと相好を崩した。
「リオン! それにレナさんか! こっちに来てたんだな!」
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