第二話 伝達魔術という名の電話

 王都において、第五王子のドタバタを解決させたことを思い出す。

 そういえばそんなこともあったな、ぐらいの感覚である。もうあの時の少年の名前も思い出せないほどだ。


「自分から売った恩について言い出すのは難しいかもしれないけど、この場合は……」

「いや、待て。確か、あの後……俺達が神官ギルドから手配されてるのを、切ってくれたんじゃなかったか?」

「あ……」


 レナも思い出したようだ。

 俺達がそもそも王都から逃げるように出ていったのは神官ギルドに追われたから、である。


 当時の腐った神官ギルドにおいて、レナは私利私欲の為に【聖女】だと祀り上げられてしまい、俺がそれを助けたら【聖女】の誘拐だと手配されてしまった。


 その後、王国騎士団をあしらったりもしたが、あくまでも誤解だったとわかり、しかも神官ギルドが腐っていたので、最終的に王国は神官ギルドを接収したわけで。


 で。その際、冒険者ギルドは【聖女】と誘拐犯の素性を王国へ伝達している。

 それによって内部調査もすんなり進めてくれたらしい。


 恐らくだがそれほどスムーズに調査から接収までが行われたのは、リオンがあの王子の稽古をつけ、なんか金髪ヘルメットみたいな髪型をしていた男の罪を暴いたからだ。

 その返礼の一部として、白金金貨のみならず、あのような便宜を図ってくれたのだろう。


 となると。王国へ売った恩は既に返されてるとも言える。

 手配が一週間程度で切れたというのは、やはり王国による直接の働きかけがあったからだろう。


 いやそもそもは神官ギルドが悪いのだが。


「王族の方に伝手があるんでしたらー、王都の冒険者ギルドに掛け合ってみましょうかー?」


 受付嬢は相変わらず自分のペースを崩さない。


 リオンはそれでどうにかなるとは思っていなかったが、現状どうにもならないのは確かだと思い、お願いすることにした。


「はーい。では少々お待ち下さーい」


 リオンとレナは壁際に並ぶ椅子に腰掛けて待つことにした。


 そういえば冒険者ギルドには『伝達魔術』なる企業秘密の魔術があったな、と思い出す。


 馬車で数日掛かる距離も、それがあればどうにかなるのだろう。

 要するに、前世における電話のようなものだろうとリオンはあたりをつけていた。


 しかし、十分ほど経っても受付嬢は戻ってこない。

 リオンの想像通りなら、すぐに繋がってもおかしくはないのだが。


「あー、お二人ともー。ちょっとこちらへー」


 受付嬢が奥から声を響かせた。

 カウンターの奥なのだが、そっちに行ってもいいのだろうか。


 二人して顔を見合わせたが、呼ばれている以上行くしかない。

 カウンターを迂回して、奥の部屋へと入っていく。


 そこは事務室のような場所で木製テーブルや棚が所狭しと並び、書類で溢れかえっていた。

 冒険者の少ない共和国とはいえ、Eランクの仕事はそこそこあるわけで、それに付随する書類なのだろうなと思う。


 どうやら受付嬢の声は更に奥から発せられたらしく、リオンは戸惑いながらも最奥にあるドアを開いた。


 そこは四角い四畳半ほどの狭い部屋で、なにやら足元には難解な魔法陣が施されている。

 受付嬢はその中心で耳に手を当てながら振り向いた。


「あ、来ましたねー。じゃあ代わりまーす」

「代わる?」

「はいー。ここに立って、耳に手を当ててくださーい」


 リオンは言われた通りに部屋の中央へ行き、右耳に手を当てた。


『あ、あー。聞こえますかー? あれ、もう代わった?』


 頭の中に直接、王都の受付嬢の声が響く。

 なるほど。これは完全に電話だ、とリオンは納得した。


「こちらリオンです。お久しぶりですね」

『ああ! リオンさん! 無事つながってよかった!』

「これが以前、言っていた【伝達魔術】というやつですか」

『そうなんですよ! って言っても、本当はギルド員以外に使用しちゃいけないんですけど。まあ共和国なら他に人もいないからいいでしょう!』


 要するに口外はするなよ、とのことらしい。


 国家間の移動に馬車で数日掛かるのが当たり前の世界だ。

 十分ほどで連絡が取れる魔術は、冒険者ギルドの特権として秘匿しておきたいのだろう。


 足元の魔法陣を見るに思っていた以上に大掛かりな魔術のようだし、簡単に真似できるとも思えないが。


『用件に入る前にひとつだけ。リオンさん、スタンピードの報酬受け取ってませんよね?』

「ああ、そういえば……」


 帝都に戻った時は騎士団に囲まれてたし、その後クランと色々あって、更にレナとも色々あって。そんなゴタゴタの中だったから報酬を貰ってなかった気がする。


『やっぱり。じゃあとりあえずこちらで処理しておきますので、認識票に入金しておきますね』

「ありがとうございます」


 相手が見えなくとも自然と頭を下げた。

 電話応対の癖が染み付いている。


『それで、どうしました? そっちの受付に聞いても、イマイチ要領を得なくて』

「実は……」


 リオンは事情を説明する。


 【戦場】に行きたいこと。

 それには冒険者ランクはともかく、権力者の推薦が必要であること。

 その為、王都の王族に連絡がつかないか確かめたいこと。


 などだ。


 受付嬢は通話先で唸った後、


『今、調べたんですけど。どうやらハルト王子が、まさにその【戦場】にいるらしいですよ?』


 ハルト、と聞いてさすがのリオンも思い出す。

 未熟ながらも自分が指導した第五王子。当初は剣を持つこともできなかったが、自分の中で覚悟が決まることで剣を振れるようになったのだ。


 だがそのせいで疑問は増える。


「なぜハルトが【戦場】に?」


 いくら剣を持てるようになったとはいえ、たかが一月や二月そこらでそこまで強くなれるはずもない。


『えっとですね。第三王子が力試しに行っていまして、その付き添いというか、ある意味視察というか』

「王子が、【戦場】に力試し……?」


 色々と繋がらない。

 以前、処刑のことを遠回しに【戦場送り】だと表現していたが、その流れだろうか。


 リオンが疑問に思っていると、受付嬢が補足してくれた。


『えぇ。第三王子はかなりの武闘派でして。以前、リオンさんがクエストをこなしていた時に、王城にいなかったのは武者修行の旅をしていたからとか』


 第一王子は国を継ぐための勉強で忙しいだろうから、暇を明かした第二、第三が特殊な道に逸れていくのだろう。

 まあ金髪ヘルメットの髪型をしていた第二王子はだいぶ腐ってしまっていたが。


「それで。ハルト王子に頼めば【戦場】に行ける、と?」

『確証はありませんが、抜け道ならそこでしょうね。【戦場】で戦うことは許されないと思いますが、様子見ぐらいはできると思います』


 そもそもAランク冒険者じゃないしな、とリオンは半ば諦めて聞いていた。


 抜け道と言っても、王族の権力で全てどうにかできるわけではないだろう。

 ここは共和国だし、なにより【戦場】に関しては厳重に管理されているらしかった。


『でもリオンさん。なぜまた【戦場】に? 普通の冒険者なら近づきたくもない場所ですよ。そもそも共和国周辺って冒険者にとっては旨味がないですし』

「……田舎の出なんでね。世界を見て回りたいんですよ」

『うーん。こっちとしては、実力者には王国や帝国の難しいクエストをクリアして欲しいのですが……無理強いはできませんからね』


 王都受付嬢の苦笑が脳裏に浮かぶ。

 リオンはそれに対して悪いと思いながらも、魔王について訊こうかと考えがよぎった。


「……そうですよね。いや、ありがとうございました。助かりました」


 だが、止めておいた。

 どこまでの人間が魔王復活を知っているのかわからないし、リオンがどうやってその知識を得たのかということを気に掛けられたらマズイ。


 それに大昔に討伐された魔王の話をした時点で、おかしいやつだと認識されるだろう。

 そうなれば今までのように情報を融通してくれなくなるかもしれない。


『はい。またお願いしますね!』


 快活な王都受付嬢の声を最後に、脳内への声が止まった。どうやら通話終了らしい。

 リオンは振り向いて、共和国の受付嬢に軽く頭を下げた。


「ありがとうございました。助かりました」

「いえいえー。お役に立ててなによりですー」


 その後、リオンとレナは受付嬢から【戦場】の方向を聞き、冒険者ギルドを出た。

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