第七章

第一話 いざ共和国

 馬車に揺られること数日。

 リオンとレナは共和国の入り口まで何事もなく到達していた。


 見た目は王都や帝都と違って空を見上げるほどの大きな壁や門は存在せず、せいぜい二メートル程度の塀があり、門が解放されている。


 恐らく王都や帝都に比べて、魔獣の襲撃があまりないのだろう。その証拠にこの数日、馬車移動中ですら魔獣の影を見かけなかった。


 ――魔王領に近づいているというのに、他の二つの都市に比べてどこか牧歌的だ。


 馬車を降りようとするが、どうやらこのまま首都まで行けるらしい。


 二人は馬車に乗ったまま共和国に足を踏み入れる。王都と同じで、特に身分の確認などなく入ることができた。立哨中の兵士達もどこか暇そうにしている。


 王都のような整然さや、帝都のような物々しさはなく、入り口は至って普通の街といった感じだ。

 土の道が続き、周囲には木造の建物が点在している。進んでいる道は大通りというほどでもないが、入り口から真っ直ぐ進めているので恐らくはメインストリートなのだろう。


 リオンとレナは馬車の中から周囲を見回す。だが今までの二つの都市に比べても、平和な空気が漂っていた。


 それになにより、他の国に比べて農地が目立つ。何かを栽培している土地が多く、それによって建物や人口が更に少なく見えるのだ。


「……本当に魔王がいるのか?」

「全然そんな感じしないよね……」


 二人共、狐につままれたような雰囲気で国内を進んでいく。

 一時間ほど馬車に揺られ、御者が言うにはもうすぐ首都らしい。


 リオンは共和国の大きさからして、馬車で進んだにしても早すぎると考えた。


 首都なのだから国の中心付近に存在するはずなのだが、クラインのところで見た地図から推測すると、共和国自体を馬車で横断するのに数時間かかってもおかしくない。

 となれば、その半分だとしても二時間近くはかかると思っていたのだが。


 そんなリオンの計算をよそに、馬車は首都へと入っていった。

 とはいえ、首都だから別段発展しているというわけでもなく、今までよりも建物の密集率が上がったくらいである。


 とりあえず首都の中心である広場で下ろしてもらう。だがここも足場は土で、建物は木造だ。

 今まで都心部と言えば、石畳やら石造りの建物やらが占めていたので、この辺りにも驚いてしまう。


 ――本当に戦場があるのか?


 リオンの心にも疑惑が宿り、とりあえず冒険者ギルドに向かうことにした。


 だが冒険者ギルドすら明らかに規模が小さい。

 他の二つの都に比べると、一回りも二回りも小さくされていると感じた。


「なんだ? 事業縮小か?」


 思わずリオンが呟いてしまうほどだ。

 どう見ても辺境の街にあるような大きさなので無理もない。


 ひとまず中に入ってみると、他の場所なら併設されている談笑スペースすらない。

 依頼書が貼ってある壁と、それを受け付けるカウンターがあるだけの簡素な場所だ。まるで役所みたいだなとリオンは前世の記憶を思い出す。


 なにはともあれ、受付嬢に話しかけてみることにする。

 他に冒険者の姿はないし、今なら長話しても咎められることはないだろう。


「すみませんが……ここは冒険者ギルドでいいんですよね?」

「はい。あ、新規登録の方ですか? 珍しいですね、共和国からなんて。でも王国からスタートするのがオススメですよー」

「いや、既に冒険者ではあるんですけど……ん? 珍しいとは? それに王国がオススメって、一体?」

「あー、事情をご存知ないようですねー。帝国や王国ではあまり共和国の話題が出ないでしょうから、ご説明しますねー」


 やけに間延びした話し方をする受付嬢だった。

 その性格がどこかゆったりとした雰囲気を持つこの国と合うのかも知れない。


「共和国は、東側――あなた方が入国された方角に魔獣がほとんど出ませーん。その代わり、西側には多くの強力な魔獣が出てしまうんですよー。ですから、初心者さんなら王国がオススメということでー、共和国から始めようとする方には王都へ行くことを推奨してますー」


 そういえば、帝都はそもそも冒険者になっていないと入国できなかった。

 故に経験を積むのに適さない共和国と比べると、初心者は王都一択になるということか。


 馬車の道中でも、共和国が近づくにつれて野営地である勇者の像が極端に減っていたことを思い出す。

 あれは何らかの理由で建てられなかったのではなく、危険がかなり少ない以上、安全域を確保する意味がないということだったのだろう。


「ですのでー、張り出されている依頼はほとんどEランクのものでしたー。ほとんどが冒険者を生業にする人というよりも、小遣い稼ぎ程度に時間のある住人の方がやっていく感じですねー」


 Eランクの依頼というのは、街中でできる小間使い程度のものだ。


 共和国からでも冒険者に登録はできる。

 本格的に冒険者になろうというのでもなければ、適当に登録しておいてバイトやパート感覚でこなしていく。そういう方向性の国なのだろう。


 しかしリオンは首を傾げる。


「? 待ってください。なら西側――【戦場】に出るという強力な魔獣は誰が討伐するのですか? 国の兵士ですか?」


 しかしここまで物々しさを感じない国なのだ。

 兵士と言っても、どこで育成されているやら。


「……ちょっと冒険者ランク見せてもらっていいですか?」


 ふと受付嬢は真剣な表情を浮かべ、リオンとレナは認識票を見せた。

 何かを納得する受付嬢だったが、すぐに元のふにゃっとした顔に戻る。


「リオンさんはBランク。レナさんはDランクですかー。そうなると【戦場】の入り口で門前払いですねー」

「門前払い?」

「はいー。実は【戦場】には最低限Aランク以上の冒険者じゃないと入れないのですー。それ以下のランクで行っても、門番さんに追い返されるだけですよー」


 受付嬢が何を言いたいのかわからなかったが、リオンは言葉の裏を探ってみた。


「つまり……俺達では聞くだけ無駄だと?」

「いいえー。ですが、実入りのある話ではないかも知れないということを伝えたかっただけですー。実はですねー」


 周囲に誰もいないのに、受付嬢は声を潜める。


「【戦場】に行けるのは、Aランク以上かつ帝国か王国に実力を認められた冒険者だけなんですよ。それほどまでの保証がないと、生き残ることもできませんから」


 魔王がいるかどうかの話以前の問題だった。

 リオン達が向かおうとしていた場所は、それほどまで強力な魔獣が多く生息する地域になっているらしい。


 首都への道のりが短かったのも頷けた。国の西側を厚くすることによって防衛地域を広げ、いざという時に無辜の民が逃げる時間を稼ぐ為だと推測される。


 そして東側に農地が目立っていたのも、戦場への食料供給だと思われた。戦場で長い時間戦っているのだから、食料を自給できなければやっていけないのだろう。


「どうやったら国に認められるんですか?」

「それはー、色々ありますねー。ただやはり一番は国に多く貢献すること、でしょうかー。国を脅かす魔獣を倒すだとか、国家の要人を救うだとかー。どちらも狙ってできることではないですけれどー。そうでなければ長年の信頼と実績ですねー」


 受付嬢が言うように、どれも難しい話だった。それに長年と言っても、恐らく明確な基準はないのだろう。国家の認定なのだから十年単位の可能性すらある。


 リオンも腕を組んで悩んでしまった。

 このままでは【戦場】=【魔王領】に入ることもできない。

 

 かといって、これほどまで厳重に審査があるのでは、忍び込むことも難しいだろう。実際にどういった建物が西側との境界線に建っていて、どれほどの警備なのか今はまだわからないけども。


「あの、リオン」


 不意にレナが口を開いた。悩めるリオンがそちらへ目を向けると、彼女はきょとんとした顔を浮かべている。


「王都にいた時、王子様を助けてたよね?」

「……ああ!!」


 完全に忘れていた。

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