第六話 期待の新人吸血鬼!ジャスティス・ヒーハー様!
夜になり、リオンは村の中央で佇んでいた。静かな月夜。満月だけがリオンを照らしている。
予想外に肉が多く手に入ったこともあり、村の宿屋兼酒場では村人が宴会を開いている。
いや、開いてもらった。
――吸血鬼は、人に招かれなければ家に入れない。
村人が酒場に集中している状態なら、吸血鬼が狙うのは外にいるリオン一人だ。
風が騒ぎ出す。木々がざわめいて、嫌な空気が流れ出した。
それは吸血鬼に対してではない。もっと別の力が近付いて来ている予感をリオンは覚えていた。
しかしリオンは首を振って気持ちを切り替える。まずは目の前のことに対処しよう。
リオンは振り返り、森の中から現れた人物へ視線を向けた。
歩み寄るのは細身の男。男は人間を片手にそれぞれ掴み、軽々とぶら下げていた。
リオンにはその人間が既に死んでいることがわかった。
生命反応が感じられない。命の息吹が途絶えている。
男の外見はボサボサの白髪。青白い肌。伸びた牙。
服装は黒マントに貴族が着るような華美な装飾の施された衣服。見た目からしてリオンよりもよほど吸血鬼らしい格好だ。
その男は遺体を地面へと無造作に放り投げ、高らかに哄笑する。
「ヒャハハハハ! テメェ、間抜け面で俺様を見るんじゃねぇ! 俺様を誰だと思っていやがる! 期待の新人吸血鬼! ジャスティス・ヒーハー様だぞ!!」
目の前の吸血鬼はバカ丁寧に自己紹介を始めた。どうやら力に溺れているタイプのようだった。
しかも新人と名乗っている。どうやら自分が下級吸血鬼であることを隠そうともしていないらしい。
リオンの中にある吸血鬼の知識が告げている。コイツは雑魚だ。これは障害たり得ない。だが無視出来る存在ではなかった。
リオンは捨てられた遺体に目をやる。
「そいつらは、お前が殺したのか?」
「そうとも! 俺様は最強だからな! 人間なんて低俗な存在だったころにはこんな高揚感を味わったことがねぇ! 今ならなんでも出来る! 誰だって殺せる! なぁ、コイツらはひでぇ奴なんだよ。俺様の顔を見るだけで悲鳴を上げて逃げ出してよぉ。ひでぇだろ? だから俺様が正義の鉄槌を下してやったのさ! 人を見た目で判断しちゃいけませんってなぁ!! ヒャハハハハハ!! あ、俺様を吸血鬼にしてくれた奴は返り討ちにしてやったぜ! 俺様の方が、吸血鬼として優れていたってこったぁ!!」
リオンは目の前で演説らしき話し方をする吸血鬼に興味はなかった。
ただ知りたかったのは、コイツが人間を殺したのかどうかだけ。
――初めて、人間の死をこの目で見た。それも身勝手に、簡単に殺されて。
前世においてリオンは親族の死に目に会ったことはなかった。それ故、目の前の死はリオンの心に少なからず衝撃を与える。
その姿にレナが重なった。もし俺が守りきれなければ、レナもきっと簡単にああなってしまう。
あんなに優しい少女を、こんな低級の俗物に渡すわけにはいかない。
リオンの中には決意が生まれていた。
世話になったこの村を――レナを守りたいと。
その想いが、これほどまでに胸の内側に熱い炎を灯すのだと。
リオンは初めて知ったのだ。
過労死まで働いたと言っても、信念も強い想いも、ついぞ人生では持ったことがない。
しかし今、リオンの思考は吸血鬼を倒すことで満たされていた。
力を振るうために殺すのではない。
守るために力を振るうのだ。
「こないだマーク付けたやつも食べ頃だろうよ。ああ、でもあのポニーテールの女も良かったなぁ」
吸血鬼の言葉で、リオンの脳裏にハッキリとレナの顔が浮かんだ。
「少し黙れ」
「あ? お前、今なんつった? 俺様に向かって黙れって言ったのか!?」
吐き気がする。コイツが呼吸をして、生きているだけで胸糞悪い。
最初は確かに自分の力を試すだけだった。
――だが今は違う。俺はレナを守りたいと気付いたのだから。
心の底から湧いてくる激しい怒り。リオンは生まれて初めての感情を、その身に宿らせていた。
「だったらテメェが黙りやがれ! 一生なぁ!!」
吸血鬼が疾走する。この世界に来て、最も早い動き。
二十歩の距離を一息で詰める様は、まさに怪物そのもの。
その禍々しい手がリオンに届く。
直前。
『狐月斬』
昇る剣閃が夜空を切り裂くように煌いた。
一歩。
頂点から流星の如き輝きを以て振り下ろされる。
たったそれだけ。リオンはすれ違うように一歩動くだけで、吸血鬼を縦に両断した。
リオンにとっては初歩の剣技。だが吸血鬼にその動きを捉えることは出来なかった。
刀が鞘に収まり、同時に吸血鬼から多量の血液が噴出する。
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!! いてぇ! いてぇよ!! なんで! なんでだ! 俺様は最強のはずなのに!!」
二つに分かれそうになる頭を抑えながら、醜い断末魔を上げて地べたを転がる吸血鬼。
リオンはそれを冷たく見下ろしていた。
このまま苦しみ続けてもらうのも手だが。村が汚れるし、なにより五月蝿い。
仕方なしにトドメを刺そうと柄に再度手を掛ける。
――吸血鬼を確実に殺すには、心臓を杭で貫く。
実際には杭でなくともいい。要するに動けなくした上で、血液を送る心臓を潰して回復させなくするのだ。それだけ吸血鬼の肉体再生力が恐れられている証拠だった。
リオンが一歩近付いた時、その場へ急速に接近してくる存在を感知する。
なんだ、とそちらに目を向けると、その物体は森から飛び出して夜空に放物線を描く。
「死ね!!」
それは着地と同時に、転げ回る吸血鬼の心臓へ何かを打ち込んだ。
落ち着いて見てみると、それは槍であった。
「ガァァァアアアアアアア!!!」
肉体の限界が来たのか、吸血鬼が更に悲痛な叫び声を上げる。
それに同情するものは誰もいない。
空へと腕を伸ばし、痙攣する吸血鬼。
やがてその腕を地面へ投げ出して動かなくなり、肉体はボロボロと崩れていくのだった。
「灰は灰に。塵は塵に」
その人物は懐から何かを放り投げ、着弾と共に吸血鬼の肉体が燃え上がる。
普通の炎とは違う蒼炎。それは延焼することなく吸血鬼だけを焼き尽くし、後には真っ白な灰だけが残された。
その人物は灰を皮袋にかき集め、しっかりと口を閉じて腰に括り付ける。
その後、槍の穂先を下げながらこちらに振り向いた。
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