第五話 かわいい少女は旅に出たい

「えっ。これを一人で……?」


両手いっぱいに狼を抱えて戻ってきたリオンを見て、レナは驚いた。同時に多少の怯えが見えたものの、リオンはそれを死んだ狼に対するものだと判断する。


「解体するのか? 売るのか? それともこの村で食べるのか?」

「ああ、えっと……お肉が欲しい時はロイドさんが狩ってきてくれるので、ちょっと待っててください」


レナは村のとある家へと駆け出し、一人の中年男性を連れて戻ってきた。


「ははは! オメェがリオンか! ここまで大量だと清々しいほどだな!」


男性は豪放な見た目に違わず、豪快に笑った。日光を反射する綺麗な頭に、反対側の輪郭を覆う無精髭。半袖の先からはガッチリとして腕が覗いている。体格もよく、先程襲ってきた野盗よりも筋骨隆々としていてたくましい。


「もうロイドさん! あ、ロイドさんは鍛冶屋兼武具屋で、私の剣の師匠です」


剣の師匠。そう聞いてリオンはロイドを見分する。引き締まった肉体は確かに歴戦の戦士のようにも見える。


「鍛冶というか金物全般だ」


ロイドは肩を竦めて訂正する。リオンにはそれが厳密にどういう違いなのかはよくわからなかった。鍛冶屋は金物を直さないということだろうか。


「話は聞いてる。レナを助けてくれてありがとよ。それで早速だがこっちは血抜きをするぜ」


血抜きぐらいは聞いたことがあった。

殺した魚なんかに施す処置で、腐らせないようにする為だとか。

リオンはロイドに狼を預ける。何体も渡して大丈夫かと思ったが、ロイドの筋肉の前ではこの程度の重さは大したことないらしい。


「ならもっとあっても大丈夫か?」

「もっと!? オメェ、どれだけ狩ったんだ?」

「……たくさん、だな」


数を数えるのを忘れていた。ただ魔獣の住処付近で、死体がこれでもかというほどに散乱するぐらい狩っていたので、曖昧な形容しか出来ない。


「たくさんって……まあいい。とにかく持ってきてみろ!」


意気揚々とロイドが血抜きを始めたので、リオンもその言葉に従って狩場と村を往復した。

当初は驚き、喜んでいたロイドだったが、積み重ねられていく獲物の量が増える内にその顔色を変えていく。

極めつけは最後に運んできた熊の魔獣だった。


「おいおい! コイツを狩っちまったのか!?」

「え……なんかいけなかったのか?」


声を荒らげられると自分が間違ったことをしてしまったのかと反射的に思う。もしかして生態系に影響を及ぼすとかだろうか。その辺りのことは全く考えておらず、リオンは何も考えず検証していた自分を責める。


「コイツはこの森のボスだよ。Dランク冒険者辺りがパーティーで挑むのに丁度いい強さなんだが、コイツを一人で?」

「あ、ああ……」


ロイドとレナの驚愕に染まった眼差しを受け、リオンは後ろめたい気持ちを抱く。出る杭は打たれる。そんな言葉を思い出していた。

いや、自分は吸血鬼の王なんだから堂々としなくては。

咄嗟にそう自分を鼓舞するものの、精神面はなかなか変われない。


「となると兄ちゃん、Cか、もしかするとBランクの冒険者に匹敵するぜ。街に出たら冒険者になった方がいい」

「……覚えておく」


怒られるわけでないとわかり、リオンは落ち着きを取り戻す。

大丈夫だ。自分は強い。それだけなんだから、悪いことじゃないはずだ。


「それでこんなに狩って大丈夫だったか? 獲物が森からいなくなってしまうんじゃ……」

「あぁん? そんな話、聞いたことねぇなぁ。魔獣はいくらでも出てくるからよ」


この世界における魔獣という存在は無限湧きのようだ。生態系が崩れることはないらしい。

それはそれで疑問が残るが、そういうものなのだろうとリオンは納得することにした。


「しっかし、これだけの量となるとしばらくは肉に困らないな」

「干し肉にしておきますか?」

「大半はそうするしかねぇだろ。今日は大忙しだ!」

「なにか手伝った方がいいか?」


気合を入れるロイドにリオンは申し出る。だがロイドは大きくかぶりを振った。


「兄ちゃんは休んどけ! コイツは俺の仕事だ!」


楽しそうに狼達の血抜きや解体を行うロイド。

リオンはそれを見て自分の出る幕はないな、と村を見て回ることにした。

一度その辺りで身体を休めたい。


「待って下さい!」


村の中心。広場のように開けた場所まで来ると、背後からレナがリオンを追って走って来た。


「どうかしたか?」

「あの、訊きたいことがあって。リオンさんってお強いんですよね?」

「……そうみたいだな」


相対的な強さが未だに野盗と下級魔獣なのであまりわからないが、ロイドの驚きようからしてやはりそうなのだろう。


「お願いします! 少しでいいので、私に剣を教えてくれませんか?」


レナが頭を下げる。だがリオンは容易く頷けない。

リオンの獲物は刀だ。そしてレナが剣というには恐らく西洋剣だろう。となると教えられることはないと思うのだが。そもそも他人に師事出来るような知識の蓄えは今のリオンにはない。


「あ、技術的な部分じゃなくて、剣を振る全体のバランスというか、武器を使う心構えというか」


彼女の言い分はどこかハッキリしなかった。


「ロイドに教わってるんだろ?」

「そうなんですけど。ロイドさん『お前には才能がねぇ』ってよく言うんですよ。これでも頑張ってるのに」


頬を膨らませるレナ。リオンはレナの年齢相応な所作を初めて見た気がした。

どこか安心する。


「わかった。何がアドバイス出来るかはわからないが、とにかく見てみよう」

「あ、ありがとうございます!」


満面の笑みでそう言うと、レナは自宅から木剣を持ってきた。それも二本。


「俺もやるのか?」

「大丈夫です。リオンさんは受けてくれるだけでいいので」


それなら、とリオンは適当に剣を構える。剣の構え方はよくわからな過ぎて、時代劇の侍がやるような中段の構えを取ってしまっていた。これで本当にいいのだろうか。


「いきます!」


そんなリオンの不安に気付くはずもなく、レナは自然と正面で剣を構えた。

なるほどと納得する。どうやら自分は腰を落としすぎているようだった。

だがそんな構えの修正をしている内に、レナが勢いよく打ち込んできた。


――遅いな。


リオンの目には剣筋がハッキリと見えた。レナが剣を動かした瞬間から、振り終わりまでじっくりと、だ。

剣で受けるものの、カンッという軽い音が響くだけで、リオンの手には衝撃らしい衝撃もない。


レナが人間でも弱い部類に入るのか。それとも自分が強すぎるのか。

リオンはどっちもだろうなと考えていた。


レナはどう見ても戦闘が出来るタイプじゃない。筋力もなさそうだし、へっぴり腰で剣を振るう姿は笑いものになりそうだ。

そしてロイドが驚いたように、リオンにはこの森のボスを単独で倒せる力がある。


となれば、


「あっ!」


リオンが軽く剣を傾けるだけでレナの手から木剣が飛んでいってしまった。

彼女はがっくりと肩を落とす。


「……ありがとうございました」


どう見ても納得していない顔である。リオンとしてはここで自信をつけられて、こんな技量で森に入られた方が不安だ。

なのでハッキリと告げることにした。素人目にしても気付いたことが多すぎる。


「まず腰が入ってない。そのせいで剣に振り回されている。次に腕力がない。剣を振っているのではなく、剣に振り回されている状態に近い。さらに脚力もない。それによって踏ん張ることが出来ず、剣を一度振っただけでバランスを崩している。そして――」

「あ、あの! も、もうそこまでで大丈夫です……」


レナの落ち込んだ顔を見て、リオンは「しまった」と内心でつぶやく。あまりにも遠慮なく言い過ぎただろうか。

だがこの身体で感じたことを言わないことには、剣の稽古を請け負った身として無責任だろう。


「そういう細かいことを全部引っくるめて、ロイドさんは『才能がない』って言ってたんですね」

「多分な」


レナは大きくため息を吐いた。なんだか重苦しい空気がのしかかってくる。


「私、外に出なきゃいけないのに、こんなんじゃ一生無理なのかな……」


リオンに話しているというより、独り言のように呟いた。リオンの聴力はそれを容易に拾う。


「外に出る必要があるのか?」

「あっ、聞こえてました!? 実はそうなんです。私の、夢の為に」

「夢?」


長くなる話なのかレナは近くにある切り株をリオンに勧めてきた。日頃から休憩用として使われているのだろう。リオンが座り、隣にレナが腰掛ける。


「私、幼い頃に旅の回復術士の方に助けられたことがあったんです。その方は回復術だけじゃなくて、医学や薬学にも精通してたみたいで、私の病気をすぐに見抜いて治してくれたんです。まあ原因は取ってきたキノコに紛れ込んでいた毒キノコだったんですけど」


彼女は微笑む。リオンは茶化さずに話を聞くことにした。

怪我は回復術。病気なら医学か薬学、それか神官が治せるんだったな、と脳内で整理する。


「それで、私もいつか誰かを助けたいなぁって思って。今も医学と薬学を勉強してるんです。回復術は素質がないと思うし、そもそも魔術を習うお金もありませんから。でも旅をするにはそれなりに強くなければならないし、この調子だと……」


リオンはレナが村人の看病をしていたことを思い出す。つまりあれは自分から率先してやっていたことなのか。

誰かを助けたい、という目的を持っているからこその彼女の献身。


そんな悩める彼女には悪いが、リオンは今の話で気になることを質問することにした。


「回復術の素質がないとどういうことだ?」

「あっ、えっとリオンさんは【剣士】ですもんね。基本的なことから話させてもらうと、魔術というのはそもそも素質がないと使えません。身体に流れる魔力の有無は生まれつきですから。でも私、両親共に魔力がなくて、だから私も無理なんじゃないかな、と」


リオンは頷いて次の質問を投げる。


「魔術を習うには金が必要なのか?」

「そうですね。方法としては魔術学校に通う。魔術ギルドに所属する。魔導書を読む。師匠を見つけて師事する、なんかがありますけど。学校は学費が高いし、ギルドも年会費が高いし、魔導書は高い上に独力で覚えるのは難しいって聞きますし、この村で師匠なんて見つかるはずもなくて」


レナは小さくため息を吐いた。それでも消えない微笑みには、諦めが浮かんでいるように見える。

金、か。俗なようだが、どの世界でも大切なものだ。


つまり環境のせいでレナは魔術を諦めているということか。

魔術、魔術ねぇ。

もしかしてクラインなら何か知っているかもしれないな。


優男風のリオンの親友。目覚めたばかりで情報の整理が追いつかなかったが、クラインはリオンが開けた大穴を一瞬で埋めたことがあった。あれも魔術だったのだろう。となれば今の俺よりは魔術に詳しいはずだ。


「師匠になるかどうかはわからないが、魔術を使う知り合いがいる。紹介しようか?」

「えっ!? いいんですか!? って、なんだかリオンさんに頼りっぱなしで悪いですよ」

「そんなことはない。俺は世間知らずだから、色々と教えてくれると助かる」

「……そうですか? 私ぐらいの知識でお役に立てるのなら、喜んで!」


レナは笑顔を咲かせ、リオンは目を細める。


彼女のひまわりのような笑顔は、前世で荒んだままのリオンの心を徐々に癒やしていくのだった。

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