第七話 吸血鬼ハンター

リオンは吸血鬼にトドメを刺した人物の顔を見る。それは女性だった。


腰まで届こうかという月夜に煌めく金砂の髪。強い意志が込められた紺碧の瞳。細く高い鼻筋。薄い唇。均整の取れた顔立ち。

機動力を主軸にしているのか、服装は非常に軽装だ。半袖、半ズボンという緑を基調にした服。ただサイズがピッタリなのか、大きめの胸部が強調されているようで、リオンは自然とそこから目を逸らした。


耳が尖っていないが、もし尖っていたらリオンはこの女性のことをエルフだと思ったに違いない。


「君は……いや、俺はリオン。えっと、旅人だ」


自らの素性としてこれほどまで胡散臭い称号があるだろうか、と自分で思う。かといって冒険者ではない。ギルドがあるらしいこの世界で嘘を吐くと、バレた時に怖い。


女性は射抜くような鋭い視線を投げかけてくる。リオンは思わず気圧されてしまっていた。


リオンは強い女性が苦手だった。詳しく言えば勝ち気な女性が。それは前世の会社にいたお局にネチネチ責められた記憶からくるものだったが、とにかく強気で来られると女性相手にはタジタジになってしまう。


「お前……いえ、失礼。旅人ということは村の方ではない……用心棒か何かでしょうか?」

「ええ、まあ、はい」


煮え切らない返事をするリオン。


物腰は丁寧なのだが、女性の表情が一切変わらないことに違和感を抱いていた。まるで表情筋が死んでいるかのように綺麗な無表情だ。クラインのところにいたホムンクルスのメイドを思い出す。


「では村の方に挨拶をしたいのですが」

「大丈夫ですか、リオンさん! 何かすごい叫び声が……!?」


背後から走って来たのはレナだった。吸血鬼の断末魔を聞いて宴を飛び出して来たのだろう。

レナはリオンの隣で足を止めた。目の前にいるのが吸血鬼らしからぬ美しい女性だったから疑問を抱いているのかもしれない。


「あ、あの、こちらの方は……?」

「村の方でしたか。私はルーシー。吸血鬼ハンターと呼ばれております」

「貴女が!? あ、いえ。今回はありがとうございます」

「いえ、此度のクエストにおいて、私は遅れてしまいまして。こちらの旅人――リオンさんが吸血鬼を倒したところでした」


トドメを刺したのはそっちだけどな、とリオンは心の中で呟いた。


「そうだったんですか。それで、ルーシーさん。あっちの人達は……」

「申し訳ありません。私の力不足で。村の方でしょうか?」

「あの吸血鬼が言うには、冒険者らしいが」

「……確認してみます」


深呼吸してから遺体の確認をするレナに付き添い、リオンも殺された二人の状態を観察する。


背中が大きく裂け、服や軽鎧に大量の血液が付着していた。恐らくはあの吸血鬼の言う通り、逃げ出したところを後ろから殺したのだろう。

二人が二人とも惨たらしく殺されていたことから、あの吸血鬼はそこらの魔獣以下だったことを再認識する。リオンは今ではあの吸血鬼を殺したことを誇らしくすら思っていた。


――邪魔な奴は殺せばいい。それが、俺の好き勝手生きるってことなのか? そのための力が確かに俺にはあるのだが。


リオンはこれだけの力があるのだから、もっとしがらみから離れた場所で、悠々自適に動けるものだと思っていた。

しかして今はこうやって村に舞い込んだ厄介事の処理に付き合っている。それが別段嫌というわけではない。むしろ心のままに動けると思っているはいるのだが、どうにも煮え切らなかった。


「……いえ。この村の人ではありません」


レナは遺体を確認したことで気分が悪くなったらしい。口元を抑えてうずくまっている。

リオンは彼女に寄り添い、肩を支えることにした。女性免疫のないリオンにも、かろうじてそれぐらいは出来るようだった。


「そうでしたか。ではこの方達は火葬すると致しましょう」

「? 村人だったら火葬じゃない、ってことか?」

「村には村の弔い方があるものです。村の隅に小規模ながら埋葬墓地があることから、この村では亡くなった者を埋葬しているのだとわかります」


リオンは感心して頷く。自分の能力ばかりに興味があったから、村の地形なんか把握していなかったのだ。


「ですが、ここなら丁度いいでしょう。少し失礼します。離れていてください」


二人が遺体から離れ、ルーシーは逆に近付いていく。胸元から先程放った何かを落とし、再度蒼い炎が煌々と燃え上がる。


リオンだけでなく、レナもその光に目を奪われているようだった。普段なら決して目にすることのない蒼炎。それが村の中心で、キャンプファイヤーよろしく燃え盛っているのだ。


「先程も見たが、それはなんだ?」

「これは聖なる炎です。吸血鬼退治の特攻道具として教会にて用意されたものですね。魔力のない私のような者でも、確実に吸血鬼へトドメを刺すことが出来るシロモノです」

「だが今は遺体を焼いているんだろう?」


吸血鬼の被害に遭った人間が、吸血鬼退治の道具で火葬されるなんて。少し不謹慎ではないかと感じる。

そんなリオンの心を見抜いたのか、ルーシーは緩く首を振った。


「これは聖道具と言いまして、本来の使い方が遺体の火葬なのです。その証拠にこの炎は光属性で作られており、副効果として闇の住人――アンデッドや吸血鬼によく効くのです」

「さっき吸血鬼から出た灰を集めていたのは?」

「これは要するに吸血鬼討伐の証ですね。後で報酬についてお話するつもりでしたが、ついでですからしてしまいましょう」


ルーシーはこほんと咳払いをした。燃え続ける炎のせいで彼女の顔も蒼く照らされている。その表情に一切の変化はない。


「今回の討伐依頼は私名義でありましたが、現にリオンさんが倒してしまいました。となると報酬は本来リオンさんが受け取るべきですが、あの吸血鬼討伐に対して支払われる報酬は私しか受け取れません。もしくは私がクエスト失敗報告をするか、受注クエストの破棄をしてから、新たなクエストをリオンさんが受注して納品するか。……ですが、ここで相談です」


真剣な顔を崩さず、ルーシーは言葉を繋げる。


「リオンさん。冒険者ではないですよね? 旅人だと自称するぐらいですし」


答えはイエス。リオンは頷く。


「では私が王都のギルドまで行き、報酬を受け取って貴方へ届けます。その代わり、私が成功したことにしてもよろしいでしょうか? 虫がいい話だと自負しておりますが、私にも吸血鬼ハンターとしての肩書がありますので」


それが目的か、とリオンは納得した。

要するにルーシーは吸血鬼討伐クエストの失敗という報告をして、名声に傷がつくことを恐れているのだ。だからこんな取引を持ち掛けてくる。


だがそれは望むところだった。リオンは名声に興味がない。むしろ自分の思う好き勝手な生き方というのは、そういった場所とは無縁であると考えていたからだ。そもそも目立つのは好きじゃない。


「構わない。君がトドメを刺したのは事実だからな」

「ありがとうございます。明日の早朝に王都へ出立しますので」


ようやく遺体を焼く炎が沈静化し、そこには先程のように灰だけが残されていた。


「これで火葬は終了です。ご希望とあれば、この灰は森の中へと持っていきますが」

「いえ、大丈夫です。自然のままでお願いします」


ようやく気力を回復させたレナが答える。灰はこのまま風に流されていくことになるだろう。


「ではこれで。この村に宿はありますか?」

「あちらにありますけど……ちょっと今日は騒がしくて」

「ああ。村の祭日ですか?」

「いえ、その、リオンさんがお肉をたくさん獲ってきてくれたので、皆浮かれてるんです」

「……そうですか」


リオンはルーシーの視線を感じた。

それは非常に冷たくて、突き刺さるような強烈な視線。間違って女性専用車両に乗ってしまった時よりも痛烈な視線に、リオンは思わずそちらを見た。

するとルーシーはふいっと目を逸らす。まるで最初から宿屋の方向を見ていたと言わんばかりの態度だ。


「私はひとまず宿で休みます。ではまた明日に」


颯爽と宿屋へ向かう彼女を見送り、リオンは不意にため息を吐いた。

開放感から自然に出た吐息だった。


「あ、リオンさんでもさすがに疲れましたか?」

「さすがにって、俺は別に特別体力があるわけじゃないぞ」

「それは嘘ですよー。昼に助けてくれてから、ほとんど休みなしで動いてくれたじゃないですか」


実際には体力は無尽蔵なのだが、あのルーシーとの邂逅が非常に精神力を消耗させていた。

常にこちらを値踏みするような視線。態度の端々から感じる敵意。出来るだけ隠そうとはしていたのだろうけど、それでもリオンの感覚は察知してしまう。故にリオンは必要以上に疲労を感じていたのだ。


その疲れをもう一度ため息と共に吐き出し、リオンはレナの言葉を考えていた。


――まだ会ってから半日しか経ってないのか。


隣で笑う少女に心惹かれていることを自覚し、あまりにもチョロすぎるだろと自分に対して呆れてしまう。


それでも。

レナの為なら、戦う意志を持てるかもしれない。

ただ強い力を持て余すだけじゃなくて、自らの意志でこの力を振るう為に。

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