第三話 村と飯と吸血鬼

「ここがヒノハ村です。特に何かあるわけじゃないんですけど、静かでいい場所ですよ」


レナの先導で村へと辿り着く。周囲を眺めた感じ、本当に異世界モノで描かれる山村といった感じだ。十軒あるかどうかの民家。

その全てが簡素な木造造りで、唯一大きい家も『INN』という看板を掲げている。恐らくは冒険者用の宿屋なのだろう。

リオンが物珍しそうに村を観察していると、レナの自宅に着いたらしく彼女は足を止めた。


「ただいまー」


レナが明るく声を出すと、家の中から母親らしき人物が出てきた。


「遅かったじゃないか、レナ! 心配したんだよ!」

「うん、ごめんね……それでこちらがリオンさん。危ないところを助けてもらったの」

「危ないところって……またお前、薬草を取ってて森の奥に入ったね!? 野盗とか魔獣がいるから気をつけなさいとあれだけ!」

「お、お母さん! リオンさんが困ってるから!」


母親はようやくそこにリオンがいることを認識したようで、取り繕うように愛想笑いを浮かべた。

主婦特有の高い笑い声が響く。


「あらあら、おほほ。とにかくリオンさん。この娘を助けてくれてありがとうございました。本当にこの娘ったらどんくさいしそそっかしいし、お皿は割るわ洗濯物はぶちまけるわで、もーほんとに」

「もうやめて! それよりリオンさんにお礼としてお食事出すって約束したから」

「そうかい。まあそれぐらいしかお礼出来ないものでね。それで好き嫌いとかはありますか?」


急に話を振られて動揺するリオン。


「い、いや、特には」

「そうなんですか! それは良かった! この娘ったら山菜はどれが嫌だ、この野菜は嫌だってもー」

「お母さん!!」

「はいはい。じゃあ先に作っておくよ」


嵐のような母親が去り、レナは苦笑いを浮かべる。


「あはは……すいません。騒がしくて」

「いや、構わないさ」


リオンは母親のマシンガントークに圧倒されていた。元々外交的ではないリオンに、肝っ玉母さんそのものであるレナの母親など御せるわけもない。


「お部屋で休んでいって下さい。私も料理手伝うので、暇でしょうから」


レナの案内に身を任せ、家の奥にある部屋へ案内された。元々客室として用意された場所なのか、物が少なくこざっぱりとしている。

リオンはベッドに腰掛け、先程の自分の戦いを思い出していた。


素手であれだけの力が出せるのだ。この刀を使ったらどれだけ戦えるのだろうか。

刀を根元だけ抜いてみる。妖しく煌めく刃。リオンはそれに魅入ってしまっていた。

それとクラインが言っていた魔術と魔眼という力も気になる。どうすれば出せるのか検証しておかなくては。


ノックの音で我に返り、レナから「お食事が出来ましたよ」とのことでダイニングへ向かうのだった。




大きくはない家なのでキッチンとダイニングが同じ空間にある。料理器具が提げられていたり、食材――主に野菜や山菜がその辺に置いてあったりと、生活感がなんだか嬉しい。

異世界と言っても全く文化の違う場所に来たわけではないということが、リオンを不思議と安心させた。


席に着き、料理が提供される。

この辺りの名物なのか、それとも山村故にこれを主菜にしているのか。件の野菜と山菜をメインにした料理だった。

肉入りの野菜炒め。味付けは塩胡椒だろうか。ソースや醤油の香りはない。この肉はなんだろうか。見ただけではわからない。

隣にある汁物にも野菜がゴロゴロと目立つ。馴染みのある香り。これはもしかして味噌汁だろうか。味噌汁文化も異世界進出していると思うと感慨深いものがある。

主食は残念ながら米ではなくパンだがそれは仕方ない。ベリーのようなジャムが添えられているので、それを塗っていただくとしよう。


リオンは素朴ながらも暖かい料理に舌鼓を打つ。こんな料理を食べたのはいつ以来だったか。

少なくとも過労死するまでの三年間では記憶に無かった。


「ごちそうさまでした」


貪るように一気に食べ進み、感謝を込めて手を合わせた。それは礼儀からではなく、心の底から出た言葉である。


吸血鬼になっても人間の時と同じ味覚であることをリオンは神に感謝した。

同時に「吸血しなくても大丈夫なのか」と疑問が過ぎったが、必要になれば身体が求めるだろうと思考の隅に追いやった。


「はい、お粗末様。舌にあったようで良かったですよ」

「こんな美味しい料理は久しぶりでしたから。ありがとうございました」


母親は「なんのなんの!」と手を振っている。毎日家事をこなす彼女にとっては本当に大したことはないのだろう。

食器を下げられて、そういえばと周囲を見渡す。


「レナさんはどちらに?」

「ああ……あの娘は、まあいいか」


母親は一瞬言葉を濁そうとしたが、改めて口を開く。


「実は重い病にかかってる娘がいましてね。レナは薬師を目指してますから、医術の真似事として診ているんですが、どうにも素人知識ではねぇ」


薬に医学。異世界といえそれらの職業は存在するらしい。

となると。


「回復術とかはないのですか?」

「回復術士はこんな辺境には来ませんし、何より高い。それに怪我ならともかく病はやっぱり医者か神官じゃないと」

「ああいえ。そうではなく、回復術を使える者などは」

「魔術だなんてそんな! そんな素質もお金もある人はこんな山奥に住んでませんよ」


なるほど、とリオンは内心で頷く。おしゃべり好きな母親のおかげで色々わかった。


怪我は回復術で治るが、回復術士は高額。しかも病はそれでは治らない。

病には元の世界のように医者や薬学が必要。もしくは神官だ。脳内で教会にお金を払って毒を治してもらう光景が浮かぶ。

そして回復術のような魔術を使うには、少なくとも生まれ持った才能と、お金――恐らくは教育費がかかるのだろう。


「とりあえず見に行ってきます。どこの家ですか?」


母親から場所を教えてもらい、リオンは家を出る。

そういえば、吸血鬼の王っぽい喋り方、忘れてたな。

人の性根など早々に変えられるものではないと実感し、リオンはキャラ付けを諦めるのだった。




教えられた家に向かう。ここだと思いつつ、確信の持てないリオンは窓からこっそり中を覗く。

そこにはレナが必死に看病している姿があり、リオンは正面からお邪魔するのだった。

ここに来てリオンは思い出す。


吸血鬼って『招かれなければ家に入れない』って制約がなかったか。と思ったがそもそも森の中とはいえ、思いっきり日光の下を歩いているのだから今更だった。吸血鬼の王なのだから、その程度はデメリットにならないのかもしれないと考える。


リオンはドアノブを回して、何の障害もなく家にお邪魔した。窓の外から覗いた部屋に来て、ドアをノックして入室する。


「リオンさん!? もしかしてお母さんに聞いて?」


慌てるレナ。しかし事情をすぐさま把握した。


「どんな状況だ?」


自分が診てもわからないだろうな、とリオンは考えていた。そもそも医学の知識なんてないし、吸血鬼の王である自分にそんな対処法が眠っているとも思えない。


ベッドに横たわっているのは髪を肩口で切りそろえた少女だった。亜麻色の髪が苦しそうな呼吸と共に揺れている。見た感じレナと同年代か、それより少し下だ。そんな少女の顔色が真っ青になっているのだから、痛々しく思えないわけもなくリオンは思わず目を細めた。


しかし案の定何もわからない。これは無駄足だったかと思っていると、首筋に赤く短い線を見つけた。


瞬間、身体から知識が流入して来る。

これは――。


「吸血鬼の仕業だ」


自然と口を突いて出る。レナは驚きに目を丸くした。


「え、吸血鬼、ですか? 何かの病気なんじゃ……」

「首筋の赤い線。それは吸血鬼が獲物を定めた時の目印だ。吸血鬼の魔力が直接流れ込む為、魔力中毒を起こしているに過ぎない。対処法は印を付けた吸血鬼を倒すことだ。そもそもこんなことをするのは獲物を弱らせて奇襲で倒す必要のある下級吸血鬼のみ。心配するな」


流れ込んできた知識を整理しながら一気に言葉にする。レナは驚いていたが、得心いった表情で口を開いた。


「やっぱり吸血鬼なんですね」

「? やっぱりとはどういうことだ?」

「最近、この村に来る冒険者さんが吸血鬼に襲われる事件が頻発してるんです。運良く逃れた人もいるんですけど、中には……」


レナは最後まで語らない。その心を慮ってリオンは先を促さず、質問を挟み込んだ。


「その冒険者達では太刀打ちが出来なかったということか」

「はい。この辺りの森は下級魔獣とか、低ランクのクエストで必要となる薬草とかが多いので、ここに来るのは駆け出しの方ばかりなんです」

「対策は打ったのか?」

「先日、有名な吸血鬼ハンターという方に依頼したんですけど。忙しい方らしくて、あと数日はかかるかも、とギルドから」


なんだその、俺にとって非常にマズイ存在になりそうな奴は。

と思ったがそこはグッと飲み込む。

だがそいつが来る前にケリをつければいいだけの話だ。吸血鬼に関しての知識は、もう既に頭にある。

下級吸血鬼が相手にならないことも、本能で理解していた。


「俺が囮としてそいつをおびき出す。今夜は村人に外出を控えるよう言っておいてくれ」

「そ、そんな! いくらリオンさんでも一人で……!」

「安心しろ。俺は強い。それとこれから森の中で身体を動かしてくるが、魔獣が出るのはどの辺りだ?」

「あ、えっと、それなら――」


レナから教わった場所を頭に叩き込む。

せめてこの身体の動きぐらいは思い出しておくべきだ。下級吸血鬼はともかく、これから件の吸血鬼ハンターに会った場合、それが刀を抜く初戦であってはマズイ。どれだけ強いかわからないが、今の自分よりは確実に場馴れしているだろうしな。

そう考えたリオンは魔獣を練習相手に定めたのだ。


家を出ようとするリオンに、レナが声をかける。


「あの、ありがとうございます。こんな村に、そこまでしてくれて」

「構わない。一宿一飯の恩義というやつだ」


振り返るとレナは不思議そうな顔をしていた。リオンは努めておどけて見せる。


「実は一文なしなのを思い出してな。吸血鬼を退治したら、あの部屋に泊めて欲しい」

「はいっ! それぐらいでしたら喜んで!」


レナの笑顔を受けて、リオンは家を出る。向かうは魔獣の出現する地域だ。

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